11




「坊ちゃん…」

茫然としているサザを見て心が痛んだがいろんな事に頭がついていかない俺はこの場所から 早く逃げるために勝手に部屋の外へと出て行った。
扉の傍には近衛兵がいて急に出て来た俺に目を丸くしていたが声を掛けられる 前に近くにあった階段を駆け下りて行った。
右も左も広い通路でどっちに行ったらいいか分からない。

「おい、そこの子供!」

巡回していた衛兵が俺に向かって走ってくる。
うわっ。
悪い事なんてしてないのに思わず衛兵とは反対方向に走り出した。

「待て!!」
「待つんだ!」
「止まりなさい!!」

衛兵の数がどんどん増えてくる!
うわぁ!
階段を上がったり下がったりして自分がどこにいるなんて全然分からない。
段々追い詰められていって焦りながら突き当りにある扉を開くと外に出られた。
外と言っても城の高い位置にある通路だ。
真っ直ぐ走るとそこそこの広さの場所に行き着いた。
低い囲いがされているだけで扉もなにもない。
振り返れば何人もの衛兵が追い付き俺を捕えようと近づいて来る。

「もう、逃げられないぞ」

どうしようっ。
囲いの下をチラッと見るがとても高くて飛び下りる事なんて出来ない。
近寄ってくる衛兵に少しでも逃げたい気持ちが囲いの上に足を乗させた。

「君、危ないからそこから下りなさい!」

一人の衛兵が俺に向かって叫んだ。
それに身体がビクッと反応して足を滑らせた。
しまった!!
身体が囲いの外に倒れていく。
スローモーションのように下に落ちて行った。
こんな高い所から落ちたら絶対に死ぬ!!

サザっ!!









「…なんて危ない事を」
「え?」

身体に受けるはずの衝撃は来なかった。
代わりにしっかりとした腕の中にいた。
そっと顔を上げるとサザが怒って俺を見ている。
さらに目線を上げれば俺が足を滑らした所が木々の間から遥か上に見えた。

「サザが俺を…?」

助けてくれたの?
そう投げ掛ける視線を向けると俺をギュッと抱きしめた。

「私を許せませんか?」
「サザ?」
「ずっと坊ちゃんに黙っていた事を許せませんか?」

……。
別に許せないとかじゃなくてさ。
そうじゃなくてさ…うまく説明が出来ないんだけど。
サザの背に手を回して俺からも抱きついた。
下に落ちたショックで高鳴っている鼓動が落ち着いてきた頃、俺が言いたい事も頭の中で まとまってくる。

「きっと…」
「坊ちゃん?」
「きっと俺はサザにさダメダメでいてほしかったのかも」
「ダメダメ…ですか?」
「うん。皿を割ったりさ洗濯物破ったり汚したり、そんなサザを叱ったりして俺がいなきゃ だめなんだなってそう思っていたかったんだ。だけどサザは本当は光の精霊で俺以上にすごい人で この国の王様と同じくらい偉くてさ。それが分かったら俺がいなくたって 大丈夫なんだって、とてもショックで………何か俺、嫌なヤツだよな」

しゅんっとなっている俺にサザはっきりと強い口調で否定した。

「それは違います」
「…違くないよ」
「私は坊ちゃんがいないとダメダメなんです」

ポカンっとした俺にサザはいつもの柔らかい笑顔を向けた。

「坊ちゃんが傍にいていくれるだけで私の心は安らげます。ですが坊ちゃんが他の者に笑顔を見せるだけで私の心は穏やかでいられなくなります。私を置いて坊ちゃんが遊びに行ってしまえば何か良くない 事がその身に起きるのではと想像してしまってつい力が入って皿を割ったり洗濯物を破ったり してしまいましたが…」
「ちょっ、まさか今までそんな事でっ!?」

勝手な想像の果てに皿が割れ洗濯物が破けたりしたのかよっ。
だけどサザは真剣な顔でそんな事ではありませんと言ってくる。

「坊ちゃんの髪一本まで全て私のものです。他の誰にも譲る気はありません」

菫色の瞳がジッと俺を見て来る。

「例え坊ちゃんに好きな人がいてもです」

それって、それって、それはつまり…。
サザは俺の事。

「私は坊ちゃんの事を愛しています」

かーーっと顔が一気に熱くなった。
あ、愛してるって。
この俺なんかを愛してるって。

「それって、ほ、本当に?」
「偽りなく」

きっぱりと言うサザにどうしていいか分からなくなる。
俯く俺の耳元で背中がゾクっとするような声で囁いた。

「教えて欲しいのですが坊ちゃんの好きな人は誰ですか?」
「え?」
「あの髪止めを誰にあげようとして買ったのですか?」

あーーーーーーっ!!
そうだ!
俺はすっかりサザの別の誕生日プレゼントを用意するのを忘れてたっ。
太陽はすでに傾き夕日に変わろうとしている。

「言えないのですか?」
「サザ、何か勘違いしてるみたいだけど俺、好きな人なんか…」

そう言いかけて目の前のサザを見つめた。
そしてまた顔がカッと熱くなり俯いた。
どどどどどうしよう、俺、俺…。

「坊ちゃん?」

そっとサザから離れて距離を取った。
だけどサザは一歩、近づいて来る。
それに俺はまた距離を取る。

「坊ちゃん、好きな人になにかしようとするわけではありませんよ。穏便にお話しをしようかと 思っているだけで」

ニコッと笑うサザだけど絶対なにかしようとしているだろうと突っ込みたくなる雰囲気を出していた。

「えっと、俺の好きな人は…」
「好きな人は?」

俺はサザに向かって指を差した。
俺の行動にサザは何をされているのか分からない顔をしているがゆっくりと 指し示している所を確かめた。
その瞬間、俺は恥ずかしくなって直ぐに手を下ろし踵を返して走り出した。
だけどすぐに後ろにいたはずのサザに前から抱き上げられた。
うわっ、いつの間に!
持ち上げられて目線の高さが同じになる。
サザは菫色の瞳を輝かせ嬉しそうに笑った。

「坊ちゃん、言葉にしてくれないと私はダメダメなので分かりません」
「…なっ!」
「さあ、坊ちゃん」

うっ、うう。
期待している目がとても俺には痛い。
今のでもかなりがんばったのに。

「サザ…」
「はい」

俺の次の言葉を待っているサザにちゃんと伝えた。

「…好き」

小さい声だけどサザにはちゃんと聞こえたみたいで俺をギュウッと抱きしめた。

「ああっ、坊ちゃん。もう一度言って下さい」
「や、やだよ!」

何回も言えるか!
恥ずかしい!
サザはそんな俺を笑う。

「あ…」

すごい。
俺とサザの周りがキラキラと光り輝いている。
とても綺麗だ。

「サザ、見て。周りがとてもキラキラしているよ」
「これは私が幸せだからです」

ニコニコと笑うサザに俺は祝福の言葉を贈った。

「サザ」
「はい」
「お誕生日おめでとう」

サザは今日が自分の誕生日だと忘れていたように目を瞬かせた。




main next