『各自、最低一つはキメラのつばさを持ち歩く』
『リレミト使用者は、いかなる事態でも、その分のMPは確保する』
『万一、パーティーが分断された場合は、速やかに海辺の教会で合流』
日々、何が起こってもおかしくない状況で旅をしているエイト君たち一行にとって、以上のようなマニュアルは必要不可欠です。
今日は、彼らの冒険の中で起こった、ある非常事態のお話。

メディおばあさんから最後のカギを受け取った一行は、レオパルドを追うのをそっちのけで『宝箱を探そう世界の旅』の真っ最中でした。
メディおばあさんも草葉の陰で泣いているかもしれませんが、それはまあ、良しとしましょう。

今までに立ち寄った町の宝箱は全て回収し、後はサザンビーク城の北にある、固く閉ざされていた扉を残すのみとなりました。
切り立ったガケの上にその扉はあるのですが、エイト君たちは道を間違えたらしく、その扉のあるガケの真下に来てしまいました。
普通はこんなところまでこられないはずですが、それもまあ、良しとしましょう。
ここ数日、雨が降り続いていたので道はぬかるみ、キラーパンサーの速度も遅く、戻る道も全く見当がつきません。ここまで来たのにルーラで引き返すのも気が進みません。一行は何とかガケをよじ登れないものか挑戦することにしました。
しかし、それが不運の始まりだったのです。

まずは、エイト君が先頭で道を探します。そして、次にヤンガス氏。本当は最も重い彼が、そんなポジションで登ってはいけないのですが、エイトの兄貴の後ろを、誰にも譲る気はないそうです。
次にゼシカ嬢。最後にククールさんです。決して、ゼシカ嬢のスカートの中を覗くためではなく、最も腕力の無いゼシカ嬢が足を踏み外しても、ククールさんがフォローできるようにです。
それでも、ヤンガス氏が落ちてきたら、エイト君以外、全員道連れになるだけなんですけどね。

事件は、最後尾のククールさんがようやく岩棚に足をかけたぐらいの時に起きました。
連日の雨で水かさの増えていた川が、上流の方で氾濫したのでしょう。すぐ脇の滝から、もの凄い勢いで水が流れ落ち、川の流れを暴走させます。
すでに水は、一行のすぐ間近まで迫っています。このままでは、まだ地面からさほど離れていないククールさんとゼシカ嬢は押し寄せる水に飲みこまれてしまいます。

「早く上がれ!」
ククールさんが叫び、ゼシカ嬢の身体を上へと押し上げます。ヤンガス氏がゼシカ嬢の腕を掴み、更に引き上げます。
ギリギリのタイミングでした。
ゼシカ嬢は遅い来る水流から、かろうじて逃れることができましたが、ククールさんは間に合いませんでした。彼はあっというまに水の流れに飲みこまれ、姿が見えなくなってしまいました。
「ククール!!」
ゼシカ嬢は叫び、ククールさんを追って水の中に身を投じようとしましたが、エイト君とヤンガス氏が、彼女の身体を掴んで、決して離しませんでした。ククールさんの行為を無駄にしたくなかったのです。

しばらくして、水の流れは、やや落ち着きを取り戻しました。
一行は、急いでガケを降り、ククールさんの姿を求めて下流へと急ぎました。しかし、彼の姿はどこにも見当たりません。
あれほど人目を引く、真っ赤な服の切れ端すら見つからないのです。
一行の心に、絶望の影が落ちました。ゼシカ嬢は悲しみに耐えられず、顔を覆って泣き出しました。
ククールさんは、一体どうなってしまったのでしょう。

答えは簡単です。
彼は既に、海辺の教会のベッドの中で、気持ちよさそうに眠っていました。
スカラを重ねがけ、バイキルトで筋力増強し、バギマで水流を制御して命からがら水から這い上がったのでした。
そしてマニュアルに従って、ルーラで海辺の教会に辿り着いたのです。
ずぶ濡れで疲れきった様子のククールさんを見て『お仲間が来たら起こして差し上げますから』と申し出てくれたシスターの言葉に従って、風呂を使い、ベッドに入ったのでした。

ククールさんが目を覚ましたのは、陽が落ちる頃でした。かれこれ5時間は経っています。
シスターから、まだ仲間が到着していないと聞いて、ククールさんは驚きました。
ようやく仲間が、まだあの場所で自分を探しているのかもしれないと気づいたククールさんは、教会を飛び出しました。
そして丁度その時、暗くなったために捜索を一時断念したエイト君たちがルーラで到着したのです。
「何だよ、お前ら、マニュアル忘れたのかよ。ホントしょうがねぇ奴らだな。オレ一人でサッサとこっち来ちまって、すげえ薄情者みたいじゃねぇかよ」
ククールさんは、照れ隠しに軽口を叩きます。

「ククール!」
ゼシカ嬢が、ククールさんめがけて駆け出しました。ククールさんも、条件反射で両腕を広げて迎える体制をとります。
まるで芝居のワンシーンのような抱擁がかわされると思ったその時、ゼシカ嬢はくるりと向きを変えました。ククールさんは嫌な予感に襲われました。
そう、ラブリーガール、ゼシカ嬢の得意技、ヒップアタックをお見舞いされたのです。
しかも、ご丁寧に彼女の現時点最強武器、はがねのムチを装備状態で。
ククールさんは、軽く5mは吹っ飛びました。
「何がマニュアルよ! バカ!」
ゼシカ嬢は怒鳴りました。

ククールさんも、さすがにこれには理不尽を感じました。
命がけで守った女性から、この仕打ちはあんまりです。更には、装備してる武器で威力が変わるヒップアタックという技も、あまりに理不尽です。
今は元気になったけれど、本当に一歩間違ったら命を落としてもおかしくない状況でした。もし睡眠をとって、体力が回復していなかったら、今の一撃で死ぬところです。
「ゼシカ! お前なあ! オレが一体何したって……」
しかし、ククールさんはそれ以上何も言えませんでした。
ゼシカ嬢が、今度こそ本当に芝居のワンシーンのように、ククールさんに抱き着いてきたからです。
「どれだけ、心配したと思ってるのよ……」
もう後は涙声で聞き取れません。
「……ごめん……」
何も悪いことをしていないのに、ククールさんは謝りました。でも、もうそれを理不尽だとは思いません。
ククールさんは、ゼシカ嬢の身体に腕を回して抱きしめました。
普段なら『調子にのらないで!』と怒られるところですが、さすがにそこまで理不尽なことにはなりませんでした。
終わり良ければ全て良し。
ヒドイ目にもあいましたが、ククールさんにとっては良い一日でもあったようです。
メデタシメデタシ。

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