家のドアを開けようとして手を伸ばした時、突然バンっと勢いよく開いて顔面を強打した。

「…いってぇーーー!!」
「坊ちゃん!ご無事でしたか!?ジャンから今、怪しい男に追いかけられているって聞いてっ!」

顔面を手で押さえながら指を少し開き隙間から覗くとすごくオロオロしているサザがいて俺を見るなり、 ああっ!と叫んだ。

「坊ちゃんっ!血がっ!!」

俺の鼻からつーっと血が垂れて来た。
うわっ!
鼻血だっ。
サザは怒った顔をして俺の肩を掴んだ。

「ヤツらですね!怪しい男にやられたんですね!!このサザが坊ちゃんの仇を…っ!」
「これはサザがやったんだよ!!」

俺は指で鼻を押さえながら思いっきりサザの足を蹴った。

「痛いですっ!ごめんなさい坊ちゃん〜!」
「坊ちゃんって言うな!」
「まったく、お前らっていつも同じ事してるよなー」

俺の家からジャンが笑いながら出て来た。
そして気楽に無事で良かったなと手を差し出す。
…分かってるよ。
100ガルトだろ。

「後で!」

俺はジャンの手を叩いた。
くそっ、あの黒服の男達に請求する金額は5千100ガルトに変更だ。

「じゃあ、アシル。後でな!」

俺は舌打ちして家の中に入った。
サザが心配そうに俺の後を追いかけて来る。

「坊ちゃん、鼻血は…」
「もう止まった」

洗面所に行き手と顔を洗う。
サザが差し出してくるタオルを受け取り顔を拭きながらこれからまた出掛ける事を 伝える。

「でも怪しい男達に追いかけられたのでしょう?」
「大丈夫。怪しかったけど…大丈夫だった」

多分…と心の中で付け足す。
これからその男達にあの髪止めを渡しに行かなきゃいけないんだよ。
ああ、めんどくさい。
サザのプレゼントをまた見つけに行かなきゃいけないし。

「出掛けるなら私も一緒に付いていきますよ」
「え…それはダメ」
「なぜです?」
「だって…」

一人で来るように言われたし。
あの髪止めも見せられないし。

「すっごく大事な用だから付いて来ちゃダメ」
「昔はよく『サザと一緒に遊ぶ』と言ってくれたのに…」

ああ…始まった。
サザは目を潤ませて切々と俺が小さかった頃の話しをする。
あの時の坊ちゃんは…とか、昔はこうだったのに…とか。
それを聞いてると段々イライラしてくる。
今の俺が悪いみたいじゃないか。

「じゃあ、サザは昔の小さい頃の俺の思い出と遊んでればいいだろ」

フンッと俺は洗面所から出た。
そのまま階段を上がって自分の部屋に行きベットの下にある木箱を取り出す。
そして髪止めを手に持った。
紫色の透明な石がキラっと輝く。

「せっかく似合うと思ったのになぁ」

残念だけどしょうがない。
それを上着のポケットに入れて部屋を出ようとした。
しかし。

「ーなっ!?」

ドアの隙間からサザがジッとこっちを見ていた。
ビ、ビックリしたぁー…というより怖いって!
ギギギッと音を立てながらドアが少しずつ開いていく。
そしてサザが部屋に無言で入って来た。

「…坊ちゃん」

いつもの明るい声ではなく暗く精気のない声に俺は戸惑った。
だってこんな声を聞いた事がなかったからだ。
ゴクリと唾を飲み込んだ。

「それを誰かにあげに行くのですか…?」
「え?」

それって。
まさかっ!
髪止めを見られたのか!?

「大事な用とはそれを誰かにあげに行くのですか?」

気迫のこもった瞳でジッと見つめられた俺はたじろぎながら正直に言ってしまった。

「いや…あげるというか…渡しに…行くんだ、けど…」
「誰に」

さすがにそれは言えないし正直あの男達が誰なのか知らないから 黙っているとサザがある名前を出す。

「サリュート家の娘ですか」
「は?マルティナ?」

なんでマルティナが出てくるんだ?

「許しません。サリュート家の娘に坊ちゃんはもったいないです」
「おいおい、サリュート家が聞いたらえらい事だぞ。俺とマルティナは身分が違いすぎるだろ」
「そう言いながら坊ちゃんは私を置いて駆け落ちを…っ」
「なんで俺とマルティナが駆け落ちをしなきゃいけないんだよ!これを渡しに行くのは マルティナじゃないって」
「では…誰です」
「……」
「どこの女ですかっ」

あーもー!
今日のサザは変だぞ!
渡しに行くのが遅くなるじゃないか。

「女じゃないよ。これを渡すのは男!」

そう言うとサザの菫色の瞳が大きく見開かれる。
そして身体を震えさせた。

「サ、サザ…?」
「何て………が」

え? 小さくて声が聞こえない。
聞き返そうとしたが今のサザはいつもと違って怖いので躊躇ってしまう。
俺はじりじりとサザから距離を取って部屋から出ようとした。
しかし、両肩をガシッと掴まれる。

「許しません…許しませんよ…。まだ坊ちゃんには早すぎます。それに…男だなんて…。 男……」

言っている事の意味が分からない俺はこの髪止めをさっさと渡しに行きたかったので肩から サザの手を振り払った。

「じゃあな!」
「坊ちゃんっ!話しはまだ終わっていませんよ!」

サザの話しを聞いていたら日が暮れるって。
俺は家を飛び出て急いで指定された場所に走って行った。









指定された場所は城下町の教会だ。

「あ、ここだ」

教会と言えば中の基本的な造りは大体同じだが外観や内装は様々だ。
すごく派手で豪華な教会もあれば下町にあるような白い壁だけの簡素な教会もある。
指定された教会は城下町のはずれにある落ち着いた感じの建物だった。
城下町にある教会にしては珍しく華美ではない。
それでも下町の教会よりは綺麗だし立派だった。
両開きのドアを押すと音を立てて開いていく。
中に入ると中心にある通路が祭壇まで真っ直ぐ伸びている。
通路を挟んだ左右の長椅子は一定間隔に横に何列も並んでいてそこには誰も座ってはいなかった。
祭壇で祈りを捧げる者もいない。

「誰もいないじゃん」

頭を掻いていると後ろに人の気配がした。
後ろを振り向く前に口を布で塞がれる。
なっ!?
身体も後ろから拘束され暴れても逃げられなかった。
くそっ!誰だ!?
俺なんか攫っても金なんかねえぞ!

「むぐーーっ!!むうーーーっ!!むーーー………」

布から変な匂いがする。
その匂いを嗅いだ途端に急激な眠りが俺を襲った。
そして身体から力が抜け瞼が完全に閉じた。




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