後編




次の日、俺は腰を擦りながら、仕事に行って屋敷にはいないジルの愚痴をみんなに零す。
もちろん何をされたとかは秘密だ。

「まったくさ、ジルは意味の分からない事を言う時があるよな!」
「そこにマスターの愛があるんじゃないの。殺してもいいだなんて愛がなければ言えないわよ〜」

ヴィーナが俺の頬を突っついて来る。
ていっとその手を叩き落とした。

「俺は殺さないって!」

会話した内容を聞いていたセバスさんが珍しくさっきから考え込んでいる。
俺が名前を呼ぶといつものようにほほ笑んで紅茶を入れ始めた。

「聖司様、ずっとジハイル様のお傍にいて差し上げて下さい」
「セバスさん?」
「あら〜、言われなくったってずっと一緒よねー」
「ちょっ、ヴィーナ!頬を突っつくの止めろって!」

そろっと寄って来たジュリーがソファーに上がって来てつんつんっと俺の頬を指で突っつく。

「ジュリー!?ほら、ヴィーナの真似をしちゃったじゃないか!ジュリーいけません!」

俺が怒ったのが不満だったのか眉間に皺を寄せて頬を膨らませている。
ああ、女の子がそんな顔をして。
いじけて俯いた後、ジュリーがそっと上目遣いで見て来る。

「ちゅーは?」
「ちゅー?ちゅーもダメだって」
「でも、ママとパパはジュリーにしてたよ」

あ……。
う、うーん。
家族という意味のキスなら問題ないよな。

「えっと、頬にちゅーなら……」

いいよと言いかけた時、ヴィーナが横から、ダメー!っと声を上げた。

「ヴィーナ、家族的な意味のキスだって」

変な風に誤解されたら嫌なので必死に説明をする。
すると。

「そういう事じゃなくて、根本的に聖ちゃんがマスター以外にキスをするのがダメなの!」

俺は首を傾げ、何で?という顔をした。

「その顔は分かってないわね。とにかく、チビッ子がマスターに消されたくなかったら キスはしない事ね」
「消されるって……」

ローテーブルに紅茶を置いたセバスさんもヴィーナの意見に肯定した。
マジか……。

「ごめんな、ジュリー」
「おとーさん、ちゅーしてほしいの」

俺にくっついて離れないジュリーにヴィーナがニヤリと笑う。
あ、怖い。

「チビッ子、そんなにちゅーして欲しいなら私がしてあげるわよ?」

ほら、来なさいと手を伸ばす。
ジュリーは目を見開いて俺から離れ、セバスさんの後ろに隠れた。
そして顔だけ出して叫ぶ。

「やーーーっ!!」
「まぁ、なんて失礼な!」

本気でヴィーナを嫌がっている様子に笑ってしまった。
断然、俺より美形のヴィーナにキスをしてもらったほうが女の子は喜びそうだと思うんだけど、 どうやらジュリーは違うらしい。

「ちょっと、聖ちゃん笑い過ぎよ」
「だって、あはははっ!」

部屋のノックの音がしてキオが出来たてのおやつを持って来た。
ジュリーはおやつの匂いに反応してキオの傍に行く。
涙が出ている目を擦りながら兄妹のように見える二人に提案をした。

「なぁ、ジュリー、キオにちゅーしてもらいなよ」
「おにいちゃんに?」
「そう、キオはジュリーにとっておにいちゃんだろ?ママとパパと同じ家族だ。 キオもいいか?」

ちゅーの経緯をキオにするとシッポが左右に揺れる。

「はい!ジュリーは僕の妹って事ですね!」
「おにいちゃんはジュリーのおにいちゃん!」

キオとジュリーは手を繋いでテンション高くはしゃいでいる。
セバスさんに注意されたキオは恥ずかしそうにでも嬉しそうに俺におやつを出してくれた。
今日のおやつは……やった!フルーツのタルトだ!
俺、これ大好き!
タルトを頬張りながらキオに絵本を読んでもらっているジュリーを見て昨日疑問に思った事を思い出した。

「セバスさんって昔からここにいるんですよね?」
「そうですよ」
「じゃあ、ジルが生まれた時の事も知っていますよね?」
「ええ、もちろん」
「あの……ジルってお母さんに絵本とか読んでもらったりとかしてました?」

セバスさんはその当時の記憶を辿った後、否定した。
そっか……。

「ですが、ジハイル様の母君は歌をうたう事が好きでしたからよく幼いジハイル様に聞かせてあげていましたよ」
「歌を……」

セバスさんはほほ笑んで頷く。
へー、どんな歌だったんだろ。
帰ってきたら聞かせてもらおっかな。

「今日ってジルはいつ帰って来るの?」
「夕食前に戻られる予定ですよ」
「そっか」

そこでヴィーナが立ち上がった。

「これからマスターの所に行く用事があるからついでに言っておいてあげるわ」
「何を?」
「聖ちゃんがマスターに会いたくて会いたくて今にも寂しくて消えてしまいそうだと言ってたって」
「はぁ?そんな事は言ってないだろ!?」

ヴィーナは笑いながら部屋を出て行ってしまった。
本当に止めてくれよ……っ!
そんな事、言ってしまったら今日も俺の身に良くない事が起きそうだ!
絶対、安眠の時間が無くなる!
慌てて部屋を出て廊下の先を歩いているヴィーナに向かって言わなくていいからー!!と叫んだ。
振り返ったヴィーナは俺にパチンっとウィンクして去って行った。
だ、大丈夫だよな……?
大丈夫だよな!?

「セバスさん……」
「きっと、予定より早く戻られますよ。良かったですね」

ホッホッホと笑うセバスさん。
良くないよ!!


そしてセバスさんの言う通り、二時間後にはジルが帰って来て、俺は逃げたけど捕まり、 ジルの部屋へと連れて行かれてしまったのだった……。




main