「わちゃわちゃ1」

一月二十日

通路を歩きながら、桜井はまいったなぁ…と呟いた。
その顔は、決して”まいったなぁ”な顔ではなく、むしろうれしそうだ。

「まったく……年明けて早速呼び出しって、本当にもう、あいつらはぁ…」

昨年、休みの日に四回も呼び出されて、”わちゃわちゃとは何か”を話し合ってきたのは記憶に新しい。
ほとんどは無駄な事を話していただけだが、結局、三人で集まってああでもないこうでもないとやっているだけで、それが”わちゃわちゃ”になると分かり、無事解決!

…になるはずだった。

これで呼び出しはなくなると喜んだのもつかの間、二人はオフに集まることが楽しくなってしまったようで、終わることを残念がる始末。
仕方なく桜井が折れ、今後も定期的に集まることになったのだが、年が明けて二十日。今日、早速呼び出しがあったのだ。
こんなにも早く?と思いつつも、呼び出された日にちに、桜井はニヤリとしてしまった。

そう、今日は桜井の誕生日だから。

”せっかくだから桜井の誕生日に集まろう”

そんなやりとりがあったのかと思うと、どうしてもニヤニヤしてしまう。

「こんな一月から集まってたら、毎月とか言い出しそうじゃないか。毎月だなんて、それはさすがにやめてほしいなぁ…」
相変わらず顔はうれしそうで、言っていることと表情が一致していないことに桜井は気づいていない。
ここに来るまでにすれ違った人たちに、おかしな人だと思われていなければよいのだが。

ニヤニヤしている間に指定された部屋に着いた。
ドアを開けたら、クラッカーとかがパーンとなるんじゃないだろうか。二人から”桜井、おめでとう!”とお祝いされ、ケーキも準備されていて…
”ええっ!?”と思い切り驚いた方がいいのかな。
でも、わざとらしいのも変だよな。とりあえず、普通に”よぉ”って入るか。

ドキドキしながらドアノブに手を掛け、勢いよくドアを開けた。
「よぉ!」ニコニコ笑顔でそう言ったものの、予想外の部屋の様子に天を仰いで叫ぶ。
「…って誰もいねぇのかよ!!」

部屋の中には誰もいなかった。誰かの荷物があるわけでもなく空っぽの状態。まだ誰も来ていないようだ。
「何だよ、俺が一番最初に着いちゃったのかよ」
時計を見ると、指定された時間の十分前だった。棚瀬は来ていてもおかしくないのだが…。小さいヤツだとはいえ見えないほど小さくはない。来ていたら見えるはずなので、本当にいない…ということだろう。
「ちぇ…」思い描いていた感じがどこにもなく、桜井は少しガッカリする。もしかして、今日が桜井の誕生日だということは関係なく、三人のオフがたまたま今日だっただけなのか。
…そんな気がしてきた。

とりあえず目の前にあるイスに座って、二人を待つことにした。部屋の中には何もないので、暇つぶしすら見つからない。
「…それにしても本当に何もない部屋だなぁ……もしかして俺、待ち合わせ場所を間違えたか?」
”使っていません”感が半端ない部屋に、だんだん不安になる。
机の上にも何もないし、部屋の隅に置いてあるちょっとした台の上にも、何もない。ここまで何もないと何だか気持ち悪くなる。何かはあるだろうと、あちこちをチェックしてみた。
ホワイトボードの裏……窓……部屋側のドアとドアノブ……何も見つからない。
「…やっぱり何もないか」

ふぅ…とイスの背もたれに身体を預ける。すると、机の下に何やら白い紙が落ちているのを見つけた。
「お、やっと一つ物があった」
机の下に手を伸ばして、その紙をつまむ。普通の白い紙だった。
二つ折りになっていたので、開いてみた。そこには、見慣れた坂崎の字でこう書かれてあった。

問題① 桜井賢は何県生まれでしょうか。
     A.東京都 →  1の部屋へ
     B.山口県 →  2の部屋へ
     C.埼玉県 →  3の部屋へ

「…何これ」思わず笑う。だって、桜井本人に出す問題として根本的に間違っている。桜井本人に桜井自身の問題を出して分からないわけがない。せめて、坂崎または高見沢は何県生まれでしょうか、にするべきだ。
「ん?」
と、ここでもう一つ気づく。答えの後ろに、次に行く部屋が書かれている。ということは、問題を解いて選んだ答えの部屋に行けということだ。
「なに、俺に問題を出して、ちゃんとたどり着けるかってやりたいわけ?…そうだとしても、この問題はバカにしてるでしょ」
古典で何点取ろうと、この問題は分かるに決まっている。

