EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION



−1−

たくさんのフラッシュが私に向けられて光っている。
頭上にはスポットライト。
どれも他の誰のためでもなくて、私に向けられた光。
眩しくてチカチカするけれど、何て心地いいんだろう。
周りより一段上の舞台から、そんな風景を眺められる日が来るなんて、思いもしなかった。
こんなに煌びやかなドレスを着て、カメラたちに向かって微笑んでいる自分っていうのも、想像できないし。
私を見るみんなの目が、昨日と違うと感じるのはきっと気のせいじゃないんだろうな。
今日の授賞式は明日の新聞に載るってさっき記者の人が話してた。
もっとばっちりメイクにした方がよかったかしら。
普段からちゃんとやっとけばよかったわ。

「遅咲き」なんて言葉、きっと普通ならイヤミな言葉なんでしょうね。
でも今の私にとっては最高の褒め言葉になっている。
この歳になっても諦めなかったから咲いたのよ。
私の努力の証。
堂々としていればいい。
きっとあの人だってそう言ってくれる。


「今日はありがとうございました。」
関係者たちに深々と一礼して私は会場を後にした。
A出版社の人たちが用意したタクシーに乗り込み、お祝いパーティのお店へと向かう。
自分の為にパーティが開かれるなんて初めてだわ。
「本当に今日はよかった!!いやー本当にめでたい!正月と誕生日とクリスマスが一度に来た気分ですよ!」
私の担当者が隣で嬉しそうに言った。
「そこまでめでたいことじゃないわよ〜。オーバーねぇ!」
「いやいや、本当にそれくらいめでたいと僕は思ってますよ!だってずっと二人で頑張ってきて、ようやくなんですから!」
「それはそうだけど。でもいくらなんでも正月と誕生日とクリスマスが一度に来るほどのめでたさはないと思うわよ。」
苦笑しつつも、膝の上にある受賞者しか手にすることができない賞状と楯に視線を落とした。
夢ではない。

今日は有名な文学賞の授賞式だった。
私は何度かその文学賞の受賞候補だと言われ続け、ずっと落選ばかり。
受賞候補と受賞では天と地の差がある。
候補に入っても何かいいことがあるわけでもないし。
「でも、本当によかった。一番傍で頑張りを見てきたから、本当に嬉しいです。」
担当者は目をうるうるさせながら私の手を何度も何度も握った。
彼は私より年下の割りにとてもしっかりしていて優秀な人なのだが、熱くて感動屋で涙もろいのが玉に瑕だ。
「諦めないことは何より大事なことなんだって、改めて僕は思いましたよ。」

“どんな時も諦めないで行こうよ”
あの日の彼の言葉がまるで昨日のことのように蘇ってきた。
そう、彼のおかげで今日の私があるの。
誰も、知らないんだけどね。
一年前のあの日、私の中で何かが変わったの。
彼の笑顔で。
彼の言葉で。
だから本当は、A出版社の人たちよりも家族よりもこの受賞を報告したいのは彼。
一言でいいから伝えたい。
あなたのおかげで賞が取れたのよって。
でも、いる世界が全然違う彼と気軽に会えるわけがない。
もっともっとたくさんの作品を出して有名になったら、会えなくもないと思うけど。
今はとても無理。
…本当は今すぐにでも会いたいんだけど。
もうあの日で諦めたはずなのにね。

テレビでは何度となく見かけているけど、あの日から一度も会ってはいない。
もちろん電話やメールもない。
…番号やアドレス交換もしてないから当然だけど。
でも連絡をとろうと思えばとれる。
A出版社に聞けば連絡先ぐらい分かると思うし。
他にも方法はいくらでも…

…って何考えてるのよ、私。
いつまで叶わない恋にしがみついてるつもり?
ガラにもなくキュンとした胸の痛みに大きくかぶりを振る。
「…佐藤先生?どうかしました?気分でも悪いんですか?」
「え?あ、ううん、違うの心配しないで。気分はいいに決まってるじゃない。」
そうよ、気分は最高なんだから。
夢だった賞を手に入れたのよ。
これからは文学者として、飛躍していくんだから。
彼のことはもういい思い出でいいじゃない。
思い出、そうよ。
いい思い出…。


彼と初めて会ったのは、去年の3月。
この文学賞にまた落選して最大級に落ち込んでいた時のことだった。
A出版社で担当の彼と暗い打ち合わせを終えて、でも立ち上がる気にも帰る気にもなれなくて、一人打ち合わせブースに残り、テーブルに突っ伏してただただ自問を繰り返していた。

