聖堂騎士のククールさんを仲間に加え、修道院からドニの町にルーラで到着した時に、エイトが突然こう言い出しました。
「今日は、ここで一泊していこう」
「「「「ええええぇぇ!?」」」」
私を除く皆さんは、声を揃えて叫ばれました。
どうして私は叫ばなかったかと言いますと、お馬さんの姿なので嘶くことしかできないのです。
「おい、まさか今までずっと、このペースで旅してきたとか言わないよな? 冗談じゃない。ドルマゲスを倒すより、あいつが老衰で死ぬのが先になるぞ」
「そうよ、まだ昼にもなってないじゃない。どう考えたって、ここにドルマゲスはいないわよ? 今は少しでも先に進んで、あいつがどこにいるのか、手掛かりを探すべきよ」
ククールさんとゼシカさんの抗議を、うんうんと聞きながら、エイトはお二人にそれぞれ何やら耳打ちしました。
すると不思議なことに、お二人ともアッサリとこの町に泊まっていくことを了承なさったのです。
そしてヤンガスさんと三人で、町の中へと入っていかれました。

エイトが何を言ったのか、とっても気になるのですが、ミーティアには訊くことが出来ません。
馬の姿は本当に不便だと、ここ数日は、特にそう思うことばかりです。
「王様にご相談せずに、勝手に決めてしまってすみません。皆まだ疲れが残っているようなので、無理をせずに一日ゆっくり休んだ方がいいと思いまして」
「いや、お前が決めたことなら構わんぞ。じゃがヤンガスはともかく、あれだけ文句を言っていたゼシカとククールが、よくあんなにアッサリと引き下がったもんじゃのう」
そう、それです。さすがお父様ですわ。
ミーティアが訊きたいと思っていたことを、よくぞ訊いてくださいました。
「まずククールには、『ゼシカは昨夜眠れてないみたいだから、長い距離を歩かせるのは可哀想だ』って。そしてゼシカには『ククールはいきなり旅に出ることになったんだから、別れを言いたい人ぐらいいるだろう』って言ったんです。思ってたよりも、すぐ納得してくれました。二人とも、素直じゃないとこがあるけど、いい人ですよね」
まあ、エイトったら、意外と策士さんですのね。

それにしても、あのククールさんと、まさかこうして一緒に旅をする事になるとは思いませんでした。
何しろ初めて会った時、あの方はお父様を退治しようとなさっていたのですから。


あの時のことを思い返すと、今でも冷や汗が出そうです。
帰りが遅いエイトたちの様子を見に行ったお父様は、何やら興奮した様子で戻っていらして、酒場で起こった乱闘の事を、楽しそうに話してくださいました。
そうしている内に、近くを通りかかった赤い服の騎士さんが、お父様の姿を見つけて剣を抜いたのです。
すぐにトラペッタでのことが思い出されました。
魔物の姿に変えられてしまったお父様が町の中に入ったことで、脅えてしまった町の方たちに、石をぶつけられて追われるという騒ぎになってしまった時のことです。
だけどこうして思うと、あの時はまだ幸運だったのです。
誰も剣や斧などの武器を振るってお父様を退治しようとはしませんでした。
すぐにエイトとヤンガスさんが駆けつけてくださったこともあり、大事には至らずに済んだのですから。
でもあの時、ミーティアの目に映っていた銀髪の剣士さんは、魔物は恐れるものではなく、退治するべきものと見なしているのがハッキリとわかりました。
必死にお父様に訴えようとしても言葉にすることは出来ず、逃げようにも、しっかりと車輪止めされている馬車に繋がれている身では、それもままなりません。
何とか嘶いて教えてさしあげようとしても、お父様ときたら、私が酒場での乱闘のお話を聞いて興奮してると思い込まれたようで、身振り手振りまで交えて話に熱を入れるだけ。
もうこうなっては、私がしっかりするしかないと思いました。
申し訳ないけれど、近づいて来たら蹴飛ばすか踏み付けるしかないと覚悟を決めていたのです。
馬の力でそんなことをしたら、ただでは済まないことはわかっていますが、黙ってお父様を退治させるわけにはいきませんもの。
すると、私の覚悟が通じたのでしょうか。
赤い服の騎士さんは剣を鞘に収め、ルーラの呪文を唱えてどこかに去ってしまいました。
程なくエイトたちも戻ってきてくれて、ようやくミーティアは緊張から解放されたのでした。

