助けてくれ、エイト!
そう叫びたいのに、血の付いたトゲがビッシリ埋め込まれた、人形の形の拷問道具を目の前に突き付けられ、歯の根が合わん。

こんなことなら、あのまま牢屋にいた方がマシじゃった。
それなのに、今ワシの襟首を捕まえておるククールなんぞを信じて、ノコノコと拷問室まで付いて来たのが間違いだったんじゃ。
美男子なぞ、決して信用してはならんというのに!
「たとえば、あんたを中に入れてフタを閉めれば、全身をこのトゲが突き刺すのさ。つまりオレは、手を汚さずにあんたを全身穴だらけにできるってわけだ。便利だろ?」
何が便利じゃ! 誰も全身穴だらけにしてくれなどと、頼んどらんわ!
そう抗議する間もなく、拷問具の中に放り込まれた。

「ギャーーーー!!!!」
自分の絶叫が、鉄製の拷問具の中で反響した。

ミーティア! こんな所で、お前を残して死ぬワシを許してくれ。
エイト! 姫のことは頼んだぞ。必ず守ってやってくれ。
ああ、愛しい妻よ。ワシもとうとう、お前のそばに行くことになってしまったようじゃ。優しく迎えておくれ。
じゃが! その前に亡霊になって、あのドルマゲスめに取り憑いて、姫と城の呪いは解かせてやる。
ワシはただでは死なんぞ! 

…………。
しかしさっきから、痛みも何も感じんの。
起き上がって自分の身体を見てみると、トゲトゲは一つも刺さってはいない。
ワシは、拷問具にではなく、その奥に続く抜け道に放り込まれていたのじゃ。


さっきは酷い目に遇わされたが、このククールという若者が、修道院長の命を救ったエイトたちに感謝しているという言葉に、嘘は感じられん。
こうして案内されている抜け道にも、ワナのある気配は無いし、どうやら無事に脱出できそうじゃ。
そう思って安心しかけた時、さっきまで妙に無口になっていたエイトが、重そうに口を開いた。
「王様……」
その声は、今までに聞いたことが無い程、低いものじゃった。
「僕はお願いしましたよね。『姫様と一緒に待っていてください』って。どうしてお一人で動いたりなさったんですか?」
「どうしても何も……お前達がなかなか戻ってこんから、心配して探しに来てやったに、決まっておるじゃろう」
「言いたくはありませんが、今の王様のお姿で、そういう行動を取られるのは危険なんです。どうかもう二度と、こんな無茶なマネはなさらないでください」
今までずっと忠実だったエイトの、初めて聞く咎めるような言葉に、ワシに少なからずショックを受けた。
「なんじゃ、それは……つまり、こんな魔物姿のワシに、うろつかれるのは迷惑だと言いたいわけか!?」
わかっとるわい! ワシが修道院で捕まったことで、エイトたちの立場が悪くなったということは。
だからヤンガスとゼシカが、ワシを見て他人のフリをしたことを責めるつもりはない。
だがエイトだけは、決してワシを見捨てたりしないと信じておったのに。
「だから、ワシがトゲトゲ人形に放り込まれる時も助けてくれなかったんじゃな! ワシなんて、いなくなればいいと思ったんじゃろう!」
「ち、違います! それは、ちょっとビックリして……」
エイトが言い訳しようとするが、聞きたくないわい!

「揉め事なら、後にしてくれ。着いたぜ」
ククールがそう言ってかざした松明の炎が、上に伸びる梯子を照らしていた。
「この上から、外に出られる」
修道院では散々な目に遇い、エイトにまで責めるような事を言われたワシは、もう身も心もボロボロじゃ。
少しでも早くこんな所は出たいと、梯子を昇ろうとするが、それもククールに止められてしまった。
「待てよ。アンタが先に行って、上に誰かいたら、また騒ぎになる」
ククールがワシを制して、先に梯子を昇っていく。
確かにそれは尤もなんじゃが、今の自分が邪魔者以外の何者でもないのを、悉く思い知らされるようで、何だか悲しいのう。

