キッツい女……。
そりゃあ、同情買って気を引こうとか、慰めてもらおうとかいう気持ちはサラサラ無いけど。
だからって、一応こっちは、親代わりに育ててくれた修道院長に死なれたばかりなんだからさ。
もうちょっと、優しく接してくれても、バチは当たらねぇと思うんだけどな。

……仕方ねぇか。
オレも彼女にはずっと、優しくなかったんだから。

まず最初に会った時、咄嗟だから仕方ないけど、乱暴な連れ出し方しちまったし。
次は、せっかく指輪を返しに来てくれたっていうのに、オレは禍々しい気配に気を取られてて、その事はすっかり忘れちまってたし。
いきなり無理な頼み事して、おまけに濡れ衣着せて牢に入れられるハメに追い込んで、挙句の果てには、扉を破る体当たり要員にまでさせちまった。
どう考えても、レディに対する仕打ちじゃねえ。
そして極め付けは、あんなヤバい場面に、連れていっちまったことだ。
あの時、彼女だけでも下の階に残していくべきだったんだ。
そうすれば、あんな光景を見せずに済んだ。
兄を殺された悲しみを、あんな風には思い出させずに済んだかもしれないのに。


「すみません、院長。オレ、貴方の葬儀のすぐ後という、しめやかに過ごすべき時に、最低最悪な罪を犯してしまいました」
マルチェロが騎士団長になる前は、この館にも気軽に出入り出来て、よくこんな風に懺悔しに来たっけ。
「よりによって、か弱い女性を泣かせてしまいました。騎士として、あるまじき行為です」仕える主を守れなかった時点で、とっくに騎士なんて失格なんだけど。
おまけに、養い子として、育ててくれた親を守れず、男として、目の前の一人の老人さえ守れなかった。
「……最後まで出来が悪くて……。本当に…」
『申し訳ありませんでした』と続けるべき声が出てこない。

院長はオレがどんな規律違反をしても、大抵は笑って許してくれた。
周りがどんなに、『笑い事じゃない』って言っても、院長の座右の銘は『いつだって笑ってる場合』だったから、誰も敵わない。
オレは誰かに許されるってことが嬉しくて、ずっとそれに甘えてきた。
だからきっと今度の事も、院長は誰も責めずに許してしまうんだろうけど。
……これだけはどうしても、謝って許されてしまいたくない。


……そういえば。
ふと気がついてしまった。
あのゼシカってコ、体調良くなかったみたいだけど、途中で倒れたりしてないだろうな?
あれだけ怒鳴りまくって、勢い良く出て行ったから大丈夫だとは思うけど……。
『ゆっくりイジけてて』なんて捨て台詞吐いていく女を、心配してやる義理は無いけど、あの壊れてしまうんじゃないかと思うような泣き方を思い出すと、放ってもおけない。

こうしてても気持ちの整理も付きそうにないし、取り敢えず宿舎に戻ってみようと開いた扉の前に、ゼシカは立っていた。
彼女は何て言うか……行動が予測出来ないタイプだな。
「あの…これ……」
タオルを差し出されたんで、一応は受け取るけど、何のつもりかわからない。
「ちゃんと拭いた方がいいと思って……」
拭くって言われても……何を?
周りに濡れてる物を探すと、一つだけ見つかった。
「……床?」
確かに濡れたままじゃあ、滑って危ないかもしれないな。
ゼシカは一瞬、目をパチクリさせて、その後でまた怒鳴り出した。
「あんたの目には、これが雑巾に見えるわけ!!?」
どうしてこのレディは、こんなに気が短いんだろう。
「あ……ごめん、違うの。ケンカしに来たんじゃないわ」
だから、ホントに何しに来たんだよ。
「さっきは、ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げ、その勢いのまま回れ右して走っていってしまう。
かと思うと、橋の真ん中辺りでまた振り返った。
「ちゃんと自分を拭いてよ! 風邪とかひかないでね!」
そして今度こそ、宿舎の中に駆け込んでいった。
……どこ拭くんだよ。とっくに全身、乾いてるよ。
あの落ち着きの無さと、空気の読めなさは、何とかならないのか。
彼女の辞書に『そっとしておく』って言葉を書き込んでやりたい。
笑いたい気分なんかじゃないのに、もう笑うしかねぇよ。
……笑いたくなんか…ないのに。

