「涙の向こうに見えるもの」


 -1-


もう嫌だ。俺はかぶりを振った。

何もかも嫌になった。家族も会社も…この世の中も。
すべてのことから逃げ出したい。
明日、すべてのことが好転するとしても、俺はもう、今日を終える気力すらない。
それがあと数時間だったとしても。

「ここで…全部終わらせてやる」
誰もいないこの場所で、誰に言うでもなく俺は呟いた。
掴んでいるこれを離せば、俺は自由になれるんだ。

そう、自由になれる。

何のために生きてきたのだろう。失敗ばかりの人生で、一つも良いことなどなかった。
こんな人生をこのまま送ったところで、一体何になるのか。
つまらない人生に価値などない。

子供の頃から俺は親の言いなりだった。
習い事もそう、部活も親に言われたことをやってきた。
けれど、親に反抗したことがない子供だった俺は、「嫌だ」とも思わなかった。
いつしかそれが俺の中では”当たり前”になって、親子とはそういうものだと、思っていたのだ。

もちろん、それは中学生になってからも。
学習塾はどこへ。
高校はあそこへ。
俺は言われた通り、当然のようにそこへ行った。

そんな人生に疑問を感じたのは、高校に入ってからだった。
「おまえ、将来は何になりたい?大学はどこを目指してる?」
友達に聞かれ、一度も将来を自分で考えたことがないことに気づいた。
きっと、親が「この大学へ」「この会社へ」と言うと思っていたから。
なりたいもの?やりたいこと?行きたい大学?…何一つ答えられなかった。
俺は、完全に親が敷いたレールの上を歩いていたのだ。

自分の思い、考え、何もない。
夢も…何もない。
愕然とした。

これではいけない。
ようやく人並みに自我が芽生えた。
自分の目標を見つけようとして、初めて親に反抗して自分で行きたい大学を決めた。
もうレールの上は歩かない。
自分の人生は、自分の意思で決めたい。
そして、自分の歩きたい道を歩くんだ。

やっと自分の人生が始まった。
まっすぐだった道に初めて生まれた分岐点、自分でどの道に行くか選んだ。
やっと…やっと自分らしく生きられる。
選んだ道の先には、きっと明るい未来が待っているんだ―

そんな風に思った俺はバカだった。
明るい未来なんて、どこにもなかったのに。
自分が選んだ先にあったのは、道ではなく高い壁。
待っていたのは絶望だけだった。

目指していた大学は不合格。
必ず受かるだろうと思っていた滑り止めの大学もすべて落ちた。
親のあの冷たい目は、今でも忘れられない。
反抗して受験に失敗した息子。
自分たちを裏切った息子。
出来損ないの息子。
もはや、自分への期待など、親からは一欠けらも感じられなかった。

そんな親が、浪人することを許してくれるはずもない。
”働け”
無言の圧力が俺を支配した。
結局、俺はどう足掻いても親には逆らえないのだ。

親に言われたレールの上を歩いていた方が、もしかしたら順調な人生を送れていたかもしれない。
俺は親が敷き直したレールの上に逆戻りした。
親に反抗しなければよかった。
そんな、人として情けない後悔をしながら。

親の伝手で何とか就職したけれど、やりたい仕事でもないし、得意なことでもない。
もちろん最初は頑張ろうとした。三流の会社だけれど、頑張ればそれなりの役職をもらえるはず。
課長にでもなればそれなりの給料になり、親だって少しは認めてくれるだろう。
自分にも、そのぐらいの力量はあるだろうから、と。
でも…気づけば同期はどんどん昇進していき、後輩たちにも次々と抜かされていく。
自分だけは評価されず、なかなか給料も上がらず、いつまでも自分だけが前に進めない。
いつまで経っても、俺に明るい未来はやってこない。
どんなに頑張ったって、もう俺には…

「だから終わりにするんだ。今日で…!」
もたれていた手摺りから身体を離す。
ここから飛び降りてしまえば、楽になれる。
自由になれるんだ。
震える足をズズズッと前に出し、足元を見下ろす。あまりの高さに背筋がゾクッとして、手摺りを持つ手に力がこもる。この手を離せば…あとは…
鼓動が速くなり、呼吸も荒くなってきた。

