荒野のど真ん中に打ち捨てられていた古代船を復活させ、ようやく西へ向かったというドルマゲスを追う事が出来るようになった。
どれだけの期間の航海になるかわからないんで、食料や日用品を大量に買い込む為に、ひとまずはポルトリンクに停泊した。
この港町はゼシカの先祖が作った町だそうで、色々と待遇が良い。
物資を運び込むのに便利な位置に船を泊めさせてもらえたし、買った物も全部、町の人達が船に運び込んでくれることになった。
あのじゃじゃ馬ゼシカが、本当にいいトコのお嬢なんだと、ようやく合点がいった。
搬入に立ち会うのは、エイトとヤンガスだけで充分だっていうから、ゼシカを港町のデートでも誘おうと思ったら、あのお嬢はサッサと一人で船を下りていた。
いくら実家が所有する町だからって、荒くれの船乗りがゴロゴロしてる所で、年頃のレディが一人で歩くのは不用心だ。
エスコート役を買って出ようと、オレも船を下りた。

オレはこの町には一度しか来た事が無く、当てもなく捜した所で見つからないかもしれないと、多少諦め気味に町を歩いてたら、案外アッサリとゼシカの居場所はわかった。
町の男たちが、あちこちでゼシカの目撃情報を噂してたからだ。
その情報を頼りに雑貨屋まで行くと、店の中の客はゼシカ一人きりだけど、店の周りはちょっとした人だかりが出来ていた。

「やっぱり、いつ見てもいい女だよなぁ」
「こんな近くでゼシカお嬢様を見られるなんて、感激だぜ」
「あの、こっちを見向きもしない、スカした感じがたまらねえんだよなぁ」

どうやら、この町の男たちにとって、ゼシカは高嶺の花的な存在らしい。
遠巻きに眺めてるだけで、誰もアプローチしようとしていない。
どうにも、気に入らねぇなあ。
遠くから見てるだけって、腰抜けすぎだろ。
あんな美女が、あれだけのナイスバディを露出度たっぷりに晒してくれてたら、玉砕覚悟でも声をかけるのが礼儀だろう。
それも出来ないヤツらに、ゼシカが見られてると思うと、何かムカつく。

「ゼシカ。何してるんだ?」
オレが店に入っていくと、ゼシカは色とりどりのカップを前に、ウンウン唸っていた。
「あれっ、ククール? どうしたの? こんな所で」
「どうしたもこうしたも、ゼシカを捜してたんだよ」
「よくここだってわかったわね。相変わらず、カンはいいのね」
……さっきの男共、ゼシカが見向きもしないのを、『スカした感じ』とか言ってたけど、そうじゃない。
ゼシカは、あの人だかりにすら、全く気づいていない。
今オレは敢えて、ゼシカを外の男共の目から隠す位置に立ってるけど、背中にビシバシ視線が突き刺さってくる。
これが気にならないとは、ゼシカは大物だ。

