前編 いつものように俺の部屋でキオとジュリーとお菓子を食べている時、ある物語を話したのがこの後の騒動のきっかけだった。 「おとーさん! やろう! ジュリーはまじょやる!」 「え? やろうって実際にやるって事か?」 「うん!」 別にそれはいいけどさ、普通、役を選ぶなら主人公のお姫様じゃないか? わざわざ悪役の魔女を演じなくても。 「ジュリー、せっかくだからお姫様の方にしたらどうだ?」 「まじょがいい!」 なぜかジュリーは魔女が気に入ってしまったようだ。 本人がそうしたいって言うならまぁいっか。 でもお姫様がいないと物語は始まらないぞ? 「キオ、お姫様……」 「僕、小人がいいです!」 キオが目を輝かせてシッポを左右にパタパタと振る。 「それはいいけど……お姫様がいないんだが」 キオとジュリーが俺を見ている。 ……? ジィーッとキオとジュリーが俺を見ている。 ……!? 「おい、まさか」 「ご主人様がお姫様です」 「おとーさんがおひめさまね!」 おいおい、勘弁してくれよ……。 木や草の役の方がまだいいよ。 俺が項垂れている間にジュリーがローテーブルに置いてある果物の籠からリンゴを取り出す。 キオは鏡を用意した。 「かがみよ、かがみーいちばんかわいいのはだぁれ?」 「それはご主人様です!」 どうやらキオは鏡役もするらしい。 ジュリーは怒った顔になって鏡にもう一度聞いている。 その姿がかわいくて俺の顔がにやけてしまう。 もしかしたらジュリーは役者に向いているかもな。 将来は女優になったりとか。 あ、こっちってそういう職業とかあるのかな? 「ご主人様、僕は出掛けて来ますから怪しい人が来てもここから出てはだめですよ」 「ん? ああ、分かった」 どうやら俺が座っているソファーが小人の家のようだ。 キオはソファーから離れて部屋の隅に行く。 その間に膝かけを頭から被り魔女に扮したジュリーがリンゴを持って近づいて来た。 「おとーさん、おとーさん、リンゴをどうぞ」 「困ったなー。小人から出てはいけないって言われているんだよなぁ」 「このリンゴおいしいんだよ。おとーさんたべて」 必死にリンゴを差し出して来るジュリー。受け取るかどうか悩む振りをしてからリンゴを受け取った。 そしてひと口齧る。 話しの中でここが見せどころの一つなので大げさに演技をした。 「うまいリンゴだなー……うっ!」 齧ったリンゴはローテーブルの上に落とし、首元を押さえながら苦しげにソファーに倒れる。 「ううっ、苦しい〜」 「ご主人様ー! 何て事だー」 キオが駆け足で来て、俺の傍で嘆く。 ついでに魔女役のジュリーも一緒になって心配して来る。 ジュリー、そこは演技が違うぞ。 そういえば……この後のクライマックスに必要な王子様役がいなかったな。 ま、いっか。 これで終わりって事で。 「誰がご主人様に毒をー!」 「おとーさん! 死なないでー」 すると、ジュリーが顔を近づけて来て俺の頬にキスをした。 ジュリーの行動に驚いた後、クスリと笑った。 王子役をしているつもりなんだな。 じゃあ、キスを受けた俺は復活しないと。 だけど……。 「だめー! ちがうの!」 「? 何がダメなんだ?」 「ほっぺじゃないの。くちにちゅーするの」 「え?」 確かに物語的にはお姫様と王子様は口と口だけど……。 「ジュリー、頬で十分だよ」 「やーーーー!!」 「口は好きな人とだな……」 「ジュリー、おとーさんすきだもん!」 ああ、好きだと言ってくれるのは嬉しい。 だがな、俺に対するジュリーの好きは種類が違うんだよ〜。 どう言ったら伝わってくれるんだろうか。 「ちゅー!」 「ジュリー、ダメだよ。ご主人様はセルファード公の伴侶なんだから」 キオがジュリーに注意をした。 だけど、ジュリーはぷいっとそっぽを向く。 「セルファード公に怒られちゃうよ」 「だいじょうぶだもん」 「怒ったらすごく怖いよ」 「こわくないもん!」 宥めるキオとむきになって反論するジュリー。 キオが頼りになるお兄ちゃんに見えるなぁ。 二人のやりとりを見ながらローテーブルに置いたさっきのリンゴを手に取る。 何気なくまたひと口、齧った。 咀嚼した時、タイミング良くジュリーが俺に抱きついて来て頭が俺の喉に激突する。 「ぐっ!?」 そのせいでリンゴが変なところに入ってしまった。 咳が出始め、止まらなくなる。 「ごほっ、ごほ、ごほ、ごほ!……うっ、ぐ、ごほっ!」 「ご主人様?」 「おとーさん、だいじょうぶ?」 顔を真っ赤にして苦しげに咳をしている俺に対して二人とも演技ではないと分かって顔色が変わる。 「ご主人様大丈夫ですか!?」 キオが心配そうな顔をして背中を擦ってくれる。 それでも咳は止まらない。 「僕、先生呼んできます!」 「ま、待て……ごほっ、ごほっ、キ、オ……ごほっ!」 セバスさんを呼ばなくてもいいって!! 大ごとにしないで! 咳のせいで呼び止める事が出来ず、キオは部屋を出て行ってしまった。 