部屋のドアを開けて通路の様子を確認したが、人の気配はなかった。これを解かないと出てくるつもりはないらしい。桜井に今年最初に与えられた試練ということか。
本当に桜井には様々な試練がやってくる。ライブ中に髪にカナブンがとまったり、のり弁にのりがなかったり。宿泊するホテルの桜井の部屋の窓にだけ鳩のフンがついていたり、カルトクイズで負けて粉を被ったり。まさかこんな問題を解けだなんていう試練までやってくるとは。
けれど、ここまで来ると何が来てもおかしくないとも思う。これから先、”セーラー服を着ろ”という試練が来ることも有り得るのだ。それに比べれば、何と楽な試練か。

「何のつもりか分かんないけど、やればいいんでしょ、やれば」
ふぅ、と諦めのため息をついて通路に出た。隣の部屋のドアに1、斜め前の部屋に2と貼ってある。あんな貼り紙、さっきは気づきもしなかった。
「1は坂崎の出身地だろ。2は高見沢が夏イベでどこから来たかって聞く時の例の”山口県から来た人ー!”だろうが」そう言いながら、3と書かれた部屋を探す。が、不正解の1と2の部屋には何があるのだろうかと気になったので、1と貼ってある部屋を覗いてみた。
ドアを開けると、ホワイトボードがこちらに向けてあり、そこに高見沢の字で「バカ!!もう解散だ!!帰れ!!」と書いてあった。2の部屋も同じだった。
「…手の込んだことしてんなぁ…暇人かよ」
クククッと笑って通路を先に進んでみる。数メートル先に3の部屋を発見した。ドアに耳を当ててみたが、中から声はしない。そっと開けてみるとやはり無人だった。
「…一問じゃないってことね」
机の上に一枚の紙が置いてあるのを見つけ、また開いてみる。

問題② 桜井賢が高校時代に結成したグループの名前は何でしょうか。
     A.コンデンスミルク →  1の部屋へ
     B.アンデス山脈   →  2の部屋へ
     C.コンフィデンス  →  4の部屋へ

「…やっぱりバカにしてんだろ!」
この試練は答えが分かり切った問題しか出ないのか。
それに、二問目もAを選ぶと1の部屋、Bを選ぶと2の部屋になっているということは、不正解を選ぶと1か2の部屋に戻る作りになっているようだ。つまり、正解はすべてCということになる。
「全部Cを選べばいいということなのか。それとも、そう思わせるのが狙いなのか…」
おそらくこんなことを考え付いたのは高見沢だ。天然のやることは時に予想外のことが起こる。気を抜いたら、正解が1か2の場合もありそうだ。桜井はとりあえず慎重に進んでいくことにした。
4の部屋へ入る。

問題③ デビュー時、楽器が弾けなかった桜井賢が頑張って弾けるようになった楽器は何でしょうか。
     A.エアギター  →  1の部屋へ
     B.三味線    →  2の部屋へ
     C.ベースギター →  5の部屋へ

「エアギターは頑張ったところでそもそも弾けてないっての」
迷わず5の部屋へ向かう。

問題④ その楽器が弾けるようになったのは誰のおかげでしょうか?
     A.太傳治    →  1の部屋へ
     B.S&G    →  2の部屋へ
     C.坂崎     →  6の部屋へ

「人ん家のじいさんを呼び捨てにすんなっての。はいはい、坂崎のおかげです」
当然、6の部屋へ。

問題⑤ 出なかったキーが出るようになったのは誰のおかげでしょうか?
     A.鍵屋     →  1の部屋へ
     B.棚瀬     →  2の部屋へ
     C.高見沢    →  7の部屋へ

「…ああ、キーだから鍵、鍵屋か。これ、手が込んでるのか適当なのか分かんないなぁ…。はいはい、そうですね。高見沢が”え、出ないの?出るでしょ、出るよね?”とか言うから意地で出してたら出るようになりました」
もちろん、7の部屋へ。

何のために問題を解いていっているのか分からなくなってきた。悩む必要のない問題ばかりだし。二人の暇つぶしに付き合わされている気がしてならない。
「俺、この歳になっても遊ばれるのかよ…」そう呟きながら、7の部屋に置いてあった紙を開く。

問題⑥ ここまでアルフィーが続いてきたのは誰のおかげでしょうか?
     A.坂崎    →  1の部屋へ
     B.高見沢   →  2の部屋へ
     C.桜井    →  8の部屋へ

