「賢の疑問2」


……俺、昨日から何してるんだろ。

花道からステージに戻ってくると、囲いの中で待ち構えていたスタッフが俺を取り囲んだ。
「桜井さん!早く脱いでください!!」
「……」
スタッフが有無も言わさず、青いミリタリージャケットを俺から剥いだ。
そして、手に持っていたグッズのバッグも奪い取る。
まるで追い剥ぎに遭ったみたいだ。
そして…
「はい!バンザイしてください!」
「……」
「桜井さん!早く!!」
渋々バンザイする。
俺のやる気のない態度に、スタッフがムッとしている。
”昨日も着たのに”と目で訴えてくるが、あいにく一度着て平気になれるほど俺は幸せな性格じゃない。

スタッフが衣装を頭からすっぽりと被せてくる。
袖から腕が出て、衣装が身体にストンと下りてきた。
首から順にボタンを留められていく。
何と言うのか……こう…普段の衣装とは異なる着心地で、違和感だらけだ。
もし下にズボンを穿いていなかったら……考えただけでスースーする。


春ツアーに続いて、まさか夏のイベントでもこんなことになるとは…


ここのところ、音楽の仕事に関係のないようなことばかりしているような気がしてならない。

春ツアーのあの衣装もそうだが、少し前だって、音楽とはいえベースとは無関係なグラスハープの演奏対決をして嵐に負け、額に「さ」なんて書かれた。
一緒にやった高見沢は頬に渦巻きを書かれていたっけ。
それはそれで俺の中では”ざまあみろ”だったけれど。

あんなの、俺と高見沢じゃ無理だ。
せめて坂崎とだったら、もう少し何とかなっただろうけど、俺の場合はなかなか音も出ないから音を出すだけでも必死で、高見沢と合わせるとかそんな余裕もなかった。

いや、余裕があっても出来に大した差はなかったと思う。
そもそも高見沢と俺の間に阿吽の呼吸なんてないんだから。

というより、対決相手は俺たちである必要はあったのだろうか。
もし俺たちがやることに意義があるのなら、坂崎は必ずいるだろう。
坂崎とスケジュールが合わない時点で、あの仕事は断ればよかったんだ。

…なんて、今更何を言っても仕方がないのだが。

「桜井、また我に返っちゃったの?」と笑いを含んだ坂崎の声。
「…っ」
春ツアーの間だけ、そう思ってファイナルまで頑張ったのに、夏のイベントでもまたおかしな衣装を着るはめになったんだ。我に返るのは仕方がないだろう!
そう言おうとしたが、坂崎を見て口をつぐんだ。
目の前にいるその人は、昨日はこのタイミングで白いミリタリーに着替えていたのだが、今日は可哀想に違う衣装を着ている。
その衣装は、本来は男が着るものではないもの。
そう、俺が着せられているものと同じもの、だ。
けれど、初めて着たはずなのに、坂崎は平然としていて、胸元の飾りを物珍しそうに眺めている。
何故そんな平然としていられるんだ…!?と驚いたが、それ以上に実は戸惑ってもいた。
衣装が大きくてあちこち余っていて着こなしている、とは言い難い。
けれど、思っていた以上にその衣装を着た坂崎が可愛……もとい、似合っているのだ。
中華街のとある中華料理屋へ入った時、カタコトの日本語で「イラッシャイ!ナニタベル?」と水を出してきても違和感がないかもしれない。

「…さ、坂崎…おまえ…」
「ん?」スタッフに髪飾りを左右に付けられながら、小首を傾げる小悪魔、いや、坂崎は、俺と違って楽しそうに笑っている。
「坂崎さん、スタンバイできました!」
坂崎はスタッフが向けている鏡を覗き込んで、照れくさそうにふふっと笑った。
同じ囲いの中にいてはいけないのでは…と勘違いしそうだ。

「ダメだよ、今我に返っちゃ。あなた、ワンちゃんなんでしょ?」
「そんなあなたは…」
「タンちゃん♪」そう言いながら、ニコッと笑う。
「開き直るの早いよ、おまえ…」
「ワンちゃんが切り替え遅いアルヨ。ここまで来たなら、覚悟決めないとダメアルヨォ?」
「出る前からなりきるなよ…。まさか、坂崎まで着せられるとはな」
「何かあるだろうとは思ってたけどね。まさかこれとはなぁ…」
頭の左右に付けられた髪飾りをツンツン触って、クスクス笑う。

…しかし、本当に可愛…じゃない!似合っている。

「おまえは”嫌だ”って拒否すれば、着なくてもよくなったんじゃないの?」
「そしたら違う衣装になるだけだよ。ミリタリーじゃない何かを着なきゃいけないのは目に見えてるよ」
「まぁ、まぁなぁ…」
「これを断ったら、”じゃあ、春ツアーのメイド服で!”って言われるかもしれないじゃん。俺、あっちはヤダ」
「ど、どっちもどっちだろ」
「まだこっちのがいいよ。あんなフリフリは着たくない。あれは断固拒否する」
「あの、俺、両方着てますけど」

そして俺の髪にも例の髪飾りが付けられていく。
よくこんな短い髪に付けられるものだ。
そんな無駄な部分で腕を磨いてどうする。

「はい!扇子です!」
フワフワした扇子を渡されて、はぁ…とため息をつく。

”あれぇ?出てきませんねぇ?中でもめてるのかなぁ??”