「い、一瞬!い、い、一瞬で終わる!死んだら痛みなんて感じない!!」
言い聞かせるように叫ぶ。
「何も、未練なんてないじゃないか…!俺が死んで悲しむヤツだっていないんだ。父さんだって、俺みたいな出来損ないがいなくなれば、きっとせいせいするさ!友達だって!……親友なんて呼べるヤツだっていないんだ。誰も悲しまない。誰も俺がいなくなったことにすら気づかないんだ…!」

手摺りから左手を離す。
身体が風に揺れて、前のめりになった。繋ぎ止めているのは、ピンと伸びた右手のみ。
遥か下に、硬そうなアスファルトの道路が見える。ギュウッと目をつむる。さぁ、右手を離せ。離せば終わる…!

さぁ…!

……さぁ!!

………さぁ…っ!!

そう自分に発破をかけても、俺の右手が手摺りを離さないのは何故だろう。
嫌だと逆らうなんて強い心、俺の中にはもうないはずなのに。こんな人生に、未練なんてないのに。
「こんな…時だけ……何だよ……何なんだよ……」

「……本当ですよ」
「……へっ!?」
突然聞こえた声に驚いて目を開けた。が、目の前には誰もいなかった。当然だ、ここはビルの屋上で、俺は屋上の手摺りの外側にいるのだ。人がいるわけがない。 では、どこから声が…
「先ほどから何度も同じことを繰り返して、いつになったら飛び降りるのでしょう?」
また声が聞こえ、視界の端に何かはためく物が見えた。見ると、屋上の手摺りに少年が一人、背を向けて座っていた。
暗くてあまりよく見えないが、声からして少年だ。何だってこんなところに少年がいるのだろう。
「え、あの…君…だ、誰……?」
「あなたは飛び降りたいんですよね?」俺の質問も頭にある疑問も無視して少年が言う。
「え…」
「その手を離さなければ、飛び降りることはできませんよ」
「そ、そんなことは―」
分かっている。分かっているけれど、そんな簡単に手が離せるわけがない。

…いや、そんなことよりも。こんな少年が夜遅くにビルの屋上にいるなんて、おかしいんじゃないか。しかも、落ちたら危険な手摺りに座っている。風にあおられたら、小柄な少年なんてあっという間にバランスを崩して後ろにひっくり返るに違いない。
”飛び降り男を助けようとした少年、一緒に落下して死亡” そんな新聞記事が頭に浮かんだ。まさか他人を、しかも子供を巻き込むなんてとんでもない!
一旦中止だ。俺はまた両手で手摺りを持った。
「き、君には関係ないだろ!そんなことより!君は今すぐそこから降りるんだ!危ないよ!」
「…手摺りの外側にいるあなたに言われたくはありませんね」
「ぐ…俺はいいんだよ!自分の意思でここにいるんだから!ほら!降りて!」
「ぼくも自分の意思でここに座っています」
「…え?……それって…」
まさか。血の気が引いた。こんな小さな少年まで自ら命を絶とうと考えるなんて、そんな悲しい時代になってしまったのか。
自分が今やろうとしていることを忘れ、悲しみでいっぱいになった。こういう話はどうにも弱い。
「…そんなだからできないんですよ」少年が何か呟いた。
「え?何て?」
問いかけると少年がこちらを見たので、ようやく顔が見えた。メガネを掛けていて、笑顔もなくとても不機嫌そうだ。先ほど視界の端に見えたものは、どうやら彼が首に巻いているマフラーだったらしい。

