船を手に入れる手掛かりを求めて、目指したトロデーン城は、上空に不吉な暗雲が垂れ込め、城門には不気味な茨が絡み付いていた。 
    「このままでは、入れんのう。ゼシカ、このイバラを、魔法で何とかしてくれんか?」 
      トロデ王にそう頼まれてしまい、私はちょっと困ってしまった。 
      だって、ここに来るまでの間の戦闘で、MPを使い切ってしまっていたから。 
      でも、どうしてなのか、それを素直に言い出せなかった。 
      思い返してみると私、どこへ行くのでも、目的地に着く頃には必ずと言っていいほど、MP切れをおこしてるような気がする。 
      何だかそれって、学習能力が無いみたいで、くやしいじゃない。 
      「仕方ないわね。ちょっと待ってて」 
      メラ一発分くらいなら、身体中から魔力を絞り出せば、きっと何とかなるわ。 
    城門の前に立ち、足は肩幅まで開いて呼吸を整え、意識を集中する。 
      あ……何か来てる。 
      頭のてっぺんからも、足の先からも、少しずつ魔力が集まってくる。 
      それが両の掌に集まったのを感じ、その手を胸の前に翳す。 
      【メラ】 
      呪文を唱えると、魔力は確かな火の玉となり、城門に絡み付いていた茨を、綺麗に焼き尽くした。 
      やったあ!! やれば出来るじゃないの! 
      「さあ、これで入れるわよ」 
      城門にはコゲの一つもつけずに済んだ、自分の見事な魔力のコントロールに、ちょっと鼻高々になってしまうのを抑えられない。 
      「でも、お願いだから、このお城のイバラを、全部焼き払えなんて言わないでよ」 
      でも一応、断りは入れておく。 
      「私の魔力じゃ、とてもじゃないけど、そんなこと、不可能なんだから」 
      さすがにもう、絞り出す魔力も残ってないし、無理しすぎたら、却って皆に迷惑かけちゃうだろうしね。 
     
      外から、図書室に直接入れる扉には、内側からカギが掛かっていた。 
      それで、このまま魔物だらけになってるだろう城の中に入るか、今日の所は一旦どこかの町に帰るかを、相談してるんだけど……。 
      何だか…気持ち悪くなってきた。 
      寒気と軽い吐き気がする。 
      始めは、この城全体を覆う呪いの気配のせいだと思ってたんだけど、それだったら私よりもククールの方が先に反応するだろうから、多分違う。 
      もしかして……さっきのメラは、やっぱり無理しすぎだったのかもしれない。 
      そうやって一度意識し始めると、どんどん具合が悪くなってきてしまう。 
    「ごめん……。私、今日は、これ以上無理、みたい……」 
      足を引っ張っちゃって申し訳ないと思うけど、とても城の探索なんて出来そうにない。 
      「えっ……大丈夫? ゼシカ?」 
      「そういえば、顔色が悪いでがすな」 
      エイトとヤンガスが、心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。 
      調子に乗って無理して、挙句に具合が悪くなってたんじゃあ、世話がない。 
      「風邪ひいたんじゃないのか? 大体ゼシカは、いつも薄着すぎんだよ」 
      ククールが小言を言いながら、自分のマントを私に着せかけてくる。 
      それは、今までにも、何度もあったことなんだけど……。 
      今の私には、そのマントが鉄の固まりのように重く感じられて、その場に座り込んでしまった。 
      皆が、いろいろ声をかけてくれるけど、その声がすごく遠く感じられて、聞き取れない。 
      情けないのと、気持ち悪いのが限界なのとで、泣きたくなってしまう。 
    それでも、下を向いてジッとしている内に、少しだけ気分がマシになってくる。 
      「とにかく町に戻って、宿で休もう。ゼシカ、動いても大丈夫そう?」 
      「うん……。ごめんね、迷惑かけて」 
      エイトの言葉に答えて顔を上げると、目の前に、銀色の髪が見えた。 
      「……どうしたの?」 
      ククールが、こっちに背中を向けてしゃがんでいる。 
      「その様子だと、歩くのキツいだろ? 乗れよ」 
      乗れって……おぶされってこと? 
