長い街道を旅して、ようやく到着したアスカンタの城下町の人たちが喪服姿なのを見て、また誰かがドルマゲスに殺されてしまったのかと思って、かなり焦った。
だけどこの城は、もう二年も前に亡くなった王妃様の死を悼んで、それ以来ずっと喪に服し続けているって聞いて、気が抜けてしまった。
今のところ、この城の近くにドルマゲスが現れた様子は無い。
町の人も『この国の人間は、みんな黒ずくめなんだから、道化師なんて目立ってしょうがない』と尤もな事を言ってるから、間違いないだろう。

僕たちは、黒い幕に覆われた城に、この国の王様を訪ねて入った。
ゼシカのお兄さんの時は、ドルマゲスの目的が人を殺して回ることだとは知らなかったし、時間的にも間に合わなかった。
だけど修道院長の件に関しては、最初からちゃんと、人殺しが近くにいるかもしれないから気を付けてほしいと修道院の人達に警告していたら、防げていたことかもしれない。
自分たちの手で、ドルマゲスを捕まえることばかり考えていて、最善を尽くすことが出来ていなかった。
もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
この城の王様にドルマゲスの存在を知らせて、アスカンタでは被害が出ないように警戒態勢を布いてもらおうと思ったんだ。

でも、この城のパヴァン王様は、二年もの間、ずっと王妃様の死を嘆き悲しむばかりで、昼は自室に籠もりっぱなし、夜は玉座で泣きっぱなしで、とてもドルマゲスの事を話せる様子じゃなかった。
それどころか、どういう訳なのか、キラっていうメイドの女の子に、彼女のおばあさんの所へ行って、話を聞いてきてほしいと頼まれてしまった。
何でも、どんな願いも叶える方法の話を、昔聞かせてもらった事があるらしい。


川沿いの教会の近くの家に住んでいる、キラのおばあさんの話によると、『この家の川の上流の丘で、満月の夜に一晩じーっと待っていたら、不思議な世界の扉が開く』らしい。
それをキラに伝えると、とてもそんな丘には登れないと嘆かれてしまって、代わりに僕たちでその丘に登ってみることになった。
たまたま、キラの実家に泊まっていた剣士さんが、最近その丘に登ったばかりで、色々と話を聞いてみたけど、丘の頂上には崩れた壁があっただけだから、すぐに下りて来てきまったそうだ。
本当に丘の上では何も起こらないのか、それとも一晩ずっと待ち続けていれば何か起こるのか、それは確かめてみなければわからない。
たとえ無駄足でも構わない。
お仕えする主君の為に、何かしてさしあげたいと思うキラの気持ちは、他人事じゃないから。
ただ一つだけ問題なのは、次の満月まで半月近くあるってことだ。
剣士さんの話によると、ここから願いの丘までは大体二日、丘を昇るのには半日もあればいいらしい。
そうすると、十日程、時間が余ることになる。
ヤンガスの話だと、それだけの日数で行けるような町は、この辺りには無いらしいから、その間、どう過ごすのが有意義かを考えなくちゃならない。


というわけで、川沿いの教会を拠点に、この辺りの宝箱の探索に励むことにした。
ククールとゼシカには『絶対、自分の趣味でやってる』なんて呆れ顔で言われたけど、こういう中途半端な状況で出来る事って他に無いから、これは言い掛かりだと思う。

いや、やっぱり、自分の趣味を優先させたかも……。
おまけに、それを認めなかったから、バチが当たったのかも。
川の北側に生息する魔物は結構強かったのに、川岸に見えてた宝箱を開けに行こうとして、無理に森を抜けようとしたのが悪かった。
宝箱に気をとられてたせいで先手を取られて、キメラの燃えさかる火炎の連発で大ダメージを負ってた所に、サイコロンの顔の目の数が六つになって。
その後は、目の前が真っ暗になった。
ただ、『棺桶!』と叫ぶ皆の声が、微かに聞こえただけだった。

身体が動かなくて、目も開けることが出来ないけど、棺桶の蓋が開かれたのが気配でわかった。
ああ、僕、棺桶行きになっちゃってたんだ。
「おお! わが主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神のしもべ、エイトのみたまを、今ここに呼びもどしたまえっ! 【ザオラル】!」
大仰な前口上の後で、生命力回復呪文のザオラルが唱えられ、身体に力が戻っていくのがわかった。

普通にケガした程度なら、ホイミ系の呪文で自分の治癒能力を上げて、傷を塞ぐことが出来るけど、あんまり酷いケガをすると元の生命力がゼロに近くなって、ホイミ系の呪文さえ効果が無くなってしまう。
そうなると、こうやってザオラルで生命力の方を回復させてもらうしかない。

「兄貴、まだ動いちゃダメでがす! 今、傷の方も治してもらうんで、ジッとしててくだせえ」
棺桶から出るために身体を起こそうとしたら、ヤンガスに止められた。
こうやって教会で回復してもらうと、それなりに高い寄付金を取られるけど、全快するまでケガの方の治療もしてもらえる。
だけど、いつまでも棺桶の中に入ってるのって、落ち着かないんだよね。

この棺桶の中には、『時の砂』っていう魔力の籠もった砂が塗り込められていて、この中に入っている対象の時間は止まる。
正確に言うと、過ぎた時間と同じだけの時間が巻き戻されてるだけらしいけど、要するにこの中にいる間は出血も止まるし、体力も減らないから、教会に運んでもらって治療してもらうまでの生命維持には、なってくれる。
だけど、それを棺桶形にデザインした人は悪趣味だと思う。
この棺桶、下に滑車が付いてて転がせるようになってるんだけど、町中を教会に向けて棺桶が滑っていく光景って、すごくシュールだし。

