中編




「あ、ちょっと」

身体を引くが腰にもう片方の手が回ってきて動く事ができなかった。

「どうしますか? 止めた方がいいですか?」

器用に片手だけで俺のシャツのボタンを外していくユーリが聞いて来る。
もしも胸からしていたら、と思うと他人から確認してもらったほうが確実だよな。

「えっと、お願いします」

俺が頼むと、すぐにするりと手がシャツの下に入って来た。
胸元を肌蹴させられ、ユーリが顔を近づける。

「ど、どーですか?」
「もう少し待って下さい」

ユーリが話すとその息が肌に触れ、くすぐったくて身を捩る。
ぎゅっと目を瞑ってその感覚に耐えていると……。

「そこで何をしているんですか!!」

静かな路地に突然、怒声が響き渡った。
驚いてビクッと身体が跳ねる。
慌ててその声がした方へと顔を向けると、めちゃくちゃ怒っているバニーの姿が。
呆気に取られて口を開けている俺の傍でユーリが後少しだったのに残念、と呟いた。
何が後少しだって?

「それでは、私はこれで」
「ええ、ああ」

ユーリは表通りへと歩いて行く。
その時、バニーとすれ違ったが二人とも視線を交わしただけで何も言葉は発しなかった。
しかし一瞬だけ、バチっと電気が帯びたように感じたのは気のせいだろうか。
バッと俺に鋭い視線を向けてきたバニーが大股で歩いて来る。
俺の前まで来ると、ここで何をしていたのか追及して来た。
まさか加齢臭がするかどうか嗅いでもらっていただなんて言えるわけもなく、口を噤んでいるとバニーがギリッと歯ぎしりをした。

「貴方とあの人はどういう関係なんですか」
「は?」

どういう関係って……そりゃヒーローとその管理官だろ。
何を言ってんだ? バニーは。
というかどうしてバニーがここに?
疑問に思って聞くと、経理のおばさんから俺の様子がおかしかったと教えられて探しに来てくれたみたいだ。

「ようやく見つけたと思ったら、こんな人気のないところでなぜあんな如何わしい事をしていたんですか!?」
「はぁ!?」
「キスをしようとしていたじゃないですか!!」
「はぁぁ!!? キスだぁ!?」
「とぼけないで下さい! あの人が貴方にキスをしようとしているところをこの目でしっかりと見たんですからね!」

キスって……それは誤解だろ。
なんで俺にユーリがキスなんかしなきゃいけないんだよ。
かわいい女の子ならともかく。

「それと、どうして貴方の胸にあの人が顔を寄せて触れていたんですか!!」
「えっ。いや、……その」

それは加齢臭を……ってあれ?
気が付けばバニーがすごく近い位置にいる。
普段なら咄嗟に離れていってしまう距離感だ。
ユーリが言っていたように俺から加齢臭はしていないのか?
じゃあ、それならなぜバニーはあんな行動を取ったのだろうか。
そんな事を考えていたらいつまで経っても質問に答えない俺に我慢が出来なくなったバニーからブチッと切れた音が。
無言で手を取られ、引っ張られる。

「どこに行くんだよ、おいっ」
「………」

呼び止めたタクシーに放られるように乗せられて着いた先はゴールドステージの高級マンション、バニーの家だった。
強制的になぜか寝室に連れ込まれ、勢いよくベッドへと倒される。
スプリングにバウンドしていると俺の上に跨った。

「バ、バニー? なんでそんなに怒っているんだよ」
「分かりませんか?」
「ああ」
「そうですね。分からなくて当然です。僕も今さっきこの感情を自覚したばかりです」

意味の分からない事を言いながらバニーがジャケットを脱いだ。
俺はなんとなく身体を上にずらして逃げようと試みる。
するとしっかり体重をかけて俺の上に乗っているバニーが覆い被さって来て首筋に顔を埋めやがった。

