おまけ




「よお」
「あっ!」

外を歩いている俺の後ろから声を掛けて来たのは闇の精霊だった。
精霊祭以来ちょこちょこと精霊達は俺の所へやって来るようになった。
闇の精霊だけは決まってサザがいない時に姿を見せる。

「なんか怪しい格好だよね」
「ふん」

闇の精霊は頭と口元を黒い布で覆っている。
バレないようにしているみたいだが逆に目立つような気がするんだけど。
ほら、通りかかる人達がチラチラとこっちを見ている。
これでは落ちついて話しが出来ないので闇の精霊と共に近くの下町の教会に入った。

「寂れた教会だな」
「…下町の教会だからそんなもんだよ」

城下町にあるような豪華さはない。
剥がれ始めている白い壁に古い木の長椅子。
年期の入った祭壇。
一人の老人が何か祈っていたがやがて立ち去り俺達だけになった。

「で、俺に何か用なの?」
「あ?」

おい。
なんで俺が睨まれなきゃいけないんだよ。
闇の精霊がフイッと俺から視線を外した。

「別に」

何だよ、別にってさ!
この国を守護している精霊だから偉いんだろうけど 癪に障るような言い方はなんとかならないものなのか。
ムカっとした俺は踵を返して教会の出口に向かって歩き始めた。
後ろから追いかけてくる足音がする。

「どこに行くんだ」
「俺に用がないんだろ?」

闇の精霊は俺の前に回り込み腕を組んで立ちはだかった。
まったく、俺はこれから今日の夕飯の買い物に行く途中だっていうのに。
しかも雨が降りそうだから早く済ませたいんだよ。

「質問に答えろ。どこに行くんだ」

はーっと溜息を吐きながらこれから買い物に行くと言うと闇の精霊は さっさと教会の外へ行こうとする。

「何してるんだ、早く行くぞ」
「は…?え?」
「買い物に行くんだろ」

もしかして一緒に行く気なのか?
まだつっ立っている俺に闇の精霊は苛ついた様子で早くしろと促した。
ム、ムカっ。








だんだん灰色の雲が集まって来ている。
これは本格的に雨が降りそうだ。
市場に着き順調に買い物を済ませて行く。
品物をジッと見ている闇の精霊を見てふと疑問に思った。

「精霊の世界にも市場ってあるの?」
「ああ?そりゃあるぜ」

へーどんな物が売っているんだろう?
って、うわっ!
闇の精霊が売り物のリンゴを手にして勝手にかぶりついた。

「まだお金払ってないんだぞ!」
「…酸味が強いな」

顔を顰めた闇の精霊はそのリンゴを俺の手にポンッと渡した。
…え!?
俺は慌ててジッと見てくる店主にお金を渡し、先に歩いて行った闇の精霊を追いかけた。

「勝手な事するなよ!」
「雨だ」

闇の精霊が空に向かって呟く。
俺の顔に雨粒がポツポツと当たり始めた。
しかもゴロゴロと雷の音までも聞こえてくる。

「うわっ、早く帰らないと」
「別にまだいいだろ」
「良くないって。濡れるだろ」

それに…雷が本格的に鳴り始める前にサザの所に行かなくちゃ。
きっと今頃不安になっているかもしれない。
走り出そうとした俺は急に闇に包まれる。
振り返ると闇の精霊がニヤッと笑った。

「これだったら濡れないぜ」

確かに闇の空間だったら濡れないかもしれないがこれでは帰れない。

「俺は早くサザの所に帰らなきゃいけないんだよ」
「何?」

怪訝そうな顔をする闇の精霊に早くここから出せと急かした。
だがやはり素直に出してくれるはずもなく理由を聞いて来る。
でもなぁ…サザが雷が苦手だなんて言ったら絶対、闇の精霊は笑うぞ。
サザがバカにされるのは嫌だな。

「黙ってたらここから出られねえぞ」
「……雷が…苦手なんだよ」
「お前が?」

そうか。
俺が苦手にすればいいんだ。

「う、うん。だから早く家に帰りたいんだ」
「ふーん。じゃあここにいろよ」
「え?」
「ここの方が家よりも外界から遮断出来るぜ」
「……えっと…」

闇の精霊がそう言ってくるとは予想外だった。
しょうがない…。

「これから言う事に笑うなよ!バカにするなよ!約束しろ!」
「あ?」
「約束っ!」

無理矢理約束をさせ雷が苦手なのは俺じゃなくてサザだと話した。
すると闇の精霊はサザではなく俺をバカにしてきた。

「お前…何言ってんだ?ウィスプレイルが雷を苦手だって?頭大丈夫かよ」
「本当だって!サザは昔から俺がいないと雷が鳴っている夜は一人で眠れないんだぞ!」

…あっ。
勢いづいて余計な事言っちゃったかな。
しまったと思っている俺を余所に闇の精霊はポカンと呆気に取られたまま動かない。

「うわっ」

急に闇の空間から外に出され全身に雨が降り注いできた。
みるみる濡れて行くのは俺だけじゃなくて闇の精霊も同じだ。
雨宿り出来そうな木の下まで固まったまま動かない闇の精霊を引っ張って連れて行く。
するとピカッと空が光った。
来るぞと身構えていると数秒後にバリバリバリ―っ!!と大きな音を立てる。
家でふるふると震えるサザの姿を想像してしまった俺は意を決して土砂降りの中を駆け出した。

「闇の精霊、また今度なっ!約束は守れよ!じゃあな!!」








何とか家に辿り着いた俺はぐっしょり濡れた靴を脱ぎすててリビングに駆け込んだ。
周囲を見回すがリビングにもキッチンにもサザの姿が見えない。

「どこにいるんだ?」

今度は風呂場へと向かう。
すると畳んだタオルを棚にしまおうとしているサザと目が合った。

「あ、いた!」
「坊ちゃん!ずぶ濡れじゃないですかっ!」

サザが慌ててバスタオルで俺を包み込む。
わしゃわしゃと頭を拭かれた。

「サザ、大丈夫?」
「何がですか?」
「だって雷が…」

タイミング良くドオーンっと大きな音が鳴った。
するとサザは俺に抱きついて来る。

「直ぐに止むよ」
「坊ちゃん…」

安心させるようにニコッと笑うとなぜかサザは俺のシャツのボタンを外し始めた。

「サザ?」
「このままでは風邪を引いてしまいます。お風呂に入りましょう」

入りましょうって…もしかして。
サザも一緒に入る気か…?
一人で入ると言うと雷が鳴っている中、私を一人にする気ですかと訴えられた。
うーん。

「…分かったよ」
「私が洗ってあげますからね」
「え!?自分で洗うよ!」
「『サザ、洗ってー』ってよく言ってくれたのに…」
「いつの話しだよ!」
「坊ちゃん〜っ!」
「わわわーっ!ちょ、サザっ!」

満足するまでサザが俺を洗っている頃、木の下にいる闇の精霊が我に返り…。

「ウィスプレイルが雷が苦手…?んな訳あるかッ!雷は光の精霊の眷属だぞ!…ア、アイツっ!!」

と顔を引き攣らせながら叫んでいたなんて俺が知る由もなかった。




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