そんな少年は俺の問いかけへの答えではない、思ってもいないことを口にした。
「ぼくが手本を見せましょう」
「…え?何の…?」
「何の…って…あなたは今自分が何をしようとしていたのかも忘れたのですか?」
「…わ、忘れてないよ!でも、君に教えてもらうことなんて何も―」
「あなたは飛び降り方も分からないじゃないですか。だからぼくが教えてあげますよ」そう言うと、少年はひょいっと手摺りの上に立った。
「お、おい!君!!」慌てる俺をよそに、澄ました顔をして俺を見ると、あろうことか軽やかな足取りで手摺りの上を歩き出した。
「き、君!ダメだ!そんなことしたら…!!」
「飛び降りたいなら、このくらいしないと」
「だぁぁぁ!こ、これは遊びじゃないんだ!落ちたら死ぬんだぞ!!」手摺りの外側だということも忘れ、少年の後を追う。
「そうですね。この高さなら確実に命を落とすでしょうね」
「分かってるなら止めるんだ!君はまだ子供じゃないか。その若さで命を捨てるなんて―」
少年は手摺りの角でピタッと止まり、くるりと向きを変えて俺を見た。
「あなたもまだ若いのに、命を捨てようとしているじゃないですか。人のことは言えませんよ」
「……っ」
何も言い返せない。が、少年は俺よりもまだまだ若い。数年生きたぐらいで死を選ぶなんて間違っている。俺は少年より、挫折も失敗も経験してきた。数倍は生きてきたんだ。
「君よりは何倍も生きてきた!君よりも何倍もつまらない日々を生きてきたんだよ!こんなつまらない人生、もうたくさんなんだ!」
「……」
「明日を考えるのが辛いんだ…何にも良いことなんてないんだ……何にも……考えたくないんだよ…」
「……たかが三十年でもう人生を諦めたのですか。諦めの早い人ですね」
「…な…何だって―…えっ!!」

冷たく言われムッとして少年を見たが、彼が手摺りの上で片足になったので、背筋がゾクッとした。彼には恐怖心というものがないのか。
何とか少年の危険な行為を止めようと、ゆっくりと彼に近づく。
「”もうたくさんだ”なんて、飛び降りることすらできないあなたが言える台詞ではありませんよ」
「……」
何とでも言えばいい。今はただ、少年を…安全なところへ連れていかないと。
「そもそも、たった三十年程度生きてきただけじゃないですか。そんな人がぼくに人生を語らないでください」
「…そのまま返すよ。たかが十年程度しか生きていない君に言われたくない」
「残念ですが、ぼくはこれでもあなたより長く生きているんですよ」
何を言っているんだろうか。どう見ても小学生だ。
…よし、あと一歩で手が届く。
「へぇ…君はどこから見ても小学生にしか見えないけど…ね?」
「見た目で判断しないでいただきたいですね。ぼくはこれでも二―」
今だ!俺は少年に手を伸ばした。彼の腕を目がけて。

だが、数センチ足らなかった。俺の手から逃れるように、少年は手摺りの上でふわりとジャンプし、何もない空間へと飛び出してしまった。
「ああっ!!」
もちろんそこに地面はない。遥か下にある。
助けないと!!その思いだけで俺は動いた。自分がどんな状況でどうなるかなんて、考えもしないで。
まるでスローモーションのように仰向けでゆっくりと落ちていく少年に両手を伸ばす。 ああ、漫画みたいに腕が伸びたらいいのに…!
と、少年が俺を指差して言った。
「手」
「て?……あ」
しまった!!両手を…両手を離してしまった!!自分の身体が、少年と同じように何もない空間へと飛び出している。振り返った先の手摺りに手が届くわけもない。

もう何も繋ぎ留めているものはなくなった。あとは…そう、落ちるだけだ。

「うわああぁぁぁぁぁっっ!!!」
ものすごい勢いで落下していく。遠かった地面がどんどん近づいてきた。ギュウッと目を閉じる。
ああ、死ぬんだ。本当に死んでしまうんだ。何だかマヌケな落ち方だったけれど。
少年もあの状況では助からない。自分のせいで少年まで巻き込んでしまった…。
彼自身は望んでいたことかもしれないが、彼の家族は決して望んでいないことだったはずだ。何と謝ればいいのか……。

