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家に戻った俺達を若干拗ね始めていた父ちゃんが迎えてくれた。

「おー、またこんな遅くまで二人で遊んで帰って来たのか。そーか、そーか。別に 父ちゃんはいじけているわけじゃないぞ」
「分かったよっ、ごめんってば!ほら今日はごちそうだよ!」

テーブルの上に並べられていくごちそう。
絶妙に焼けた牛肉の香草焼き、鶏肉のトマト煮込み、きのこのクリームパイ、 具だくさんの野菜スープ。
そしてフルーツのケーキ。

「今日はサザの誕生日だったな。いくつになったんだ?ってそうか記憶がなかったから 覚えてないんだっけか?」

父ちゃんの質問にサザは考え込む。
そうだよな。
サザは精霊だからめちゃくちゃ歳いってるんだ。
だってこの国を作った初代の王と一緒に戦ったころから生きているんだもんな。
今なら記憶がないって事にして答えなかった理由は分かっているけど。

「多分ですが、2728歳くらいかと…」

ー!!?
正直に答えちゃった!
慌てる俺の前で父ちゃんは酒を飲みながらアハハっと笑っている。

「サザも冗談が言えるようになったんだな」

サザは皿に料理を取り分けながら俺に向かってウィンクした。
もー、ビックリしたじゃんかぁ。
ふうっと息を吐いた俺はサザが席に着くとジュースの入ったコップを掲げた。

「えっと、あらためてサザ、誕生日おめでとう」
「おめでとう、サザ」
「ありがとうございます。坊ちゃん、ジョスタさん」

それぞれのコップがカチンっと音を立てて合わさった。
ごちそうを作ったのはサザでそれをがっついて食べるのは俺と父ちゃんという普段と変わらない 光景だけどサザは嬉しそうにニコニコと笑っている。
おいしい夕飯も全部平らげて腹いっぱいになった俺は食器を洗って片付けた後、風呂に入り ベットの上でゴロゴロとしていた。
するとトントンとドアがノックされる。

「坊ちゃん」
「何?」
「一緒に寝てもいいですか?」
「雷は鳴ってないよ」
「ふふっ。ただ、一緒に寝たいだけです」

わざわざ狭いベットで寝なくてもいいのにな。
…しょうがない。
いいよと言うとベットに潜り込んできて俺を引き寄せる。

「いい匂いがします」
「さっき風呂に入ったから」
「違います。坊ちゃんの匂いです」
「俺の?変な事言うなぁ」
「坊ちゃん…」
「ん?」

サザが柔らかくほほ笑む。

「愛しています」
「……っ!」

突然の不意打ちにグワッと顔が熱くなる。
ううっ、心臓がバクバクと早くなってヤバイ。

「あのさ、思ったんだけど…」
「何でしょうか」
「サザはいつから俺なんかを好きになったの?」

サザがわざわざ俺を好きになる理由が分からない。
俺じゃなくてもいい気がするんだ。
するとサザは「俺なんか」ってなんですかと怒った。

「初めて会ったあの日、坊ちゃんに私の心は捕らわれました」
「初めてって…精霊祭の日に城下町の路地裏で会った時?」
「あの日偶然あの場所にいた私の目の前に小さい人の子が現れたんです。泣いていたその子はまっ赤な目で私を見上げました。人には見えないように姿を消していたのですがたまに純粋な心を持っている 子供だと見えてしまう事もあるんです」

サザは目を細めて俺の癖のある髪を撫でた。

「私をジッと見ていたその子が言った言葉、何だと思います?」
「え?俺なんか言ったっけ?」

全然覚えてないな。
何を言ったんだろ?

「その子はこう言ったんです。『拾った』と」
「ひ、拾った?」
「はい。その言葉は当時の私を驚かせました。そして小くて暖かい手は私の手を握ったんです」

何で俺拾ったなんて…。
ん?あっ!
そういえば小さい頃、近所に住んでいる同じ年くらいの子供たちが箱の中に捨てられていた 子猫や子犬を拾って飼い始めた事をうらやましいと思っていた時があった。
路地裏で出会ったサザの足元に箱が置いてあってそれで俺、サザが捨てられていたと思ったんだ。
小さい頃の俺って…。
サザにその事を話すと声を出して笑い出した。

「私はその言葉で落とされました」
「落とされたって?」
「好きになったという事です」

えーっ!!
そんな一言で!?

