資金集めとレベルアップを一段落させ、ドルマゲスの手掛かりを求めて南の大陸を東へと進む私たちの前に、魔物の群れが現れた。
魔物と戦うことにすっかり慣れた私たちは、ただ淡々と敵を倒していく。
最後に残ったブラウニーが、一気にSHT状態になり、私の頭上に槌を振り上げる。
この攻撃をまともにくらうのはマズい。
防御するか、回避するか……。
攻撃をひらりとかわす。
うまくいった。
ブラウニーは大振りして態勢を崩している。あとは、メラ一発で仕留められる。
そう思ったのに、私も足元の小石を踏んでしまいバランスを崩してしまった。
隣でククールのレイピアが煌めき、ブラウニーの身体を切り裂いた。
そうして、私たちは魔物の群れをやっつけた。

とどめを持っていかれてしまった。
別に勝ち星競ってるわけじゃないけど、彼にだけは遅れをとりたくない。
ドルマゲスに大切な人を殺されて、その敵討ちに旅立ったっていう境遇は私と同じなんだけど、どうも馴染めないんだもの。
「お嬢さん、おケガは?」
ほら、こういうこと言われるのがイヤなのよ。
そりゃあね。
初めて会った時は、私の方が圧倒的に弱かったわよ。
勝てる部分が一つも無かったかもしれないけど、ようやく胸を張って魔法使いだと名乗っれるくらいにはMPも増えたし、素早さだってもう負けない。
なのに、いつまでもこういう態度とり続けるのって、失礼だと思うわ。
「おかげさまで、ピンピンしてます」
そっけなく答えてやる。
「ククールは力は今一つでげすが、すばしっこいでがすね」
ヤンガスが武器を収めて話しかけてきた。
「……あんたも痩せてみたらどうだ? 軽くなれば、早く動けるかもしれないぜ」
……この調子。
ケンカ売ってるとしか思えない物言いするのよね。
顔を真っ赤にして飛びかかろうとするヤンガスを、エイトが羽交い締めにして止める。
「離してくだせえ、兄貴! この若造に口のききかたを教えてやるでがす! 人が気にしてることを、よくも!」
……気にしてたんだ、ヤンガス。


何とかその場はエイトが宥めて、私たちは先へと進む。
日が暮れかかる頃、川沿いに教会を発見する。
今夜はここに泊めてもらうことになった。
普段は10Gの寄付が必要だけど、今夜は特別にタダでいいらしい。
運がいいわ。
……と思ったのは、皆が寝静まる頃までだった。

左足が痛い。
ベッドに入った頃から変な感じはしていたけど、時間が経つにつれて、どんどん痛くなってくる。
心当たりがあるとすれば、昼間の戦いでブラウニーの攻撃をかわした時。
捻ってたのに気がつかなかったんだ。
どうしよう、エイトを起こしてホイミをかけてもらおうかしら。
でも戦闘の他に、トロデ王や馬姫様の世話もして、きっと疲れてる。起こすのは悪い。
ああ、でも痛い。一晩中こうだとしたら、ちょっと辛いかも。
何かで気を紛らわそうにも、他のことが全く考えられない。
少しでも楽な姿勢を探そうと、何度も体勢を変える。

「ゼシカ?」
不意に頭の上で声がした。
顔を上げると、ベッドのすぐ脇にククールが立っていた。
何!? まさか夜ばい?
いえ、エイトもヤンガスも、トロデ王までいるのに、いくら何でもそれはないはず。
「どこか痛むのか?」
囁くような低い声で、そう訊ねられた。
……一応は僧侶で、回復呪文は専門なんだってわかってるけど、出来ればこの人には頼りたくなかった。
だけど、そんなこと言ってられないくらいに痛みが辛い。
それにククールの様子には、いつもの軽薄な感じはなくて、私は素直に打ち明けてみた。
「ちょっと…足捻っちゃったみたい」
「ああ、やっぱりそうか」
「やっぱり?」
「昼間、ブラウニーの攻撃よけた時、よろけてただろ? だから訊いたんだ、ケガはないかって」
……訊かれたわ、確かに。
女だからバカにされてるって、勝手に思い込んだのは私。反省しなくちゃ。

「ここじゃ暗いな。礼拝堂の方へ行こう」
身体の下に腕を差し入れられ、いきなり抱き上げられた。
「えっ、や、ちょ、ま、じ」
『ちょっと待って、自分で歩ける』
そう言いたかったんだけど、うろたえちゃって、こんな声しか出ない。
なのに、ククールはすました顔をしている。
「教会の中では、お静かに」
確かにその通りなんだけど、このナマグサ僧侶に言われるのは、何だかムカつくわ。

