「う〜ん」

伸びをして目を開けた。
…朝か。
ぼけーっとしながらベットの上で頭を掻く。
遠くから打ち上げられる花火の音がバンバンっと聞こえて来た。

「……あぁっ!!今日は精霊祭だっ!」

城下町に行かなきゃ!
なんたって精霊を実際にこの目で見られるんだから。

「……あぁっ!!プレゼントっ!」

しまった。
サザの誕生日プレゼント、結局ないじゃん。
しかもお金返してもらってないから所持金が0に近い。
何も買えないじゃんかぁ。
がっくり気を落としながらリビングに行くとサザがキッチンで朝食を作っていた。

「あ、坊ちゃん、おはようございます。身体は大丈夫ですか?」
「身体…」

そうだ、俺昨日風呂場で倒れたんだっけ。
あれ?
でも寝間着を着ているぞ。
まさか。

「サザ、もしかして俺に寝間着を着せた?」
「はい。裸だったら風邪引いてしまいますよ」

げっ!
って事は色々見られた。
気まずくなった俺を余所にサザはテーブルの上にごはんの用意をして行く。

「さあ、どうぞ」
「い、いただきます…」

……あ、そうだ。
あの不思議な呪文の事聞かなくちゃ。

「サザ、あのさ…」
「おはよう。アシル、サザ」
「おはようございます。ジョスタさん」

父ちゃんがリビングに来たので呪文の事が話せなくなってしまった。
椅子に座った父ちゃんはごはんを食べ始める前に俺とサザを交互に見る。

「アシルとサザは昨日どこに行っていたんだ?」
「え?」
「父ちゃんが仕事から帰って来たら家は暗いし夕ごはんはないし…」

なんか拗ねてる。
だけど本当の事言いづらいんだけど…。
俺はサザに視線を送る。

「ジョスタさん、すみません。坊ちゃんとつい夢中になって遊んでしまって」
「まあ、いいけどな。それにしてもアシルはまだサザに遊んでもらっているのか」
「ち…っ」

ニヤっと笑った父ちゃんに違うと否定したかったけどぐっと堪えて無言でパンを口に入れた。
リビングにまた打ち上げ花火の音がする。

「父ちゃんも行くだろ?精霊祭」
「そりゃな」
「じゃあ、3人で行こうよ」

父ちゃんが頷きかけたその時、サザがあのーっと言って来た。

「私はやる事がありますので2人で行って来て下さい」
「え!?サザ行かないの?今日は100年の精霊祭だよ。精霊を見れるんだよ」

行かないなんて言うとは思わなかったから俺は驚いた。
サザはごめんなさいと謝りやはり行く気がないみたいだ。
なんだよ…。
俺と遊びたいとか出掛けたいとか散々言ってたくせに。
グイッと牛乳を一気飲みしてダンっとテープルにコップを置いた。









サザを家に残して俺と父ちゃんは城下町に行った。
もう普通に外を歩いても大丈夫だってサザは言うけれどちょっと心配なので父ちゃんにくっ付いて今日は行動すると決めた。
城下町には人が大勢集まってきている。
精霊にもう少ししたら会えるとみんな興奮気味だ。
パレードの順番は6候から始まり、それから王様と精霊達だ。
中央広場からスタートして大通りを右回りに進みぐるっと回って中央広場にまた戻ってくる。
その後、精霊達が加護を与えてくれて中央通りを上がり城へと戻って行く。
やはり人気があるのは中央広場だ。
すでにそこは人がいっぱいで警備兵に規制されていて行く事が出来なかった。

「アシル、あの時みたく迷子になるなよ」
「俺をいくつだと思っているんだ」

わざと差し出して来た父ちゃんの手を叩き落とした。
俺と父ちゃんが立ち止まったのは中央広場に戻っていく途中の大通りだ。
そこもたくさんの人々が大通りを挟むように立っていた。
音楽隊が楽器を奏でる中、いよいよ6候のパレードが始まる。
しばらく待っているとだんだんこっちへと近づいて来た。
みんな歓声を上げ手を振る。
華美で繊細に飾り付けをしているフロートを馬達が引っ張りその上で候とその家族達がほほ笑みながら 手を国民に振り返す。
その中でおばちゃん同士の会話が聞こえて来た。

「あら?見て見て。エリュセルト候があの方じゃないわ」
「あら本当。確かエリュセルト候は前候の長男だったわよね」
「そうよね」
「私、知ってるわよ。あの人」

別のおばちゃんが会話に入って来た。

「え?誰なの」
「あの人は次男よ。いつの間に候が変わったのかしら」
「この間主人の仕事関係で長男の方の姿を見たって言ってたけど…」
「でも長男ってあまりいい感じじゃないじゃない」
「何かやったのかしら〜」

