カルム王国のシュトレーム城の城下町の…さらに下にある下町、まあ一般国民が住居を連ねている 所に俺の家はあるわけだ。
古くて小さい家だけど二階建てだしそれなりの庭も付いている。
今日は朝から天気の良い絶好の洗濯日和。
そんなわけで俺は今大きな洗濯かごを抱えて庭にある洗濯の干場までちょっとだけよろめきながら 歩いている。
ここのところずっと雨だったので洗濯した量が半端ないのだ。
俺の頭の上まで洗ったものが積み重なって前が見えない。
勘を頼りに少しずつ進んでいると後ろからオロオロとした声が掛る。

「坊ちゃん、私が持ちますってば」
「坊ちゃんって言うな!」

この下町育ちの平凡な俺に対して坊ちゃんと絶対に似合わない呼称で呼ぶ男。
優しい金の色の腰まである長い髪と綺麗な菫色の瞳、手足の長いすらっとした長身。
美麗な顔でいつも穏和そうにニコニコと笑うこいつは近所の女の人に大層人気がある。
しかしこの男、とんでもなくトロいし鈍い。

「いいか、サザ。お前に任せたらこの量の洗濯物が一瞬にしてダメになる。そうなったら また一から洗い直さないといけなくなるんだからな!」
「で、でも坊ちゃん、身長低いから洗濯物で前見えてないでしょう?」

こ、こいつぅ〜俺のコンプレックスをさらりと言いやがって!
今は160しかないけど15歳の俺はまだ成長時期なんだからな!

「明日になったら俺はサザなんて見下ろしてやる!」
「坊ちゃん、私を越すのは20センチ以上も伸びないと無理ですよ。一日でそれはちょっと…」
「もーいいから黙ってろよ…って、うわ!!」

サザに意識がいっていた俺は大きな石に蹴躓いてぐらりと前に身体が倒れそうになる。
あーーーー!!洗濯物がぁぁぁっ!!
スローモーションで洗濯かごから崩れ落ち空に投げ出される洗い立てのたくさんの衣服やタオルを 前に倒れながら目で追っていると腰に手が回ってきてグンッと後ろへ引っ張られた。

ードサバサバサッ!!!

倒れる事はなかった俺の目の前で洗濯物が昨日の雨で土が濡れている地面に落下した。

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「――――っ!!大丈夫なわけがあるかァ!!」
「どこか怪我でもっ!?」

顔色を変えて真面目に心配してくるサザに俺は拳を作って頭を殴りたかったけれど 身長差でそれは出来なかったので足を蹴った。

「痛いですよ〜!」
「これを見てみろ!何で洗濯物を庇わなかったんだよ!俺より洗濯物だろ!?」

俺は泥にまみれている洗濯物をビシッと指差した。
あーもー!余計な仕事が増えたじゃんかっ。
するとサザは俺の肩に手を置いてジッと覗きこんできた。

………くっ、くそぅ。

俺は、サザのこの目に弱い。
宝石みたいな不思議で透明感のある菫色の瞳に俺が映っている。

「私は坊ちゃんが第一なのです。どんな事よりも優先します」

こいつはズルイ。
真っ直ぐ見つめられて真剣な顔で言われれば嬉しくないはずはない。
だがここでその言葉を肯定して礼を言うほど俺は素直ではない。

「痛いですよ〜!」

俺はそっぽ向きながらまたサザの足を蹴った。
そしてムッとした顔で地面に落ちている洗濯物を拾い始める。
結局無事に洗濯物が干し終えたのは昼を過ぎた時だった。







リビングで昼食を食べている俺を目の前の席に座ってニコニコとほほ笑みながら 見てくるサザを睨んだ。
するとサザはミルクのおかわりですか?と呑気に聞いて来る。

「違うっ!…いや、それもいるけど。俺、これから遊びに行って来るから」

俺の目の前でミルクを継ぎ足したサザは、はいと頷き付けていたエプロンを外す。
それを見た俺は目を細め一言告げた。

「サザ…お前は留守番だからな」
「えっ!?」

当たり前だろう!
どこに15にもなってる男子にいい歳した大人がくっ付いてこようとするんだよ。
サザはでも…と手に持っているエプロンを握って目で俺に訴えてくる。

「ダメ」
「坊ちゃん〜」
「食器は洗わなくていいからな。洗濯物も干しっぱなしでいいからな」

過去の経験上、皿を割ったり洗濯物を破ったりしているので被害が出ないように 食い止めなければ。
ミルクを一気飲みして椅子に引っ掛けてあった上着を掴み俺の名を呼ぶサザを無視して 家を出て行った。







なだらかな丘のてっぺんに王様が住むお城があるから遠く離れた俺の家からでもシュトレーム城は よく見える。
その直ぐ傍に王様を支える6候が住んでいてそれぞれ大きい屋敷が建っている。
そこから下ると俺の目的地である城下町がある。
城下町は裕福な商家や財力のある国民が住んでいる所で俺みたいな一般国民には あまり用はない所だ。
けれど、今日はちょっと用があってそこに行く。
サザには遊びに行くと言ってあるけれど本当はあるものを買いに行くのだ。

「何にしようかな。足りればいいけど…」

狭い道を上りながら上着のポケットの中に手を突っ込んでお金を触る。
ジャラジャラっとコインの音がした。
近所の小さい仕事とかを手伝いながらコツコツと稼いだお金だ。
しばらく歩くと道が開けて土の道から石畳になった。
広い道にはたくさんの人と馬車が行きかう。
城下町に入ると普段とは違う雰囲気でそこはいつにも増して活気にあふれ人も浮き立っている。
それもそのはず。
3日後は精霊祭なのだ。
カルム王国は光、闇、火、水、風、土の6精霊の加護を受けている。
その精霊達に感謝をする祭りは毎年一回あるのだけど100年に一度、いつもならお城の中に いて姿を現さない精霊達が王様と一緒に城下町に下りその姿を見せ国民の前で加護を与える。
そんなわけで国民のほとんどがおとぎ話のように聞かされていた精霊の姿が実際に見れるという 事で城下町をいつもより綺麗に飾り王様と精霊達が訪れても恥ずかしくないように力を入れているようだ。
それを横目に大通りを歩く俺は自然にヘヘっと笑みが零れる。
俺も精霊祭が楽しみだけどもう一つ、特別な事があるんだ。
3日後はあいつの、サザの誕生日なのだ。
そして俺とサザがこの城下町で初めて出会った日。
6歳の時、母ちゃんが死んで元気がなかった俺を父ちゃんが精霊祭に連れて来てくれた。
まるで違う世界に入り込んでしまったかのような城下町に興奮して気付いた時には 父ちゃんがいなかったんだ。
迷子になった俺は泣きそうになりながら父ちゃんを探したけどいつの間にか人の波に弾かれて路地裏を 歩いていた。
そんな時に暗い路地裏に一人男がいた。
それがサザだ。
どういう経緯で俺の家に住み着いたのかは覚えていないんだけど、サザは自分の名前以外は 何も知らなくて、だから出会った日を誕生日に決めた。
新しい家族が増えた事に俺は喜んだが今思えばよく父ちゃんは身元不明なサザを家に住まわせたよな。




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