ドニの町で一泊した翌朝。
エイトが、錬金釜とかいう代物から、『とうぞくのカギ』なんて物騒な名前の物を嬉しそうに取り出し、旧修道院跡地の宝を漁りに行こうと言い出した時、すげえイヤだったけど、口には出さなかった。
『ククールとゼシカの盾と帽子を買いたいと思ってるけど先立つ物が無い』なんて言われて、無一文で旅に加わった身としては、反対なんて出来る訳が無い。
この大陸の東にある城までは大分遠いって話だし、炎天下の下を歩いて日射病になるのは御免だから、日除けも兼ねて帽子は必要だ。
ゼシカの持ってる『おなべのふた』も、気休め程度の守備力しかない。確かに買い替えないと可哀想だ。
他にはロクな物が無かったが、作ったカギで開いた宝箱から『せいどうの盾』を見つけ、それはエイトが装備する事になって、オレはエイトが使ってた『皮の盾』を譲り受けた。
質素が宗の修道院跡としては、結構な収穫だと言える。

だけど、レベルアップも兼ねて魔物との戦闘もこなしてる中で、ヤンガスが『宝の匂いがわかるようになった気がする』なんて人間離れした事を言い出したのが、不運の始まりだった。
その言葉を聞いたエイトのルーラで、このトラペッタの町まで連れてこられ、オレは恐ろしい光景を目にすることになる。


「なあ……あいつら、何やってんの?」
エイトとヤンガスが、民家の中に入ってはタンスや壷の中を覗き込み、鍵の掛かった宝箱まで勝手に開けて目ぼしい物を探してる光景を初めて見た時、物事には動じないタイプのはずのオレでも、さすがに驚きを隠せなかった。
「私に訊かないでよ」
ゼシカは、それを見ないフリしてる。
「一応、家の人に断りは入れてるから、今までも大して問題にはならなかったみたいよ」
「今までもって……」
確かに、家の主には下手に出て頼んでるようだ。
エイトはまあ、無害な好青年風だからいいとしても……その後ろで真剣な顔してるヤンガスは、口では『お願いするでげす』なんて言ってても、脅迫してるようにしか見えない。
「ずっと、こんなことしてきてたのか? いくら断り入れてるったって、ヤンガスみたいな強面に迫られたら、普通の人間はダメだって言えないのは当然だろう」
「だから、私に言わないでってば! 私が喜んで認めてるとでも思うの!?」
「……ああ、そうだな。ごめん」
まったく、とんでもないヤツらと同行することになっちまったぜ。
こりゃあ、適当な所で逃げ出した方がいいかな。


トラペッタの町を漁り尽くし、次の村に行こうってことになった時、ゼシカが渋った。どうやらそこは故郷らしい。
「私はイヤよ。兄さんの仇を討つまでは、村には戻らないって決めたんだから。どうしてもっていうなら、私はトロデ王たちと村の外で待ってるから、あなたたちだけで行ってちょうだい」
オレも、それに便乗する。
「じゃあ、オレとゼシカはこのままトラペッタに残るから、エイトとヤンガスだけで行ってこいよ。村の中を歩き回るだけなら、頭数はいらないだろ? 宿も取っとくし、王様や馬姫様の面倒も、こっちで見とくからさ」
ゼシカはちょっとイヤそうな顔をしたけど、エイトがそれでOKを出したんで、オレの提案が通ることになった。

トラペッタの町は物価が安いんで、日保ちのする食料なんかの調達も任される。
リーダー殿は、優しそうな顔をしてて、結構人使いが荒い。
せっかくゼシカと二人きりだってのに、口説くヒマも体力も残りそうにない。
基本的にレディには優しいオレは、ゼシカは先に宿で休んだ方がいいって勧めたんだが、この意地っ張りなお嬢は、甘く見るなと、言うことをきかない。
それでも重い物は持たせないようにしてるのに、足元がヨタヨタしてる。
今日は旧修道院跡地で魔物と戦って、トラペッタの町をずっと歩き回って、オレでも体力ギリギリなんだ。ゼシカはとっくに限界にきてるはずだ。
「ゼシカ。本当にもういいから、宿に入って休めよ。無理すると、明日に響くぞ」
「大丈夫よ。まだトロデ王の食事も用意しなきゃいけないんだし。あんまり女扱いしないでちょうだい」
女扱いするなったって、実際に女なんだから、しょうがないだろ。
まったく。
このお嬢は、見目はいいし、頑張り屋なのも結構だし、根は素直で気持ちの暖かいとこがあるけど、どうにも可愛げってもんがねえ。