(…これで落選は何回目?何がいけないの?どうして選ばれないのよ!何が…何が足りないっていうのよ…)
落選の原因が何なのか私には全く分からない。
自分の作品に何が欠けているのだろう。
いくら考えても答えはどこからも返ってこない。
「はぁ…」出てくるのはため息だけ。
そして思い出すのは編集長の顔。
明らかに”また落選か”と言いたげな顔をしていた。
担当者も何と声をかけていいのか分からないような、何とも言い難い顔で私を見ていたし。
ずっと私に付いている彼の方が、もしかしたら一番辛いのかもしれない。

「あはは。そうだね、それでいいんじゃない?」
隣のブースから楽しげな声が聞こえてきた。
こっちは最大級に落ち込んでいるのに。
無性に腹が立った。
担当の人と楽しそうに喋るその人の声は、私にはすごく耳障りに感じる。
たぶん私みたいに落ち込んでもいなければ追い込まれてもいないような人だという印象を受けたからだと思う。
(…ここであの声をずっと聞いていたら物投げそう…。いい加減、帰ろ。)
わざと大きな音を立ててイスを引き、ブースのドアを勢いよく開けた。
一瞬楽しげな声は止んだが、またすぐに始まった。
(いいわね、のんきな人は。)
隣のブースに視線を送りながら通り過ぎた。
ドアが閉まってるから視線を送ろうが中の人は気付きもしないけど。
階段を降りて出入り口に向かう時、受付の若い女性が私にお辞儀をした。
彼女の美しさもやけに鼻についた。
自分はいたって普通で目立たない。
何なのだろう、この差は。
…何もかもに自分のイライラがぶつかるらしい。

この世界はどうやったら自分に微笑んでくれるのだろうか。
それとも私にはこれから先、世界は微笑んでくれるつもりはないのか。
周りの視線も年々哀れむような、そんな目に見えてくる。
“来年はきっと”
その台詞、何度聞いたことか。
もう、聞き飽きたし聞きたくない。
私がほしいのはそんな言葉じゃない。
もっと別の…

A出版社から出た途端、肌寒さに身震い。
「うーっ寒いっ」
もうすぐ春だというのに、今年はいつも以上に寒さが残っていて、まだまだ手袋とマフラーが手放せない。
私には街中からも、そして自分の中からも“春”を見つけることはとても無理そうだ。
手袋を鞄から出そうと下を向いた時、巻いてきたマフラーがどこにもないことに気づいた。
「あれ?マフラーがない…。…あ、やだ。さっきのブースに置いてきちゃった。」
この冬に買った、普段あまり買うことのない値段のマフラー。
それにこの寒さ。“まいっか”で帰る気にはなれない。
「安い原稿料だけで生活している私には、たかがマフラーもされどマフラーよ。」
独り言を言い、くるりときびすを返しブースに引き返した。


私がいたブースをそろりと覗くと幸いなことに空いていて、イスの背もたれにマフラーが寂しげにかかっていた。
まるで自分の姿を映しているかのようだ。
何だかさらに寂しくなる。
「ああ、よかった。」
ホッとしてマフラーを手にしブースを出た。
最近忘れものが多いのはきっと気のせいじゃない。こういうところも、受賞できない理由の一つなのか?なんてふと思う。
きっとそういう部分じゃなく、根本的に自分の作品に何かが足らないんだろう。
分かっているけれど、どうにもできない。
だから余計にイライラする。
「…こんな時に次の作品の構想を、って言われたって浮かぶわけないじゃない……」
連載途中だったB出版社の作品も文学賞落選で筆はぴたりと止まってしまった。
今度こそ、という期待があっただけに相当ショックが大きい。
そして自分自身より遥かに周りの期待が大きかったらしく、その人たちの落胆振りを見る方がもっともっと私にはショックだった。
期待してくれるのは嬉しい。
それが自分の意欲になる。
でも逆に相当の重荷になることだってある。
スランプとは呼ばないものの、書けない時はあるのだ。

連載作品の原稿の締切りは来週に迫っている。
その期限に間に合わなかったら、きっとB出版社からの依頼は次からなくなるだろう。
A出版社だって今後どうなるか分からない。
いつまでたっても何の賞も取れない三流作家をずっと使ってくれるとはとても思えないし。
とうとう私は路頭に迷うのか。
創作意欲と現実問題、大きな二つの壁が私の前に立ちはだかっている。
(…とにかく早く帰って何とか書かなきゃ……)
隣のブースを通り過ぎる時、こちらもすでに打ち合わせが終わったのか、ドアが全開で中には誰もいなかった。
先ほどの楽しげな声の主の姿もない。
正直ホッとした。
…のだが。

