弁護士佃克彦の事件ファイル

第2の「赤坂署事件」

警視庁銃器対策課不正経理疑惑事件

PARTT

今度は「フライデー」によるスクープから始まった

 “警視庁内では、捜査員によって領収書が偽造され、裏ガネ作りが行なわれているらしい。”
 そんな衝撃の記事が、写真週刊誌「フライデー」の1999年4月23日号に掲載されました。「内部告発『これが警視庁”裏ガネ作り”の手口だ』」と題する記事です。
 その記事によると、警視庁の生活安全部銃器対策課では、他人の住所氏名を勝手に使って帳簿・領収書などを作成し、その他人に情報提供謝礼を支払ったように見せかけて裏金作りをしているというのです。
 これが事実なら、虚偽公文書作成・同行使・私文書偽造・同行使・詐欺・横領と、舌を噛みそうなほどたくさんの犯罪にあたります。
 これは、現役の警視庁職員が、銃器対策課の「現金出納簿」と「捜査費証拠書類」という帳簿を密かに写真撮影して「フライデー」編集部に持ち込んだことから明らかになったものです。
 「フライデー」の記事によると、その帳簿類で謝礼を受け取ったとされている人を調査したところ、みな謝礼を受け取ったことはなく、その上そもそも警視庁の捜査と関係したこともなかったとのこと。また、該当する支払年月日にはその受け取ったとされている人が死亡しているケースもあったというのです。

これは第二の「赤坂署事件」だ

  私の事件ファイルは、「赤坂警察署裏ガネ疑惑事件」を最初に報告しておりますが、それと似たようなことが警視庁本庁の銃器対策課で起こっていたということになります。
 ちなみに赤坂署事件は、1997年10月に相手方がこちらの請求を認諾してこちらの全面的勝利で終わりました。詳しくは「赤坂警察署裏ガネ疑惑事件」の項をご覧下さい。
 私たち赤坂署事件弁護団は、この銃器対策課の事件について、フライデーの記者から何度か取材を受けました。その記者氏はとても正義感が強く、取材の中で私たちに、「このような不正をこのまま放っておけない。司法の場で追及して欲しい。」と迫ってきました。
 もちろん私たちも不正を黙って見ていては落ち着きません。警察には「正しい警察」であって欲しく、警察を正しい警察にするためには力になりたいと思っています。しかし弁護士は、事件の渦中にいる当事者が立ち上がって初めて存在意義があるのです。弁護士だけが立ち上がってもそれは実態のない「裁判ごっこ」でしかありません。
 すると、銃器対策課の事件を聞きつけた「赤坂署事件」の原告の今井氏が「また住民訴訟をやりましょう」と力強く言ってくれました。しかし今回の事件で不正受給されたお金の財源は都ではなく国の費用でした。住民訴訟は地方公共団体の違法な公金の支出を是正するものであり国費は対象にはなりません。国費の違法な支出を国民が司法上是正する制度は、残念ながら存在しないのです。こうして、今井氏を原告とする第二の「赤坂署事件」プランは消えてしまいました。
 それにしても、なぜ地方公共団体の公金についての住民訴訟はあるのに、国のお金の支出を正す「国民訴訟」はないのか。世の中には納得できないことが多いものです。

