街道をはるばる旅してやってきたアスカンタ城は、王妃が亡くなって以来、二年もの間、喪に服し続けている辛気臭い城だった。
なんなんだよ、この立て続けの辛気臭さは。
どっかでバーゲンセールでも、やってんじゃねぇのか。

いつまでもメソメソしてる王様の願いを叶えたいって、メイドのキラってコに頼まれ、川沿いの教会まで逆戻りするハメになった。
エイトだけじゃなく、ヤンガスやゼシカ、トロデ王までノリノリだ。
この連中がお人好しなのはわかってたし、これは逆らっても無駄だろう。
ここは少しでもテンション高くなる方向に自分を持っていこう。
「パヴァン王と王妃は、よっぽど激しい大恋愛の末に結婚したんだろうな。そして魔法のとけないうちに王妃は天に召された。カンペキだね。うらやましい美談だ」
「どうして、それが美談なの?」
ゼシカに訊かれて、オレは少しとまどった。
どうしてって言われてもなぁ。
ああ、でも、ゼシカは恋愛経験無さそうだもんな、わかんないか。
「熱が冷めないうちに、片方が召されてしまえば、思い出の中では美しいままだろう? もっとハッキリ言っちまえば、アラが見えないうちにってとこか」
「私はイヤ……」
……何か、いやな予感がする。
「綺麗な思い出だけなんて、淋しいじゃない。私はそんなのイヤ。いいことばっかりじゃなくてもいい。ケンカしたことだっていい。私はもっといっぱい覚えていたい。もっとたくさん、思い出、作りたかった……」
ゼシカの言葉の最後の方は、震えてた。

ちょっと待て。これって泣くほどのことか?
おおかた、サーベルト兄さんとやらを思い出したんだろうけど、家族と最愛の妻とじゃ違うってのも、オレさっき言ったよな?
あー、わかった、あれだ。
ゼシカは、寝不足に弱い。
睡眠が足りないと、髪や肌にも艶がなくなるし、機嫌も悪くなる。
長旅で疲れてたのに、へたれ王のせいで、こんな夜中に出歩いたりしたら、気が立つのも仕方ない。
……でも、オレか? やっぱりオレが泣かしたのか?

思わずフォローを期待してエイトたちの方を見ると、いつの間にか点にしか見えないほど遠くまで移動していた。
逃げたな。
前言撤回だ。おせっかいヤロウじゃなくて、とんだ薄情野郎どもだぜ。
他人をあてにしようとしたオレが甘かった。
さて、この目の前の事態をどうするかだ。
ゼシカは俯いたまま、スカートのすそを握り締めている。
今までこういう場合は、軽く抱き締めて、キスの一つでもすればOKだったんだが、このコには通用しないだろうな。
それどころか、エラいめに遭わされそうだ。
何で、こんなことで悩まなきゃなんねえんだよ。
そもそも女の子にかける言葉に迷うなんて、何年ぶりだ?

……だめだ、真っ白だ。何にも浮かばねぇ。
「あ〜、その、ゴメン。悲しいこと思い出させるつもりじゃなかった。頼むから泣かないでくれ」
我ながらストレートだな、おい。
でも、これ以上この状態には耐えられん。
「言われなくたって……」
ゼシカがガバッと顔を上げた。
「誰が、あんたなんかの前で泣いてやるもんですか。ベ〜〜〜〜だっ!」
大きく舌を出し、馬車の方まで走っていってしまう。
……何なんだよ、今のは。
思わず笑いが込み上げてくる。不思議と腹は立たない。
照れ隠しにああいうことしたんだろうけど、ずいぶんガキくさいよな。
あれで本人は、しっかり者のつもりなんだから、笑うしかない。
さっきまでの辛気臭い気分が、どっか行っちまった。

「何してるの! サッサとキラのおばあさんの家まで行くわよ!」
ゼシカはすっかり、いつもの調子だ。
変な女。
何ていうか、ホントに。
……調子狂うよなぁ。

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