あいつが笑いながら司会を続けている。
あの、楽しそうな声がムカつく。
「楽しそうだねぇ、高見沢」
「自分だけ楽な役ばっかりやりやがって…」
「いつものことじゃん。それに、あいつがこれを着たら似合うだけで面白くないよ。あいつは着るとなったら着こなすからね。俺たちが着るから面白いんでしょ」
「違うよ。俺だけだよ、面白いのは」
「…え、何で?」坂崎が俺を見上げる。
「おまえも似合ってるもん」
「…え……俺、似合ってる…?」
「似合ってるよ。笑われるのは俺だけだって。俺の人生、そういう運命なんだよ。あ~あ…」
嘆きと共にはぁ…ともう一度ため息をついた。

そう、そういう運命なのだ。
高見沢といるということは、そういうことなのだ。
我に返ったところで、この状況から逃れられるわけでもないことぐらい、俺だって分かっている。
ただ、誰かに聞いてほしい時もある。
労ってほしい時もあるんだ。
こんなに頑張っているんだから。

と、誰かに衣装をツンツンされた。
見ると、坂崎が俺の衣装をつまんでいる。
スッと口元を扇子で隠して、俺から視線を逸らす。
…あれ、何だろう…ドキドキする。
「な、何だよ?」
「……」
「?」
「……ってる?」
「え?何?聞こえない」
「…本当にこの衣装……似合ってると思う?」
「…あ?ああ、似合ってると思うよ」
うっかり可愛いと思ってしまったことは内緒にして―
「……可愛い?」
「へ?」
「…可愛いって思う?」
扇子の向こうからチラッと俺を見る坂崎に、ドキーン!と心臓が跳ねる。
ちょ、ちょっと待て…!
こんな近くでその衣装とポーズでそのセリフは反則だろ…!
「……っ」
「…桜井?」
く、首を傾げるな…っ!!

「そろそろ出ます!」
スタッフの声にホッとして顔を上げるも、再度衣装を引っ張られた。
坂崎が呟く。
「…桜井が答えるまで俺、ステージ出ないよ」
「へっ!?」
「…ちゃんと……言ってよ」
「えぇ…っ」
「…早く」
「~~~~~っ」
「桜井っ」
……ああっもう!!
「……………可愛いよ」
「…本当に?」
「可愛いって。…すごく」
だぁあああぁぁぁぁぁっっっ!!!
何を言ってるんだ、俺はあぁぁっ!!!
”可愛い”だけでいいのに、何だよ”すごく”って!!
まるで口説いてるみたいじゃないか…っ!!
坂崎相手に、しかもこんな格好で言って、俺、バカじゃないの!?
恥ずかしっ!!!

動揺し、うろたえる俺。
絶対にからかわれると思ったが、意外な反応が返ってきた。
「……ありがと」
「………ふぇっ?」
見ると、坂崎がうれしそうに笑っていた。
「昨日、桜井がみんなから”可愛い”って言われてたでしょ?今日これ着るって分かって、俺は可愛くないだろうから会場中から笑われるなぁってちょっと凹んでたんだ。でも桜井が”可愛い”って言ってくれたから、あとはみんなに笑われてもいいや」
「え…」
「みんなにはいっぱい笑ってもらって、帰ってもらいましょ」
平気そうに見えて、実は不安だったのか。
坂崎の気持ちを知って、少しホッとした。
自分だけが嫌がっていたり、不安なのではないんだ。
まぁ、こんな衣装着て自信を持ってステージに出ていける男は、そうはいないだろう。
俺はそんなやつ、一人しか知らない。

