サザは俺を庇うように背を向け何匹もの犬と対峙している。
青白い月明かりに照らされているせいか金色の髪が少し冷たく見えた。
サザに向かって威嚇している犬達はどうした事か徐々にじりじりと後退し始め最終的には 耳を垂らしシッポを巻いて逃げて行ってしまった。

「サ…わっ!」

サザの名を呼ぼうとしたらその前に本人に抱きつかれた。

「坊ちゃん、坊ちゃんっ!!」
「サザどうして…」

ガシッと両肩を掴まれ念入りに上から下まで見られる。

「お怪我は!?どこか痛い所はありませんか!?」
「い、いや。大丈夫だよ」
「ああ、良かった〜」

再び抱きつかれて俺の身体はすっぽりとサザの腕の中に収まる。
サザの温もりに安心したせいか今になって身体がカタカタと震え始めた。

「あ、あれ?おかしいな…」

震えるなんてかっこ悪い!
しかもサザの目の前で!
俺は離れようとして手を突っ張った。
だけどサザは俺を離さず身体を擦ってくれる。

「坊ちゃん、おかわいそうにっ!さあ、帰りましょうね」
「あ、待って婆ちゃんが…」

後ろを振り向くと婆ちゃんが俺達を見てひっひっひっと笑い頷いている。
な、何?

「ではご婦人も一緒に」

サザは婆ちゃんにそう言うと俺を抱きかかえて歩き出した。

「わわっ、自分で歩くって」
「ダメです」

ダメって何だよっ。
いつもだったら食い下がるけど普段のサザと何か雰囲気が違うので今回は しょうがなく口を噤んだ。
サザは屋敷の奥へとずんずん進んで行く。
すると門が見えた。
門って言っても一般家庭にあるような門ではない。
俺二人分くらいの高さの立派な門だ。
だけど屋敷の大きさに比べたらそんなに大きくはなくシンプルな感じなのできっとこれは裏門なのだろう。
まあ、それはいいとして気になる事がある。
俺は目線を下げた。

「なんで倒れているんだ?」

両開きの門の片方が地面に倒れている。
その上をサザはトコトコと歩き敷地の外に出た。

「壊れてましたよ」
「壊れてたって…この門が?」
「ええ」

それは爽やかにニッコリとサザは笑う。
俺はそれが信用ならなくてもう一度聞いた。

「サザがここに来た時からこうなっていたのか?」
「いいえ。入ろうとして押したら倒れました。壊れていたんですね」

なぁーーーにぃーーーー!!?
それを世間では壊したって言うんだよ!
どうするんだよっ。
弁償とかっ。

「いくらするんだ…一体」

気が遠のいている俺にサザは真面目な顔をする。

「何をおっしゃいますかっ。坊ちゃんをこんな目に遭わせた極悪非道な輩にそんな 心配は無用です!」

確かにそうだけど…。
それにしても何でサザは俺がここにいるって分かったんだろう?
今だって自分がどこにいたのか把握していないっていうのに。
それを聞こうと口を開いた時、歩いていたサザが止まった。

「もうここまで来れば大丈夫でしょう」
「ここは…」

6精霊の美しい銅像が街灯に照らされていた。

「ここは城下町の中心広場じゃな」

婆ちゃんがふむふむと頷きながら周囲を見ている。
そして俺を見て謝って来た。

「すまなかったの。アレを坊主に売らなければこんな目に遭わす事もなかったろうに」
「違うよ。婆ちゃんのせいじゃないって」
「…坊主……ありがとうよ。それにしても、この人なんじゃろ?」

婆ちゃんは俺に向かって小指を立てた。
だっ……!?
だから違うって言ってるのにっ!

「わー!わー!違うって!」

まだ抱きかかえられている俺はサザの目を手で隠してもう一方の手は否定するようにバタバタと 大きく振った。

「坊ちゃん〜前が見えませんよー」
「ひっひっひっ、じゃあワシはここで」

婆ちゃんは俺とサザに礼を言って立ち去って行った。
あ、でも…また黒服の男達に連れ去られたりしないのかな。

「サザ、婆ちゃん帰らせちゃって大丈夫なの?」
「はい、大丈夫ですよ」
「明日普通に外に出ても?」
「はい、問題ありません」
「…ホント?」
「この私が言うんですから」