オディロ院長はいつだって、人を笑わせることばかり考えてて、そのくせ思いつくダジャレは気が遠くなる程つまらなくて。
そして自分は、何でも笑って許してしまってた。
だけど…笑って許しちゃいけないことだってあるだろ。
「何で……」
自分の無力さを棚上げなんてしたくないし、筋違いな怒りだって感じたくない。
だけど、どうしても思わずにいられない。
「何で、逃げてくれなかったんだよ!」
マルチェロも、死んでいったヤツらも、何度も院長に言ったはずだ。
『どうか逃げてくれ』って。
それだけの時間だって、十分に稼いでたはずなんだ。
なのに、神の加護なんか信じて、あんな化け物ジジイなんか庇って殺されて、それを全部無駄にした。

…………違う。
わかってるんだ、そうじゃないってことぐらい。
オレはずっと見てたんだから。
道化師が杖から魔力を迸らせた時、院長にはわかったんだ。
あの場にいた人間が束になっても、あの道化師には敵わないと。
だから道化師に目的を果たさせてしまうことが、他の人間に手を出させない、たった一つの可能性だった。
その為に院長は、自分の命を賭けたんだ。
院長が本当に庇いたかったのは、マルチェロと……そして、多分、オレ。
オレはその院長の姿を見てたのに、身体が思うように動かなくて。
最後の最後まで守られっぱなしで、結局、何一つ恩返しが出来なかった……。


あー、くそっ。
あのゼシカって女、本当にムカつく。
使っちまったよ、タオル。
そもそも、あいつさえ来なければ、余計なこと考えずに済んで、必要無かった物だっていうのに。
……腹立つから、これでこのまま床も拭いちまおう。

イヤな予感はしてたんだ。
マルチェロにあの三人組を呼んで来いって命令されて、お前もここで話を聞けって言われた時から、どうせロクな事じゃないだろうって。
「憎むべきはドルマゲス。あの道化師には、神の御名のもと、鉄槌を下さねばなりますまい」
聖職者らしからぬ、物騒な話だ。
『憎む』とか『鉄槌を下す』とか聞いたら、果たして慈悲深き神様やオディロ院長は、何ておっしゃるかね。
「みなさんも、ドルマゲスを追って旅しているとか。どうでしょう? ここにいる我が弟ククールを、同行させてはいただけませんか?」
……どこからツッコめばいいのやら。
旅に同行させてもらうとかって、オレ、初耳なんだけど。
普通こういうのって、当人に先に了解を得とくもんなんじゃないのか?
おまけに、こんな時だけ『我が弟』かよ。
さすが、お兄様。
どこでどういう言葉を使えばオレが嫌がるか、実によく理解してくださってる。
「……騎士団長どの。規律が守れぬ者は、弟とは思わぬと、あなたが言ったのでは……」
「今はこの方々と話をしているのだか? お前は黙っていろ」
だから、オレは当事者だってぇの。
色々と、オレ一人に敵討ちを命じる理由を述べてくれるが、要はこの機会に厄介払いしたいだけなんだろう。
ずっと庇ってくれてた院長がいなくなってしまった以上、近い内にこの修道院を追い出されることになるのはわかってた。
だけど……何も、オディロ院長の敵討ちを口実にすること無いんじゃないのか?
あんたにとって、院長の存在って、一体何だったんだよ……。
「なるほど。わかりました。それほどおっしゃるなら、こいつらについて出ていきます。院長のカタキはお任せを」
そっちがそういうつもりなら、お望み通り出ていってやるさ。
オディロ院長のいない修道院なんて、何の未練も無い。
そのイヤミな仏頂面をもう見なくて済むかと思うと、せいせいするぜ。

用件がわかった以上、その場にいる理由は無いと団長室を出ると、緑のおっさんが付いてきた。
「何の用だよ?」
「いや……何かワシに出来ることは無いかと思ってな。何せ、院長が亡くなられたのはワシの……」
「だから、もうやめろって。荷物まとめてすぐ行くから、先に外に出ててくれ」
そうでなくても、今はムカついてんだ。
本当の仇じゃなくて、手近な相手に八つ当たりしていいなんて、誘惑としては甘すぎる。