そして、ククールさんに二度目にお会いしたのは、エイトたちがククールさんに頼まれて、修道院長様の様子を見に行った時でした。
見つかって騒ぎになってはいけないので、少し離れた所で待っているようにと言われていたのに、夜になっても戻らないエイトたちを心配したお父様は、ミーティアを残して修道院の近くまで、様子を見に行ってしまったのです。
ミーティアは止めようとしたのですが、お父様は聞いてはくださいませんでした。
ヤンガスさんも、ゼシカさんも、お父様の姿をあまり気にされていないようなので、トラペッタであった出来事のことを忘れてしまったのかもしれません。
お父様は少し呑気な所が、おありですから。
そして心配していた通り、お父様もそのまま戻ってはこなかったのです。
ミーティアは途方にくれました。
お父様はミーティアを馬車に繋いだまま、それも車輪止めを外してくださらないまま行ってしまわれたので、何も出来ることが無かったのです。
そしてそこに、ドニの町でお父様を退治しようとしていた赤い服の騎士さんが現れたのでした。
その時のミーティアは、その騎士さんが、エイトたちが知り合ったククールさんだということを知りませんでした。
ですから、お父様は既に、この方に退治されてしまったのではないかと絶望感で一杯になってしまったのです。
そして魔物に飼われているようにしか見えないミーティアのことも、きっと生かしておくつもりはないのだろうと。
ですがククールさんは、ドニの町の入り口で見た時とは全く違う優しい表情で、掌をこちらに向け、宥めるように近づいてきました。
「頼むから暴れるなよ。お前のご主人、今ちょっとヤバいことになってんだけどさ。とりあえずは無事でいるから、大丈夫だからな」
指一本でも触れてこようものなら、噛み付いてさしあげるつもりでしたが、そんな調子で優しく話しかけられては気が削がれます。
そっと鬣を撫でられても、抵抗できませんでした。
「ちょっとさ、オレが頼み事なんてしちまったもんだから、お前のご主人を厄介事に巻き込んじまったんだ。悪かったと思ってるよ。ちゃんと助けてやるから、心配しないでおとなしく待っててくれ」
その時ようやく、この方がエイトの言っていた『ククール』という人なのだということが、わかったのです。
ですが、手綱を取り私をどこかに連れて行こうとするククールさんの言うことを聞いても良いものなのかどうか、悩みました。
何しろ、お父様に剣を向けようとした方ですもの。
それに、ゼシカさんの、ククールさんに対する評価のこともありました。
エイトはククールさんの事を『ちょっと軽いけど、礼儀正しくて親切』と評していましたが、ゼシカさんの評価は正反対で『馴れ馴れしくて失礼な軽薄男』と、厳しいお言葉でした。
ヤンガスさんのご意見を参考にしようとしても、身のこなしとか、イカサマのテクニックとか、そういったことばかりで、こちらはお人柄の判断基準にはなりませんでした。
つまり、ククールさんが信じても良い人なのかどうかが、判断できなかったのです。
そんな私の様子に、ククールさんは困ったような顔をされていました。
「……まいったな。動物に嫌われるのって、自分が人でなしになった気がして正直ちょっとキツイんだよ。悪いようにはしないから、今はオレのことを信じて付いてきてくれないか?」
ククールさんのその一言で、気が付いたら私は導かれるまま、船着き場の方角に向けて街道を歩いていました。
そしてミーティアは、川の近くの一軒だけポツンと建っている馬小屋に案内され、そこでおとなしく待っているように言われたのです。
それから少し経って、本当にククールさんは、お父様やエイトたちを無事に助け出して、ミーティアと引き合わせてくださったのでした。


今でも、あの時のことを思い出すと、不覚にも胸がドキドキしてしまいます。
だって、ククールさんて、とても綺麗な方ですから。
月の光を受けて輝く銀色の髪も、彫像のように整った顔立ちも。
背も高くて、ただ立っているだけで絵になっていて、仕草の一つ一つにも、どことなく気品すら漂うような……。
まるで絵本の中の王子様のようだったのです。
だからあの時、あんなに素直にククールさんの言うことをきいてしまったんだと思います。
今では、自分のそんなはしたなさを反省しています。
私には婚約者がいるのですから、ほんの一時でも他の男の方に見とれたりしてはいけないのです。

でも、ククールさんは、本当に不思議な方です。
初めてお会いした時は少し怖くて、次に会った時には本当に優しくて。
そして今日は、どことなく冷たい感じがします。
わざと不真面目な態度をとって、誰も寄せ付けようとしない…というような、よそよそしさを感じるのです。

