旅に出る前にドニの町で一泊することになったんで、一応は知り合いの所に顔を出して、軽く挨拶しておくことにした。

「あーあ。ククールのいない毎日なんて、考えられないな〜」
「あたしの事、忘れちゃイヤよ。あたしはきっと毎日毎晩ククールことを想って、きっと夢にも見ちゃうんだから」
「絶対会いに来てよね。そしたら、他のお客なんてそっちのけで、ククールだけにたっぷりサービスしてあげる」

酒場に行くと、オレが旅に出るって話は、もう知れ渡っていて、店の女の子たちが、甘ったるい声を出して纏わり付いてくる。
こういう商売をしてる女たちの言葉を、全部本気で聞くほどバカじゃない。
本気も少しは混じってるだろうけど、大半は社交辞令だ。
その証拠に、誰も『行かないで』とも『終わったらここに帰ってきて』とも言わない。

ここはオレにとって、『逃げ場』であり『憩いの場』でもあるけど、『居場所』でも『還る場所』でもない。
だから別に、改まって別れの挨拶に来るような場所でもなかったんだ。
だけど『エイトの気遣いを無視するな』って、ヤンガスとゼシカが煩かったんで、根負けした。

「おや、ククール。ちょうど良かった。この間、あんたがカードでイカサマしたせいで、店がメチャクチャにされたことがあったろ。あの時の弁償をしておくれ」
酒場のおばちゃんが、オレの姿を見つけて掌を出してきた。
……やっぱり来たか。
実はこれも、オレがここに顔を出すのを渋った理由の一つだったりする。
おばちゃんは面倒見はいいんだけど、何年もずっと女手一つでこの酒場を経営してきてるんで、かなり金の面ではガメツ……いや、しっかりしてる。
でもまあ『立つ鳥、後を濁さず』って言葉もあるし、迷惑かけた責任はとっていくべきなんだろう。
「……いくら?」
「あの時巻き上げてた千ゴールド。あれで勘弁しといてあげるよ」
勘弁しといてやるって、あの時ダメになった酒や壊れた椅子が、そんなに高級品の訳ないだろう。
それに、あの時のカモの子分だって、弁償の為に働かされてるって話だ。
「おばちゃん。いくら何でも、それはガメツすぎないか? 知ってる? あんまり金を持ち過ぎると、死んだ時にその金の重さで天国に昇っていけないって話だぜ」
「あはは、やだね。なーに、坊さんみたいなこと言ってんだい」
いや、『みたい』じゃなくて、オレは本職の坊さんだって。
「あんたに今までかけられた迷惑は、こんなもんじゃ済まないんだよ。いいから出しな。金に汚い男はモテないよ」
確かに、二股がバレて修羅場になったり、オレばっかりモテすぎて他の男を怒らせたり、この酒場には迷惑をかけまくってきた。

仕方ないんで、おばちゃんに全財産を渡す。
「八百ゴールドしか無いよ」
「ごめん、ちょっと使っちゃって、それで全財産なんだ。後は餞別だと思って、まけといて」
馬姫様の蹄鉄代を払っちまってて、本当にそれが全財産だった。
一文無しでエイトたちに同行させてもらうっていうのは、かなりカッコ悪いが、ヤンガスが限度を超えて暴れたせいで弁償させられてんだし、オレだけのせいじゃない。
「しょうがないね。ま。これに懲りたら、旅に出た先ではあんまり悪さするんじゃないよ。あんたももういい加減で、大人にならないと」
オレがまだミルクを飲んでた頃から知ってるおばちゃんには、こうしていつまでもガキ扱いされる。
「今日飲んだ分はツケにしといてあげるから、心配せずに飲んできなね!」
おばちゃんは最後に豪快に言ってくれるけど、そのツケにどれだけの利息を着けられるかと思うと恐ろしい。
「いや、明日はきっと早いから、今日はこれで失礼するよ」
そう言って立ち去ろうとしたオレは、バニーたちに両腕を捕まれ、腰にもしがみつかれ、無理やり椅子に座らされた。

「いっちば〜ん高いお酒ねー。じゃんじゃん持って来て!」
「他のお客さんたちも、どーぞ」
「お代はもちろん、ぜーんぶ!! ククール持ちだから、安心してね〜」
ちょっと待て! いきなり何、勝手なこと言ってんだ!
「聞いてたろ? オレは今、全財産巻き上げられたばっかり。むしろ、餞別にオゴってもらいたい立場。あんまり無茶言うなよ」

「「「だって、ツケがあったら、ククールはそれを払いに来てくれるでしょう!?」」」


……やばい、今のはちょっと、グラッときた。
こういう商売してる女たちの言葉は、大半が社交辞令だってわかってるけど、時々は今みたいに、ほんのちょっとの本音が混じる時がある。
そういう時はやっぱり少しだけ、暖かい気持ちになれる。
たとえ本当に還る場所ではないにしろ、一時の安らぎだけでも得られるのなら、やっぱりここは大切な場所ってことになるのかもしれない。
「……わかったよ、好きにしろ」

挨拶してこいって、しつこく言われて宿を出た時は、とんだお節介連中に同行することになったって、面倒臭かったけど……。
ちょっとだけ、感謝しておいてやるとするか。

次へ

長編ページへ戻る

トップへ戻る