後編




「あ、あれは……」

バニーの視線が一瞬泳いだが、真っ直ぐ俺を貫くように見て来た。
その強さにゴクッと喉が鳴る。

「虎徹さんが近くにいるとすごく身体が熱くなってしまって。心臓もおかしくなったと思うくらいドキドキするんです。まだヒーロースーツを着ている時は直接じゃなかったら大丈夫だったんですけど……」

お、おい。

「そんな自分に戸惑ってしまって。だけど虎徹さんが近づく程に耐えきれなくなってきて自分の中の何かが溢れる前に貴方から自ら遠ざかっていたんです」

そ、それって……まるで。

「でもさっき、貴方があの人に触られているのを見て、許せないと。なぜ貴方に触れているのが僕ではないんだとすごく嫉妬してしまって。この気持ちがなんなのかやっと分かりました。虎徹さん……っ!!」
「え、あ、はいっ」
「虎徹さんっ好きです!!」
「――っ!!?」

声を上げたバニーが俺に覆い被さって来て、ぎゅうっと抱き締められた。
予想外の事を告白され、すごく驚いたが加齢臭のせいでバニーに避けられていたんじゃないと分かって安堵した。
ホッとして身体の力を抜く俺にさっきからぴったりとくっついているバニーが視線を寄こした。

「虎徹さん、このままだと勘違いしてしまいますが?」
「あ? 勘違い?」
「分かっていますか? 今僕は貴方に好きと言ったんです。それなのに抵抗もせず僕に抱きつかれているなんて……自分の都合が良い方へ考えてしまいますよ?」

俺の中でバニーの告白も臭いが原因じゃないって分かった今、こうやって抱きつかれている事も別に嫌じゃなかった。
否定しない俺にバニーの顔が近づいて来る。
すぐに唇が合わさった。
舌が伸びて唇に触れたから軽く口を開けてやると、そっと侵入してくる。
ゆっくり俺の咥内を調べるように動いた。
慎重だったのはそこまでですぐに貪るようなキスに変わった。

「は、ふっ……ん、バ二……ッ」

勢いのある熱いキスを受けていると次第に身体が熱くなってくる。
俺も舌を絡めてキスに夢中になっていると突然バニーが口を離した。
あれ? なんでだ?

「バニ―?」

俺が呼ぶとニコリと笑ってチュッチュッと顔にキスを落としながら質問をしてくる。
――そういえばあの人に確かめてもらっていた臭いとは何の事ですか? と。
うわっ、その話しに戻るのかよ。
もう解決したんだからいいって、と言うと全く納得のいっていないバニーが目を細めた。

「僕はちゃんと打ち明けたのに虎徹さんは何も言わないんですか?」
「うっ」
「フェアじゃないですよね?」
「うっ」

だってよ、事情が分かった今、俺の加齢臭の話しなんてわざわざしなくなっていいいだろ!?
出来ればこの恥ずかしい勘違いは知られたくないっ!

「虎徹さん」
「……」
「そうですか、言わないんですか。やっぱりあの人とやましい事があったんですね」

ギラリと目を光らせバニーが怖い顔になった。
俺はそれはない! と慌てて否定する。
逆にこの必死な感じが怪しまれてますます疑われる。

「ッダ!! 分かった! 言うよ! 言えばいいんだろ!?」

笑われるのを覚悟してボソッと答えた。
お前に近づくと離れて行くからもしかしたら加齢臭のせいかもしれないと悩んでいた時にたまたま外であったユーリが臭いがするか確かめてくれるって言ってくれたからあの状況になったってな。
バニーは眉間にしわを寄せ、加齢臭? と聞き返してきたからなぜそう思ったかその経緯も話した。
すると顔を両手で覆ったバニーの身体が揺れ動く。
……けっ。どうせ笑うんだったら声出して笑えよ。
ぶすっとした顔をしていると……。

「かわいい……」
「ん?」

聞き間違えか? かわいいって聞こえたが。
まぁ、聞き間違えだろう。
そんな言葉が出てくる話しはしてなかったもんな。

「虎徹さん、かわい過ぎる……っ」
「ん?」

いや、聞き間違えだ。
俺がかわいいってそんなわけないしな。
――って、ぅおい!?
いきなりバニーが俺にダイブするように飛びついて来た。
上に圧し掛かられて、ぎゅぎゅーっと力強く抱きしめられる。