      「い、いいわよ、そんなの……」 
      気持ちはありがたいけど、それはさすがに、ちょっと恥ずかしい。 
      「お姫様だっこの方が、良かったか?」 
      ほんの一瞬だったけど、具合の悪さが吹き飛んだ。 
      冗談めかした口調だったけど、今の言葉、私の耳には『サッサとしろ』って脅しに聞こえた。 
      モタモタしてると、問答無用で、お姫様だっこされてしまう……。 
    「……お世話に、なります……」 
      まだ、おぶってもらう方がマシだと思い、観念してククールの肩に手をかける。 
      そしたら、その手を引っ張られてしまい、ほとんどぶつかるような感じで、背中に乗せられてしまった。 
      「ちゃんと、つかまってろよ」 
      ちょっと乱暴な仕種に、ぶっきらぼうな声……なんだけど。 
    あったかい……。 
    ククールの背中から伝わる体温が、すごく気持ちいい。 
      さっきまで、あんなに重く感じてたマントからも、ククール自身と同じ匂いがする。 
      目を閉じると、身体中全部、丸ごと包み込まれてるような気持ちになって。 
      すごく……安心する。 
    
    次に目を開けると、そこは宿屋のベッドの上だった。 
      「あ、ゼシカの姉ちゃん、目が覚めたでがすか。気分はどうでがす?」 
      ヤンガスが、ベッド脇の椅子から、声をかけてきた。 
      ずっと付き添ってくれてたのかな? 
      「うん、大分いいみたい。……ごめんね、迷惑かけて」 
      気分の悪さは、本当にほとんど無くなってる。 
      「迷惑とか、余計なこと考えずに、体調戻すことにだけ集中しろよ。ほら、薬湯」 
      ククールが、湯気の立ったカップを持ってきてくれるけど、妙に身体がダルくて、力も入らない。 
      半ば抱えられるように起こしてもらって、カップも支えてもらって、ようやく薬湯を飲むことが出来た。 
      「薬湯、もう一種類あるんだけど、それは何か食ってからの方がいいんだよな。食欲あるか?」 
      食欲……。正直、サッパリだけど、そんなこと言ってられないよね。 
      「少しなら…食べられると思う」 
      「じゃあ、アッシが病人でも食べられそうな物を、見繕ってくるでがすよ。ちょっと待っててくだせえ」 
      えっ……ヤンガスが行っちゃうの? 
      「ああ、頼む。消化の良さそうなの選んでくれよ」 
      ちょっと待って。 
      エイトの姿は見えないから、多分、王様と姫様の所にいるんだと思う。 
      私とククールを二人きりにして、行ってしまわないでほしい。 
      ……なんてことを言えるはずはなく、ヤンガスは私の食事を用意するために、部屋を出ていってしまった。 
      うう……やだなあ。 
      ククールって、こういう時、お説教や小言が多いんだもの。 
      薄着するなとか、体力の限界を考えて行動しろとか、そういう言葉を、ただでさえ具合悪くてヘコんでる時には聞きたくない。 
    重い気分でいると、ククールの手が、そっと額に置かれた。 
      「やっぱり、熱は無いよなぁ……」 
      そのまま指先で、軽く額を撫でてくる。 
      「喉も腫れてないから、風邪じゃなさそうだし……何が原因で、こんなになっちまったんだろうな」 
      その声は本当に心配そうで、瞳には労りが溢れてて……さっきまでとは違う理由で泣きそうになってしまう。 
      「原因は…わかってるの」 
      「えっ?」 
      ククールが驚いた顔をする。 
      「トロデーン城に着いた時、私もう、MPを使い切っちゃって空っぽだったの。なのに、トロデ王に茨を何とかしてくれって言われた時、それが言い出せなくて……。無理やり絞り出せば何とかなると思って、やってみたらこうなっちゃったの」 
      自分でも、何てバカな理由なのかと改めて呆れてしまう。 
