俺は店が立ち並ぶ方面へ歩き出す。
精巧な彫刻がされている美しい建物の店が増えてきて高級感があふれてくる。
俺みたいな下町っ子は場違いだけど、しょうがない。
店の大きな窓ガラスから中に飾ってある商品を見る。

「うわーすげー」

俺が見ているのは宝石だ。
いろんな種類の綺麗な宝石が大小いくつも並べてある。
サザが身につけたらきっと似合うと思う。
だけど値段を見て溜息を吐いた。
やっぱりな。

「ほとんど20万ガルト以上じゃん」

俺の手持ちは5千ガルトだ。
全然足りない。
宝石店から離れてまた歩き出すと道を挟んだ反対側の店に黒い馬車が。
そこへ乗り込もうとする人物に俺はあっと声を上げた。
向こうも俺に気付いたようで声は聞こえなかったけど口が『あ』の形に なっている。
そして俺に来るように手を振った。

「マルティナ!」

俺が駆け寄り名を呼ぶと相手も俺の名を呼んだ。

「アシル!」
「マルティナも買い物?」
「そうよ。精霊祭に着ていく服を選びに来たの」

マルティナは6候の一人サリュート候の末娘で俺より一個下の14歳だ。
本当なら下町育ちの俺なんかが気軽に話しかけていいような子じゃないんだけど マルティナは変わっていて屋敷を抜け出しては下町に来て俺達とよく遊んでいる。
活発な感じが分かるようにキリっとした緑の目に明るい栗色のボブヘアだ。

「アシルが城下町に来るなんて珍しいわね。何を買いに来たの?」
「…まあ色々とさ」
「気になるじゃない」
「べ、別にいいだろっ。じゃあな」

サザの誕生日プレゼントを買う為に来たなんて恥ずかしくて言えない俺はさっさと立ち去ろうと したけど腕を掴まれる。

「私これから骨董市に行くんだけど一緒に行く?」
「骨董市?」
「そう。今度の精霊祭は実際に精霊の姿が見れるでしょ?それを祝ってなのか中央広場で今日だけ 骨董市をしているのよ。もしかしたら掘り出し物に出会えるかもね」
「そこって安い?」
「ピンからキリまであると思うけど交渉次第で安くなると思うわよ」
「行く」
「じゃあ、決まりね」

ニコッと笑ったマルティナは俺に馬車へ乗るように言う。
いいのかな?
俺なんかが乗って。
マルティナが従者の人の手を借りて先に乗り込む。
早く乗ってというマルティナの声に俺も中に乗り込んだ。

「お邪魔しまーす」

ふかふかの椅子に座ると馬車が動き出す。
俺の横に置いてあるたくさんの紙袋がガサガサと音をたてた。

「いっぱい買ったな」
「だってパレードには6候とその家族も参加するのよ。精霊にも会えるし、変な格好は出来ないわ!」

興奮するマルティナはうっとりと目を閉じる。
いつもは男勝りなくせに変なところで女の子なんだよなぁ。
俺が適当に返事をしたせいかマルティナはムッとして俺を見る。

「何よ」
「別にー」
「もうっ。精霊祭は6候にとってすごく大事な日なのよ。特に100年の時はね。6候の家がそれぞれ 家紋を持っているのは知っているでしょ?」

ああ、確か不思議な絵が描かれている家紋だった気がするな。

「この馬車にも私の家…サリュート家の家紋が付いてるけど、サリュート家は光の精霊の紋章を 使う事が許されているのよ」
「そうなの?」
「そうなの。だから私の家は家紋が光の精霊の紋章なのよ。他の候の家も同じように各精霊の紋章の 家紋を持っているわ。そして精霊は国土国民に加護を与えた後、それぞれの候の屋敷に来るの」
「マルティナの家に?」
「そうよ。光の精霊が王を支えるサリュート家の者に加護を与えてくれるの!」
「じゃあ、マルティナに直接加護をくれるんだ」
「そうよっ。私だけじゃなくてお父様もお母様も姉様達もよ」

マルティナは頬を紅潮させている。
へー!すげー!
それだったら気合いが入るのは当然だな。
もし俺の家に精霊が来るってなったら………いや、あの家に来させるのは申し訳ないな。