「…ん?」
通り過ぎたところでブースにふと違和感を感じ、足を止めてもう一度中を覗いた。
そこには私と同じようにマフラーが置き去りになっていた。
「あれ、こっちの人もマフラー忘れてる。」
切羽詰まってなくても忘れるものは忘れてしまうようだ。そう思うと何だか可笑しかった。
しかし周りを見渡してもそれらしい人はいない。
「きっと今頃気づいてる頃だわ、私みたいに。そのうち取りに来るでしょ。」
…取りに来なかったら?
…本人が取りに来た時には誰かが持ち去っていたら?
………。
そうだった。私という人間は何事もマイナス思考。いつだって最悪の状況を考える。
たった一つのマフラーでも想像力で最悪のパターンにしてしまうのだ。
例えばマフラーがなかったばっかりに風邪をひき、悪化させて肺炎で入院した…とか、マフラーをプレゼントした彼女が激怒して別れてしまった、とか。
…そこまで話が飛躍するわけがないんだけど。
悪い癖ではある。でもそれが私の創作活動に役立っているのだから、一概に悪いとは言えない。
プライベートでは、なくていい癖なのだが。

「…仕方ないわね。さっきの美しい受付嬢に渡しておくか。」
置き去りにされたマフラーを手に取って、ロビーへの階段に向かった。
「…何か変わった柄のマフラーねぇ。確か聞こえてた声は男だったわよね。若いのかしら。」
いい年の作家がこのマフラーをはめている図を想像し、歩きながら一人吹き出した。
「案外おっさんが使ってたりしてね。」
「…そう、案外おっさんが使ってます。」
「やっぱり……って…えっ!?」
キャッチボールなんてあるはずのない私の独り言に降ってきた返事に驚いて顔を上げると、一人の男が私の前に立っていた。
照れくさそうに笑っている。
もしかして…。
「…え〜と、もしかしてこのマフラーの…」
「はい、忘れた張本人です。」
「あ…」
やっぱり!うわ、私、すごく失礼なこと言ったわよね。
「ね、案外おっさんが使ってるでしょ?」
…しっかり聞かれてるし。
「す、すみません。失礼な事を…その、言いまして…。あの、これ、どうぞ。」
しどろもどろでマフラーを差し出した。
「ありがとう。外に出たところで忘れたことに気付いたんですよ。忘れるなんて…年かなぁ。」
何だかチクチク刺されてる気がするのは気のせい?
「い、いえ、私もさっきブースにマフラーを忘れて取りに戻った…と、ところで。ここが暖かいからつい忘れてしまいますよねっ」
「…そっか。じゃあ俺だけじゃないね、よかったー。」
確かに隣のブースから聞こえてきた声の主だ。
「そうですよっみんな一緒ですっ」
…って私ってば何力込めて頷いてるんだか。
男は若く…はないようだが、パッと見て年齢が読み取れなかった。
一体いくつの人なのだろうか。
格好もジーンズだし何よりマフラーの柄があまり普通ではない。
そこまで歳は自分と離れていないような気もする。
銀縁の眼鏡に、目は細めで鼻は立派…な感じ。
あれ、笑うと口がハート型だ、面白いなぁ。
童顔、なのかな。だから若く見えるのかしら。
髪はパーマ…なのかな、いや天然かな。
いやでも最近はくせ毛風パーマもあるし。
…しかし、細い人だなぁ。
ちゃんと食事摂ってるのかしら。
もしかして売れない作家?私よりも貧乏だったりして。
いや、でもさっきのブースでの声は明るい感じだったし、今だって切羽詰ってるようにはとても…
「…どうかしました?」
考え込む私の顔を笑顔で覗き込まれて慌ててプルプルと首を振った。
「いっいえっ何でも…っ」
「…でも助かりました、気に入ってるマフラーだったから。こんな柄なかなか無いからね。」
…やっぱりこれはチクチク刺されてるわよね。間違いない。早く立ち去ろうっ
「よよよよ良かったですねっそ、それじゃ私はこれで…っ」
逃げるようにお辞儀をして彼の横をすり抜け階段に向かった。
「ありがとう!」
私の背中に向かってお礼の言葉が飛んできた。
…振り向かないわけにもいかない。
「いいえ〜っ」
とりあえず笑顔を作って振り向いた。
彼はにっこり私に微笑んでいる。
(……あれ?)
何かが引っ掛かった。
のだが、またチクチク刺されないうちに立ち去りたいという気持ちでいっぱいな私は、その引っ掛かりは無視することに決め込み、半ば逃亡を図る形で再び歩き出した。
そんな私に、彼は予想外の言葉を投げかけた。
「外は寒いから気をつけてね、サトウさん。」
ギョッとして振り返ると、彼はやっぱりニコニコと微笑んでいた。


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