とりあえず部屋に戻って荷物をまとめる。
荷物っていっても、質素を宗をする僧侶の身だから着替えが少しあるくらいだ。
すぐに荷造りが終わって廊下に出ようとドアを開けると、エイトの声が聞こえてきた。
「ヤンガスとゼシカは、ククールが仲間入りする事をどう思う? これはすごく重要な事だから、もし反対ならはっきり言ってほしい。僕は正直、マルチェロさんのあんな陰険な頼みを聞くのは、ちょっと腹立つ気持ちがあるんだ」
……今気づいたけど、確かにこいつらには拒否する権利っていうのがあるんだよな。
しかし、エイトって温厚そうな顔して、結構キツいな。
「だけど、ククールは信頼していい人だと思うから、一緒に来てくれるっていうなら、彼のことは歓迎したいんで困ってる。だから二人の意見を尊重したいんだ」
……なんか、こういう話を立ち聞きするのは気まずいな。
でも迷惑がられてるようなら、自分から身を引いた方がいいだろうから、これはハッキリさせとかないと。
「ごちゃごちゃした話は苦手なもんで、さっぱりなんでがすが、あの若造も旅に加わるって事ですかい? 3人じゃあ無理でも、4人なら……そうでがす! ドルマゲスにも勝てるかも。ドルマゲスにも勝てるかも知れねえ! よおおおおおおし! あがってきた! アッシのテンションがあがってきやしたよ! 兄貴!」
ちょっと暑苦しいけど、ヤンガスは快諾してくれた。
あと残すは、最大の難関ゼシカ嬢だ。
「あのふたり、兄弟にしては似てないわね。いや、ふたりとも話すと微妙にムカつく所は似てるかも」
間違いなく、これは褒められてない。
「まあいいわ。どんな人格でも、戦力は戦力よ。今は猫の手だって借りたい。ちょっとだけ希望が見えてきたわ。行きましょ! 4人でドルマゲスを追うのよ」
『どんな人格でも』とか『猫の手だって借りたい』とか、酷い言われようだが、とにかくお嬢様のお許しもいただけたってわけだ。

この連中は寄り道するのが好きらしく、外へ出る扉の前で結構待たされた。
指輪を返しに来るのに二日もかかったのが、何となく納得出来る。
「……よう。まあ、そういうわけだ。オレも旅に加えてもらうぜ?」
おかげで、立ち聞きしてたなんて疑われそうにないんで、いいけど。
「マルチェロ団長どのに命令されたからじゃない。院長はオレの親がわりだったんだ。あいつ……ドルマゲスは絶対に許さない。必ずカタキは討つさ。それに……。……こんな所。頼まれたっていたくないね。追い出されてせいせいするさ」
……ダメだ。後ろめたいことがあると、どうしても多弁になる。
わざわざ自分から『追い出された』なんて表現する必要も無いのに。

気を取り直し、ここで待ってる間に考えてた……まあ、何て言うか、ちょっとした仕返しを実行することにした。
「それと約束してたよな? いろいろ世話になった礼は、いずれ必ずするって」
オレはゼシカにキザったらしさ全開で向き直る。

『それで負けっぱなしで終わらせるつもり? また見つけなさいよ、守るものくらい!』

言われた時はムカついたけど、確かに一理はあるんだよな。
どんなことでも、負けるっていうのはオレの性分には合ってない。
おまけに、育ての親に死なれてまだ一日って時に、まだ笑う気力があるってことを突き付けてくれた。
どうやら騎士を廃業にするには、まだ早いらしい。
だけど、守るものが無いと、やっぱり騎士としては格好つかないし、だからといって、そう簡単に守るものなんて見つかるわけがない。
だったらとりあえず、手近なもので代用するしかない。

「ゼシカ。これからオレは、片時も離れず君を守るよ。君だけを守る騎士になる」

ゼシカは笑えるぐらいイヤそうな顔をしたけど、イヤだとは言わなかった。
拒否する権利が無いことぐらいは、空気読めない彼女でもわかるらしい。

「はいはい。どうもありがとうございますー」

そうそう。自分で言った言葉には、責任取ってもらわないとな。
これに懲りたら、あんまり考え無しにものを言うもんじゃないぜ、お嬢さん。

ま、一応はちゃんと守る気ではいるからさ。
これからしばらくの間よろしくな、ハニー。

第十七話へ

長編ページへ戻る


トップへ戻る