「39th」


「…あれ、いない……」
部屋を覗き込んだが、その部屋にいるはずの人の姿はなかった。
荷物は…ある。
もう起きた?そんなバカな…と思いながらドアを閉めると、聞き慣れた声がした。

「棚瀬さん、おはようございます」
眠そうな馬場が、ペコリと頭を下げる。
髪にはあちこち寝癖がついている。

「ああ、おはよう。…何か、すごく眠そうだね」
「変な時間に寝たせいか、よく眠れなくて」
「まぁ、昨夜は遅かったからね。僕もあんまり眠れなかったよ」
「やっぱり。今日はみんな、寝不足ですね」
「ははは、そうだろうね。これから桜井さんの部屋に行くところ?」
「いえ、今行ってきたんですけど、ノックしても応答がないので、棚瀬さんに鍵を借りようかなと思って…」
「…それ、もしかして、部屋にいないんじゃ?」
「…え?寝ているんじゃなくて、いないんですか?」
「その可能性は高い。だってここも-」
「高見沢さん、いないんですか?」
目の前の部屋を指差し尋ねる馬場にコクリと頷くと、二人して眉をひそめた。

「桜井さんと高見沢さんがもう起きてるなんてことは…」
「ないよな」
「ええ、ないですね。特に高見沢さんは有り得ないです」
きっぱり言ってしまうのは、本人に失礼かもしれないが、本当のことだから仕方がない。

となると、いる場所は限られている。
「見てくるよ」
「はい、お願いします」

三部屋分の鍵を握ったまま、もう一人の部屋に行ってみることにした。


昨日、39回目のデビュー記念日をお祝いしようということで、メンバーはもちろん、社長やスタッフなどが集まって盛大な宴会が催された。
ホテルのレストランを貸し切り、一泊二日の宴会だ。
都内だから帰れないわけではないのだが、たまたまメンバー全員が翌日、つまり今日は夜まで仕事がないということもあり、それならばと社長の鶴の一声で豪華な泊り宴会となった。

夜から始まった宴会。
大いに盛り上がったのはよかったのだが、昨日は三人が上機嫌で、なかなか宴会が終わらなかった。
桜井さんは今日と明日が休肝日ということもあって、いつまでも飲んでいるし、高見沢さんは美味しい肉を食べまくるし、坂さんはいつものごとくずっとギターを弾いて歌っているし。
とはいえ、夜に弱い坂さんは半分寝ていたが。

三人が帰らないと会も終われない。
まだまだ続きそうな雰囲気のなか、いい加減、終わりましょうと私が声をかけて、ようやくお開きに。
三人は、まだ物足らなそうにしていたが、周りの顔はそれはもう面白いぐらい安堵の表情で、つい笑ってしまった。

しぶしぶ部屋へと引き上げる三人。
酔っ払いと天然と半分寝ている人に鍵を持たせたら、危険極まりないので、馬場と二人でそれぞれの部屋の前まで付いて行き、私が鍵を開け、ドアが閉まるまでを確認した。

それを見届けてようやく自分の部屋に行ったのだが、その後二人は部屋を出たということだろうか。
確かに、昨日はいつも以上に思い出話に花が咲いていたから、まだまだ話し足らなくて、一部屋に集まったのかもしれない。


何十年も前のことを、まるで昨日のことのように話す三人は、昔からちっとも変わっていない。
それに、話す内容もいい意味で若い頃と同じだ。
お互いが出会った頃の話、レコードを買いに行った話、好きなミュージシャンの話、ギターの話。

そばで聞いていると、私自身も20代、30代に戻った感覚に陥ってしまう。
若返ったり、ふと自分を見て現実に戻されたり。
三人と行動すると、仕事中だけでなく仕事の合間、移動中もなかなか忙しい。

感心するのは、昔のことをよく覚えていることだ。
最近のことはちっとも覚えていないのに、昔のこと、特に売れる前のことはとにかくよく覚えている。
マネージャーとしては、最近のことももうちょっと覚えておいてほしいのだが、文句を言うと昔のことを持ち出されるので、言いたくても言えない。
何故あんなにも覚えているのか…本当に困ってしまう。


そんなことを考えている間に、坂さんの部屋にたどり着いた。
中から声はしないので、騒いでいるわけではないようだ。
いつまでも若々しい三人も、気が付けばまもなく還暦を迎えるれっきとした大人なのだから、騒いでいても困るのだが。


一応ノックをしてみる。
…が、応答はない。

寝ているのか、はたまたここにもいないのか。

音を立てないようにゆっくりドアを開ける。
シンとした部屋に一歩入ってみると、見覚えのある靴があちこちに転がっていた。

やっぱりここか。
見つかってホッとする反面、いい歳して何をやってるんだかと笑ってしまう。
どうせ集まって話していて、そのまま寝てしまったんだろう。

仲がいいですね、と色んな人から言われて、「そんなことはない」と否定する三人だが、そろそろ「はい、とっても仲がいいです」と言った方がしっくりくると思う。
ファンの人たちにしてみれば、「そんなことはない」はイコール「仲がいい」と聞こえていることだろう。