噂をすれば、というのでしょうか。
ククールさんが、こちらに向かって歩いてくるのが目に入りました。
馬の身体というのは、とても視界が広くて、真後ろ以外は大抵見渡せるのです。
そちらに顔を向けると、エイトもククールさんに気が付いたようです。
「どうしたの、ククール? 今日は町でゆっくりしてなよ。ドルマゲスを見つけるまで、どれくらいかかるかわからないんだし、挨拶しておきたい人とか、いっぱいいるんじゃないの?」
「いいよ、別に。オレはルーラ使いだから、その気になればいつだって顔は出せるから。それより……」
ククールさんは、ミーティアの脇に屈み込みました。
「ちょっと、足あげて」
そう言われて、思わず後ろ足をあげてしまいましたが、これで良かったのでしょうか。もしかして、前足の方が良かったかしら?
最近はだいぶ馬であることにも慣れてきましたが、どうしても前足は、足ではなくて腕だという認識のままなのです。
ククールさんは、ミーティアが上げた足に手を添え、何か調べている様子です。
「こりゃあ! 気安く姫に触るでない、無礼者!」
お父様が抗議しますが、ククールさんはそれを無視して、エイトに訊ねました。
「最後に蹄鉄の交換したのは、いつだ?」
……蹄鉄?
蹄鉄とは、馬の蹄に着ける、あの蹄鉄ですよね。
「旅に出てから……一度も替えてない」
エイトが、沈んだ声で答えました。
「だろうな。かなり擦り減ってる。次の町までは大分あるって話だし、ここで替えていった方がいい。鍛冶屋には、もう話はつけてある。専門の装蹄師はいないけど、馬での巡礼者の多い町だし、騎士団の馬も世話になってるから腕は確かだぜ」
ククールさんの声には、別段咎める様子はないのですが、エイトはすっかり落ち込んでしまいました。
「姫様……申し訳ありません。そうでなくても、ご不自由な思いをなさってるのに、全く気が付きませんでした……」
いいえ! そんなに落ち込まないで、エイト。
だってミーティア自身が、蹄鉄のことなんて、全く気づいていなかったんですもの。
「エイトは城の兵士だったっていうなら、今まであんまり馬の世話とかする機会が無かったんだろ? オレは騎士見習いの時に、馬の扱いを勉強したから、そういうことに気が付きやすいだけだ。仕方ないさ」
ククールさんの慰めの言葉に、ミーティアも深く頷いて肯定の意を示します。
だけどエイトは、それとは全然別の事に、関心が行ったようです。
「ククール……。蹄鉄の事はありがとう。確かに僕は全然気が付かなかったから、助かったよ。……だけど、あんまり姫様のことを『馬』『馬』言わないでもらえないか? 今はこのお姿だけど、本当は一国の姫君なんだし、女性に対して失礼じゃないか」

『女性に対して』というエイトの言葉に、少し胸が高鳴りました。
こんな姿になってしまっても、エイトは以前と変わらず……いえ、それ以上に私を大事に扱ってくれて…そのことに、どれだけ支えられていることか。

「でも、今は馬だろ」
それに対して、ククールさんは一刀両断です。
「馬姫様とトロデのおっさんが、呪いで姿を替えられた人間だっていうのは、一応は信じるさ。あんたが、そんなことで嘘を吐くとは思わないからな。だけど今はどこから見ても、馬と魔物なんだから、オレはそれに応じた接し方をさせてもらう。特に、馬を人間と同じに扱おうなんて間抜けすぎて、見ててイライラすんだよ。元がレディだっていうなら、尚更だ」
言い方は厳しいけれど、確かにククールさんは、出会って間も無いというのに、蹄鉄の交換の事までお世話してくださって、馬としての私を気遣ってくださいました。
それを考えるとエイトも、何も言い返せなくなってしまったようです。
「それと、ついでに言っておくけど、そっちのおっさんを考え無しに人里に入れたりするなよ。初めて会った日、魔物が町に入り込んだと思って、退治しそうになったんだからな。邪気が無かったから、馬姫様に免じて見逃したけど」
あまりに遠慮の無い言い方で『退治しそうになった』なんて言われて、お父様はすっかりスネてしまいました。


ククールさんて、優しいのか厳しいのか、やっぱり少しわからない所があります。
でも一つだけ、ククールさんに関して、はっきりわかった事があります。
それは、動物にはとても優しい方だということです。
初めて会った日に、お父様を見逃して下さったのは、飼い馬に見えたミーティアを、可哀想に思ってくださったからなのでしょう。
エイトはミーティアの事を、ちゃんと人間として接してくれて、それはとても嬉しいことなのだけど、馬としての私は、これからきっと、ククールさんに助けていただく事も多いでしょうね。

私自身、まだ馬であることに不慣れで、余計な面倒をおかけするかもしれませんけど、どうかよろしくお願いしますね。

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