前編




僕のご主人様の名前は高野聖司様と言います。
とても心優しい素敵なレヴァの一族の方です。
そしてあの有名なセルファード公の伴侶の方でもあります。
そんなご主人様に仕える事が出来てとっても幸せです。
けれどヴァルタである僕は出来損ないなのです。
ヴァルタ族は皆、闇夜の深い黒の色をしているのに僕だけ白色です。
そのせいで両親からも兄弟達からも疎まれていました。
認めてもらえるようにがんばりましたが結局、僕に使えた力は防御と治癒だけでした。
ヴァルタ族は攻撃力で評価されるのでいつまで経っても役に立たない僕を恥じた父は ベルローズの名を守るために家から追い出しました。
ヴァルタ族の中でベルローズというのはとても力のある格式高い家なのです。
縁を切られた僕がそこへ戻ると言う事は家名を汚す事になり許されません。
行くあてもなくただ生家に背を向けひたすら歩きました。
どうしたらよいかまったく分からず途方に暮れて泣いているといつの間にか大草原に辿り着きました。
そこで大量の魔物に襲われてしまい必死に逃げている途中、 魔物以外の誰かが大草原にいる事に気が付いて助けを求めようとそちらへ走りました。
だけど振り切る事が出来なくて囲まれてしまった僕は防御壁で自分を護る事しかできず、 このまま力尽きて魔物に殺されてしまうんだと恐怖に震えていると……。
紅い光が見えたのです。
今になって思えばあれは僕の希望の光。
そしてご主人様との初めての出会い。
禍々しいオーラの中で発したとても綺麗な紅い力を見て僕は恐怖からではなく感動で身体が震え、同時に この方に仕えたいと一心に強く願いました。
そして願いが叶い、ご主人様に仕える事が出来たのです。
ご主人様は僕が白いヴァルタである事も攻撃ができない事も気にせず傍に置いてくれました。
僕を否定しないその事に嬉しくて、嬉しくて。
何が何でも僕はご主人様を護ろうと決心しました。
これまで幾度となくご主人様に訪れた危機があります。
その時、僕は満足がいくような働きをする事が出来ませんでした。
それなのに落ち込んだ僕をご主人様が励ましてくれて……。
でも、セルファード公に仕えているヴァルタでもあり執事でもある、僕にとって先生と出会ってから これではいけないんだと気付かされました。
先生は僕に厳しい表情で甘えてはいけないとピシリと言いました。
確かにご主人様は他のレヴァの方々と比べると気さくでおおらかです。
失敗しても怒る事はありません。
それどころか頭を撫でて慰めてくれます。
僕はその手が大好きです。
ふわふわとしたいい気持になります。
もっともっと撫でて欲しいです。
ああ、そうですっ、これではいけないのです!
撫でてもらうのはご主人様の為に働いて良い事をした時にではないと。
今すべき事はご主人様の身の回りのお世話を早く出来るようになる事です。
そして先生のようにとてもおいしい紅茶を出せるようになりたいです。
僕が入れた紅茶をご主人様に褒めてもらえたら……と想像するだけで嬉しくなります。

―パタパタパタ。

ん?
あ、またやってしまいました。
いつも嬉しいと感じると気付かないうちにシッポを振ってしまうのです。
これは僕の悩みでもあります。
本来なら僕の歳だと完全に人型になれるのですが未熟な僕はまだ耳とシッポが付いたままです。
大人になっても付いているのは恥ずかしい事なので早く取れるようにこれも努力しないといけません。

しかし……つい先日の事です。
自室でくつろいでいたご主人様が僕に耳は付いていた方がいいんだけどなと仰いました。
僕の耳を触りながらニコニコと笑っているお姿を見てご希望に添えたい気持ちと 完璧な人型になりたい気持ちが混ざって複雑な気分になってしまいました。
ふと視線が僕のシッポに移り慌ててダメですと手で防御しました。
耳は平気なんですがシッポは特に付け根のあたりを触られると力が抜けてふにゃっとなってしまうのです。
そんな情けない僕をご主人様に見てもらいたくないのです。
シッポを触る事を諦めてくれたご主人様にホッとしているとざわりと空気が動きました。
セルファード公がご帰宅されたのです。
僕の耳を弄りながらお帰りと声を掛けたご主人様でしたが途端に焦り始めました。
なぜならセルファード公が僕に向けて殺気を出したからです。
それは瞬間的なものでしたがとても恐ろしくて身体が押しつぶされるような圧迫感に襲われ、 息が出来なくなってしまいました。
青褪めた僕を見てご主人様がセルファード公を怒ります。
するとごセルファード公はご主人様の手を取りご自分の頬に当てました。
その行動にご主人様は、何してんだ?と訳のわからない様子。
僕じゃなくて自分を触れと言わんばかりにセルファード公はご主人様の手を頬に擦りつけます。
ご主人様は困惑している顔で首を傾げていましたが 何か思い立ったのでしょうか、手をセルファード公の頬から耳に滑らせ形をなぞるように 指で触り始めました。
そんなご主人様の行動に対してセルファード公は何を言うわけでもなく好きにさせています。
表情は特に変わらず無表情のままのようです。
ご主人様や先生なら僅かな表情の変化を感じ取れると思うのですが僕にはさっぱり分かりません。

「魔族って言ったら耳が尖っているイメージがあったんだけどさ、ジルって耳の形、丸いよな。 しかも形がめちゃくちゃ綺麗なんだけど。こんなところまでいいとは……どっか欠点ないのかよ」

ブツブツ言いながらご主人様はセルファード公の身体をぺたぺたと触りながら欠点の箇所を見つけ出そうと しています。
集中しているご主人様は気付いていませんが、僕は……見てしまったのです。
セルファード公が口元を緩めている姿を。
まさか僕にも分かるくらい表情に出すなんて驚きです。
それは短い間でしたがとても愛おしそうにご主人様を見つめていました。
そう、なぜ短い間だったのか。
それは――。

「そういえばヴィーナ達って耳の形どうなんだろ?普段そんな事、気にしてなかったからなぁ。 レヴァの一族だけ丸い耳とかじゃないよな?それだったら完璧にエドは丸い耳だな。でもエドは 尖ってた方がイメージに合う気がする。魔族!って感じでカッコイイよな。まあ、ホスト系兄ちゃん には変わりないけど」

クスクスと笑いながらご主人様が独り言を言いました。
その途端、明らかにセルファード公の空気が恐ろしい事に!
気を張っていないと気絶してしまいそうです。




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