梯子を昇りきったワシの目に、思いがけず、愛しいミーティアの姿が映った。
「おおっ、ミーティア!! 無事じゃったか!」
嬉しくて、思わず姫にスリスリしてしまうが、冷静に考えるとミーティアは、修道院の近くに残したままだったはすじゃ。
それがこんな所にいるとは、もしかして、このククールが姫の事を保護して、ここに匿ってくれていたということか?
……ワシは基本的に美男子は好かんが、ククールはなかなか気の利くヤツのようじゃ。
ミーティアに免じて、ワシへ無礼を働いたことは許してやろう。
「わしは、姫を連れて先に外に出ておる。お前たちも、早く来るのじゃぞ!」
さっきの言い合いのせいで、どうにもエイトたちと同じ場所にいるのが気まずくて、ワシは先に外へ出た。


小屋を出てすぐ、夜の闇を切り裂くように燃え盛る炎が目に飛び込んできた。
修道院の宿舎から、修道院長の館へと続く橋が、燃えておる。
ワシも、後から出て来たククールやエイトたちも、ただ呆然とするばかりじゃった。
「橋が……修道院が燃えている? バカな……。……まさか、さっきのまがまがしい気の奴が再び……? !!! オディロ院長が危ない!」
ククールは勢い良く駆け出した。
【ルーラ!】
そして、ワシらの存在など忘れてしまったように、自分一人だけで呪文を使い、修道院へと飛んでいってしまった。
トラペッタの、マスター・ライラスも、家に火をかけられて殺されたという話じゃ。
犯行の手口が同じということは、この家事もドルマゲスの仕業に違いない。
「ええいっ! 何をしておる!! さっさとククールとやらを追いかけんかいっ!」
燃える橋を見ているだけで、動こうとしないエイトに、ワシは痺れを切らす。
「はっ、はい!」
ワシの声でようやくエイトは我に返り、ルーラの呪文を唱えた。

「王様は姫様とここで待っていてください! 今度は絶対に動かないでくださいね!」
修道院に駆け込みながら、エイトがワシにクギを刺すようなことを言ってくる。
あいつめ、まだワシを邪魔者扱いするというのか。
だが、ドルマゲスが今まさにここで、凶行に及んでいるだろうという所で、黙って待っているなど出来るはずがないじゃろう!

エイトたちの後を追って修道院の中に入るが、魔物との戦いで鍛えられてるあいつらには、足では敵わなん。あっという間に見えなくなってしまった。
幸い、修道院の建物自体には火は回っておらんようじゃが、ここの者たちは、うろたえるばかりで、まともな消火活動も出来ておらん。
おかげでワシの姿も見とがめられることは無いが、この様子ではドルマゲスの悪事を挫くどころではないじゃろう。
やはりここは、ワシが何とかせねば。
宿舎を通り抜けると、エイトたちが今まさに、燃え盛る橋を渡り終えた所じゃった。
橋の前にいる騎士たちは、後に続こうともしなければ、火を消すための具体的な何かもしておらん。
バケツが無いなどと言っとらんで、その辺にある物を代用できんかと、隅にあるタルを川まで運ぼうとした時、宿舎の扉が勢い良く開かれた。
「畜生! マルチェロの野郎、どこにもいやしねぇ!!」
声の主はククールじゃった。
先に院長の元に行っておると思ったのに、マルチェロを捜しておったのか、それとも剣を取りにいっておったのか。
ククールは意を決したように、燃え落ちる寸前の橋へ向かって駆け出した。
渡る先から崩れ落ちていく橋を渡りきり、ククールはどうにか対岸へと辿り着いた。

「ええいっ! お前達は何をやっとるんじゃ! 燃えてた橋が無くなったんじゃから、向こう側に渡るチャンスじゃろうが!」
そう怒鳴りつけてやると、ようやく周りの騎士たちがワシの存在に気が付いた。
「ま、魔物!?」
慌てたように腰の剣に手をかけておるが、こんな腰抜けたちなど、怖くもなんともないわい。
「ワシは魔物ではない! だが、今はそれより、代わりの橋を渡すのが先じゃ。早くロープと材木を持ってこんか!」
ワシの威厳ある叱咤の甲斐あって、ようやく騎士たちはバタバタと動きだしおった。
エイトたちが扉を体当たりで破ったのと、騎士団員が放った、ロープを結んだ矢が対岸に突き刺さるのが、ほぼ同時じゃった。
ワシはタルを川に浮かべ、その中に入ってロープを伝い、院長の館へと向かう。
体格の良い者が多い聖堂騎士たちには、この芸当は無理らしい。
今回ばかりは、この小柄な身体が有利に働いたようじゃ。
どうじゃ、エイト! お前の主君の底力。その目に篤と見せてやるわ。