      限界も弁えずに無理して、バカだって怒られても仕方ないわ。 
    「そっか……それか……」 
      ククールが、部屋の隅に置いてある荷物から、何かを探し始めた。 
      そして手に、まほうのせいすいのビンを手にして戻ってくる。 
      「原因さえわかれば、こっちのもんだ。すぐに楽にしてやるからな」 
      「えっ、それ使うの? ダメよ、そんな貴重品、こんな事の為に使っちゃ」 
      「大丈夫。ちょっとしか必要ないから」 
      ククールがビンの栓を抜き、中に軽く指を浸す。 
      「両手出して」 
      何をするつもりなのかわからないけど、とりあえずここは従ってみる。 
      するとククールは、私の手の甲に、まほうのせいすいで、手早く魔方陣のようなものを描いていく。 
      「今度はこっちな」 
      そして額にも同じように、まほうのせいすいで何かを描かれる。 
    「どう?」 
      ククールが自信たっぷりな様子で、まほうのせいすいのビンに栓をした。 
      「すごい……」 
      本当に、そうとしか言いようがない。 
      さっきまでのダルさが嘘みたいに、身体が軽くなった。それも本当に一瞬で。 
      「今、何をしたの? 信じられないくらい、楽になった」 
      起き上がろうとしたら、指で額を押され、そのままベッドに戻されてしまった。 
      「まだ完全に回復してないはずだから、気を抜くなよ。ま、一晩寝れば元に戻るはずだから、我慢するんだな」 
      何か…すごく情けなくなってきた。 
      「ごめんね、こんなつまらないことで、煩わせて。調子に乗って無理しただけなのに、具合が悪いなんて泣き言言って、町に戻る事になっちゃったし」 
      ククールの手が、ゆっくりと頭を撫でてくる。 
      「つまらなくなんかないよ。魔道士に生まれついたら、誰でも一度はやる事だろうし。普通はMPが切れたら、どうやっても絞り出せないんだから、魔法の才能があるって、証明みたいなもんなんだろうな」 
      魔法の才能……本当にあるのかな? 
      もしそうだったら、少しは気持ちも救われるんだけど。 
      「それに、ゼシカが具合が悪い時、自分で教えてくれる方が、こっちは必要以上に気を遣わなくて済むから、むしろ助かるよ。今日は気づいてやれなくてゴメンな。ちゃんと自分から言い出して、偉かったな」 
      ……不思議……。 
      いつもだったら、こんな風に『偉かったな』なんて言われて、頭なんて撫でられたら、子供扱いされてるって腹が立つのに、今はすごく気持ちよくて、安心する。 
      「うん……。今度また具合が悪くなったら、早めにククールに言うね。今日も、こんなに簡単に治す方法があるのなら、すぐに言えばよかった。ククールって、本当に何でも知ってるのね」 
      ククールの手の動きが、ピタッと止まった。 
      「う〜ん。あんまり期待させといて、後でそれを裏切ったら悪いから言っておくけど、今日のは特別な。言ったろ? 魔道士に生まれついたら、誰でも一度はやるって」 
      ……あんまりにも外見のイメージと掛け離れてて忘れるけど、ククールはこれでもかってくらい正統派の僧侶の資質に恵まれる。 
      そして僧侶ってことは、つまり魔道士だってことで……。 
      「ククールも、やったことあるの?」 
      心底、意外だった。 
      だってククールって、カッコつけではあるけど、私みたいにムキになって無理するようなタイプじゃないと思ってたから。 
      「オレの場合はルーラでだけどな。聖堂騎士でルーラを使えるのって、オレだけだったんだよ。それで、やれって言われて、無理だって言えなかった。『役立たずの能無し』って思われたくなかったんだよな」 
      『誰に?』と……言ってしまいそうになったけど、やっぱりそれは、言ってはいけない事のような気がして、口にしなかった。 