「私が他人を好きになる事はまずないのでそれは重大な出来事でした。だから坊ちゃんと契約をしたいと思いました。契約した者は精霊の力を使えるのです。それには呪文が必要ですが」
「俺が攫われた時に使った力はサザの力だったんだね」
「はい。発動すれば契約者の場所も特定できます」
「そうだったんだ。でも一回しか使えないのはどうしてだったの?」
「力を契約者の中に封じると体力、精神力に負担がかかります。坊ちゃんの場合、二回以上の力を 封じるには負担が大きいので一回だけだったんです」

サザは俺の額に自分の額をコツンとあてた。
そしてあの力が発動された時、俺の身に良くない事が起きたに違いないとそれは心配した事を 切々と話し始める。
黒服の男達に会いに行った俺への小言にだんだんと変わっていきこれはまずいと話しを変える事にした。

「サザ、誕生日プレゼントだけど何か考えて渡すからさ」

パチパチと瞬きしたサザは小言を止めてほほ笑んだ。

「これからたくさん坊ちゃんをもらいますから大丈夫ですよ」

また同じ事を言われた。
だけど俺をもらうってどういうことだろう?

「本当は今日もらう予定でしたけれど封印で予定外に力を使ったせいで歯止めがきかなくなって 初めての坊ちゃんに迷惑をかけてしまう恐れがあるので別の日にします」

サザの言っている事はやっぱり分からないや。
まあ、いっか。
幸せそうに笑っているサザが俺の背を撫でている。
それが気持ちよくてウトウトと眠くなってきた。

「サザ…おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

眠りに入る直前、頬に柔らかい感触がした。










ー後日。


「それはそれはとても綺麗な方だったわ!アシルもパレードの時、光の精霊を見たでしょ!?」

ジャンの家のリビングで興奮しているマルティナがテーブルに手をバンッとついた。
その勢いでコップが倒れそうになり慌てて俺とジャンはコップを支える。

「直接お会いした光の精霊のお顔はレースに隠れてはっきりと見れなかったけれど」
「はっきり見えないのになんで綺麗だって分かるんだよ」

ジャンがマルティナに突っ込んだ。
あーあ、止めとけばいいのに。
案の定、マルティナはムッとした顔になってジャンの耳を引っ張った。

「いてーよ!」
「見えなくたって分かるわよ!オーラが違うもの!」

俺はもちろんその人は偽者でウチで掃除をしているサザが光の精霊だなんて言えるわけがない。

「加護をもらったときはお父様なんてとても歓喜してたわ」
「あぁっ!!」

突然叫んだ俺にマルティナとジャンが目を丸くした。
加護っ!
サリュート家ってまだサザから加護を受けてないじゃん。
封印の事があってすっかり忘れてた!
後でサザに言わなくちゃ!

「マルティナちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけどっ」

横に大きい身体を揺らしながらおばちゃんがマルティナの隣の席にドスンっと座った。

「エリュセルト候が急に変わったのは浮気が発覚したせいって本当なの?」
「何を急に言い出すんだよ…母ちゃん」
「あんたは黙ってなさい」

おばちゃんはジャンを睨み付けた。
それにジャンは肩をすくめ唇を突き出した。

「ここだけの話しだけど…エリュセルト候が奥さんよりも綺麗で若い女の人に貢いでたの。それがある日奥さんにばれちゃって怒った奥さんが浮気相手に送るはずだった宝石類とかを捨てちゃったのね。でも、その中に城の宝庫からくすねたものがあったのよ。それが誰かの手に渡ってバレたら大ごとでしょ?だから候と奥さんは血眼になって探したんだけど結局バレちゃったの」

おばちゃんは好奇心旺盛な顔でどうして?と聞いている。

「候と奥さんの目の前に精霊が現れたんですって!それでお怒りになった精霊は二人の罪を暴いた そうよ!」
「まあっ」

まさかと俺は思った。
その精霊って…サザか?
俺の隣でジャンがはーっと溜息を吐いて空っぽになっているコップに噛みついている。

「なんで女ってああいう話しが好きなんだろうな」

今度は誰が不倫したとかの話しになり盛り上がりを見せているマルティナとおばちゃんを 見ながら俺はジャンに「何でだろうね…」と返した。




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