前編





壱は目の前にいる人物をどういうふうに取り扱っていいものかほとほと困り果てていた。

「ふむ、これが庶民が食すハンバーガーというものか」

上品にハンバーガーを咀嚼している麗人は今度はポテトを細くて綺麗な指で摘まみ口の中へと入れた。
本当にどうしたらいいんだろうかと考えていると目の前の中性的な容姿を持つ美しい人が 目を合わせて来て壱にニコリとほほ笑む。
なぜ、駅前のファーストフード店で見知らぬ麗人とハンバーガーを食べる事になったのか。
それは。

「どうしたんだい?リフ」
「…だからっ!さっきからリフって呼ぶの止めろって言っているのにっ」

大学の帰りに駅前で人目を引く麗人にはっきりとリフと呼ばれたのだ。
その途端、壱は全ての思考が止まりバッと耳を手で塞いで気のせいだ聞いてない聞いてないと 踵を返し早歩きで立ち去ろうとしたが後ろから大声で何度もその名前を叫ばれた。
それですら目立つと言うのに叫ぶ人物が必ず通り過ぎる人は振り返るという美麗な人だ。
しかも男か女か分からないミステリアスも持っている。
東条の時と同様にこれ以上目立つのは良くないと腕を掴んでその場を離れ、駅前のファーストフード店へ逃げ込んだのだ。

「今の名前が知らないのだからリフと呼ぶしかないだろう?その可憐な唇でボクに現世の名前を教えてくれるかい?」
「か、可憐…」

一瞬、自分に使われた言葉なのかと疑った。
生まれてこの方、一度も使われた事のない言葉だ。
鳥肌が立った腕を擦りながら名前を言った。

「俺の名前は宮森壱だよ。あんたは?」
「ボクの名前は…っとその前にボクの前世の名前を知っているかい?」
「…あいにく俺は前世の記憶を持ってないんだ」

壱は前世の時、リフという女性だった。
それ以前にも何回か転生しているそうだがまったく記憶がない。
世間一般の人なら前世の記憶など持っていないのが普通だが、それを持つ者を 壱は二人知っている。
一人は転生する度に壱と愛し合って来たという東条ともう一人は前世で 知り合いだった海堂だ。
そして三人目が目の前に。
麗人は記憶を持っていないと言った壱に頷いた。

「では前世から自己紹介しよう。ボクの前世の名前はルイーゼだ。リフとは親友の仲だったよ。 本当は恋人の関係になりたかったんだけれどあの男がボクのリフの心を攫って行ってしまってね。 だから現世は…」

ジッと見つめられた壱は嫌な予感がして来た。
この先のセリフを言わせてはならないと判断して話しを遮る。

「あ、あのっ。今のあんたの名前は?」
「ああ、そうだね。壱に愛を囁く前に現世の自己紹介をしなければね」
「その必要はない」

突然の第三者の出現に壱は固まった。
機嫌がとても良くない東条が壱の後ろに立っている。
威圧感に逆らえず壱は引っ張られるまま席を立たされる。
それまでにこやかに話していた麗人が目を細め冷たく東条を見た。

「おや、帝人じゃないか。リフはまだボクと話しをしている最中なのだよ」
「なぜ、貴様がここにいる」
「どうしてリフが転生していた事をボクに知らせてくれなかったんだい?」
「俺だけ知っていればいい。行くぞ」

一触即発な場の雰囲気の中、促されるまま東条に連れて行かれる。
後ろを振り返ったがあの麗人が追いかけて来るという事はなかった。

マンションに帰るとなぜかそのまま寝室へと引きずられて行く。
もちろん壱は抵抗した。

「ちょっ、手を離せよ!……うわっ!」

寝室のベットの上に倒された壱は直ぐに身体を東条に押し付けられる。
この後に自分に起こる出来事など想像しなくとも分かってしまう。
だから壱は必死になって暴れた。
だが東条は着実に一枚一枚、壱の服を脱がしていく。

「止めろよっ!脱がすな!あの人の事、帝人は知って…ひぅっ!」

胸の突起を舌で転がされビクッと身体が震える。
そのまま吸いつかれた後、甘噛みされゾクゾクした感覚が広がっていく。

「ん…、んんっ…帝人っ!」

前世の名前がルイーゼだという麗人の事を 聞いても東条は何も答えず無言で壱を攻めていく。
壱が陥落するのにそう時間は掛からなかった。










ぐったりとベットに横たわっている壱は東条の腕の中にいた。
このまま寝てしまいたかった壱だったがここで聞いとかなければ後で誤魔化せられてしまうと 思い東条を見上げた。

「帝人…いい加減にあの人が誰なのか言えよ」
「なぜあいつの事を知りたがる」
「は…?」

なぜか怒っている目で見られ壱は困惑した。

「だって前世とも知り合いみたいだしさ」
「知りたいのなら教えてやる」
「じゃあ…」

誰?と壱が聞こうとした時、東条はその変わりと条件を出して来た。

「壱からのキス一回につき一つ質問に答えてやろう」
「はぁっ!?」

どんな条件だよと目を大きく開く。
東条からのキスなら何回も受けて来たが壱からのキスとなると数えたくらいしかない。
意識をしてしまっているせいか恥ずかしい気持ちに襲われた。
どうするんだ?と東条がジッと壱を見ている。
グッと唇を引き結んだ。

