中編




「セルファード公、この度はモルドモンテにお越し下さいましてありがとうございます」

深く頭を下げるヨルド統括長。
セルファード公は無表情、無言で椅子に座っている。
まだ2回しか直接お目にした事がない自分の主が目の前にいるとういう驚きは、すぐさま身体が震え出す程の緊張感に変わった。
耐えられなくなって視線を動かすとセルファード公の 向かいの席に座っているセイジ様と目が合い、嬉しそうに手を振ってくれた。
思わず手を振り返しそうになったがすんでのところで抑えて被っていたトックブランシュを取って 頭を下げた。
ヨルド統括長が対応している間にレンザク料理長と俺は先に退出する。
これからお出しする料理を作る為に。

「リック、お前に指名が入っていたな」
「はい」
「俺がサポートする」
「え?レンザク料理長が?」

料理長がサポートだなんて聞いた事が無い。
でも、それはとても心強い。

「お前が出す料理に口出しは一切しない。好きなように作れ」
「はい!」

俺はセルファード公が治める領地、イクニスで取れた旬の食材を使う事に決めた。
前菜からスープ、そしてメインディッシュ。
すべてセイジ様とセルファード公の事を考えて作り上げていく。
最後にオヌランを使ったソースをこんがりと焼いたドドに絡ませたメインディッシュが出来た。
ソースを味見をしたレンザク料理長が頷いた。

「オヌランを使ったか。ボボドブとクレクレックもよい隠し味になっている」

さすがはモルドモンテのシェフ・ド・キュイジーヌ。
一舐めしただけで何を使ったか分かってしまった。
メインディッシュがヨルド統括長に運ばれていく。
本来なら、給仕がするのだが、相手はこの地を治めているセルファード公だ。
へたな対応は命取りになる。
それなのに俺に全ての料理を任せてくれたレンザク料理長へ感謝の言葉を言った。

「俺にやらせてくれてありがとうございました」
「元々お前が指名されていたんだ。別の者が担当する事はできないだろう。俺に礼なんて言う必要はない。ほら、ヨルドが呼んでいるぞ。行って来い」
「はい」

俺はヨルド統括長と共にセイジ様とセルファード公がいる個室へ向かう。
ノックの後、入ると笑顔でセイジ様が迎えてくれた。

「リック先輩!どの料理もめちゃくちゃおいしかったよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「ジルもおいしいって言ってたよ」

……ジル?
そんな者はこの部屋の中にいないが……。
セイジ様はセルファード公にさっき頷いただろ?と確認をしている。
ままままさか、ジルってセルファード公の事!?

「あ、そうだ。リック先輩に謝ろうと思って。手紙には明日行くって書いて出しちゃったんだけど、 出した後にさ、予約が必要だってヴィーナから聞いて慌てて予約を取りに行ってもらったんだ。でもやっぱり一杯で、前日ならちょうどキャンセルが入ったからって事で取れたんだ」
「あ、セルファード公なら明日でも……」

セルファード公の名前を出せばなんとかしたはずだ。
セイジ様は頭を左右に振る。

「ヴィーナもジルの名を出せばいいって言ってたけどさ、それはずるいじゃん?結局、誰かの予約を断るって事だろ? ジルの名前を出したらそうなるし、気を使わせてしまうかなって思って俺の名前で予約したんだけど」

結局ばれちゃったねとセイジ様は苦笑いをして頭をかいた。
そして向かいにいるセルファード公に文句を言う。

「ジルがそんなに目立つ顔をしているからバレたんだぞ。っていうかみんなジルの顔知っているんだな。 ここに案内してくれた女の子も知ってたし」

セルファード公の容姿は領地内外で有名だ。
領主の肖像画を家に飾るのは一般的なのだが、強制的に飾らせている所もあれば自主的に飾っている所もある。
イクニスの場合は後者だ。
誰だって美しいセルファード公の肖像画は飾りたくなる。