噂好きなおばちゃん達の推測は膨らんでいく。
俺はエリュセルト候と聞いてドキッとした。
昨日黒服の男達を使って俺と婆ちゃんを殺そうとしたのがエリュセルト候かもしれないからだ。
父ちゃんが俺を突っついてきてフロートに向かって指差した。

「アシル。あの子、お前の友達じゃないか?」
「え?あ、マルティナだ!」

サリュート候とその家族のフロートが近づいてくる。
マルティナに向かって大きく手を振った。

「マルティナぁーー!」

いろんな方向へ手を振り返していたマルティナは俺と目が合うと笑って大きく手を振った。
綺麗な衣装を着ているせいかいつものお転婆のマルティナと違ってちゃんと候のお嬢様に 見える。
6候とその家族のパレードが通り過ぎるとさらに凄い歓声が波のように 押し寄せてくる。
いよいよ王様と精霊達のパレードだ。
そうなると警備兵も増えていく。
飾り付けられている馬達が引っ張る大きい豪華なフロートが見えて来た。
そこに3人の人影。
まず俺の目に映ったのは杖をついた小さくて丸っこいおじいちゃんだ。
真っ白な長いひげをしわしわな手が撫でている。

「父ちゃん、あの人精霊!?」
「バカ。アシル、指差すな。きっと土の精霊だな」

コツンと俺の頭を小突いた父ちゃんが土の精霊だと教えてくれた。

「なんで土って分かるの?」
「ほら、あの精霊の近くに綺麗な紋章が装飾されているだろう?」
「うん。アレって土の紋章なの?」
「お前な…。精霊の紋章くらいは覚えとけよ」

呆れ気味に父ちゃんに言われるが日常生活に必要のない事は覚えないのが俺の頭だ。
そして短くて赤い髪が印象的な目鼻立ちがはっきりしている青年がときどき手を振って いる。
そのたびに女性の歓声が大きくなる。
確かにカッコいい精霊だ。
その精霊に緑色の髪で女の人か男の人か区別が出来ない精霊が話し掛けている。

「父ちゃん、あの人達は何の精霊?」
「赤い髪の精霊は火の精霊で緑色の髪の精霊は風の精霊だな」

それぞれの紋章を父ちゃんは確認した。
そして間を開けず次のフロートが現れる。
そこに乗っているのは王様だ。
この国の王様は体格が良く堂々と立っている姿に威厳が感じられた。
その隣には綺麗なお妃様が寄り添っていて王様と一緒に手を振っている。
わあっと歓声が上がり警備兵は興奮して大通りに入ってこようとする国民を押し戻している。
そして最後のフロートが現れた。
水色の長いストレートの髪の美しい女の人と俺くらいの身長の黒い髪の綺麗な少年。
そして金色の長いウェーブの髪の女の人。
金色の髪の女の人は頭にレースを被っていて顔があまり見えなかった。
声を出しても歓声でかき消されてしまうので俺は父ちゃんの袖を引っ張った。
父ちゃんは俺の耳元で叫ぶ。

「水色の髪の精霊は水の精霊、黒い髪の精霊は闇の精霊、金色の髪の精霊は光の精霊だ!分かったか!?」

俺は分かったと頷いた。
みんなと同じように手を振っていると闇の精霊が俺がいる方へと向いたので目が合った気がした。
周りいる人たちが目が合ったとはしゃいでいる。
ははっ、みんな同じ事思うんだな。
だがずっと闇の精霊はこっちを見続けている。
……?
どうしたんだろう?

「え!?」

周囲がざわついた。
なぜなら闇の精霊がフロートから飛び降りたからだ。
そして一歩二歩とこっちへ近づいて来る。
もちろん警備兵はそんな異常事態に慌て、闇の精霊に戻るように訴えているが まったく聞き入れてもらえない。
その間に国民が闇の精霊に近づこうと大通りになだれ込んで来る。
その波に押されて俺は倒れそうになり踏ん張りながら流れに逆らって建物側へと抜け出した。

「はーっ、びっくりした」

目の前の大通りは混乱していて凄い事になっている。
父ちゃん大丈夫かな。
さっきの出来事ではぐれてしまった。

「おい」

後ろから声を掛けられて振りかえると建物と建物の間の狭い道に闇の精霊が立っていた。
え!?
いつの間に!
驚いている俺の傍まで来てジッと見つめ苦虫を噛み潰したような顔をした。

「やっぱりな。アイツめ…」

どうすればいいか分からない俺はだた立っているしかないのだが…。
俺の目に闇の精霊の足元から渦を巻くように黒い影が現れて目を丸くした。

「なっ、何だっ…うわっ!!」

上から飛び掛かってきた大きな影に俺は呑み込まれてしまった。




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