いや、待てよ?
少年は俺のように落下していなかった。まるで鳥が翼を広げて下降していくように、そう、落ちていったんじゃなく、ゆっくりと降りていくように見えた。
人に見えたけれど、人ではなかったのかもしれない。
だって、あんな風に手摺りの上に乗ったり、飛び降りたりなんて、普通の子供ができるわけがない。
そういえば、いつになったら飛び降りるんだとか言っていた。
そうか、あの子は死神だったんだ。早く飛び降りろってことだったんだな。

これまでの人生が頭の中を流れていく。ああ、これが走馬灯というやつか。死ぬ前に見るんだよな。
ああ、じいちゃんとばあちゃんだ。二人は俺に優しかったから好きだったな。自分の人生は好きなことをしなさい、なんて言ってたっけ。ずいぶん会ってないなぁ。

あ、初恋の久美ちゃん。クラスの男子、みんな好きだったな。可愛かったもんなぁ…。成人式では会えなかったんだよね。今、どうしてるんだろう。
…ああ、高校ん時の隆だ。大学受験の時、勉強教えてくれたっけ。友達の少なかった俺にとって、唯一親友と呼べる友達だった。あいつは確か実家の工場を継ぐって言ってたけど、元気かなぁ…。

…あ、先輩だ。入社した時、たくさん色んなことを教えてくれた。出来が悪い俺だけど、先輩だけは俺を可愛がってくれた。先輩がいたから、俺はここまで仕事を続けて来られた。感謝してもしきれな―

……ちょっと待て。
何だよ。何で嫌なことが出てこないんだよ?俺の人生、いっぱい嫌なことがあったじゃないか。良かったことより、嫌なことばかりだったから死のうって思ってるんだぞ?なのに、何でこんな人ばっかり出てくるんだよ!!
人が死ぬって時にこんなシーン見せるなよ!
嫌なやつとか、嫌な出来事をどんどん見せて、これでもう解放される、よかったって思わせてくれよ!
おい!さっきの死神!早くそういうのを見せてくれよ!!聞いてるのか!?
死神!!死神ーっ!!

”ぼくを死神呼ばわりするとは失礼な人ですね”

先ほどの少年の声が聞こえたと思ったら、突然、身体が浮いたようにふわりとした。
地面に落ちたとはとても思えない感覚だ。恐る恐る目を開ける。
暗闇に小さな点がいくつか、ポツポツと光っている。それが何なのかは、数秒後に分かった。星だ。
「…え……そ、空…?」
星が見えるということは、俺は空に向かって仰向けになっているということだ。
俺はどうなったのだろうか。落下して地面に落ちた…のか?
あちこちに手を伸ばすが、触れられるものは何もなかった。
地面ではないらしい。…では、ここはどこなのか。
空が見えるということは、死んで魂となって浮いているということなのだろうか。
しかし、見ると自分の身体はある。手も足も動く。どう見ても落下する前の自分の身体と何ら変わりはない。この身体が幻でなければ、の話だが。

自分の置かれている状況がまったく飲み込めないが、起き上がれそうだったので、上半身を起こしてみた。特に痛みもないので、内心ホッとしたが、辺りを見渡して絶句した。
何故か空中に浮いている。子供の頃に読んだピーターパンのように。
飛び降りたビルよりも高いところで、雲のようにふわふわと浮いている。
死んで幽体になったのかと下の地面を見たが、俺の死体は見当たらないし、騒ぎになっている様子もなかった。
「え?…へ?……ええ!?」
「まったく。飛び降りるまで二時間と二十五分。声を掛けなかったら、一体何時間になっていたんでしょうね」
「!?」
声のした方を見ると、先ほどの少年が自分と同じように宙に浮いた状態で立っていた。
巻いているマフラーは子供らしく黄色の星柄、緑色のダッフルコートを着ている。髪はふわふわとしていて猫っ毛で勉強のしすぎで視力を悪くしたような、俺とは解り合えそうにない優等生タイプ…のように見えた。
死神には見えないが、空の上にまるでそこに地面があるかのごとく立っているのだから、普通ではない。
きっと、死神なんだろう。
「…俺は死んだのか?君はし―」
「あんたバカだなぁ!」
「うわぁ!」急に横から顔が出てきて心底驚いた。長い髪のおん…いや、男だ。
「あんなに何度も躊躇してたのに、コウノスケ助けようとして迷いもなく手摺り離しちゃうなんてさぁ!マサルの予想通りで笑っちゃったよ!」ケラケラ笑いながら、長髪の男は俺の目の前を空中で転がっていく。
よく見るとものすごい色の服を着ていて、こっちは見るからに普通ではない。
死神って、こんな奇抜な色の服を着ていたりするのか。いや、そんなことはどうでもいい。今知りたいのは自分が生きているのか死んでいるのか、だ。