「そういえば、ここにはお二方で来られたんですか?」

いつもセルファード公のお傍にいるヴィーナさんやレイグさんの姿がなかったので気になってしまった。
するとセイジ様は二人なら外で待っていると教えてくれた。

「せっかくだからみんなで食べた方がいいと思ったんだけど、外で待ってるって言うからさ」

なるほど、二人の時間を邪魔しないようにという配慮なのか。
ではそろそろ俺も戻った方がいいな。

「セイジ様、この後もごゆっくりお過ごし下さい」
「うん、今日はとてもおいしい料理ありがとうございました!」

にっこりと笑うセイジ様に頭を下げて厨房に戻る。
なんだか夢のようだった。
やりきった安堵感と達成感といろんなものが混じり合って頭がふわふわしている。
セイジ様にたくさんおいしいと言ってもらった。
それに直接、お言葉を頂いた訳じゃないがセルファード公にもおいしいと感じてもらえたようだ。

「やったぁーーーー!!」
「うるさい!!」
「いてぇっ!」
「まだ、お前の客がいるだろ、さっさと気持ちを入れ替えて作れ!」

レンザク料理長の鉄拳が俺の頭に落ち、こぶが出来た。
後ろからくすくすと笑う声が聞こえてくる。
振り向くと、ちょうど料理を持って行こうとしていたユリルが。
げ、いたのか。

「よかったですね」
「よくないって。見てみろよ、このこぶを」
「違いますよ。好きな方に褒められたのでしょう?」
「だっ、だから、好きな方じゃっ」
「うふふふ」
「ユリル!」

そのままユリルは行ってしまった。
……確かに好きな方だったさ。
セイジ様の笑顔を思い出して胸元をぎゅっと握った。
その想いを閉じ込めるように。








最後のお客様から呼ばれ、満足だったとお褒めの言葉をもらって厨房へと戻ろうとした、 その時。
通路の曲がり角で走って来た誰かとぶつかった。

「うわっ」
「……っ!」
「あ、れ?ユリル?――おい、どうしたんだ、その格好は!」

ユリルの給仕服のブラウスは引き裂かれたように破かれている。
髪も綺麗にお団子になっていたのに乱れてしまっていて 何より、蒼白になっているユリルの頬がまっ赤に腫れていた。

「誰にやられたんだ!」
「わ、私の事はいいんです!それよりも早く、ノイジュ・ルエへ!」
「ノイジュ・ルエ?」

ノイジュ・ルエとは予約の対応をする部屋だ。
一体、そこで何が。

「エンゲル様が明日の予約が出来ないのはどうしてだとお怒りになられて、私の悲鳴に気付いた セルファード公のお連れの方が……っ!」

セルファード公のお連れ……?
ま、まさか。

「セルファード公は!?その時、ご一緒ではなかったのか!?」
「いえ、お連れの方だけです!」

――セイジ様っ!!

「ユリルは急いでヨルド統括長に知らせろ!」
「はいっ!」

俺はノイジュ・ルエまで全速力で走る。
エンゲルは金に物を言わせるサイテー野郎だ。
イクニスの隣の領地、ウィーダルの大商人で何回もヤツとはトラブルがある。
難癖をつけるのが趣味なのか、わざと料理を投げつけたり、今回のように希望の予約が取れないと脅してくる時もある。
いつもはヨルド統括長が対応していたが 今回は予想外の来店にユリルが出くわしてしまってノイジュ・ルエに通したんだろう。
そしていつものように理不尽な事を言ってユリルを襲ったに違いない。
セイジ様がなぜかそれ気付いて……。
どうしてそのような場所にお一人でいたのだろうか。
いや、今はそんな事よりも。

「セイジ様に何かあったら……っ!!」

大きな不安を抱いてノイジュ・ルエのドアを勢いよく開けた。
そこで俺が見たのは……。
でっぷりとした豚のような男がぐったりと横たわって動かないセイジ様の上に跨っている 光景だった。




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