願いの丘からアスカンタへ戻った後、パヴァン王様の所へ挨拶に行くと言って、城下町に入っていったエイトたちが戻ってきたのは、翌朝になってからでした。
お亡くなりになられた王妃様のお姿を見ることの出来たパヴァン王様は、とても喜ばれて、エイトたちを招いて夜を通しての宴会を開いてくださったんですって。
もちろんエイトは、私たちの事を忘れてしまったわけではなくて、ちゃんとお酒と御馳走をお土産に持って帰ってきてくれました。
それでもお父様は、仲間外れにされたことにすっかりスネてしまい、外ではなくて町の中でお酒を飲みたいと、ゴネてしまったのです。

それを気の毒に思ってくださったヤンガスさんは、ご自分の故郷を紹介してくれました。
その町には優秀な情報屋さんがいらっしゃって、ドルマゲスの手掛かりも掴むことが出来るかもしれないとのことです。
ですが、何とヤンガスさんはその町へ、ルーラやキメラの翼で行くことが出来ないと、おっしゃっいます。
普通は、町の入り口には、魔物の侵入を阻む為の聖なる魔具が地中深く埋められていて、その場で簡単な儀式を行えば、その後は魔力でその地と引き合い、ルーラやキメラの翼で、自在に行き来できるようになります。
だから大抵の場合は、一度でも行ったことのある場所には、ルーラで行けるようにしておくものだと思うのですが……。

「そこへは、以前住んでおったんじゃろう? な〜んで、キメラの翼で行けんのじゃ? 本当に、そんな町へ行って大丈夫なんじゃろうな?」
やはりお父様も、同じ事を疑問に思われたようです。
「いやあ、パルミドがキメラの翼で行けない町ってわけじゃあ、ねぇんだ。ただアッシがわざと、そういう風にしてたってだけで」
ヤンガスさんがおっしゃるには、そのパルミドという町は、借金に追われて逃げてきた方や、罪をおかしてしまった方。そして以前のヤンガスさんのように、盗賊をお仕事にされている方たちが、ひっそりと住んでいらっしゃる町だそうです。
「昔、ヘマやって捕まったヤロウがいてよう……。そいつが仲間を売って、役人を大勢キメラの翼でパルミドへご案内した事があったんだよ。そん時に、同業者が何人も牢にぶち込まれて、盗賊団が幾つも潰れちまったんだよなあ……。それ以来、盗賊仲間の間では、キメラの翼はご法度っていう、ヘマやっても仲間を巻き込むなって、暗黙のルールが出来たってわけだ」
……お父様がおっしゃったのとは違う意味で、本当にその町に行っても、大丈夫なのでしょうか?

パルミドへの道の中間地点にあたるという、湖畔の宿屋に辿り着いた時、私はもうヘトヘトになってしまいました。
ここまでの道程が、とても険しいものだったのです。
いえ、道が険しいというより、道と呼べるものが無かったのです。
全く手入れされていない、傾斜の多い野原や、先の見通しがきかない森を進むのは、街道を歩くよりも何倍も疲れてしまいます。
これなら、余程の用事のある方でないと、キメラの翼を使わずに訪れようとはしないでしょう。
さすがに、逃亡生活を送ってる方や、盗賊さんたちが、ひっそりと隠れて暮らしている町のことだけはあると言うべきなのかしら。

ようやく宿屋に辿り着いても、すぐに休めるというものでもないようです。
道中の食料も、だいぶ乏しくなっていたのですが、パルミドまではお店のような物も無いらしく、自分たちで調達するしかないようです。
エイトとククールさんは森へ狩りに出掛け、ヤンガスさんとゼシカさんは湖で魚釣りに励んでいました。
その後、ヤンガスさんとゼシカさんの二人は、その獲物を保存の効くように加工し始めました。
そして、ククールさんはミーティアの蹄鉄の交換を、エイトは車輪に着いた泥を落としてくれています。
……皆さん、こんなに働きづめで大丈夫なんでしょうか?
アスカンタを発ってから、この宿屋に着くまで、誰もほとんど口をきかない程、疲れてらっしゃるように見えたのに。
ミーティアは、お世話してもらうばかりで、何もお役に立てていないのが、とても心苦しいです。

「ねえ、ククール……。ゼシカと、何かあった?」
エイトが突然、ククールさんにそう訊ねました。
「何で?」
ククールさんは顔も上げず、作業の手も止めずに、そっけなく答えます。
「えっと……アスカンタでの宴の後、ゼシカが言った言葉が気になるんだ。『ドルマゲスを倒すまでは私、笑えない』なんて。……それまで本当に楽しそうにしてたのに、急にあんなこと言われたら、気になっちゃって」
「だから、オレが何かしたって?」
遠慮がちなエイトに対して、ククールさんはバッサリと切り捨てるような言い方です。
「ちがっ……。そうじゃなくて、何かあったのなら、ククールなら知ってるかと思って……」
「ああ、そう。……そうだな。特に何かあったってわけじゃあ、なさそうだぜ。オレたちがアスカンタに戻ってすぐ、いきなり思い詰めた顔しだした」
ゼシカさん、そんなに元気無かったかしら? 私、全然気がついていませんでした。
なのにエイトは気づいたということは……それだけゼシカさんの事を、よく見てるということかしら。
…………………。
どうしたんでしょう、おかしいです。
何だか少し、胸がチクチクするような……。

「だから、オレはそっとしといてやれって言ってるだろ? そんなにゼシカを慰めたいなら、オレに押し付けずに、自分でやれよ」
ボーッとしていたミーティアは、ククールさんの言葉で我に返りました。
いつの間にか、軽い言い争いのような雰囲気になっています。
「でも、ゼシカが悩んでるとするなら、やっぱり殺されたお兄さんの事だと思うんだ。だけど僕じゃあやっぱり、そういうゼシカの気持ちはわかってあげられないから、ククールの方が……」
「オレなら、わかるって言いたいのか?」
ククールさんの声は冷静なままですが……怒っているのが、はっきりとわかります。
「家族を殺された気持ちなんて、わからなくて結構じゃねぇかよ。オレだって、好きで親代わりの院長を殺されたんじゃねえよ」
違う……!!
もし今、ミーティアが話すことが出来たなら、そう言えるのに。
はっきりとは言えないけれど、エイトが今、わからないと言った気持ちは、家族を殺された事を指したのではないはず。
エイトがわからずに苦しんでいる気持ちは、きっと……。
「ごめん。無神経なこと言った……」
エイトが項垂れて謝ると、ククールさんも、少し怒りを収めたようです。
「いいよ、悪気がないのはわかってるから。ほら、無駄話してないで、サッサと終わらせて寝るぞ」

ふと…気がつきました。
この湖畔の宿に来るまでの道程で、皆さんが無口だったのは、ただ疲れていたというだけではなくて、何か心にかかるものがあったのではないかと。
そういえば、お父様もしきりにパルミドへ行くのを不安がっていらしたし、それを聞いていたヤンガスさんも、気を悪くされてしまっていたし。
それに何より……。
今まで気が付かなかったけれど、エイトの方こそ、願いの丘に昇った後から、元気がないような気がします。
具体的にどう、とは言えないのだけど、さっきのように、気を遣いすぎて空回りしているような……。


何だか、怖いです。
皆の気持ちがバラバラになっているようで……。
こんな状態で、不安のある町へ行って、大丈夫なのでしょうか。
とても……イヤな予感がします。

第二十五話へ

長編ページへ戻る

トップへ戻る