「なんでキスをしなくちゃいけないんだよ。普通に答えろよ」
「ただの交換条件だ」
「無理矢理押し倒して好き勝手にやったんだからそれでいいだろ!?」
「あれはお仕置きだ」

は?と壱は東条を見た。

「またお前は以前と同様にのこのことついて行ったな」

以前とは同じ学部の石倉沙織に声を掛けられた事を言っていてそれを思い出した 壱は苦い顔をしたが直ぐに反論した。

「今回は違うぞ!ついて行った訳ではなくて…俺が連れて行ったというか…」
「壱が…連れて行っただと?」

東条の顔を見て壱は身体がビシッと硬直した。
恐ろしいという言葉に尽きる。

「壱が誘ったのか」

東条のビリビリとした威圧感に訳も分からず平伏して謝りたくなってくる。
唾をゴクリと嚥下して何とか声を振り絞りあの時の状況を必死に説明する。
すると東条は呆れたように溜息を吐いた。
それにムッとした壱は東条を睨んだ。

「そういえばなんで帝人は俺があそこにいるって分かったんだよ」
「分かるさ。壱がどこにいようとな」

ニヤリと東条は笑う。
こ、怖っ!と壱の顔が引き攣った。

「どうする、壱。するか、しないか」

選択権は壱に委ねられている。
またあの麗人に会えればいいがそんな保証は今の所ない。
前世で東条とはどんな関係だったのだろうか。
あまり仲は良くないように思えたが現世では?
壱は東条の繋がりの方が気になってくる。
ちらりと見れば東条は壱の出方を待っている。
たかがキスだ。
それくらいで答えてくれるなら別にいいではないかと己に言い聞かせる。

「…するから、答えろよ」
「ああ」

東条が身体を起こしベットの上に座る。
壱も起き上がって東条の肩に手を置いた。
どうもいざしようとすると妙な緊張感に襲われる。
そっと顔を近づけて東条の唇に自分のそれを押し当てパッと離れた。

「キ、キスしたぞ。約束通り教えろよ」
「クッ、何が知りたい」
「…笑うなよ。知りたいのはあの人の名前と帝人との今と前世の関係」
「あいつは前世でリフを狙っていてな。油断ならないやつだ。隙あらばリフを俺から 奪い取ろうと企んでいたからな」

へーっと壱は他人事のように聞いていた。

「じゃあ、今の関係は?」
「さっきのキス分は答えたぞ」

仕方なく壱はまたキスをした。
ドキドキと心臓の音が鳴ってしまうが東条に気付かれないように平然とする。

「こ、答えろよ」
「ククッ」
「何だよ笑うなって!」

壱は気付いてないが顔が真っ赤になっている。
東条はこのまま押し倒したい衝動に駆られるが我慢した。

「今の関係か…。それにはあいつの名前を教えた方が早いな」
「名前?」
「あいつの名前は花巻薫だ」

壱は目を瞬かせる。

「花巻薫?その名前で何か分かるの?」

その質問に何も答えずジッと壱を見ている。
キスをしないと回答はないようだ。
はあっと溜息を零した壱は再びキスをした。
すると東条の口が少し開く。
え?と思った壱は唇を東条の舌に舐められた。
それだけで背中がゾクっとした。

「もっと深いものを」
「…!!」
「出来るだろう?」

ここで出来ないというのはなんか悔しい感じがした壱は自分の舌を東条の咥内へと ゆっくり侵入させていった。
自分が入れさえすれば東条が後はしてくれると思っていたのだが実際はなにもしては くれない。
いつも東条に翻弄されているだけなのでどうすればいいのか分からずとりあえず舌を動かしてみた。
しばらく壱なりにがんばりもういいよなと心の中で頷いて離れる。

「ほら、したぞ!」
「ククッ。壱らしいキスだ」

褒められている気がしない壱はまたまたムッとする。

「だがそれでは合格点は上げられないな」
「なっ…!」

グイッと引き寄せられ座ってる東条の脚の上に乗り上がる形になった。
そして唇を塞がれる。
いつものような激しいキスをされ壱は腰に力が入らなくなってくる。
壱の身体の変化を本人よりも先に東条が気付いた。
壱のモノが反応を見せ東条の下腹部に当たっている。
キスをしたまま東条の手がそれに触れ服の上から扱いていく。
ビクッと壱の身体が跳ね嫌々と口を離そうとしたが強い力で抱きしめられ キスを受けたまま吐精してしまった。

「な、なんて事するんだよっ!!服が汚れただろ!?」
「責任は取る」
「うわっ!?」

いきなり抱き上げられた壱はそのままバスルームに連れて行かれた。
裸にされ浴室に入れられるとその後から当然のように東条も入ってくる。

「お、おいっ何をする気だっ!」
「壱を洗うだけだ」

それだけではきっと済まされないと確信している壱は一人で洗えると大声で拒否したが 隅まで追い詰められ捕まってしまう。
結局、予想した通りの事は一通りされてしまい途中で気を失った壱は翌日の昼過ぎまで ぐっすり寝てしまった。







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