「賢の疑問」


……俺、ミュージシャンだよな?

今、自分が置かれている状況に、ふとそんな疑問が湧いた。

さっきまで、俺はステージでベースを弾いていた…はずだ。
ツアーファイナル、会場を埋め尽くしたオーディエンス。
そして伝わってくる彼らの熱気。
それに緊張しつつも、うれしさを感じながら気持ちよく歌っていた……はずだ。

それが……今、これは何だ?


もちろん、ステージで隣にいるメンバー、バックのサポートメンバー、舞台裏、音響、照明など、見渡す限り目に入るスタッフたちは信頼している見慣れた顔ぶれで、いつもと何ら変わらない。
使っているベースだって、サングラスだって、イヤホンだってどれもいつも通りで何の不安もなく、俺はただ自分の役割にひたすら没頭すればいい。
衣装だっていつも通りだ。
最近気に入っているミリタリーに関しては、今回はライブ中に二回も着替えて三種類着ている。

ミリタリー、まさかここまで増えるとは。
最初はツアーパンフの中でGS風のシーンをやった時に着ただけで終わるはずだった。
ところが、やっぱりGSはいい!とGS熱が復活した高見沢がGS風な曲まで作るし、バンド名もそれに合わせて”カンレキーズ”なんてして、じゃあミリタリーも色々…なんて。
何だかんだで、今やGSまみれだ。
俺も坂崎もミリタリーには憧れがあったし、俺たちには珍しく揃いの衣装も気に入って着ている。

そして、この春ツアーでまさかここまでやるとは。
ペンライト?はぁ?
踊る?えぇ?
おいおい、どこまでやるんだよ。
初めはやれやれ…なんて思っていた。
高見沢の趣味に付き合わせてごめんな、そう思っていたけれど、正直、今は違う。
俺からも謝ろう。

”俺たちに付き合わせてごめんね”

俺も坂崎も、今やこのGSモードが楽しくて仕方がない。
まるで自分がザ・スパイダース、ザ・タイガースの一員になったようで、ミリタリーを着れることがうれしくて、ついつい楽しんでしまっている。

だって仕方がないじゃないか。
未だかつて、これほどまでに着たい!着れてうれしい!と思った衣装はあったか?
…いや、ない!

でも、そんな俺たちにファンのみんなは、温かい目で見守ってくれている。
当然、多少なりとも文句はあるだろうけれど。
普段何の役にも立たないペンライトを購入して、事前にアップした振り付け動画を見て踊ってくれている。
中には何用のペンライト?ってペンライトで踊っている人もいるけれど。

本当、俺たちのファンは寛大でまるで仏のようだ。
俺は声を大にして言いたいよ。
ありがとう、みんな!
大好きだよ!


「はい、OKです!」
スタッフの声に我に返る。
そのスタッフと入れ替わるように、
「じゃ、これも付けます!」と違うスタッフが白い物を俺の頭に付けていく。

そう、これもいつもの光景……

いや、違う。
これは違う。

そう、違うんだ。
これはいつも通りのことではない!

麻痺しそうになっていた頭をブンブン振って、正常に戻す。
「わっ!さ、桜井さん!動かないでください…っ」

今、俺が袖を通して、スタッフが流れるように素早く着せたこれは、俺のじゃない。
今まさに頭につけられているその白い物も、決して俺のじゃない。

…お、俺のものであってたまるかっ!

「桜井、似合ってるよ」と耳元で囁き声。
顔をあげると、白いミリタリーのジャケットを着た坂崎が、俺を見て今にもワハハ!と笑い出しそうな顔をして立っていた。
俺もそっちが着たいのに…!
「……笑うな」
「笑ってないよぉ」
「その顔のどこが笑ってないんだよっ」
「しぃーっ!客席に聞こえちゃうって」
「…フンッ」
「もう何度か着たんだから、慣れたんじゃないの?」
「慣れるかバカッ」
「…まぁ、そうだよね。慣れたなんて言ったら、高見沢が何でもアリになって、もっととんでもないの着ろって言いそうだもんね」
「もうすでにとんでもないもんだろうが」

そうだ、こんなの着ろって…四十年以上もこの世界で頑張ってきたのに、あんまりだ。
高見沢も高見沢だが、本当に準備しやがったスタッフもスタッフだ。
俺には歯向かうのに、高見沢には”はいはい”と素直に従いやがる。
俺がこのバンドの初期メンバーだぞ?
高見沢なんて、一番後に勝手に入ったメンバーなんだぞ?
…坂崎もだけど!
なのに…!!

「はい!桜井さん、スタンバイOKです!」

NOがいつもの多数決でYESに変わり、人形のように衣装を着せられた俺って…
サングラスの奥で泣いてやる…!!

