ウロボロスが突然の宣戦布告をした日からあっという間に緊張した日々が過ぎ去った。
バニーの両親殺しの犯人、ジェイクが死んであいつの心の整理はついたのだろうか。
そんな事を家で考えていると携帯が鳴る。
バニーからだった。

「どうした?」
『今、家ですか?』
「ああ。そうだ」
『……』
「バニー?」
『あの……。虎徹さんの家に行ってもいいですか?』

耳に入って来る虎徹さんの呼び方になんだか照れてしまう。
ジェイクとの決着の直後、不意打ちのように名前で呼ばれてすごく嬉しくてさ、一人で飲みに行っちゃったしな!
あん時の酒はうまかったなぁ。

『夕飯はもう食べたんですか?』
「いや、これからだ」

バニーはじゃあ、何か買って持って行きますと言って俺の家の住所を聞いてから通話を切った。
俺はあいつが来る前にローテーブルの上と床に転がっている酒瓶や空き缶を片付けた。
ざっと袋に入れてまあ、こんなもんかと部屋を見回しているとチャイムが鳴る。
ドアを開けるとバニーが両手に一杯袋を下げて立っていた 。

「そんなに買って来たのか」
「何を買って行ったらいいか迷ってしまって」
「ほら、中に入れよ」
「お邪魔します」

俺の家に来るのは酔っぱらったこいつをバーから連れ帰った日以来だ。
バニーはきょろきょろと家の中を見ている。

「どうした。この前来ただろ?」
「あの時は二日酔いだったし出動要請があったのであまり覚えてないんです」

まあ、確かになぁ。
俺も首を寝違えてあの後は散々だったしな。
それにしても……とバニーが溜息を吐く。

「もう少し綺麗に出来ないんですか?」
「あ?お前が来る前に片づけたぞ」

バニーから袋を受け取ろうと近寄るとまだ転がっていた瓶に足を取られてぐらりと身体が傾いた。
あ、やべっ!!

「うぉわっ!?」
「危ない!」

咄嗟にバニーが俺を掴んで引き寄せる。
勢いのまま俺の顔がバニーの鍛え上げられている胸にドンっとぶつかった。
うー、鼻を打った。
痛さにちょっと涙目になる。

「大丈夫ですか?普段から掃除した方がいいです……よ」

手で鼻を押さえながら見上げた俺とバニーの視線が合う。
なぜか固まるバニー。
え?まさか血でも出てるのか?
手のひらを見るが別に出血はしていない。

「そ、そんな目を向けないで下さい」
「え?何だって?」

声が小さくて聞こえない。
お前は斎藤さんか。

「こ、これ!どこに置いたらいいですか?」
「あ、ああ。この辺に適当に置いてくれ」

ローテーブルに買ったものを広げて行く。
やっぱり俺が行く庶民のスーパーとは違いゴールドステージのスーパーで買ったものは違うねぇ。
たくさん買い込んできた酒も銘柄は一流品だ。
いつもこうだったらいいなと思って毎日来いよだなんて冗談で言ったら驚いたように目を丸くして そわそわし始めた。
さっきから何か変だな。

「そういえば、お前からウチに来るだなんて珍しいよな」
「来ては迷惑でしたか?」
「迷惑って事はねえよ」

はっきりと否定するとバニーはホッとした表情になる。
肴をつまみながら酒を飲み始め、少しバニーの心境に触れてみた。

「お前さ、今、どうだ?」
「どう、とは?」
「ウロボロスの事だよ。お前の親を殺したジェイクが死んだだろ?だからその……心の整理は ついたのかな……とか」

酒を一口飲んだバニーがふと笑った。

「心配してくれてるんですか?」
「まあな」
「大丈夫です。ジェイクの動機やウロボロスの謎、分からない事はまだありますけど 自分の中で一区切りついたというか」
「そうか、それは良かった」

穏やかそうなバニーを見てホッとする。
これなら心配は無用だな。
それになんだか最初の頃のバニーと比べると今はつんつんした態度が無くなったよな。

「顔がにやけてますけど?」
「おお、そうか?」

バニーに指摘されて頬を撫でる。
お互いぶつかった時期もあったけど今のような感じになってよかったよ。
なんたって……。

「虎徹さん、これ食べます?」
「食う食う!」

虎徹さんって呼んでもらえるのはやっぱりいいねえ。
たわいのない話しをして酒も随分進んだ頃、バニーが俺を真っ直ぐ見た。
酒で顔が赤いが眼差しは真剣だ。

「僕は今までずっと一人だと思っていました。両親が殺された日から復讐の為だけに 生きる日々。マーべリックさんやサマンサおばさんからもお世話になっていますが 僕の孤独感が埋まる事はなかった。でも、貴方と出会ってから 少しずつ僕の中に浸透し始めたんです」

酒を飲むのを忘れ俺はただパチパチと瞬きをしながらポカンと目の前の男を 凝視した。

「最初は本当になんだこの人は、って思っていたんです。だって今まで僕の領域に 無遠慮にずかずかと入って来る人なんていなかったから。でもいつの間にか貴方に魅せられている 自分がいて……一緒にいると心が満たされていくそんな感じがして」

えっと、なんだかすごく顔が熱くなって来た。

「貴方に信じてもらえなかった時は本当に悔しくて悲しくて……。でも最後、怒りに震えてた 僕を見る貴方の信じるという眼差しを見てジェイクを殺さずに済みました」

結果としてヤツは死んでしまいましたがとバニーは苦笑いをする。
俺に感謝していると面と向かって言われて思わずおじさんウルっとしてしまったじゃないか。

「お前が頑張った成果だろ」
「違いますよ。きっと僕がどんなにがんばったところで貴方がいなかったら今の自分は存在していません」
「バニー……ちょっと待った」
「虎徹さん?」

俺はもう涙腺が耐えきれなくて顔を両手で覆う。
本当にお前変わったよ。
うーヤバイ、涙が出てきそうだ。
必死に泣きそうになるのをがまんしてニカッとバニーに笑った。

「ま、何はともあれ今、俺とお前がこうしてここで酒を一緒に飲めてこれほどいい事はないな。 すべて上手くいったおかげだ」
「そうですね」
「これからもよろしく頼むぜ、相棒!」
「こちらこそよろしくお願いします、先輩」

そう、ここで酒をセーブしておけば後々俺を悩ませる種を蒔かずにすんだのだ。
しかし浮かれていた俺の頭にそんな事なんか想像できるはずもなく、バニーと会話をしながら いつも以上に飲んでしまった。
眠くなってきた俺はずるずるとソファーに横になる。

「虎徹さん、寝ちゃうんですか?」
「ん……」

目を瞑って返事をする。
そのまま寝たら服が皺になりますよと言わるがいつもそのまま寝てるからと寝入りながら 答えた。
ちゃんと言葉になっていたのか怪しいが。
何度もしつこいぐらいにバニーから名前を呼ばれる。
悪いな……もう俺寝るわ。
何か色々と言われたけどうんうんと適当に相槌を打ちながら夢の世界に旅立った。




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