買い出しを全て終え、夕食も全部運び終わった直後、ちゃっかりしたタイミングでエイトとヤンガスが戻ってきた。
狭い村だから、どうせすぐに戻ってくるってゼシカが言ってたんで、ちゃんとこいつらの分の夕食も準備済みだ。
主君を野宿させて、自分たちだけ宿屋に泊まるんだから、せめて食事だけは同じ物をってエイトの拘りで、こうして町のすぐ脇でピクニックもどきをするのが、このパーティーの習慣らしい。
それは別に構わないんだが、一人で五人前は食うヤンガスのおかげで、十人前は用意しなきゃならないのは、結構な労力だった。
移動の間の食料調達だって、ヤンガスの食う量が人並みなら、仕入れるのは半分の量で済むんだ。
それを考えると、ちょっと腹が立ってきた。

おまけに、ゼシカの故郷での収穫はほとんど無かったらしい。
ゼシカは自分の故郷が荒らされなかったことに、ちょっと安心してるみたいだけどな。
……もしかして明日以降、マイエラ修道院やドニの町も荒らされるんだろうか?
正直それは、ちょっと勘弁してほしい。

「はい、ゼシカ。これ、お母さんから預かってきたよ」
エイトが鞄から、手紙らしき物を取り出して、ゼシカに渡した。
「何か伝言は無いかって言っても、『どうせすぐにネを上げて戻ってくるからいりません』なんて言ってたのに、それじゃあって帰ろうとしたら、慌ててこれを書いて寄越してきたんだ。まったく君たち親娘って、外見も中身もそっくりだよね」
ふ〜〜ん。ゼシカのこの性格は、母親譲りか。
でもこのゼシカに似てる母親ってことは、かなりの美人なんだろうな。次に機会があったら、オレも会いに行ってみるか。
「ちょっと、もう。余計なことしないでよ。私はもう勘当されて、あの家とは何の関係もないのよ」
ゼシカはブツブツ言いながらも、ソワソワとした様子で封を開け、中の手紙を取り出す。
そして読み始めるなり、いきなり目から大粒の涙をボロッとこぼした。
エイトもヤンガスもトロデ王も一瞬で硬直したが、オレは不本意ながらゼシカに泣かれるのは初めてじゃない。
経験値の分、冷静な対応が可能だ。
「どうした? 何か悪いことでも書いてあったのか?」
ハンカチを取り出して差し出すと、ゼシカは珍しく素直にそれを受け取った。
「ううん……ごめん、違うの。ただ、『気が済んだら、必ず帰ってきなさい』って書いてあっただけ」
……それで、里心がついて涙ぐんだ、と。
意外としおらしい所もあるんだな。
「ごめんね、エイト。さっきは『余計なこと』とか言って。ありがとね」
「ううん、いいよ、気にしないで。あ! そうだ、あとこれ。着替えが少ないと不便だって言ってたから、持ってきてあげたよ。はい!」
エイトがいい笑顔で差し出した包みの中を見て、ゼシカの顔が真っ赤になった。
「こ、これ、タンスの中に仕舞ってあったはずだけど……誰が取り出したの?」
「あ、アッシでがす」
ヤンガスが手を挙げた。
このゼシカの様子から察するに……服だけじゃなく、下着の類いなんかも入ってるんだろうな。
「そ、そう……。わ、わざわざ、どうもありがとう……」
ゼシカはさっきの手紙の件があるから、怒るに怒れないって顔をしてる。
オレはそれがおかしくて、腹を抱えて大爆笑してしまった。
「お、お前ら…信じらんねえ……。普通、女の子のタンス…勝手に、漁るか?」
エイトもヤンガスも、何でゼシカが顔を赤くしてて、オレが笑ってるのか、わかってないらしい。
ここまで突き抜けて最低な奴らだと、もう笑うしかないぜ。

食事を終えて宿に帰る途中、エイトたちが持ってきた包みを隠すように抱えて歩いてるゼシカの様子がおかしくて、オレはまた笑ってしまう。
「ちょっと! 笑い過ぎ!」
それに怒るゼシカもおかしくて、なかなか笑いは収まらない。
まったく。
このお嬢は、口は悪いし、乱暴なのは困りものだし、気は短くて性格キツいとこあるけど……でもまあ、結構可愛げはあるよな。

いろいろ困った所も多い連中だけど、逃げ出すのはいつでも出来るし……もうちょっとだけ、一緒にいてみるか。

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