「…な、なぁ!俺は死んだのか?」
「死んでねぇよ」
また違う声がして、ポンと肩を叩かれた。振り向くと、髪をオールバックにした黒いサングラスのヒゲ男が俺を睨んできた。
「うわぁぁっっ!!」戦いて空中を後ずさる。
「ひでぇな、そんなに驚かなくてもいいだろ」
「違うよ、マサル。そいつはマサルがヤクザに見えて怖がってるんだよ。ねー?」
その通りだったが、怖くて頷けない。
「ヤクザみたいで悪かったな!」
「安心してください。こいつはこんな見た目ですが、小心者で臆病です。怖がる必要はありません」
「え…」
「ははは!」
「トシヒコ!笑うなよ!どうせ俺は小心者で臆病だよ!」

…えっと……とりあえず俺は死んでいないらしい。では今のこの状態は何なのか。そして、このコウノスケ、マサル、トシヒコという三人の死神も。何故、死神なのに俺を生かしておくのか。

「じゃあ…これは…これはどういうことなんだ?死んでいないのなら、何で俺は宙に浮いている?」
「ああ、それはこれから説明します。ぼくたちは―」
「君たちが何者なのかは分かってるぞ!さっきの君の言動からして、君たちは死神で俺の命を獲りに来たんだろう!?」
「……」
「え、ちょっと待ってよ。俺たちは死神なんかじゃ―」
「なのに何で俺は死んでいないんだよ!?死神なんだろ!?さっさと命を獲ったらどうなんだ!!」
「おい、あんた。ちょっと落ち着―」
「ああ、そうか。俺には殺す価値もないのか!そうか、そうだよな。俺なんか殺したって何の得もないだろうね!俺なんて―」
突然、ヒンヤリとした空気を感じて背筋がゾクッとする。見ると少年が俺を睨んでいた。先ほどの不機嫌そうな顔よりももっと不機嫌な顔をしている。小学生ぐらいの少年なのに、その顔には迫力がある。言おうとした言葉を飲み込んだ。
「……」
「今から説明すると言ったでしょう。ぼくたちは死神などではありません。そのような悪しき者と一緒にしないでください」
「そうだよ。それに俺たちを呼んだのはあんたじゃん」
「…呼んだ…?俺…が…?」
「トシヒコ、彼はぼくたちを呼んだ自覚がない。そんなことを言っても無駄だ」
「えぇ~またそういう人間?じゃあ説明しなきゃいけないわけ?」
「ああ。まずは状況を説明する必要がある」
「面倒くさいなぁ…」
すると、少年の前にサングラスのヒゲ男が立ちはだかって俺を見下ろした。
「……?」ビクビクしながら見上げる。
「あと、もう一つやるべきことがある」
「もう一つ?何?」
「殺す価値がないとか、生きていても意味がないとか、くだらねぇことを二度と言わないように説教をしねぇとな」
俺を不機嫌そうな顔で睨む。
「…ひっ」
猛獣と出会ってしまった小動物の気持ちになる。この人は小心者で臆病なのかもしれないが、俺には怖い人にしか見えない。
「ありゃ、今日はコウノスケもマサルも不機嫌だなぁ。あんた、覚悟した方がいいよ」
長髪男がまたケラケラ笑いながら、俺に言った。
覚悟?覚悟って、何だよ?
そもそもこの三人は何者なんだよ?俺が呼んだ?誰も呼んでないし!
俺はただ、自分の人生を終わらせようとしていただけなのに!
それを邪魔されて、何か怒られて、覚悟しろって……

本当、一体何なんだよーっ!?


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