……。

これまで順調にCを選んできたが、この問題は即答できない。
けれど、今までの問題と同じようにAかBなら、1か2の部屋に行くことになる。それはつまり不正解ということだ。
だからって、桜井のおかげだなんて、桜井本人が言えるわけがない。
「…これ、試されてるのかな…」
この部屋にいる間に、1と2の部屋の中が変わっていて、Cを選んで8の部屋に行ったら、「自意識過剰め!帰れ!」と書かれて誰もいないんじゃないか。桜井はものすごく不安になった。

高見沢なら…坂崎なら…。
意地悪するような…しないような。
色々考えを巡らせるが、答えが出ない。
「…う、う~ん……」
困り果てていると、ふとその紙の隅に、何やら小さな文字が書いてあるのを見つけた。
「ん?何だ?」
読もうとしたが、字が小さくてよく分からない。老眼があると分かっているくせに、何て不親切な文字の小ささだ。
「……小さい字だなぁ!もっとでかい字で書けよな!」紙を離したり近づけたり、目を細めたり見開いてみたりして、何とか一文字ずつ読んでいく。
「ヒ…ン……ト……ああ、ヒントか。何でこんなちっちゃい字で書くんだよ。読ませない気かよ。ええと……こ……の?…人…の……う~ん…美……声……が………不…可……欠……」

”この人の美声が不可欠!!”

……えっと…
これは…その…つまり…

「…俺…?」
自分が美声というつもりはないが、有り難いことにファンからはそう言ってもらえる。二人もそう言ってくれる。
素直にCが正解だぞと教えてくれていると、思っていいのか。

でも…

…………

……ああ、もう!

「…よし、素直に8の部屋に行こう」
桜井は開き直ることにした。これ以上、裏の裏、裏の裏の裏を考えても埒があかない。今まで以上にドキドキしながら、桜井は8の部屋に向かう。それで不正解なら泣いてやる、そう思いながら。
「あ、8あった」
これまでの部屋と変わらない誰も中にいなさそうな8の部屋に着いた。あの問題が最後で、ここに来れば二人がいるのでは…そう思っていたのだが、とてもいるようには思えなかった。不正解だったのかも…とかなり不安になるが、もう来てしまったのだからあとは信じるしかない。

「………よし、開ける!」
意を決してドアを開けた。
バンッ!

誰もいないし、ホワイトボードにも何も書いていない。先ほどの問題は、素直に受け取って正解だったようだ。
ホッとはしたものの、また紙が一枚置いてあるので、まだ続くということも分かって、げんなりする。
「まだやるのかよ…」
一体いつまで続くのか。やれやれ…とため息を落として紙を開いた。

「問題⑦、最後の問…お、最後か!よかった~!なになに?これからも……」

予想外の問題に固まった。いや、問題というより単なる質問だけれど。最後の問題がこれだなんて、予想もしていなかった。

問題⑦ 最後の問題です。これからも坂崎・高見沢はアルフィーのメンバーとして、桜井と一緒にいてもいいですか?
     A.え~    →  1の部屋へ
     B.やだ!   →  2の部屋へ
     C.OK!   →  9の部屋へ

この問題で、ここまでは単なるお遊びだったことが分かった。五問目までは絶対に分かる問題にして桜井を笑わせる。そして、さっきの六問目は桜井を困らせるため。自分のおかげだと言っていいのかと悩ませることが狙いだ。だから、ヒントもあんなに小さな字で書いてあったのだろう。

本当に聞きたかったのは、きっとこの最後の問題だ。
これを聞きたいがために、こんなバカバカしいことをやったんだ。
…きっと。

「バカだなぁ、あいつら」

四十年以上やってきてるというのに、何て今更な質問をしているんだ。
しかも、四十周年セレモニーの時のような”正式メンバーとして認めてください”でもなく、”一緒にいてもいいですか”ときた。

いくつの人間が聞いてるんだ。還暦も過ぎた男が聞くことじゃないだろう。

「気持ち悪いなぁ、もう。おまえら俺の嫁さんかよ。それに、こんな回りくどいやり方で聞くことか?聞きたいなら面と向かって言えよな。”え~”とか”やだ!”とか言うわけないんだからさぁ…本当、回りくどいんだから」

仕方ない。四十周年のセレモニーの時みたく、もう一回言ってやるかな。
”オッケー♪”って。

正直、心の中では”いやいや、それはこっちのセリフです!いつまでも一緒にいてください。お願いします!!”なのだが、振り回されたし、照れくさいからそれは言わないでおく。