帳簿に名前を使われた人が怒っている

 銃器対策課の事件を内部告発した人は、警察の浄化を願ってわが身を賭して写真撮影をし、「フライデー」に持ち込んだのでしょう。誰もいない時を見計らって写真撮影をする勇気は並大抵のものではありません。「この人の勇気を無駄にしてはならない。」「警察が、あるべき正しい警察になるように、この人の問題提起の火を消してはならない。」赤坂署事件弁護団の面々はみなこうした気持ちでおりました。
 しかし、私たちにできる有効な手段がなかなか見あたりませんでした。刑事告訴も考えましたが、当事者が請求を認諾した赤坂署事件でさえ、その後の刑事告訴は不起訴とされました。身内に処遇を委ねる刑事告訴は、有効な手段とは言えないのです。
 第2の「赤坂署事件」プランが消えた後、私たちは元気のない日々を過ごしていました。
 するとフライデーの記者氏が「名前を使われた人が納得できないと言っている。この人が裁判を起こすことはできないのか?」という話を持ってきました。
 名前を使われた人が裁判をして欲しいというのであれば話は別です。氏名は個人の人格の象徴であり、人格権の一内容を構成すると最高裁も言っています。「警察内部の不明朗な経理処理のためにその人格の象徴である氏名を勝手に使われた。」これは明らかに人格権侵害にあたります。人格権侵害に基づく損害賠償請求訴訟という形で私たちはお手伝いができます。こうして私たち4名の弁護団(堀敏明・清水勉・谷合周三、そして私の4名)は元気よく再び集結しました。
 早速、名前を使われた人との対面、打ち合わせをしました。
 原告の1人の男性は「警察がそんな不正を働くとは未だに信じられない。私はこの訴訟で、相手の責任を追及するというよりも真相を解明して欲しいという気持ちだ。」と語っていました。
 市民の警察に対する信頼には根強いものがあります。警察が市民のこの信頼に応えられる存在でいて欲しいという気持ちは私も同じです。だからこそ今回のような事件は徹底的に真相を究明しなければなりません。
 「私たちの生活の安全を守ってくれる正しい警察」…現状はともかく、警察はこのような理想に近い存在でいて欲しいものです。
 私たちは直ちに訴状を作成しました。警視庁は都の組織ですから、本件の被告は東京都になります。1999年5月20日、名前を使われた人たちが原告となり、東京都を相手取って、氏名権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起しました。

裏ガネの行方

 さて、前記のようにして作られた裏ガネはどのように使用されているのでしょうか。
 この点について「フライデー」では、幹部の飲み代や接待費、冠婚葬祭費にまわされていると報じられています。しかしこれには別の見方もあります。ある元警察官は、「都道府県警という地方警察の幹部が私的な飲み代などに使うためにこんなことをしているというのなら、中央の警察庁が怒り出すはず。警察庁がこれを表立って問題にしていないということは、警察庁も先刻承知だということだ。この金が飲み代などというちっぽけな使われ方に止まっているとは思えない。使い途について上を辿っていけば、我々下っ端では到底知る由もないような使われ方をしているのではないか。」と語っていました。つまりもっと構造的な汚職の問題にまで至るかもしれないと言うのです。
 この点については軽々には判断できません。しかし、「フライデー」の報道によって大問題となっているこの事件についての警察庁の「馬耳東風」的な対応をみるにつけ、また、その後全国各地で同じような裏金作りをしていたとの告発が報じられているのをみるにつけ、このやり方は全国的規模で拡がっていると思われます。警察庁がこのような実態についてこれまで全く知らなかったとは考えにくいといわざるを得ません。

訴訟の行方

 この訴訟の勝敗は、内部告発で明らかになった「現金出納簿」と「捜査費証拠書類」を撮影した写真が本物を写したものと認定されるか否かに関わってきます。
 警察側は、「これはニセ物だ」と答弁してくるか、または、赤坂署事件のときのように、本物ともニセ物とも言わず認否を避けることでしょう。
 警察側はこのように、証拠をつきつけられても様々な方法でしらを切り通す場合が多いのです。共産党議員宅の盗聴事件についても警察側は、裁判で盗聴の事実が認定された後もなお、盗聴したことを否認しています。また、赤坂署事件で請求認諾をした後、その認諾の理由について警視庁訟務課長ががおかしな弁解を弄したことは、「赤坂署事件」の項でレポートしたとおりです。
 この件でも既におかしな動きが見られました。フライデーが第一報を掲載したとき、警視庁生活安全部の竹花豊氏は、日本経済新聞の取材に対し、掲載された出納簿・捜査費証拠書類について、「原本を撮影したものとみられる。銃器対策課に事実関係を調べるよう指示した」と語りました(日本経済新聞1999年4月9日夕刊)。ところがその後、この事件を重く見た枝野幸男衆議院議員が警視庁の担当者から事情聴取した際、その担当者は、写真は実物とは違う、との回答をしてきたというのです。
 このように、すでに警察側は、問題の写真をニセ物だと言い始めているわけです。
 次回はこの訴訟の第1審の模様をご報告したいと思います。

つづく

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