途中で色々とあったが、何とか無事にトラペッタの町に入ることが出来た。
「ふむ。着いたようじゃな。わしの記憶に間違いがなければ、たしか、この町のはずじゃ、この町のどこかに、マスター・ライラスとよばれる人物が住んでいるはずじゃ」
そのライラスこそが、ドルマゲスに魔法を教えたといわれる人物。ドルマゲスが身を隠す可能性のある場所などを知ってるかもしれん。
一刻も早くヤツを捕まえて、この忌ま忌ましい呪いを解かねばならん。
このままでは、娘のミーティアがあまりにも不憫すぎる。
せっかくサザンビーク国の王子と婚儀も決まったというに、馬になぞ姿を変えられ、話すことも出来んとは、ひどい話じゃ。
その姫は、健気にも嫌がる素振りも見せずに馬車を牽いてくれているが、さすがに大分疲れている様子。これ以上歩き回らせるのは可哀想すぎる。
マスター・ライラスを捜すのはエイトに任せ、ワシはミーティアと一緒に広場の前で待つことにした。

そして、それは間違いじゃった。
町に入ってすぐから、ワシが人々の注目を浴びていたのは気づいておった。
じゃが、特に何をされるということも無かったので、他所者が珍しいのかもしれんと、呑気に受け取っていたのじゃ。
エイトがライラスを捜しにいって少し経ち、陽が暮れだした頃。おそらくは家に帰る所だったのじゃろう。
一人の男の子が通りかかり、ジッとワシの顔を見つめてきた。
ちょうど、エイトが城に小間使いとして入ってきた時くらいの子だと思って懐かしくなり、ついニッコリと笑いかけてしまったのじゃ。
そうしたら、大泣きされてしまった。
その声を聞き付けて大人たちが集まり、あとはもう大騒ぎじゃ。

「うわ! こっちを見たぞ!」
「キャー! なんて、おぞましい姿なの!」
「出てゆけ! 化け物は、この町から出てゆけ!!」
町の者たちは、口々にワシを罵った後で、石を拾って投げ付けてきた。
間もなくエイトとヤンガスが駆けつけ、ワシと姫を町の外に連れ出してくれたが、さすがにショックは大きかった。

「申し訳ありません。僕が長くお側を離れたばかりに、こんなことになってしまって……]
エイトは全く、真面目なヤツじゃ。ワシの命令でマスター・ライラスを捜しに行ったのじゃから、エイトが詫びる必要なと全く無いというに。
「やれやれ、ひどいめにあったわい。いったいわしを、だれだと思っているのじゃ!?」
それでも『ワシは何とも思っておらん』と言ったところで白々しいじゃろう。地団駄を踏み、少なくとも身体は何ともないということは示しておくとするか。
「人を見た目だけで判断するとは、なさけないのう。人は外見ではないというに……」
「まったく、その通りだ!! うんうん」
ヤンガスめが頷いてきおったが、こやつに同意されても、嬉しくも何ともないわい。

おまけに、目当てのマスター・ライラスは、先日家事で亡くなっていたことを聞かされた。
全く、今日は魔物には襲われる、トラペッタの住人には石を投げられる、おまけにドルマゲスの手掛かりは振り出しに戻るで、散々じゃ。
「では、いくとするか。ライラスがいない今、こんな町に長居は無用じゃ!」
気を取り直して、ドルマゲス捜索の旅を再開させようとした時じゃった。

「お待ちください!」

声のした方を振り返れば、ミーティアと同じ年頃の娘さんが立っておった。
「お待ちください……。じつは、あなた方にお願いがあって、こうして駆けつけて来ました」
「お嬢さん、あんた、このわしを見ても、こわくないのかね?」
こういうことを訊ねてしまう辺り、ワシは結構根にもつタイプかもしれんな。
「夢を見ました……。人でも魔物でもない者が、やがてこの町をおとずれる……。その者が、そなたの願いをかなえるであろう……と」
「人でも魔物でもない? それは、わしのことか?」
傷心のワシの隣で、ヤンガスが腹を抱えて笑っておる。後で覚えておれ!
「あっ、ごめんなさいっ」
慌てて謝る娘さんの姿は、全く悪気は無かったのだと伺える。
まあ、よいわ。見ればミーティアと同じような年頃。目くじらを立てるのも、大人気ないというもんじゃ。
占い師ルイネロの娘、ユリマと名乗ったその娘は、詳しい話は家ですると、門の中に戻っていってしまった。