「うわ、バニーそこはだめだ!」

まだはっきりと加齢臭がしていないと確証したわけではない。
遠ざけようとする俺に息が掛かる程、バニーが顔を近づけてくる。

「なぜですか? あの人は良くて僕はだめなんですか?」
「お前、さっきから変だぞ」
「変ではありませんよ」
「いや、変だって。現にこの状態もおかしいだろ」

バニーは綺麗な碧眼に熱を滾らせてこの状態もおかしくはないと言い切り、肌蹴ている俺の胸に手を這わして―――。

「んっ!?」

いきなりバニーの唇が俺の口を塞いで違う角度から何度もキスをしてくる。

「―――っ!!」

目を丸くした俺は思いっきりバニーを押し返した。

「な、何をっ、お前」
「何って分からないんですか?」

目の据わっているバニーはどうやらまだ怒りが収まっていないようだ。
またバニーの顔が近づいてきたので慌てて手で自分の口を覆った。
なんでこんな事になってんだ?
そ、そうだ、そもそもの始まりはこいつが近づく俺を避ける事から始まったんじゃないか。
その原因はこの俺だけどさ……。

「バニーいいか、それ以上は近づくなよ」
「…………」

バニーの目が凶悪犯のように悪くなっている。
お前、ヒーローなんだからその目はよせ。
女の子のファンが見たら泣くぞ。

「お、怒っている理由を言えって」

しかしバニーは理由を言わず、また俺とユーリのしていた事について聞いて来る。
これを説明するには加齢臭の事を言わなくちゃいけなくなる。
俺は溜息を零し、白状する事にした。
だけど、はっきりと言えなくて声が小さくなってしまう。

「お、俺からその、――がするんだろ?」
「何がするんです?」
「おい、何だよ。今さらとぼける気かよ! 気なんか使わなくたっていいんだ!」
「虎徹さん? 言っている意味が分からないんですが」

ギュッと唇をかみしめて睨んだ後、顔をフイッと横にした。
なぜだろう……。
さっき、ユーリに打ち明けた時はこんなに言いづらかったか?
いやーごめんごめん! 自分の臭いって気付かないもんだよなー! とかいつもの調子で軽く言えばいいだけなのに……それが出来ない。
今思えば俺から加齢臭がしている事よりもそれが原因でバニーに避けられている事の方がショックだったように感じられる。

「そんな、泣きそうな顔をしないで下さい」
「え…?」

泣きそうってそんな顔をしてたのか?
目元を指で擦るが涙は出てないようだ。
バニーが俺に謝って来る。

「キスがそんなに嫌だとは……すみません。これはつまらない嫉妬なんです。あの人が虎徹さんに触れていたところを見て頭に血がのぼって……。貴方達が恋人同士なら僕がこんな事をしていいはずがないのに」

今度はバニーが泣きそうになりながら俺の胸に縋りつく。

「それでも虎徹さんを取られたくないんです。虎徹さんは僕の、僕の……っ」

俺はちょっと待ったー! とバニーにストップをかけた。
まったく言っている意味が分からん。
まず、誰と誰が恋人同士だって?
バニーは違うんですか? ときょとんっとしている。

「あのな。どうして恋人同士だなんてそんな事、思えるんだ! 今日はたまたま偶然会っただけだって」
「じゃあ、どうしてそのたまたま会った人とあんな親密にくっついていたんですか!」
「それは……っ」
「それは?」
「だから、それは……。確かめてもらって……いたんだよ」

当然バニーは何を? と聞いて来る。小さい声で俺は臭いと呟いた。

「臭い?」
「お、お前が一番よく分かっているだろ!? わざわざ聞いてくんな!」
「一体どういう事ですか? 僕には何の事だか分かりませんが」

この……っと思ってバニーを見ると本当に分かっていない顔をして俺を見下ろしている。
もしかして俺にあんな態度を取っていたのは臭いが原因ではないのか?

「え…っと、気になっていた事があるんだが」
「何ですか?」
「その、お前さ、俺が近づくと離れて行っただろ?あれなんでだ?」




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