少しすると馬車が止まりドアが開かれる。
どうやら骨董市に着いたようだ。
馬車から降りて中央広場に入るといろんな店が出ていた。
人もたくさんいて賑わっている。

「ありがと。俺は買いたい物探すから」
「欲しい物見つかると良いわね」

サザのプレゼントを探すためマルティナと従者に別れを告げて人ごみの中へと歩き出した。






人寄せの声を聞きながら店に出してある品物を見て回る。
そこには日用品から何に使うか分からない物まで売られていた。
サザにあげるとしたら何がいいのか。
去年はエプロンをあげたしその前はコップだし。
今年は精霊が姿を現す精霊祭りという事もあって今までもよりも、もっと良い物をあげたいんだけどさ。

「どうしようかなー」

悩みながら歩いていると頭にスカーフを巻いている婆ちゃんの店に古めかしいアクセサリーが 売っていた。
値段を見てみるとそれなりにする。

「高い…。古いのに」
「これっ、そこの坊主。それはアンティークで良い物ばかりじゃよ!」

俺の呟きが聞こえてしまったみたいだ。
婆ちゃん耳良いんだな。

「何か探しているのかい?」
「あーうん。プレゼントしたい人がいて」
「ひっひっひっ!恋人にかい」
「えっ!?」

婆ちゃんは俺に向かって小指を立てた。
ち、違うっ!

「恋人じゃないよっ」
「ひっひっひっ!好きな人かい」
「ち、違っ」

俺は動揺して顔が熱くなった。
くそっ。

「どんな人なのだ?」
「え!?」
「プレゼントするのじゃろ?どんな人か分からねば勧めようがないだろうに」
「………あいつはすっごく綺麗なんだ」
「ほうほう」
「でも、トロくて鈍くて…」

だけど…。
一番に俺の事を考えてくれる。
婆ちゃんは自分が出している商品を見た後、ふむと言って俺と目を合わす。

「坊主の予算はいくらじゃ?」

ここに置いてある品物の値段を見ると俺が持っている5千ガルトよりも高いから言いにくい んだけど。

「…5千ガルトしか持ってないんだけど」

そう言うと婆ちゃんは自分の横に置いてある鞄の中からいくつか取り出し俺の目の前に置いた。
ピアスとネックレスとブローチと髪止めだ。
ピアスは小さな赤い石が付いているシンプルなものでネックレスは白い玉が連なっていて 一つだけ大きめな緑の石が混じっている。
ブローチは金色の花柄の枠の中に女の人の横顔が描かれていて、 蝶をモチーフにしている髪止めは羽に紫色の透明な石が一つはめ込まれていた。


「この中から好きな物を選ぶと良い」
「良いの?」
「これらはアンティークではないし、とあるご婦人から不要の品と言われて受け取った 物だからのう。だからといって品物が悪いという訳ではないぞ」

俺は見たときから気になった髪止めを手にした。
紫色の透明な石。
サザの瞳と同じような石に惹かれた。

「じゃあ、この髪止めちょうだい」
「ひっひっひっ、坊主の好きな人が喜ぶと良いのう」

――っ!!
違うって言ってるのに!
俺は5千ガルトと引き換えに髪止めを手に入れ骨董市を後にした。
広場の道に黒い馬車が止まっている。
まだマルティナは骨董市にいるみたいだな。
馬車の後ろにはサリュート家の家紋があった。

「あれが光の紋章か」

言われてみれば円の中に光が照らしているような絵が描かれている。
ふーんと思っているとポツリと俺の頬に水滴が。
えっ?と空を見上げてみれば太陽は雲に覆われている。
こっちにやってくる厚い雲の群れ。

「あんなに天気が良かったのに」

俺は本格的に雨が降り出す前に家路を急いだ。
小走りで帰っていると雨脚が強くなってくる。
そういえば洗濯物が干しっぱなしだった!
家に着くとそのまま庭に駆け込んだ。
するとサザが洗濯の干場に背を向けて立っている。
何やってんだ?
雨に濡れるだろ?

「サザ…?」

呼ぶとビクリと身体を揺らし、まるで主人に怒られた犬のような顔で俺を見た。

「なにして………ああああああーーーーーーっ!!!」

サザの足元には物干し竿が落ちていて当然それに干していた洗濯物も…。
洗濯物はまた土に汚れ降ってくる雨に濡れていく。
俺は身体の奥底から込み上げてくる感情を必死に抑え冷静に状況を確認しようとした。

「い、一体、何がどうして洗濯物が地面に落ちているんだ…?」
「坊ちゃんっ、私は決して坊ちゃんの言いつけを破ろうとしたわけではないのですっ! ただ雨が降ってきたので止むを得ず家の中に入れようとしたら…」
「………したら?」
「なぜか物干し竿が地面に落ちました」

俺は思いっきり空気を吸いこんだ。

「落ちましたじゃなくてサザが落としたんだろー!!?」
「すみません〜っ!!」




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