      「あれ、辛いよな。寒気と吐き気がして、身体に力が入らなくて、おまけに自分が勝手に無理したことだから、後悔と自己嫌悪までオプションで付いてくるし」 
      「……その時、さっきみたいにして治してもらったの?」 
      「当たり。やっぱり昔から、司祭でも騎士でも、魔道士の資質のある奴は、ほとんど必ずやるらしいんだよな。だから治療法も伝わってたってわけ」 
      「そう…良かった」 
      ククールが、修道院でちゃんと治療してもらったって聞いて、安心した。 
      あそこはククールにとって、あまり居心地のいい場所ではなかったみたいだけど、少なくとも病気の時くらいは、まともに扱ってもらってたみたいで、ホッとした。 
    「お待たせしたでがす! 精力のつく物をたっぷり買ってきたから、たくさん食べて、早く元気になるでげすよ!」 
      ヤンガスが、持ち切れない程、大量の食料を抱えて戻ってきた。 
      「おい! どこの世界に、こんな量を平らげる病人がいるんだ! 自分を基準に買ってくんな!」 
      すかさず、ククールのツッコミが入る。 
      「失礼な。ゼシカの姉ちゃんが、何が食いたいかわからなかったから、好きそうな物を買ってきただけでがす。食欲が無くても、これだけありゃあ、何か一つくらいは食いたくなるモンがあるはずでがす」 
      ヤンガス……私が食欲無かったって、ちゃんと気づいて気を遣ってくれたんだね。 
      「ありがと、ヤンガス。もうね、ほとんど治ったのよ。だから大丈夫」 
      「ゼシカ。ヤンガスを甘やかすな。残った分は自分で食おうとしてるだけだ」 
      ククールがブツブツ言いながら、私が寄りかかりやすいように、ベッドの背もたれにクッションを重ねてくれる。 
      肩にもショールをかけてくれて、本当に甲斐甲斐しい。 
      もう起き上がっても大丈夫なくらい元気なのに、こんなに世話をやいてもらっていいのかな。 
      私こそ甘やかされすぎな気がする一方で、たまにはこういうのもいいなって思いもする。 
      今日のククールは、いつもみたいに小言とは説教とかしてこなくて、すごく優しくて、具合が悪かったのは本当に辛かったのに、ちょっと得した気分にもなって……。 
     
      「あははははははははっ!!」 
      唐突にあることに気づいて、私は大笑いしてしまった。 
      ククールもヤンガスも、驚いた顔して私を見る。 
      わかった。どうして今日、ククールのそばで私があんなに安心した気持ちになったのか。 
      「ク、ククールって……うちのお母さんに、そっくり……」 
      「おい。オレ男なのに、なんで母親?」 
      ククールが抗議してくるけど、私は完全にツボに嵌まってしまった。 
      お母さんも普段は口うるさくて、小言やお説教ばかりなのに、病気した時はやっぱり、そういうの一切ナシで優しく看病してくれてた。 
      あれこれ、うるさく口出ししてくるくせに、いざとなったら押しに弱くて、突然折れてくるような所も、そっくり同じだわ。 
    あー、良かったあ。そういう理由で。 
      ククールに優しくされるのが、あんまり気持ち良くて安心するから、何か違う理由でもあるのかと、錯覚するところだった。 
      そうよね。具合悪い時って、なんだかんだ言っても、やっぱりお母さんに甘えたいよね。 
    「ねえ、せっかくだから、皆で一緒にご飯食べようよ。私もお腹空いてきた」 
      スッキリしたら、急に食欲が出てきちゃった。 
      「おい。まだ本調子じゃないんだから、程々にしとけよ」 
      またククールが口うるさいこと言い出したけど、それも私が元気になったと判断したって事よね。 
     
      そうしたら、調子に乗りすぎて食べ過ぎたらしく、その後一晩、消化不良で苦しむことになった。 
      治った後、ククールにたっぷり小言とお説教を聞かされたのは、言うまでもない。 
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