「虎徹さん!!」
「な、何だよっ」
「なんでそんなにかわいいんですかっ!!」
「はぁ!?」

バニーはうっとりとした瞳で俺を見つめてかわいいと何度も繰り返す。
大丈夫か、コイツ。
心配していると首に顔を埋めて来た。

「すごく良い匂いがします」

ユーリに石鹸のいい匂いがするって言われた事を思い出して、石鹸の匂いか? と聞くと違うと否定された。
じゃあ、なんだよ。

「これは虎徹さんの匂いです。虎徹さんだけが持つ匂いです」

体臭って事か? 自分では分からないんだが。
バニーはずっと匂いを嗅いでいる。
もういいだろう、とバニーの身体を押すとその手を取られてベッドへ縫いつけられた。

「そうだ、虎徹さん。さっきの話しの中で気になる事があったんですけど」
「なんだよ」
「どうして管理官兼裁判官をファーストネームで呼んでいるんですか?」

あのー……。バニーの目がめちゃくちゃ怖いんだが。
ビクビクしながら本人にそう呼んでくれと言われたんだよっと声を上げるとバニーが鋭く舌打ちをした。

「いいですか、虎徹さん」
「な、なに……」
「今後、あの人に近づいてはダメですよ」

ダメですよって……それは無茶な。
ヒーローやっている以上、お世話になるんだし。
もごもご言っていると無言でジーッと見つめられる。

「う……っ。ち、近づかなきゃいいんだろ!?」

ニッコリと笑ったバニーが頷く。
ふうっと溜息を吐くとコツっと額をくっつけて来た。
至近距離にあるバニーの顔。
まつ毛なげーなぁ。
顔も文句なしに綺麗だ。
かわいい女の子じゃなくてなんで俺を好きになったんだろうなぁ。
でも俺を選んでくれて嬉しく思う。
ちょっと顔がにやけてしまった。

「虎徹さん」
「んー?」
「好きです」
「あははっ、分かったよ」

俺が笑ったからバニーのご機嫌を損ねてしまったようだ。
ムッとしながらなんで笑うんですかと文句を言う。
だってよ、誰から見ても良い男がこんなおじさんに真剣で、でも少し不安も含めた熱い目で好きですだなんて言われたら、むずむずしてくるじゃねーか……心がさ。
きっと俺も知らず知らずのうちにこいつに惹かれていってたのかね。
だから今、バニーと同じくらいの熱が俺の中に生まれているのだろうか。
バニーは俺に、ぎゅーっと抱きついたまま、好きですと繰り返している。

「バニー」
「はい」

耳元で声がする。同時に息が耳に掛かってこそばゆい。

「俺も好きだぜ」
「……え?」

バニーがきょとんっとした顔を上げ、パチパチと瞬きした。
俺はもう一度好きだと告げた。
すると顔を真っ赤にして明らかに動揺し始めた。
お?

「虎徹さんっ。どうして貴方は……不意打ち過ぎますっ」
「そうか?」
「そうです! ああ、これからどうやって貴方に好きだと言ってもらおうかといろいろ考えていたのに」
「それは悪かったな」
「まったくです」

お互い顔を見合わせて笑った後、自然に唇が重なり合う。
しばらくキスに夢中になっていると下半身にゴリッと硬い感触がした。
それをぐいぐいと押し付けてくる。

「バニー…! ぁ…、当たって…んんっ」

チュッチュッと音を立てながらバニーが虎徹さん、男は初めてですか? と質問してくる。
俺は当たり前だろうという目を向けた。

「そうですか。それは良かった」
「えっと、バニー……その、やるのか……?」

臨戦態勢なバニーの感触を感じながらおそるおそる聞く。
すると意外な事にいいえと頭を振った。
今日いきなりはなぁ、と思っていた俺はホッとした……のだが。

「虎徹さんに無理を強いて嫌われたくないので段階を踏んで開発していきますね」

バニーはうきうきした楽しそうな顔をしている。
なんか開発……って聞こえたんだが気のせいか?
その事を指摘する前にまた口を塞がれてしまい、結局聞く事が出来なくてあまり深く考えなかった俺は、まぁ、いっかとキスの気持ちのよさに目を閉じた。




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