ポンと肩を叩かれた。
元凶の高見沢がニッコニコの笑顔で俺の顔を覗き込む。
「…何だよっ」
「ちゃんと可愛く出てこいよ!ドスドスがに股で出てきちゃダメだからな!」
「そうだよ、ちゃんと可愛くね」
坂崎にまで言われた。
「ふん、何が可愛くだよ…」
大股のがに股で、ついでにいかり肩で出てやろうか。
心の中でブツブツ言いまくる。

「はい!高見沢さん、坂崎さん、まもなく出ます!」スタッフの指示が入り、高見沢がご機嫌な様子で歩き出した。
坂崎もそれに付いていこうとしたが、ふっと俺を振り返って駆け寄ってきた。
「…何だよ?」そう尋ねる俺に、人懐っこい笑顔を向けてくる。
ファンやその他大勢が騙されるあの笑顔だ。
何か企んでいるに違いない…!
警戒して身構える。
「…な、何……」
「可愛いよ」
「……へっ?」予想外の言葉にポカンとする。
「な、何言って―」
「嘘じゃないよ?本当に、可愛いと思ってるよ」
「へ…」
「だから、ちゃんと可愛く出てきた方がいいと思う。こんなに可愛いんだからさ」
「……え、あの、坂―」
「ステージで可愛いメイドの桜井、俺、見たいなぁ…」
坂崎は少し照れくさそうに俯いて、上目遣いで俺を見た。

…な、何だその顔は…っ!
だ、騙されないぞ!
俺は、俺はそんな顔に騙されない!
絶対に騙されない!

「そ、そんなこと言っ―」
アワアワする俺をよそに、坂崎が俺の衣装の袖をつまんだ。
「…桜井ぃ…」
「…う……い、いや…」
「……ね?」
じぃ…と小さな目が俺を見つめてくる。

い、いや…絶対に……騙されない……騙され……な……

「……ね?」
「……はい」

小首を傾げた小悪魔的な可愛い子猫に勝てるほど、俺は強くなかった…

「やった!約束だからね?」
「…はい…」
「ふふっ素直なメイドさん、可愛い♪」
坂崎が俺の頭をポンポンした。
「う、うぅ…」
「じゃ、先に行くね!」
ヒラヒラと手を振って、ステージ袖の高見沢の後ろにちょこんと立ち、合図とともにステージへと出て行った。

…だ、だぁぁぁあっ!!!

みんなのこと、言えねぇじゃねぇか!!
俺が一番騙されてるぅぅっ!!

くそぉ~っ!!
ヒラヒラしたスカートでダンダンと地団駄を踏む。

「桜井さん…っ!可愛く!可愛くですよっ!」
スタッフの誰かが闇の中で小さく叫ぶ。
「~~~~っ!わぁかってるよ!そんなこたぁ!」

”……ね?”

頭の中でさっきの坂崎がもう一度小首を傾げてきた。

だから、分かったって!!
やる!!やるよ!!可愛く出りゃいいんだろっ!!
乙女みたいにドキドキするから、もう出てくんな!

……よし!
俺は覚悟を決めた。

そうだ、もう何回かこの姿でステージに出てるんだ。
みんなの反応もだいたい分かってるじゃないか。
それにこれは俺の意思じゃない。
あいつが考えたことだ。
仕事……そうだ、これは仕事だ。
ミュージシャンだけど、こんな仕事もあるんだ!!

割り切れ、賢!!

「桜井さん、お願いしまーす!」

キッとステージを睨みつける。
今日でツアーは終わりだ。
最後、そう最後だ!

ライブの後の最高の一杯のために!!

賢、おまえはメイドだ!
男だけどメイドなんだ!!

俺は……可愛い……メイドッ!!
スカートを揺らしながら、俺はステージという戦場へと赴いた。

…スキップで。

「ふふふっ♪」

『キャーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!』



あとで褒めてくれるかなぁ…ちっちゃい目のご主人様。
「すごく可愛かったよ」って。

やだぁ!ご主人様ったらっ!
マサル、照れちゃうっ!
キャッ!


坂(…寒気しかしない……)



―おわり―


***********あとがき*******************
ついついうっかり書いてしまいました~。
あまりにも春ツアー名古屋ファイナルでのメイドさんが可愛くて。
近くで見たかったなぁ。
名古屋の前にも、メイドで登場した会場があったとのことで、何回か着ているものの、ファイナルでふと我に返ってしまった桜井さん、なんていうのが思い浮かびまして。
そして、メイド姿の桜井さんが、坂崎さんに可愛いと言われてドギマギしていたら可愛いんじゃないかなぁ…と、頭の中で想像したら「……うわっ!可愛い!//」と思ったので、形にしてみました。
うん、桜井さん、可愛いっ(//∇//)

アル友さんとの日々のやりとりのおかげで、妄想が捗り、三日で書けちゃいました♪
ありがとうございました~!

2017.07.21

☆2017.08.25☆
なんと!アル友さんが坂崎さんバージョンを書いてくださいました!
ぜひ、合わせて読んでください♪ →こちら

感想をいただけるとうれしいです(*^^*)
メール または 賢狂のブログの拍手コメントへ