「ちょうど良かった。ククールはどの色が好き?」
「何だよ、やぶからぼうに」
「今ね、皆のカップを選んでたのよ。それでククールのだけ、どうしても迷っちゃって決められなかったの」
「……何で、カップ?」
「だって、今までは無かったじゃない。荷物を増やしたらミーティア姫に悪いから我慢してたけど、ずーっと欲しかったのよ」
……言われてみれば、確かに無かった。
今までの旅では、荷物を積めるのはミーティア姫様が牽く馬車だけで、調理道具も食器も、必要最低限の物で済ませてた。
だからお茶とかも、無頓着にスープの器の後に注いだりしてた。
質素が宗の修道院では似たようなもんだったから、オレは気にならなかったけど、お嬢様育ちのゼシカには粗雑に感じてたのかもしれないな。
「そんな迷わなくても、そっちに5個で10Gとかあるじゃないか。それで充分だろ」
「あんたって、ほんとに変な所でリアリストね! 私のお小遣いで買うんだから、好きにさせてよ! 何色がいいの?」
頑固で気の短いゼシカに、これ以上ゴチャゴチャ言うのは時間の無駄だ。
どうでもいいとは思うけど、ゼシカがお揃いのカップでティータイムを楽しみたいっていうなら、水を差すのは大人気ないってもんか。
「じゃあ……赤かな」
「あ、赤は私のだからダメ」
「あー、はいはい」
確かに赤はゼシカの色だ。
瞳も髪も朱の色で、まるで全身で情熱の炎を象徴してるようだ。
「じゃあ、青」
「あ、青はエイトだからダメ」
オレより、エイト優先かよ!
「じゃあ、何の色ならいいんだよ」
あれダメこれダメ言うなら、最初から聞くんじゃねえよ。
「え〜とね、私が赤でエイトは青でしょ。で、ヤンガスは緑で、トロデ王はオレンジ。みんなイメージぴったりだと思わない?」
「いや、それはイメージっていうより、単に服の色だろ」
「あ……ホントね」
本当に、ゼシカと話してると、こっちのペースがメチャクチャにされる。
「いいよ、何でも。ゼシカがオレの為に選んでくれるなら、それだけで光栄の極みだね」
「何か、ひっかかる言い方だけど、まあいいわ。私のイメージでは、ククールって白なのよ」
「……何で、白?」
「何でって言われても、イメージだから……。あっ、髪が白髪だからかも」
「白髪とか言うな!!」
思わず声を荒げてしまった。
「……いや、ごめん。レディに怒鳴るもんじゃないな」
それにしてもこのお嬢は、本当に人の心の傷口を抉る言葉をサラッと言う。
「何? もしかして気にしてたの? いいじゃない。今から白かったら、年を取っても大して変わらないってことなんだから。……あ、でも男の人って、ハゲる心配もあるんだっけ」
だから、あんまりナチュラルに人の心を抉るなよ。
オレは兄貴がアレだから、密かにハゲる不安を抱えて生きてんだよ。

「でも、この白のカップって、白いっていうより、色を塗り忘れたみたいに見えるのよね。ちょっとつまんないかなって思っちゃって」
普段は男顔負けの強さで、魔物との戦闘をこなしてるから忘れそうになるけど、やっぱりゼシカは女だったんだと再認識する。
買い物が長い。
カップの色なんて、どうでもいい事で、よくこれだけ悩めるもんだ。

そう思ったんだけど……。
その日、船で夕食を摂った後に、ゼシカがそのカップに煎れてくれたお茶は、不思議と温かかった。
いや、熱いお茶なんだから、温かいのは当たり前なんだけど…何か落ち着くっていうか、ホッとする味がした。
思えば、今までの旅は大半が野宿で、町の宿に泊まる時だって、トロデ王やミーティア姫様に気兼ねする部分があって、くつろぐって感じは無かった。
船を手に入れたってことは、ドルマゲスを追う手段ってだけじゃなくて、全員揃って雨風を凌げる、気を緩められる場所を手に入れたって事でもあるんだ。
……そういえばこのカップ、ゼシカが自腹を切ったってことは、プレゼントしてもらったってことなんだよな。
やっぱり何か、お返しはしておくか。


お返しを買うとしても、朝になったらすぐに西へ向けて出発する事になってるから、店が開くと同時に買い物を済ませて船に戻る必要がある。
となると、今夜のうちに何を贈るか決めておかなきゃならない。
オレが今まで、女の子に贈ってきた物っていったら、まずは花だよな。
咲ききれば終わりだから、スッキリしてる。
だけど、あのゼシカのことだから、花なんか贈った日には『キザ』の一言で一刀両断されるような気もする。
それから、菓子の類いも悪くない。
食ったら無くなるから、うっとうしくなくていい。
まあ、気を付けなきゃいけないのが、ヤンガスに食われないようにすることぐらいか。
で、次は香水ってとこかな。
これも使い切ったら終わりだから、面倒は少ない。
だけど、ゼシカは普段から香水はつけてないし、海に船を襲うような魔物がいる場合、よけいな匂いを漂わせてたら、標的にされやすくなって危険な目に遇わせることになる。
他に女の子が喜びそうな物っていったら、やっぱりアクセサリーの類いか。
でもこれはゼシカの場合、兄の形見のピアスとネックレスを付けてるから、問題外だ。
あと他には…………。
他には…何かあったっけ?
おい、ちょっと待てよ。そんなわけないだろ。
レディを喜ばせるには、王道と意外性の微妙なコントラストが重要なのに、プレゼントのバリエーションが少ないっていうのは、ダメダメだ。
………………もしかしてオレって…結構つまらない男だったりするのか?