それが一番心配なんだけど…。









家に着くと真っ先に風呂場に連れて行かれる。
そしてサザは俺の服を脱がし始めた。
もちろんそれに抵抗する。

「ちょっ、サザ!?」
「坊ちゃん、身体を温めましょう」
「別にいいって」
「良くありません!ほら」

サザが俺の手を握る。
大きい手に包まれジワリと熱が伝わる。

「暖かい…」

俺がそう呟くとサザは優しく手を擦り合わせた。

「これは坊ちゃんの手が冷たいからですよ」

さっきの出来事の影響のせいか自分でもわからないうちに身体が冷えていたみたいだ。

「分かった。風呂に入って温まるからサザはここから出て」
「なぜです?」

なぜって子供の時ならいいけれどもう俺は大きいんだ。
一人で入れるって。
しかも風呂場が小さいから二人で入ったら狭いだろ。
それなのに…。

「くっついて入れば大丈夫ですよ、坊ちゃん」

サザはそう言って勝手に自分の服を脱いでいく。
そういう問題じゃないって!
しかし段々現れる肌に見惚れてしまう。
あんなにトロくて鈍いのにどうしてサザの身体はしっかり筋肉が付いているんだろう。
そしてその身体に見合った男の象徴。
くそっ…俺だって、俺だってっ。
身長が伸びればそれに比例して大きくなる予定なのだ!
ぐっと拳を握っていると坊ちゃん早くと扉の向こう側から呼ばれた。
はーっと溜息を吐いてパンツを脱ぎ俺も中へ入った………が。

「おい、浴槽の中にお湯がないじゃないか」

浴槽の中のお湯は足の踝もない。

「あ、坊ちゃん。それは今お湯のコックを捻ったからですよ」
「―――っ!何をそんなに自信満々に言ってるんだ!バカー!」
「痛いですよ〜」

俺はサザの髪を引っ張って耳元で叫んだ。
けっこう、風呂場は肌寒い。
これでは身体が冷え切るっ。

「さ、坊ちゃん。くっ付いていれば暖かいですよ。お湯もすぐ溜まりますから」

狭い浴槽の中に入ったサザは手を伸ばしてくる。
うーんと考えた後、しょうがないと俺も浴槽の中に入った。
でもやっぱり狭い。

「狭いよ」
「坊ちゃん、こっちに足を」

……。
な、なんかさ。
変じゃないかコレ。
一応二人浴槽に収まったが…。
サザが座っている足の間に俺も同じ方向を向いて座っている状態だ。

「くっ付きすぎじゃないか?」
「そうしないと寒いですよ」

身体を前にして離れようとすると引き戻される。
俺の背中とサザの胸が密着した。
しばらくするとお湯はお腹の所まで水位が上がりちょっと熱くなったのでサザはポンプで 水を入れ調節した。

「サザ…」
「なんでしょうか?」
「どうして俺があそこにいるって分かったの?」

首を捻って振り返ると菫色の瞳が見下ろしている。
俺の手をマッサージしながら説明し始めた。

「日が落ちても帰ってこなかったので心配になって探しに行ったんです」

サザの手がゆっくり腕に移動する。
揉んでくれるその手が気持ちよくて目を閉じた。

「坊ちゃんを見なかったか人に聞きながら探していたら、城下町で教会に入って行ったのを見た と教えてくれた人がいてそこへ行ったんです」

さらに腕から肩へ移動したサザの手が俺の前に回って来て後ろから抱きしめられ 胸の上まで溜まったお湯がちゃぷんと揺れる。

「そうしたらその教会の中にいた人が昼前に黒服の男達が教会の周りをうろついていたので 不審に思って離れた所で見ていると何かを担いで馬車に乗り込んだと…」

きっとその人達が見てくれてなかったらサザは現れなくて俺と婆ちゃんは番犬達に襲われて 決して無傷ではなかったんだろうな。

「そして馬車の家紋がエリュセルト家のものだったと…」

ギュウっと抱きしめる力が強くなった。
エリュセルトってサリュート候と同じく王を支える6候の一人、エリュセルト候の事だよな?
俺を捕まえて殺せと言ったのはまさかエリュセルト候なのか?
ぐるぐる思考を巡らせていると熱いお湯のせいで頭がくらくらして来た。
うーん、風呂を出てから考えよう。

「サザ、そろそろ出たいんだけど…」
「私はきっと坊ちゃんが攫われたのではないかと思ってエリュセルト候の屋敷まで急いで行ったんです」

浴槽から出ようとして立ち上がろうとするけどまだ話し続けているサザは全く離してくれない。
やばい…のぼせる。

「サ、サザ…!」
「坊ちゃん?どうしたんですか?」

サザの腕が緩み俺はもう我慢できなくて一気に立ち上がった。
すると平衡感覚がおかしくなってグニャッと目の前が歪む。

「坊ちゃんっ!?」

本当は呪文の事とかもっと聞きたい事があったのに。
サザの驚いた声を聞きながら俺は情けない事にぶっ倒れた。




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