「いや、もう大丈夫。とりあえず起きてから……」
棺桶から出ようとした身体を、ヤンガスに押し戻された。
「ダメでげす、安静にするでがす!」
僕は、生命力は回復させてもらったけど、ケガの方はまだ全部は治療されてない状態だった。
それなのに運悪く、ヤンガスの力でケガした場所を、思いっきり掴まれたりしたもんだから……。
また、目の前が真っ暗になってしまった。


次に目を開いた時には、僕はベッドに寝かされていた。

「おお、気がついたか、エイト。気分はどうじゃ?」
「兄貴〜。申し訳ねえでがす。アッシのせいで、兄貴をこんな目に〜」
「ちょっと、ヤンガス! そんあ興奮して、また抱き着いたりするんじゃないわよ!?」
「何でもいいから、ケガ人のそばでゴチャゴチャ騒ぐな!!」

心配そうに覗き込んでくる顔が四つ、それぞれに言いたい事を言ってる。
不思議と『興奮するな』とか、『騒ぐな』とか言ってる声の方が、興奮してて騒がしい。
あ……四人、じゃない。
窓の方に目を向けると、姫様が外から僕の様子を見ててくださっていた。
「ミーティアも、ずっとお前を心配しておったんじゃぞ。全く無茶をしおって、仕方のない奴じゃ」
「申し訳ありません……」
主君に心配かけるなんて、近衛兵としては失格だけど、王様や姫様が本当に僕を心配してくださってるんだって気持ちが伝わってきて……不謹慎だけど、少し照れくさい。
「兄貴の目が覚めたら召し上がってもらおうと、アッシ特製のスープを作ったでがすよ。今あっためて持ってくるんで、待っててくだせえ」
「いや、いいよ。今は欲しくない」
ヤンガスの料理は、本人が食べるのが好きなだけあって、すごく美味しい。
でも傷は塞がっても、流れ出た血は元に戻らないから、やっぱり少し調子は悪くて、食欲は無い。
「少しでいいから、食っとけ。増血作用のある薬草を煎じてあるけど、空っぽの胃袋には少し刺激が強いからな」
「うん、じゃあ、すこしだけ……」
ククールは、修道院で育っただけあって、ただ回復呪文が得意ってだけじゃなくて、医療知識が豊富で、人の身体の構造にすごく詳しい。
こういう時は、素直に言うとおりにして間違いない。
ゼシカは、破れた僕の服を縫ってくれていた。
僕は結構ケガする事が多くて、服に穴が空いたりもするけど、その度にゼシカは跡がわからない程キレイに繕ってくれる。
そういうのを見ると、ちゃんと教育されたお嬢様なんだなって思う。

その晩、夢を見た。
その夢の中では、僕には家族がいた。
口が悪くてちょっとヒネくれてるけど、何でも知ってて面倒見のいい兄さんと、気が強くて怒りっぽいけど、意外と家庭的な優しい姉さん。
それと、一途に慕ってくれる、何故か僕よりも、年も体重も大きい弟まで。

それはすごく幸せな夢だってわかってるんだけど、夜中に目を覚ます度に、必ず誰かが付き添ってくれてる気配を感じて、その温かい気持ちは夢から覚めても、いつまでも消えずに残っていてくれた。


丘の頂上に現れた扉を開くと、月の光のもとに生きる者と名乗る、イシュマウリという不思議な雰囲気を持った人がいた。
物の記憶を蘇らせることの出来るその人が、パヴァン王の前で、手にしていたハープを奏でると、アスカンタの城に刻まれた面影が、亡くなったお妃様の姿を再現させる。
それは夢のように美しい光景だけど、ただの夢ではなく、城が抱えていた確かな思い出。

〔わたしも本当は、弱虫でだめな子だったの。いつもお母さまにはげまされてた〕

かつては弱虫だったと語るお妃様の言葉は、とても優しくて強かった。

〔お母さまが亡くなって、悲しくて、さみしくて……。でも、こう考えたの。わたしが弱虫に戻ったら、お母さまはほんとうに、いなくなってしまう。お母さまが最初から、いなかったのと同じことになってしまうわ……って〕

一つ一つの言葉が、とても重く心に響く。

〔はげまされた言葉。お母さまが教えてくれたこと。その示す通りにがんばろうって。……そうすれば、わたしの中にお母さまは、いつまでも生きてるの、ずっと〕

テラスに出て、アスカンタの国を見つめる二人の姿は、夢としか思えないほど美しくて、だけど、夢とは思えない程の強い想いが、そこにあった。

だから、夜が明けて月の光が消え、王妃様の姿が朝日に溶けるように消えてしまっても、パヴァン王の心からは、決して王妃様の面影は消えはしない。
「……覚えてるよ。君が教えてくれたこと、すべて僕の胸の中に生きてる」

覚えていれば、人は誰かの胸の中に生きることが出来るんだろうか?
……じゃあ、忘れてしまったら?
忘れてしまうってことは、誰かの存在を、胸の中でさえ、殺してしまってることになるんだろうか?
僕は一体、どれだけの人を忘れてしまってるんだろう……。
どれだけの事を思い出せずに、失ってきてしまったんだろう。

……忘れて?
ある事を思い出して、一気に血の気が引いていくのがわかった。
イシュマウリのいた月の世界の扉は、何故か丘の上じゃなくて、このアスカンタ城に繋がっていた。
ということは、つまり、丘の麓で待っていただいていた、王様と姫様は?
まさか、そのまま、置いてけぼりに……なってる?


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