中編1




ぎゅっと目を瞑っていつ来るか分からない衝撃に身構えているとドシンっと音を立てて 身体を打ち付けた。
この衝撃はベッドから落ちた時と似ている。

「う……、いってー」

そっと目を開けるとそこはピンク調の貴族部屋……俺の部屋だった。
さっきまで薄暗い部屋にいたせいか陽光が照らす明るい自分の部屋に目が慣れなくて目を細める。
立ち上がる時に身体を打ち付けた痛みを感じたがそれ以外は特に異常はないようだ。
うーん、さっきのなんだったんだろ。

「あ、これは」

いかにも怪しい液体が入っている薄汚れた小瓶が絨毯の上に転がっていた。
これはさっき俺の顔に当たったヤツに違いない。
目の前にかざして見ているとドアがノックされてキオの声がした。

「ご主人様!!」

なんだか焦っているような感じで俺を呼ぶ。
なんだろう?
何か起きたのか?

「キオ?」
「失礼しますっ!」

勢いよくドアを開けたキオと目が合う。
キオはご主人様ーっと泣きそうな顔で俺に抱き付いて来た。

「どうしたんだ?」
「わーん!どうしたんだ?じゃないですよー!一体、3時間もどこに行っていたんですか!?」

う〜ん、それは俺も知りたいんだよな……って、3時間?
俺があそこにいたのって10分くらいだぞ?
どういう事だろうと首を傾げていると、キオはハッとして先生に知らせて来ますと 慌てて部屋を出ようとしたが急に振り返り、 絶対にここにいて下さいね!と念を押し今度こそ部屋を出ていった。
頭をぽりぽりと掻いて…その手を止めた。
なぜなら目の前の空間が揺れ、ジルが現れたのだ。

「あ、ジル。お帰り」
「どこにいた」
「へ?」

なんだかとてもジルの機嫌が良くないんですけど…。
真っ直ぐに見てくる深紅の瞳に圧されて悪い事してないのに冷や汗が流れる。

「な、何怒ってんだよ」
「どこにいた」

もう一度聞いて来るジルに正直に答えた。
この屋敷にいたぞって。
それなのに。

「正直に言え」
「嘘なんて吐いてないぞ!俺はこの屋敷にいたって!」
「……」

あ、その目は信用してないな。

「俺にもよく分かんないんだけど、この部屋の壁がさ急に開いたんだよ。 行ってみたら変な部屋に出たんだ。そこに変な男がいてさー」
「男だと?」

ん?ジルの声のトーンが心なしか一段下がった感じがするんだけど。

「誰だ」

誰だって聞かれても…。
俺だって知りたいよ。
しょうがないので特徴を言ってみた。
あれだけ特徴があればジルだってすぐに分かるだろうと思ったのに……。

「そのような者はこの屋敷にはいない」
「えーーー!?まさか!だって俺、さっき会ったんだぞ?」
「正直に言え」

だから、嘘なんて吐いてないのに!!
ぎゅっと手を握りしめると固い感触が。
あ、そういえばこの怪しい瓶があったな。
俺はずいっとジルの目の前にかざす。

「ほら、コレ見ろよ。これが証拠だって」
「……」
「だからなんだよ、その目は!!」
「聖司」

うぐっ!!
俺の名前を言うなよ!
なんで信じてくれないんだよ…。
嘘なんか言ってないのにさ。
あ、そうだ。

「セバスさんなら分かるかも!」

確か男の言葉の中にセバスさんの名前が出てた気がする。
さっそく聞きに行こうとするとジルに邪魔される。
俺の腕を掴んで離さないのだ。
これじゃ、部屋の外に出られない。

「ジル、腕を離せよ……っと!?」

文句を言った途端に軽々と抱きかかえられた。
まずい、これは絶対に……。
次の瞬間、空間がぶれた。
俺の身体が柔らかいものの上に放られる。
バウンドしながら身体を起こすと、やはりそこはジルの部屋のベッドの上だった。
ヤバイ、ヤバイぞ。
ジルが俺に近寄って来る。
これはお決まりパターンじゃないか。
絶対に阻止しなければ!

「ジル!話しなら、隣の部屋で話そうぜ!なっ!?」

俺の言葉を完全無視しているジルにヘッドボードまで追い詰められてしまった。
もう逃げ場がない。
絶対にやられてたまるか!
なぜなら連日やられまくっているからだ。
伸びてくるジルの手から逃れるために俺は必死になって手足を激しく動かす。
それでもガシリとジルに足首を掴まれてしまった。
ずるずると引っ張られてジルの下に引きずりこまれていく。
くそーっ諦めてたまるか!!
身体を捻り、うつ伏せの体勢でシーツや枕にしがみ付くが抵抗にもならない。
手をバタバタと動かしているとカツンッという音が聞こえた。
どうやら俺が握っていた小瓶がヘッドボードに当たったらしい。
割れたか!?と思って見てみると、ヒビ一つ入っていなかった。
ホッとしたのも束の間、おかしな事に気が付いた。
それは……入ってないのだ。
怪しい液体が。
小瓶の中は空っぽだった。
それもそのはず、栓がない。
ヘッドボードに当たった衝撃で栓が取れたようだ。
おそるおそる振り返ってみると――。

「ジル!?大丈夫か!?」

ジルの身体からしゅうしゅうと煙が出ている。
あああ、小瓶の中身がジルにかかったんだ。
ジルは特に慌てる事もなく怪訝そうな顔をしているだけだった。
おい、もう少し慌てろよ!って原因を作った俺が言うのもなんだけどさ!

「ジル、早くシャツを脱げ!」

俺は液体で濡れているジルのシャツのボタンを急いで外していく。
煙が益々酷くなっていく中、俺の行動をジッと見ているだけのジル。
だから、慌てろって!

「よし、全部取れた……おいっ!!」

いきなりジルに押し倒されてしまった。
精一杯の力でジルを押し返す……が。

「ジル?」

いつもなら首を舐めてきたり服を脱がされたりするのに 何も行動をせずただ俺の上に覆い被さっているだけのジルに 俺は怪訝な声を出した。

「おい、ジル。……え!?」

しゅうしゅうと煙がさっきよりもジルの身体から出ている。
その煙はジルを繭のように包み込んだ。
これ、やばいんじゃないか!?
動揺しまくっている俺は煙を払いながらどうしたらいいか考えて…。

「ヴィ、ヴィーナー―!!セバスさーーん!!」

ヴィーナとセバスさんの名前を叫び助けを求めた。
マジでどうしよう!!
もし、ジルに何かあったらと思うと血の気が引く。

「ジルーー!!」

煙に包まれているジルをぎゅうっと抱きしめると突然、グンッと少し縮んだ気がした。
その感覚は連続でやって来る。
同時にジルの体重も軽くなっていく。
ななな何が一体起きてんだ!?

「あ、煙が…っ」

ジルを包みこんでいた煙が薄れていく。
そしてジルの姿が現れて……現れて……。
俺は驚愕のあまり目と口を大きく開けた。

「だ、な……な、え!?」

驚き過ぎて言葉にならない。
だって、だってさ!!
ふと、俺の胸に伏せていた顔が上がる。
それは12歳くらいの美少年だった。

ジ、ジルの身体が小さくなっちゃったーっ!!




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