しかし…。
ベッドは一つ。
ダブルベッドとはいえ、大の大人が三人、どうやって寝ているのか。

確認する前に想像してみる。
きっと坂さんはベッドだ。
先に寝てしまうだろうから、ベッドを占領できる。
高見沢さんはソファ、桜井さんは寝るところがなくて…というより、酔っぱらって床で寝ている…とみた。

「…失礼しまーす……」
一応、一言断ってから奥へと進む。
ソファが見えたが、そこには上着とiPadが置かれていて、誰もいなかった。

転がっている三種類の靴を拾い集めて、部屋の隅に置く。

そこから見える範囲の床に桜井さんの姿はない。
あるのは、坂さんのギターケースと荷物だけだ。
どうやら私の予想は外れたようだ。

…ということは……どういうことだ?

よいしょと立ち上がってベッドを見た。

「………」

その光景に、しばし固まる。

ここにはもうすぐ還暦の人しかいないはず。
なのに、何だろう、この光景は。

ずり落ちた眼鏡を戻し、ポリポリと頭をかく。
これはもう、”仲がいい”以外、何物でもないではないか。

まさか、川の字になって寝ているとは……。

三人とも、私が入ってきたことに気づいた様子もなく、爆睡している。

面白いことに、寝ている場所は普段の立ち位置と同じ。
鍛えられた腕を豪快に広げて眠る高見沢さんの隣で、その腕をまるで枕にするかのように坂さんが子供のような寝顔でスヤスヤと眠り、桜井さんはそんな坂さんの隣で猫みたいに丸くなって寝ている。

夏休み、祖父母の家に集まった孫たちが、遊び疲れて昼寝をしているかのような光景だなと思うと、笑いがこみ上げてきた。

いかん、堪え切れない…!
慌てて部屋を出る。
ドアを静かに閉めてから、我慢していた笑いと言葉を吐き出した。
「あはは!まったく、あの人たちはいくつになっても笑わせてくれるなぁ…!」
いやはや、本当に困ってしまう。

「あ、棚瀬さん。いました?」
廊下で待っていたのか、馬場が近づいてきた。
「ああ、うん。いたにはいたんだけど…」
「…何か?」
「まだ爆睡中でね」
「そうなんですか」
「うん」
それも、川の字でね。

ああ、また笑いがこみ上げてくる。

不思議そうにしている馬場の顔を見て、ふと悪戯心が湧き上がってきた。
私もたまには三人を困らせてみたくなった。
「カメラ、あるよね?」
「え、カメラですか?部屋にありますけど…」
「悪いけど、持ってきてくれる?あの姿は撮っておかなきゃ」
「…ど、どんな姿なんですか?」
「びっくりするような姿だよ。ほら、早く!三人が起きる前に撮らなきゃ」
「あ、は、はい!」
慌てて馬場が走り出す。
「静かにっ!」
「は、はい…!」
足音を立てないように変な小走りをしていく馬場の後ろ姿を見送って、廊下で戻ってくるのを待つ。

みんなに見せるか、馬場と二人で楽しむか。
そう考えただけでも面白い。

これだからこの仕事は辞められないなと思う。
大変なことも多いが、それ以上に楽しいことも多い。

それだけ三人が個性豊かで、面白い人たちだということか。

うん、とあちこちで頷かれているような気がした。

「…遅いなぁ…」
馬場はなかなか戻ってこない。
待っている時間というのは、何故こうも長く感じるのか。

ソワソワしながら、私は三人が眠る部屋のドアを見つめた。

そのままぐっすり寝ていてくださいよ?

写真を撮ったら退散しますから。

今日は好きなだけ寝ていていいですから。

だから…


私はただひたすら祈る。

どうか、まだ川の字で寝ていますように…と。


馬場……

早く戻ってこーい!!



―おわり―


************あとがき******************

読んでいただき、ありがとうございます。
明日の39回目のお誕生日のお祝い、ということで書いてみました。
珍しくマネージャーの棚瀬さん視線で話を作ってみましたが、いかがでしょうか。
棚瀬さんファンの方に喜んでいただけたらうれしいです(^^)
ネタはアル友さんの「3人がお昼寝してたら…」という発言から。
なるほど、3人がお昼寝ね……と考えていたら、棚瀬さん視線の4コマが浮かび面白いかもなーとさらに考えていたら、4コマでは収まらなくなったので、お話にしてしまいました。

祝ってるんだかよく分からない話ですが、祝ってますよ!w
39回目のお誕生日、おめでとうございます!
素直に「ええ、僕たち仲良しなんです(^^)」と言ってくれる日を楽しみにしています!(何か違う)

そして!お昼寝ネタを提供してくれた アル友のろきさんが、川の字で眠る三人を描いてくれました!→こちら


2013.8.24

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