中編




……。
………まぁ、アレだ。

ジルがこのまま大人しくしているわけがなかった。

「……おい、首を舐めるのは止めろ。今日はしないからな」
「……」
「そんな目をしたってしない!」
「……」
「しないって言ってるだろ!」

俺とジルのにらみ合いが続く。
先に逸らしたのは俺だけどジルの胸に顔をくっ付けて抱きつく。

「俺は、こうしていたい」

ぎゅっと腕に力を入れる。
するとジルも俺を抱きしめた。
ホッとした瞬間、浮遊感が俺を包む。
そしてふわふわの大きなベッドに落とされた。

「だーかーらー!!俺はしないって」
「聞かせろ」
「え?」
「話を」

腕を引っ張られて抱きよせられ、そのままベッドに横たわる。

「話って……物語の事?」

意外だ。
物語に興味を持つなんて。
取り合えず、ジュリーに話した物語を聞かせてあげた。

「で、王子様のキスで目覚めたお姫様は……その後、幸せに暮らしましたとさ。おわり」

話し終えた俺はふわっと欠伸をする。
んー、眠くなって来た……。
眠……眠…い……。

「ふぎゅっ!」

頬をムンギュッと掴まれて変な声を出してしまった。
せっかく良い感じで眠りにつこうとしていたのに!

「何すんだよ!」

文句を言うと俺の頬を触ったり、つまんだりしながら見つめて来る。
……まだ寝るなって事か?

「話しをしろ」
「えっと、それは物語?」

頷くジルに俺は違う話を思い浮かべる。
何しようかなと迷いながら、かぼちゃの馬車で舞踏会に行きガラスの靴を落としてしまった話しや、 獣の姿の王子様がお姫様のキスで元の姿に戻る話しをする。
聞いているジルはなんだか親に本を読んでもらっている小さな子供のような気がした。
俺もよく小さい頃は親や兄貴に本を読んでもらっていたもんな。
ジルは早くに両親を亡くしているけど、幼い時はこういう事をしてもらったのかな?

「なぁ、ジル。こっちには物語ってないの?」
「知らん」
「……そっか」

俺はこれ以上は何も聞かなかった。
その代わり最後にもう一つ物語を話す。

「えっと、上半身は人間で下半身が魚の姿の人魚って呼ばれている生きものが海にいるんだ。人魚の お姫様はある日、海で溺れていた王子様を助けて陸まで連れて行くんだ」

違う種族。
許されない恋。
それでもお姫様は自分の声と引き換えに人となって会いに行く。

「だけど……王子様は別の女性が己を助けてくれたと勘違いしていた。 お姫様は声が出なくて事実を伝える事が出来ない。 恋が実らなければ泡になって消えてしまう。 でも、王子様にお姫様とは違う女性との結婚が決まってしまった。 そんな時、お姫様のお姉さんが来て短剣を渡してくれたんだ」

お姫様が泡にならなくてもいい唯一の方法。
それは短剣で王子様を殺す事。

「結局さ、お姫様は王子様を殺せなくて海に身を投げて泡となって消えちゃうんだ」

小さい頃この話しを初めて聞いた時すごく悲しくなった事を覚えている。

「なぁ、もしジルが人魚のお姫様だったとしたら王子様をどうする?」
「殺す」
「……そうですか」

ダメだ、ジルに聞いた俺が間違いだった。
ふと、軽い感じで俺が王子だったら?と聞くと……。
少し間を空けてから答えた。

「殺す」
「……!」

やっぱり俺殺されるのか。
まぁ、泡となって消えるなんていう儚さはジルの性格上ないだろうけどさ。
殺す宣言されるとちょっとショックだよな。

「お前を狙っているヤツを」
「え?」

狙っているヤツって、結婚する予定の女性を言っているのか?