「よし、行くかな」
桜井は9の部屋へと向かう。ここへやってきた時と同じ、うれしそうな顔で。
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
「ね、来た?」
「…まだ来ないよ」
9の部屋から、通路をコソコソ覗く男が二人。
「何か遅くない?もう来てもいい頃だよな?」
「う~ん、どうだろ?…あ、7の部屋ですっごい悩んでるのかもよ」そう言って坂崎が苦笑する。例の悩める問題と読めるかどうか怪しいヒントがある部屋だ。
「あいつ、ヒント読めなかったかなぁ…」
「結構小さく書いたからね。だから言ったじゃん、もう少し大きく書いた方がいいって」
「う~ん…」字を小さくしたことを高見沢は後悔した。老眼の桜井のために、もっと大きな字で書いてやればよかった。
「どうする?7の部屋で1か2の部屋に行っちゃってたら」
「桜井、拗ねちゃうよな」
「いや、拗ねるどころか泣くでしょ」
「え、泣く?泣く…かぁ?」
坂崎はうんと頷く。
「泣くよ、きっと。何で誕生日にこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだぁ!って。…いや、そうなると、もしかしたら怒るかもね」
「…えっ、怒る!?」高見沢がギョッとする。
「だって、一昨年ようやく正式メンバーになった俺たちが”解散だ!”なんて言ったら、怒るんじゃない?勝手なこと言いやがって!って。なぁ、棚瀬?」
坂崎と同じように巻き込まれた棚瀬も、コクコク頷く。高見沢の不安はより一層大きくなった。
「………」
「それか、8の部屋でAかBを選ぶことも考えられるよ」
「えっ!」
高見沢の顔が青くなる。まさかそんなことは…
「去年も色々やらせちゃったしね。”もうおまえらに付き合っていられない!”って怒ってもおかしくないよ」
「……」

桜井の誕生日を祝うのに、ちょっと面白く、そして自分たちの絆を確かめ合おうと高見沢が考え付いたあのクイズ。
桜井が問題にツッコミを入れたり、時にちょっと悩んでもらって、最終的には”何だよ、あの問題はぁ!”と言いながら笑顔でこの9の部屋にたどり着き、そして三人でお祝いだ!と思っていたのだが…。

準備したケーキやシャンパンが、どことなく寂しそうに見えるのは気のせいか。

坂崎がポツリと呟く。
「ちょっと、やりすぎたかもね」
「坂崎!迎えに行こう!」
我慢できなくなって、高見沢が坂崎の手を引っ張って部屋を出る。向かうのは8の部屋だ。
「ねぇ、桜井が8の部屋に行ってるとも限らないよ。もしかしたら1か2の…」
「1か2の部屋にはいない!きっと…!…いや、絶対!」

坂崎は高見沢の後ろを付いていきながら苦笑する。
(桜井は確実にこっちに向かってると思うけどね。)
ちょっとネガティブなことを言ったら、案の定これだ。不安になって迎えに行くことになるのなら、やらなきゃいいのに。
普通にお祝いするつもりで来たのに、巻き込まれた坂崎の身にもなってほしいものだ。

高見沢がズンズン通路を進んで行く。目の前の角を曲がれば、8の部屋がある。
(8にいろよ…!桜井!1か2にいたら、絶交だからな…!)

十数秒後、曲がり角で出合い頭の衝突事故が起きることを、三人はまだ知らない。
数分後には、9の部屋が楽しげな笑い声に包まれ、賑やかなパーティーになることも。

ただ、何が起こるにしても、今日のこの桜井の誕生日に三人が”わちゃわちゃ”するのは、間違いない。

…いや。
もう今の時点ですでに”わちゃわちゃ”している。離れていても”わちゃわちゃ”できる、それがアルフィーなのだ。

8の部屋から9の部屋へ向かう桜井。
9の部屋から8の部屋へ向かう高見沢と坂崎。

曲がり角まで、あと3秒。
3…2…1…ゼロ!

『わぁっ!!』


―おわり―


***********あとがき*******************
桜井さんのお誕生日祝いとして書いてみました~(^^)
会っていないのに、すでに”わちゃわちゃ”している!という話を書いてみたかったんですよ。
で、浮かんだのがこれでした。一緒にいなくても、わちゃわちゃ♪
その後はみなさんのご想像にお任せします~。
桜井さん、素敵なお誕生日を過ごしてくださいね~(*^^*)

2016.01.19

2016.04.03追記
今年の賢狂バースデーお祝いに、hitomyさんがこのお話のイラストを描いてくださいました!
ぜひ、ご覧くださいませ~(*^^*) →こちら


感想をいただけるとうれしいです(*^^*)
メール または 賢狂のブログの拍手コメントへ