その後の、院長の館で起こった全ての事を、ワシは決して忘れることは無いじゃろう。

何人もの、聖堂騎士たちの亡骸。
宙に不気味に浮かび上がるドルマゲスの姿。
そのドルマゲスの杖の一振りで、壁に叩きつけられるククールとマルチェロ。
全く臆する事なく、神の加護を信じて、毅然と襲撃者に立ち向かう修道院長の姿。
己の力量も弁えず、エイトを押しのけてドルマゲスに挑んだワシ。
そのワシに向かって、ドルマゲスが投げ付けた杖。
ワシを庇い、自らの身体を投げ出して杖に刺し貫かれた修道院長。
そして月夜に溶けるように消え、再び行方をくらませてしまった、ドルマゲスの笑い声。

その後、急拵えの橋を渡して駆けつけた騎士団員たちに、マルチェロが全てを説明した。
修道院長を狙っていたのは、ワシらでは無くドルマゲスだったことがわかり、疑いは晴れた。
じゃが、とても心は晴れん。
ワシの軽率な行動のせいで、修道院長を死なせてしまったということは、どうやっても拭いようの無い事実なのじゃから。


ドルマゲスの襲撃の後始末が終わらぬ内に、今度は修道院長の葬儀の準備で、修道院内は夜通し慌ただしかった。
その中でも、ククールの目立つ真紅の制服姿を捜すことは、そう難しくはなかった。
ククールは、降り出したばかりの雨に打たれながら、院長の館へ続く橋をただ見つめておった。

「ククール……雨に濡れたりして、ケガは大丈夫なんでがすか?」
ヤンガスの言葉に、ククールはゆっくりと振り返る。
「ああ、おかげさまで。これでも結構頑丈なんだ。この制服は、それなりに守備力も高いしな」
沈んだ感じはあるものの、あくまで穏やかなその返答に、ワシは却って居たたまれない気持ちになる。
「院長が亡くなったことは、全てはワシのせいじゃ。謝って済む事とは思っておらんが、どうしても一言、お詫びがしたかった。本当に申し訳ない」
ククールやマルチェロ、他の多くの騎士達が命を懸けて院長を守ろうとした行為が、ワシのせいで全て無駄になってしまったのじゃから。
「どうしてそれが、あんたのせいになるんだ?」
ククールは、心底不思議そうな声で、そう訊いてきた。
「あんたたちはただ、オレのせいで巻き込まれただけで、元々は何の関係も無かったんだ。こっちこそ、危ない目に遇わせて悪かったよ。むしろ、あんたたちにケガさせずに済んで良かったと思ってる」
今になってようやく、ワシは自分たちがあのドルマゲスを追って旅をしているという事を、ククールに話してはいなかった事に気が付いた。
我がトロデーン城で起こった事や、トラペッタとリーザス村での殺人の事を、かいつまんで話すと、ククールは微かに聞き取れる程の小さな声で呟いた。
「ドルマゲス、か……」
その瞳からは、さっきまでの穏やかさは消えていた。
「やっぱり、あんたたちがいてくれて良かったよ。おかげで院長の仇の名前はわかった。……せめて、それぐらいは知っておきたいからな」
ククールの声はあくまで静かだが、その中にも確かな怒りと憤りを感じる。
「せめて、この修道院に来てすぐに、北の大陸で起こった殺人の事を知らせ、道化師に気をつけるよう忠告しておけば、このような事態は避けられたかもしれん。やはりこれは、ワシの責任……」
「もういい。頼むから、やめてくれ」
最後まで言い切らんうちに、ククールに遮られてしまった。
「院長を殺したのはドルマゲスで、院長を守れなかったのは、オレたち聖堂騎士の責任だ。それが全てで、それでいいんだ。とりあえず手近な相手に責任をなすり付けて憎むなんて安易なマネして、恨む相手を間違えるようなことはしたくない」
その言葉の最後の方は、ほとんど吐き捨てるようだった。