結局、一晩考えてもロクな物が思い浮かばなく、もう花でいいと決めた。
思えば、あんなカップ一個で大仰なお返しするのも、却って変だ。
そんなのは、女の子からプレゼントを貰ったことのない、モテない男のすることで、オレのようなスマートな美男子のすることじゃない。
朝一で花屋に行く為に船室を出て、一応はリーダーに断りを入れていこうと思ったんだが、エイトはもう自分の部屋にいなかった。
姫様かトロデ王の所だろうかと、捜しに行こうとしたオレの耳に、ゼシカの元気な声が飛び込んできた。
「ありがとう、エイト! すごく軽くて持ちやすいわ!」
その声は、ドアが開きっぱなしになっている食堂からで、オレはそっと近付いて中の様子を伺う。
ゼシカの左腕には、金で縁取りされた白銀の盾が嵌められていた。
エイトが新しく錬金釜で造ったらしく、強い守護の力が感じられる。
「キトンシールドも可愛いから気に入ってたんだけど、やっぱり守備力弱いなって思ってたの。でも、いつも私が先に新しい防具貰っちゃって、いいのかな。本当は回復役のククールの守備面を優先した方がいいんじゃない?」
エイトは好青年そのものって顔でニコニコ笑ってる。
「いや、きっとククールはレディファーストだって、受け取らないよ。だから気にしないで,ゼシカが使ってよ」
その通り。
オレも動きが鈍るのは避けたいから、重装備は好まないけど、それでもゼシカよりは打たれ強いし、扱える盾の種類も多い。
さすがはエイトだと思ったんだが、その後でヤツはこう続けた。
「それに、その盾は昨日のカップのお返しにって、急いで造ったんだ。だからそれはゼシカの物だよ」


「じゃあ僕は姫様に朝の挨拶してくるから」
そう言って食堂から出てきたエイトをオレは捕まえ、通路の端まで引きずっていった。
「エイト。お前、空気読め!!」
エイトはポカンとした顔をしてる。
「お前、相場って言葉知ってるか? あんな安物のカップのお返しが盾って、一体、何十倍返しだよ、それは!」
小さなブーケで済ませようとしたオレが、経済力の無いケチに見えるだろうが!

「安物で悪かったわね……」
ボソリと呟かれた言葉に、オレは一瞬で硬直した。
「誰もお返ししてなんて頼んでないわよ。だから当然、あんたにも何も期待してないから、どうかご心配なく!」
いつの間には近くに来ていたゼシカは、オレに何も弁明するスキを与えず、肩をいからせたまま歩き去ってしまった。
「ねえ、ククール……。今のって、何か僕が悪かったの?」
完全にオレの八つ当たりなのに、お人よしのエイトはすまなそうにしてる。
「いや、お前が悪いんじゃないんだ。でも……お前ってホントに、間の悪いヤツなんだよ」

頭を冷やすのと、花を買うのとで、とりあえずエイトに断って船を下りた。
訳がわからないなりに同情してくれたらしいエイトは、ゆっくりしてこいと許可を出してくれた。
こうなった以上、お返しだって言って何を贈っても、ゼシカには白々しくしか受け取れないだろうけど、何もしないと許しも乞えない。
重い足取りで町へ向かって歩いていると、灯台の近くで野草を売っている女の子に声をかけられた。
「私はここで野草を売っています。お代は10ゴールドになりますが、おひとついかがですか?」
世界中のレディには優しくしたいオレだけど、今はそういう気力が無い。
薬草や毒消し草が無くても、自分の呪文で事は足りてしまうわけだしな。
「悪いけど、今は……」
必要ないといいかけて、ふとオレはある事を思いついた。
確信があるわけじゃないけど、不思議とこれだったら、ゼシカも喜んでくれるんじゃないかって気がするプレゼント。
オレは極上の笑顔と声で、野草売りの少女に話を持ちかけてみる。
「ねえ、君はきっと心の優しいレディだと思って、お願いするんだけどさ。30ゴールド出すから、ちょっとオプション付けてもらえないかな?」

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Cross Rayの風華様より3000のキリリクをいただいておりました「ゼシカへ渡すプレゼントを決めるのに苦労してるククール」です。