「どうなさいました? どこか御加減でも?」
礼拝堂に行くと、シスターが心配して声をかけてくれた。
「連れが足を捻ったようで。すみませんが、椅子と明かりをお借りできますか?」
ククールは、すごく丁寧な態度で答えてる。
こういう姿を見ると、とても酒場でイカサマカードをするようには見えない。
……ちょっと、とまどっちゃう。
ククールは私を手近な椅子の上に降ろした。
何だか、大袈裟なことになっちゃって恥ずかしい。
「あの、ごめんなさい。私のためにククールまで起こしちゃって……」
そう言った私に対するククールの返事は、意外なものだった。
「関係ないよ、初めから起きてた。僧侶っていうのは、たいして眠らなくても平気なように訓練されてるんだ」
「えっ、そうなの?」
「迷える子羊が助けを求めてきた時、寝てるわけにはいかないだろ?」
確かに、神父様もシスターもまだやすんでない。
聖職者ってスゴイわ。尊敬しちゃう。

シスターが燭台を持ってきてくれた。
蝋燭の明かりに照らされた私の足は、イヤな色になって腫れ上がっている。
【ホイミ】
ククールの掌から、暖かく柔らかい光があふれ出す。
その光は渦をえがいて、私の足に吸い込まれていった。
腫れは見る間に消えていき、さっきまで私をあれほど苛んでいた痛みが、初めから無かったもののように消えていった。
「ありがとう、楽になったわ」
「また、こういう事があったら、オレのことは起こしていいから。さっき言ったように、たいして眠らなくて平気だし」
心なしか『オレのことは』という言葉が強調されて聞こえた。
この人って大人なんだわ。私がエイトに気を遣って起こせなかったことに気づいてる。

「ねえ、どうしてヤンガスにケンカ売るようなこと言うの?」
私たち皆の力を合わせなくちゃ、ドルマゲスは倒せないと思う。
ククールとだって、本当はちゃんと仲良く協力したいのよ。
だって本当は、こんなに優しい人なのに。
「昼間のアレか? あれはヤンガスのおっさんが先にケンカ売ったんだぜ? 力は今イチとか言いやがって」
「……気にしてたの?」
「一応、男なもんで」
前言撤回。この人って、とんでもなく子供だわ。

「回復魔法が得意なお仲間がいらっしゃれば、旅の間も心強いですわね」
ククールの治療ぶりを見ていたシスターが声をかけてくれる。
「ええ、本当に」
こっちの大陸に着いたばかりの頃は、回復はエイト一人に頼りきりだったけど、ククールが加わってくれたことで、エイトの負担も随分軽くなってるのがわかる。

「夜明けまではまだ時間がある。眠れそうなら眠っておいた方がいい」
そう言ってククールは、外へ出るドアの方へ歩いていってしまう。
「ククールは? 眠らないの?」
「言ったろ? 充分寝たんだ。外の空気を吸ってくる」
何……? 何だか急に不機嫌になってない?
……まあいいわ。今夜は本当に助かったし。
「今日はありがとう、ククール」
まずお礼を言って、それから、ずっと言いそびれていた言葉を付け足した。
「これからもよろしくね」
本当は、仲間になった時すぐに言うべきだったんだけど、『君だけを守る騎士になる』なんて意地悪言われて、どうしても言えなかった言葉を、ようやく伝えられた。
なのに、ククールはこちらを見もせず、軽く手を上げるだけで出ていってしまった。
やっぱり、何かおかしいわよね?
私、何か気にさわるようなこと言ったかしら? 
……まあ、いいわ。とにかく少しでも眠っておかないと。
ただでさえ体力無いのに、寝不足で足手まといになるわけにはいかないわ。

とりあえず神父様とシスターにお礼を言って客室に戻ると、トロデ王がベッドの上で起き上がっていた。
目を覚ましたら、私とククールの二人がいないので、興味津々で待っていたらしい。
私がかいつまんで事情を説明すると、露骨につまらなそうな顔をしている。
イヤね。一体どんな想像してたのかしら。
でも、ククールが急に不機嫌になったことを話すと、トロデ王の顔は真面目なものになった。
「ククールとは一度、話をしておいた方がいいようだの」
そう言ってベッドから飛び降りて、いつもの走りで出ていってしまった。

……とりあえずは寝よう。
ああ、どこも痛くないって幸せ。ククールには感謝しなくちゃ。
でも、ククールって気難しいとこあるわよね。
軽薄かと思ったら、さっきみたいに誠実だったり。
大人びてると思ったら、つまらないことでスネてみたり。
優しかったと思ったら、急に不機嫌になったり。
……別にいいんだけどね、どうだって。
でも、気にはなるのよ。
目の前の大切な人を守ることが出来なかった気持ちを考えると、とても他人事とは思えないから。

……私は寝なくちゃいけないのよ。考え事してる場合じゃないわ。
ああ、もう何か本当に……。
……調子狂っちゃうわ。

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