「ただいまーって…な、何だこれは」

家に帰って来た父ちゃんがリビングに入ってきて驚いた声を上げた。
椅子に座っている俺はムスっとしたまま若干顔に触れる吊り下げられた洗濯物を 手で払った。
狭いリビングの中には今日二回目となる洗い直しをしたたくさんの洗濯物があちこちに 張り巡らせたロープに干されている。
しょうがないじゃないか…泥だらけのまま放置しておくわけにもいかなかったんだからさ。
そのせいで洗濯物をかきわけないと人の顔が見えないという状況になっている。

「おかえり。これはサザのせい」
「あっはっはっ。で、お前がむくれた顔をしているのもサザのせいか」

父ちゃんは笑いながら濡れたコートを脱いだ。

「ジョスタさん、おかえりなさい。ごはんが今出来たところですよ」

サザがテーブルの上に夕ごはんを並べていく。
俺はそれを横目で見た。
あ、オムライスだ!
半熟のとろとろの卵にサザ特製のトマトソースがかかっている。
う、うまそう…。
サザはやる事ダメダメだけど料理だけは得意なんだよな。

「今日は坊ちゃんの大好きなオムライスにしたんですよ!」

ニコニコと笑いながら俺に話し掛けてくる。
俺はオムライスからサザに視線を移す。
サザの菫色の瞳が俺の喜ぶ反応を待っているのが分かった。
だが!
ここで俺が素直に「わーい!オムライスだー!」と、はしゃぐと思うなよっ。
俺は怒っているんだ!
何かとサザに丸めこまれて許してしまうが今度はそうはいかないぜ。
フイッと視線を外した。

「ぼ、坊ちゃんっ!?」
「腹減ったなぁ。サザ、スプーンくれ」

父ちゃんは俺達のやりとりが慣れているのかマイペースに席についてごはんを食べようとした。
しかしサザは持っているスプーンを父ちゃんに渡そうとせずショックを受けているのか 固まっている。
そんなサザの手からスプーンを勝手に抜き取り父ちゃんはオムライスを食べ始めた。
ずりーぞっ!父ちゃん!
俺だって食べたいのにぃ!

「坊ちゃん…」

悲しそうな声と目で俺を見てくるサザに折れてしまうのがいつもの事だが…。
今日こそは心を鬼にしないとサザの為にならないのだ。

「やっぱり、サザの作ったオムライスは絶品だな〜」
「…っ!!」

おいしそうに食べ続けている父ちゃんを見てかなり結構ぐらつく。
う、ううっ!!

「何だアシル。大好きなオムライス食べないのか?だったら父ちゃんが食べちゃうぞ」
「だっ!!」

思わずダメー!!っと叫びそうになった。
グッと堪えていると父ちゃんの手が俺の皿に伸びる。
ああっ!
ここで俺がその皿を奪った時点で負ける事になるが…なるがっ、それは、そのオムライスは 俺の……俺のぉっ!!
ガシッと父ちゃんの手が俺の皿を掴んだ。

「と、父ちゃんのバカァーーーーっ!!」

勢いよく椅子から立った俺はオムライスを見ないようにして叫びながら二階にある 自分の部屋に駆けて行った。

「あーあ。ありゃ相当怒っているな。どうする?サザ」
「坊ちゃん〜…」










空腹に耐えられなくなった俺はまだ寝る時間には早いが就寝する事にした。
しばらくすると外から雨音に混じってゴロゴロと音がしてくる。
雷が鳴り始めたんだ。
次第に雨が降る量も多くなってきて雷の音と光も激しくなってくる。
ピカッと部屋全体が一瞬雷の光で明るくなり次にはバリバリバリー!!っと大きな音が 響き渡った。

「うわっ!!」

ちょ、ちょっと、ビビった…。
ウチに落っこちたりしないよな。

「光の精霊の機嫌が悪いのかなぁ」

言い伝えでは光の精霊が怒ってたりすると雷が鳴ったりするらしい。
精霊祭が近いのに大丈夫なのか?

……精霊祭…か。
もぞっと起きた俺はベットの下に手を突っ込み木箱を取り出す。
そこから骨董市で買った髪止めを取り出した。

「喜んでくれるといいけど」

コップをあげた時もエプロンをあげた時も安い物なのにサザは泣きながら喜んでくれた。
それを思い出してまた泣いちゃうのかなと苦笑いをしている俺の耳に部屋のドアをノックする音が 聞こえた。
やっぱり来たか。
俺は急いで木箱に髪止めをしまってベットの下に隠した。

「誰?」

本当はこんな時、今みたいに雷が鳴っている時に俺の部屋を訪ねてくるのはサザしかいない。
なぜならサザは。

「ぼ、坊ちゃん…あの、その……雷が…」

雷が苦手なのだ。
大人が何をと笑っちゃいけない。
その綺麗な容姿でと幻滅してはいけない。
俺は溜息を吐いて部屋のドアを少しだけ開けた。
すると手にランプを持っているサザが不安そうに立っていた。

「今日は本当にすみませんでした」

しゅんっと項垂れるサザに俺はまだ怒っているんだぞと意思表示をするために無言のまま ジッと睨む。

「もうあのような事がないようにこれからは…」

サザが話している途中でまたピカッと雷が光ってズドーンっ!!と、どこかに落ちたような 音がした。
それと同時にサザは馬鹿力でドアを開き俺に抱きついて来た。
はあっとまた溜息を吐きぷるぷると震えているサザの背をポンポンっと叩く。

「ランプ寄こせ」

今にも落としそうなランプを奪い取りベットの横にある簡素な机の上に手を伸ばして置いた。

「坊ちゃん…」
「ったく、しょうがねーな!今日の事を反省して二度としないと誓ったら許してやる。 そんでもって一緒に寝てやるよ」
「坊ちゃん!」
「うわっ!」

サザが勢いよく俺を押し倒した。
そのせいで薄いマットレスに倒れ込みベットがギシィッ!!っと悲鳴を上げ俺も一緒に悲鳴を 上げる。

「重い〜!!」
「良かった!坊ちゃんに嫌われたと思いました!今後二度と今日のような事はしません!」

そう言ったサザはちゃっかり俺の横に潜り込む。
そして俺を引き寄せた。
どうなのコレって感じだがベットが狭いからしょうがないんだよ。

「坊ちゃん、明日またオムライス作りますね」
「別にオムライスじゃなくていいよ」
「え!?」
「あ、いや別に食べたくないって訳じゃなくて…卵高いだろ?」
「大丈夫です。今日養鶏場の奥さんに会ってお話ししていたらたくさんくれたんです」

このマダムキラーめ…。
心の中で毒づきながら俺はだんだんと瞼が閉じてくる。
いつの間にか外から雷の音がしなくなっていた。
どうやら雷は過ぎ去ったようだ。

「じゃあサザ…」
「はい」
「明日…オムライス…」
「はい」
「大きいの…」
「はいっ!」
「おや……す、み」
「おやすみなさい」

俺は完全に夢の世界に旅立った。
そして散々だった一日が終わった。




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