私は、さっきのククールってヤツに押し付けられた指輪を、エイトに渡す。
あんなヤツが身に着けてた物なんか、いつまでも触っていたくないわ。
「いーい? エイト! そんな指輪、受け取っちゃダメ。マイエラ修道院まで行って、あのケーハク男に、叩き返してやるんだから!」


もう! 今日は、イライラすることばっかり。
修道院ではイヤな目に遇うし、ドルマゲスと一人で戦いたいってお願いしても、エイトに断られるし、酒場では揉め事に巻き込まれるし、あんな男に指輪なんて押し付けられちゃうし。
「ゼシカの姉ちゃん、なにをそんなに怒ってるんだ? もらえる物は根こそぎもらう。もらえねえ物は腕ずくで、ぶんどる! これが男の道ってもんだ。ねっ、兄貴!」
ヤンガスの呑気な物言いに、ますます腹が立つ。
何が『男の道』よ、それ強盗じゃないの!
……なんてツッコミも、どうせ無意味なのよね、きっと。
「私は、ああいうなれなれしい男が、大っ嫌いなの! エイト! ほら、修道院に行くわよ!」
エイトは、私とヤンガスの顔をしばらくの間、見比べていて、やがてニッコリ笑ってこう言った。
「じゃあ、間を取って、指輪は明日返しに行こう。とりあえず今日は、もう宿を取って休まない?」

どの辺りが『間を取って』なのか、よくわからないけど、仕方ないので、その夜はそのまま、ドニの町の宿屋に泊まることになった。
だって、エイトにああ言われたら、どうしようもないわ。
こっちの大陸に渡ってきてから、現れた魔物とは逃げずに戦ってるけど、リーザス村の辺りの魔物よりも、強い種族が多い。
どうしても無傷では済まなくて、戦闘の度にエイトの回復魔法のお世話になってしまう。
そうなると当然、エイトのMPの消費が一番多いから、一番負担も大きくて疲れるんだろうと思うと、無理は言えないわ。

そう思って、一晩は我慢したのよ。
なのに夜が明けて、さあ修道院へ行こうって思っても、エイトはまた、ドニの町の人達に話を聞いて回り始めた。
朝と夜とでは、外に出てる人の顔触れも違うし、聞ける話も違うだろうからって。
結局、昨日と変わりばえする話は聞けなかったんだけど、エイトの言うことにも一理あったんで、それもまあ、我慢したわ。
だけど!
「ねえ、ちょっと川沿いを散策してみようか」
昼過ぎにドニの町を出て、ようやく修道院へ続く橋が見えたって所で、エイトが呑気に言い出した時には、キレそうになった。
「何言ってんのよ! 修道院はすぐ目の前なのに! サッサとククールに指輪を返しに行くわよ!」
「まあまあ。いいじゃない、ちょっとぐらい。今日は風が涼しいから、きっと気持ちがいいよ」
温和な笑顔なんだけど、有無を言わせない雰囲気で、エイトは修道院の直前の土手を右に入って行ってしまった。
他の皆も、何の疑いも無い様子で、エイトの後を付いて行ってしまう。
こうなったら、私一人で指輪を返しに行こうと思ったものの、指輪はエイトに預けてしまっていたので、どうにもならない。

「とにかく修道院に行きましょ。あのククールって奴に、指輪をつき返してやらなきゃ!」私がいくらそう言っても、エイトはお構い無しで辺りの風景を眺めている。
「立派だね〜、修道院。昨日入った所って、多分あの辺までだから、その倍くらいあるよ。こんなに大きいとは思わなかった」
そうね。確かに立派な建物だわ。
奥の中洲に建てられてる館に嵌められてるステンドグラスも、とってもキレイ。
思わず見とれて、強そうな鎧姿の魔物に襲われそうになって、慌てて逃げ出す程ね。
「あ、ほら、川の向こう! 羊がいるよ。可愛いねぇ、草食べてるよ。僕らもここでお弁当にしようか」
そう言ってエイトは、いつの間に用意してたのか、サンドイッチの詰まったバスケットを取り出す。
……何かもう、逆らっても無駄な気がしてきた。

辺りが夕焼け色に染まっていく中、川のせせらぎを聞きながら食べるご飯は、確かに美味しいわ。
うっかりこれが、敵討ちの旅だなんて、忘れてしまいそうになるくらいに。

「ねえ、どうしてゼシカは、そんなにククールの事を嫌うの?」
ちょっと気が緩んだ時に、エイトの一言でイヤな事を思い出させられてしまった。
「確かにちょっと態度は軽かったけど、さっぱりしてて親切だし、礼儀正しかったじゃない。そんなにイヤなタイプじゃないと思うけど」
「あいつのどこが礼儀正しいのよ!? 人の身体、上から下までジロジロと眺め回して、失礼もいいとこじゃないの!」
「ケガしてないか、心配だったんじゃないの? 本人も、そう言ってたじゃない」
「あんなの言い訳に決まってるじゃないの! むしろ、あいつのせいでケガするとこだったわよ。あれだけ身長差があって、歩幅だって全然違うのに、人の腕掴んだまま、ずんずん歩いて行っちゃうんだもの。何度も転びそうになったんだから! それに掴まれた腕だって、凄く痛かったんだからね!」
「あれは、しょうがないよ。彼がああしなかったら、酒場が火事になってたよ。咄嗟の事で、力加減とか出来なかったんじゃない?」
う……。確かに、アルコールのある所でメラはまずかったとは思うけど……。
「でも、あの時のククール、凄い素早かったよね。僕、あんなに早く動けないよ」

……そうよ。それが一番、気に入らないのよ!
その後だって、避ける余裕も無く手をとられて、指輪を押し付けられちゃったし。
それはつまり、私よりもククールの方が素早いということ……。
魔法使いっていうのはね。素早さが命なのよ!
力も体力もなくて、打たれ強くもない以上、やられる前にやるしかない。
先手必勝なのよ。
それなのに、あんな風に魔法が発動する前に止められたら、勝負にもならないじゃないの。
あんな男にまで負けてるようじゃあ、兄さんの仇のドルマゲスに勝つなんて、夢のまた夢だわ。

「……わかったわよ。ククールに会っても、あまりケンカ腰にならなければいいんでしょう?」
やっぱりククールの事は気に入らないけど、その理由の半分くらいに、八つ当たりの気持ちがあるのは認めざるをえない。
「こんな寄り道したのは、私の頭を冷やすためだったのね」
「う〜ん、そういうわけでもないんだけどね」
私よりも年下なのに、エイトはすごく落ち着いてる。
頭ごなしに叱ったりしないで、こういう風にさりげなく反省させてくれるところ、何だかサーベルト兄さんに似てるかも。
「じゃあ、早く修道院に行きましょ」
もう暗くなってきたし、修道院って夜遅くに訪ねていく所じゃあないと思うし。
「え……いや……せっかくここまで来たんだから、行けるとこまで行ってみない? ほらここ。道があったみたいな跡があるよ。きっとこの先には何かあるんだよ」
…………もしかしてエイトって、ただの寄り道好き?

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