仕方がない。
メイドまでやった経験豊富な俺が安心させてやるかな。

「何言ってんだよ。誰が見たっておまえの方が可愛いに決まってるだろ」
「えっ」
「笑われるのは俺だ。サングラスにヒゲの男がこれだぞ?可愛いわけないだろ。俺への”可愛い”なんて、どうせ口先だけ。メイドの時と同じだ」
「そんなことないよ、本当に可愛いと思ってるファンだって…」
「いるかもしれないけど、それは頭がおかしい俺の一部のファンぐらいだ。おまえなんて、普段から”可愛い”って言われてるじゃないか。格好良い衣装だろうがヘンテコな衣装だろうが、おまえなら何でも”可愛い”って言ってもらえるって」
「…そう…かなぁ…」
「不安になるこたぁないさ。安心してステージに行けばいい」
「…桜井、何か格好いいね。衣装は…あれだけど」
「一言多い」
「あはは、ごめん。でも頼もしいよ。さすが色々着ているだけあるね」
「そりゃ~毎回何かしら着てますから。これからはツアーでも俺とお揃い着るか?」
「それはヤダ」
「即答かよ!」

「はーい、出ますよ!」

「よし、行くぞ」
「うん」
「可愛くだぞ、坂崎」
「桜井もね」
「だから俺は―」
「桜井も可愛いよ」
「はぁ?」
「サングラスにヒゲだけど、結構…ふふっ可愛いよ」
「笑いながら言うな」
「可愛いって。だからワンちゃんも可愛くね」
「はいはい」
「もう、嘘じゃないってば」

ドオォォォォン

銅鑼の音が会場に鳴り響く。
「よし、行くぞ!」
「うん。ワンちゃん、頼りにしてま~す」
「俺たちは―」
「ワンタン姉妹!」
「ワン!」
「タン!」
「よし!」

深呼吸をして、扇子を構える。
前を見据えて、囲いの中から外へと歩き出した。

お尻をフリフリしながら。

『…キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!』
『可愛いーっ!!』

昨日よりも大きな歓声。
やっぱり坂崎のチャイナドレスはみんなから見ても可愛いわけだ。
へへん、俺なんて目の前で見てるからね。
いいだろ!!
今日は坂崎の引き立て役だからな。
どうぞ坂崎を見てくださいな。

花道を歩き出して、あれ?と思う。
坂崎の引き立て役のはずの俺を見ている人が結構いるのだ。
あれ、俺なんて見ててどうするの。
坂崎見ようよ。

とりあえず俺を見ている目の前の人に手を振ってみた。
「キャー!可愛いーっ!!」と手を振り返される。

え、俺も可愛いの?
本当に?

少し離れてお尻をフリフリして歩く坂崎と目が合う。
”ほら、可愛いって言ったでしょ?”

…え?

たどり着いた花道の先でも、一人ミリタリーのやつが何とも言えない顔で呟く。
「俺、おかしいのかな。結構可愛く見える」

…ええ?
マジで?

可愛い……

俺が…可愛い……

「キャー!桜井さぁ~ん!」
「可愛い~!」
「こっち向いて~!」

そうか、俺、結構可愛いんだ。
そうか。
可愛いのか。

じゃあ、さっきの坂崎のも嘘じゃなくて…
”桜井も可愛いよ”


………ポッ(照)


な、何だよ、みんなして!
それならそうと、最初から言えよぉ!

「桜井さぁ~ん!」
「ワンちゃーん!」
「賢さーん!!」

も~しょうがないなぁ!
可愛い俺が見たいなら、見せてあげますよ!
「は~い、ワンちゃんアルヨー!」
「キャーッ!!」
「可愛いーっ!」


坂(…単純だなぁ……)
高(よし、これであいつに着られないものはなくなった!秋と冬は何を着せようかな♪)


こうして桜井賢は、これからも様々な衣装を着る羽目になるのであった。


あれー?何か楽しくなってきたぞ。

みんな~!
もっと”可愛い”って言ってぇ!


―おわり―


***********あとがき*******************
春フェスタ ファイナルに続き、夏フェスタでも桜井さんが可愛い衣装で登場してくれましたので、「賢の疑問2」を書いてみました♪
1日目にチャイナドレスを見た瞬間から、小話が浮かびまして(^^;)
2日目の内容を見て、またもや小悪魔な坂崎さんに翻弄される桜井さんを書きたくなり、今回の小話になりました~。
これでもう、ふと疑問に思うことはないでしょう(ぇ)。

いや、本当に桜井さん可愛かったんですよ!
後ろ姿の時にあの髪型に髪飾り…にはついプッと吹き出してしまいましたけど、結構似合っていて可愛くて。
春のメイドも可愛かったですけど、チャイナドレスもいい♪

そして坂崎さんもとっても可愛かった!
身体が細いのでかなり衣装は余っていて、そこだけ残念でしたけどね。
次はちゃんと作ってもらってはいかがでしょうか(あ、もう着ないって?w)

早くブルーレイが見たいです~(*^∇^*)

2017.08.20

☆2017.08.25☆
なんと!アル友さんが坂崎さんバージョンを書いてくださいました!
ぜひ、合わせて読んでください♪ →こちら

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