院長の館の扉が開き、棺が運び出されているのが見えた。
どうやら、埋葬の準備が整ったらしい。
「葬儀が始まる……。悪いな、オレは行かせてもらう。……何か今日は、うまい言葉では言えないけど、院長の事はあんたたちのせいなんかじゃないから、気にしないでくれ。……じゃあな」
ククールが葬儀の列に加わっていくと、それまですっかり落ち込んで無口になっていたゼシカが、口を開いた。
「私、お葬式に出席させてもらえないか、お願いしてみるわ。……何も出来なかったけど、お見送りくらいはしたいの」
「あ、アッシも行くでがすよ。せめて院長先生の棺にだけでも詫びてぇでげす」

ヤンガスとゼシカは、橋を渡っていったが、ワシはこの場を動く気にはなれんかった。
とても顔を出せたものではないし、何より、この魔物の姿で葬儀に参列などしたのでは、周りの人間が不快な思いをするじゃろうからな。
「エイト、お前は行かんでいいのか?」
エイトは下を向いたままで、低く答える。
「お側に…いさせて下さい」
そして一つ、大きな深呼吸をしたかと思うと、重々しい声でワシに呼びかけてきた。
「王様……」
「なんじゃ?」
「どうかもう、二度とあんなマネはなさらないで下さい」
わかっておる。
言われずとも、十分にわかっておる。
昨夜、ワシはあれだけエイトに『動くな』と言われていたのに、それを聞かずに勝手な行動を取って、修道院長を死なせる結果になってしまった。
こんな主君に、どれほど腹を立てても無理はない。
「僕は……予想してなかった事が起きた時、冷静な判断は出来ない人間だってわかりました。だから尋問室に王様が連れてこられた時も、拷問室でククールにトゲ人形の中に放り込まれた時も、王様をお助けできなかったんです。……そしてドルマゲスからも」
エイトの声は震え、無造作に両脇に垂らされた拳も、震えながら握り締められている。
「ククールは僕よりずっと頭の回転も早くて、機転も利いて。さっきだって、すごく冷静で立派な態度で。僕にはとてもあんな風には出来ません。……でも、そんな彼でも、オディロ院長を守ることは出来なかった……」
雨粒がエイトの髪を伝い、幾つも足元へと零れていく。
「僕はイヤなんです! 王様が殺されるなんて、絶対にイヤです!」
顔を上げたエイトの顔には、幾筋もの水が滴っていた。
「だけど、僕はうまくやれないから……。だから…どうか、危ないことはなさらないで下さい。……僕は…ククールと同じ思いだけは、絶対にしたくないんです……」

……ワシは、何という大バカ者だったんじゃろう。
エイトは最初からずっと、ワシの身の安全だけを心配してくれていたのだと、気づきもせんで勝手にスネておった。
主君の為を思って、諌めてくれる者こそが真の忠臣だというのに、そんな事すら忘れてしまっていた。
「すまん、エイト。ワシが悪かった。約束しよう、もう決して危険な場所には足を踏み入れたりはせん。……だから、そんなに泣くな」
「な、泣いてません。これは雨で濡れただけで……」
エイトは慌てて顔を、袖で拭う。
この辺りはやっぱりエイトも男の子じゃな。
こんなに顔をグチャグチャにしておるくせに、結構、見栄っ張りじゃ。


ワシは決して忘れる事は無いだろう。
ワシの軽率な行動で、修道院長を死なせてしまった責任を。
ドルマゲスに杖を投げ付けられる寸前に確かに見た、エイトがワシを守ろうと、腕を伸ばして飛び出そうとする姿を。
そして何よりも、これから先、どんな事があったとしても、エイトがいつもワシを想ってくれているということだけは、決して忘れてはならんということを。

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