困っている者を見捨てていくのは、王たる者のすることではない。
ワシの姿を見ても怖がらなかった、あの娘の為に、ここは一肌ぬいでやるべきじゃ。
とはいえ、ワシが町に入れば、また騒ぎになるかもしれんので、エイトにユリマの話を聞くように命じ、ワシは姫とそのまま町の外で待つことにした。

エイトとヤンガスは中々戻ってこない。
あの娘の家は、町の奥の井戸の前だと言っておったから、そこまで往復するだけでも、結構な時間がかかるのかもしれん。
目の前に町があるとはいえ、こうして外でジッと待っているのは、何とも心細いもんじゃな。
ましてや、夜の方が魔物に襲われる危険は高いことだしの。
「のう、ミーティアや。お前だけでも町の中へ入っておいで。ワシさえおらねば、そなたは見事な白馬にしか見えん。誰も危害を加えてはこんじゃろう。門のそばで待っておれば、エイトたちが戻ってきた時でも、すぐにわかるから、はぐれる心配も無い」
結婚を控えた姫を、これ以上危険な目に遇わせるわけにはいかん。
ワシは手綱を取って、姫を門の中へ連れて行こうとしたが、姫は一歩も動こうとはせず、ただ首を横に振った。
「ワシのことなら心配いらん。万一魔物に襲われても、トロデーン殺法でチョチョイのチョイじゃ」
ミーティアは嘶いて、拒絶の意を示してくる。
人の言葉を話すことも出来ない馬の姿に変えられて辛いじゃろうに、ミーティアはワシの事を思いやってくれている。
その心に涙が出そうになる。
「わかったよ、姫。そなたは本当に優しい娘じゃな。さっき石を投げられた時も、庇ってくれて嬉しかったぞ。ありがとう、ミーティア」

真夜中すぎになってようやく戻ってきたエイトから、占いの当たらなくなった父親を苦しみから救うために、南の滝の洞窟に水晶を取りにいってほしいと頼まれたという話を聞いた。
ミーティアと同じ年頃の娘ということもあり、ユリマの親孝行ぶりには感動を抑えきれん。
しかも、ルイネロが占いの力を取り戻せば、人捜しなど朝飯前というではないか。これはまさに一石二鳥じゃ。
「明日の朝、滝の洞くつとやらに出発だぞいっ!」
「はいっ!」
張り切るワシに対し、エイトはそれ以上に張り切った声で返事をしてきた。
「ご相談せずに勝手に引き受けてきてしまいましたけど、王様ならきっと、そうおっしゃってくださるって信じてました」
ニコニコしながらそう言われ、ワシはちょっと照れてしまいそうになる。
「ほれ、お前たちは早く宿に入って休まんか」
エイトはワシらを差し置いて、自分たちだけが宿に泊まることは出来ないと言う。
「お前も知ってる通り、ワシらは優しくて寛大な主君なんじゃ。いいから明日に備えて鋭気を養え。これは命令じゃ」

半ば無理矢理にエイトたちを町の中へ戻し、ワシとミーティアは再び二人きりになった。
「しかし、『人でも魔物でもない者』か。あまり嬉しい表現ではないが、夢のお告げの人物になるというのは、悪い気がせんのう」
ミーティアが、小さく抗議するような声で嘶いた。
まるで自分の存在を主張するかのようだった。
「おお。そういえば、そなたも今は『人でも魔物でもない者』ということになるかの」
ミーティアは満足そうに頷いた。
「そうじゃな。呪いが解けるまで、ワシとそなたは二人で一人なのかもしれん。これからは今まで以上に、親娘二人で力を合わせて助け合っていこう」

ミーティアがワシのように醜い化け物に変えられなかったことは救いじゃが、鼻を鳴らして返事をしてくる姿は馬そのもので、やはり無情さを感じずにはいられんものだった。
待っておれ、愛しい娘や。すぐにドルマゲスのヤツめを追い詰めて、必ずお前を美しい姫の姿に戻してやるからの。

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