「聖司は俺のものだ」
「……!?」
「誰にも渡さん」
「……!!?」

真剣な目で俺を見つめながらそんなセリフを言わないでくれ!
あ、なんか顔が熱くなって来た。
うーっと声を漏らして視線を逸らす。

「な、なんかジルが主人公だと勇ましい物語になりそうだよな」

もし、俺がお姫様の立場だったらと考えたら……。

「俺だったら、やっぱり……殺す事は出来ないかな」

相手はとても好きな人だ。
俺だったら……ジル。
ジルを短剣で刺すだなんてそんな事は出来ない。

「うん、俺もお姫様と同じようにきっと泡になる事を選ぶと思う」

するとジルは怒った顔をして理由を聞いて来る。

「王子がジルだったら俺は……殺せない」
「なぜ」
「だって、好きな相手をどうして殺そうと思うんだよ。好きな人を殺して生きるだなんて……」
「好きか」
「……ハッ」

俺、何気に好き好きを連呼してたっ。
ちらっとジルを見ると無表情のようだが上機嫌になっている。
しかし、ふいに表情を消し、俺を抱き込んだ。

「ジル?」
「伴侶といえども殺す事は出来る」
「え?」
「それはいともたやすく」
「な、何?」

ジルの言っている意味が分からなくてただ困惑する。

「聖司、刺してみろ」
「は?」

ジルは上半身を起こしベッドに座る。
そして指で心臓の上をトントンと叩く。
そこを的にしろということか。

「意味分かんないんだけど」
「刺せ」
「刺すも何も短剣なんてないじゃん」
「なくてもいい」
「刺すふりって事?」

ふりでもなんでもその行動をしたくなくて俺はむきになって嫌だと 拒否をする。
さっき、ジルは刺せないって言ったばかりだっていうのに!
だけどジルは俺の腕をひっぱり、やれと有無を言わせない声を出す。

「……なんなんだよ」

近づいて渋々、刺す真似をする。
しかし俺の手がジルの胸に届く寸前――視界が回った。
背にベッドの感触、俺の腰の上にジルが跨っている。

「え?ええ?ジル?」
「分かった」
「な、何が?」
「そういう事か」

ジルは俺を見下ろして来る。

「今、理解が出来た」
「だから何が?」
「聖司」
「ん?」
「お前が望むなら俺を殺せ」
「はぁ!?」

コイツバカじゃねぇの!?
ついさっき俺は殺さないっていう選択をしてたじゃんか!
すごく腹立って来た。

「おい、ジル!俺はな、どんな事があったってお前を殺すだなんて思わないからな! 今後、自分を殺せだなんて言ってみろ!伴侶なんて止めてやるからな!」
「伴侶を止めるだと……」
「そうだよ。……ジル?」

あれ?ジルの機嫌がとても悪くなってしまっている。
いや、おかしいだろ。
殺すのは良くて伴侶を止めるのはダメなのかよっ。
意味分かんねえ!
ジルの深紅の瞳がメラメラと燃えている。
やばい。
これは逃げた方がいい。
だけど、ジルが俺の上に乗っていて動けない。

「は、伴侶を止めるのはジルが殺せって俺に言った時だって!今じゃないって!」
「聖司」
「言ったはずだ」
「……何を、でしょうか?」

ジルの顔が近づいて来て触れるだけのキスをされる。
そのまま横にずれて耳を舐められた。
ビクッと身体が反応する。
そして耳に唇を押し当てて低い声で囁いた。

「聖司は俺のものだと」

まさに自分のものだと言わんばかりに俺の身体を好き勝手に触って来る。
服の下に入って来た手を掴んで阻止しようとしたが、あらゆる形で触れて来るジルに 身体が支配されていく。
抵抗する言葉も力もジルの熱に呑み込まれてしまってしまった。

「やだっ……ジル、ああっ!」

激しく俺を揺さぶるジル。
自然とのけ反る背中。
体内に放出される熱。
歓喜に震える身体。

「も、ダメ……ジル、ん、やだ……」
「聖司」
「だ、め……」
「聖司」
「ぁっ!ジル、ジルッ」

体位を何度も変えられていつものようにジルが満足するまで……ヤられてしまった。




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