「おとーさん、どくリンゴたべちゃったー! しなないでー!」 いや、毒違うから。 俺は死なないから。 「どくリンゴー!」 「ジュ、リー、ごほっごほっ!」 ジュリー、落ち着つくんだ。 ……落ち着かせなきゃいないのは俺の咳なんだけど。 うー、しかし全く止まる気配がない。 めちゃくちゃ苦しい! 「おとーさん!」 涙目になって不安そうに俺を見ているジュリーに大丈夫だと言いたいが咳が邪魔をして言葉が話せない。 その時、部屋の空気が変わった。 突然、現れたのは……この屋敷の主であるジルだ。 仕事から戻って来たのか。 いつもならお帰りと言うんだが、今は無理! 無言無表情のまま、近づいて来てジュリーの首根っこを掴んで持ち上げた。 おい、そんな持ち方するなよ! 「やーーー! はなして! ジュリーおとーさんをたすけるの!」 「……」 「ちゅーしないとおとーさんがしんじゃう!」 「……」 リンゴがどうした毒がどうしたとジュリーなりに状況説明をしているのだが容赦なく冷たい視線を向けるジル。 だから、もっと優しい眼差をしてくれよ。 相手は小さなかわいい女の子だっていうのに。 そうこうしている内に咳が収まってきた。 あーよかった! 取り合えず、ジルからジュリーを取り返さないと。 長い事、咳が出ていたせいで目から涙がこぼれそうになる。 手で拭いながらジルを見上げた。 「ジル……」 ジュリーを俺に寄こしてと言う前に、なんと! ジルはジュリーをポイッと空中に投げた。 何てことするんだ!!このバカがーー! ジュリーの身体は綺麗に弧を描きながら部屋のドアの方へと落ちて行く。 俺は急いで駆け出そうとしたけど後ろから抱きつかれた。もちろんジルにだ。 「離せ……っ!!」 ジルの腕を振り払いながら目はジュリーを追う。 ドアにぶつかりそうになった時、タイミング良くドアが開いた。 そこから現れたセバスさんがジュリーをキャッチする。 その後ろからキオも来た。 ジュリーを抱き上げながらセバスさんは俺とジルを交互に見るとニッコリと笑って頷き、一礼してドアを閉めた。 あ、あれ? 部屋には俺とジルだけ……。 「ちょっと待って! セバスさん、待って〜!」 俺も一緒に行くーー!! 駆け出そうとしてもジルの腕が俺を捕えていて自由に動けない。 「ジル、離してくれ……んっ!?」 ぐるりと回転させられてジルと向かい合わせになったと思ったら唇を塞がれた。 音を立てながらしつこいくらいにキスをされる。 くやしい事に身体から力が抜けていってジルにしがみ付いた。 だけどそれもジルに支えられているから立っていられているようなものだ。 それにしてもなんでこんなにキスをされているんだ! 「ん、ちょっ……はっ、ジル、んんっ!……もう、あっ!」 唇が吸われ過ぎてひりひりしている。 それでもまだジルは飽きないのか俺をソファーに押し倒してからもずっと、ちゅーちゅーちゅーだ! 「聖司」 ジルが俺の頬を両手で包み、観察するように見て来る。 俺もジルをジッと見てしまう。 少しの間、そうしていたら、ジルが俺に密着して擦り寄って来た。 髪が首元に触れてくすぐったい。 「聖司、毒とはなんだ」 「え? 毒?」 もしかしてさっきジュリーが勘違いして騒いでいた話しか? ああ、だからしつこいくらいにキスしてきたのか。 理由が分かってちょっとにやけてしまう。 俺を死なせない為に必死だったんだな。 「毒はジュリーの勘違いだよ。キスや毒云々は俺が話したある物語の内容なんだ」 毒リンゴを食べた相手を助ける為にはキスが必要なんだと簡単に説明をした。 俺が齧ったリンゴを指差しながらさっきまでキオ達と演技をして遊んでいたんだよと言ったらなぜかジルが食べかけのリンゴを齧った。 そして俺を見て来る。 「ジル?」 「聖司」 「何?」 「聖司」 「だから、何って……うわっ!」 いきなり引き寄せられ、ジルの息が掛かるくらい、顔が近くなった。 そのまま、唇が合わさると思ったらキスはせず、撫でるように動かしている。 くすぐったくて顔を離そうとしたら唇をくっつけたまま、一言、言った。 「キスを」 「へ?」 ……キスを? ……キス? 俺の頭の中で七人の小人達がキスキスと連呼して飛び跳ねている。 ま、まさかさっきジルがリンゴを食べたのは……。 「聖司」 「!?」 唇をくっつけて話すのは止めろ。 俺がぎゅっと唇を閉ざしていると、ペロリと舐められ、嫌かと聞かれた。 「……っ」 べ、別に嫌じゃないけどさ、嫌じゃないけど……。 俺は少し間を空けてから触れている状態のジルの唇へさらに押し付けるようにした。 するとジルはそれだけでも満足だったらしく、機嫌よさそうに口角を上げた。 ちゃんとしたキスをしたらもっと喜んでくれるのかなと思ったけど今は恥ずかしいので、また今度なと心の中で呟くだけにしておく。 ジルの背に腕を回して抱きしめる。 ほぅっと息を吐き、直に感じるジルの体温に安心して目を閉じた。 main next |