中編1





「なんだかあいつのいいようにされた気がする…。帝人と花巻薫の関係は分からないままだしさ 」

はーっと大学構内のベンチに座って深い溜息を吐いているといきなり後ろから誰かが抱きついて来た。
今の時間は東条は講義中なので他にそんな事をしてくるのは壱の中でただ一人。
東条と同じ学部で一つ先輩の海堂要だ。

「ちょっと、要さん。止めて下さいってば…」

振り向きながら言ったセリフはその人物を見て途中で止まった。
壱の目に映った者は要ではなく。

「やあ、壱。そんなに大きく目を見開いたら目がこぼれ落ちてしまうよ」
「なんでアンタがここに…」
「ああ、そうだったね。昨日自己紹介の途中で帝人に邪魔をされてしまったね。では改めて。 ボクの名前は花巻薫だ。よろしくね」
「えっと、まさかここの学生?」
「まさかでなくとも。学部は壱や帝人とは違うけどね。学年は一つ上だよ。それにしてもボクとした事が 君がこんなに近くにいて気付かなかったなんてなんたる失態!」

悲観そうな表情をしながら顔に手を当て項垂れている花巻をポカンっと見ていた壱は ハッとしてまだ解決していない疑問を聞いてみた。

「あの。聞きたい事が…」
「ん。なんだい?どんな事でも聞いてくれたまえ」
「帝人と花巻さんはどんな関係が」
「壱、ボクの事は薫と呼んでくれ」

さあ、と促され壱が薫さんと言うと呼び捨てで!と注意される。
一応年上だから呼び捨ては抵抗があると伝えるとしょうがないと納得してくれた。

「帝人とボクの関係か。別に笑えるものではないよ。むしろ不快な話しさ。 なんたってあの男とイトコなのだからね」
「イトコ?」
「まったく。なんの罰なのやら」
「か、薫さんは帝人の事好きではないの?」

花巻は速攻であたりまえだと返答した。

「前世では叶えられなかったボクの想いだが現世では叶えてみせるよ」
「え…、あの。そんなに近づかないで…」

ギュッと手を握られ顔をなぜか近づけてくる花巻に頬を引き攣らせながら身体を引く。
するとドテンッ!と壱の身体がベンチから落っこちてしまった。

「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないよ!…ってなんでアンタ俺の上に乗っかっているんですか!」

仰向けに倒れた壱の上に花巻が跨っている。
そして壱に近づき匂いを嗅ぎ始めた。
花巻の不可解な行動にどうリアクションしていいか分からず固まった。

「うむ。その香りは壱には似合わないよ」
「え?俺別に香水とか付けてないけど…」
「いや、男の匂いがする。帝人のね。今度ボクの香りを持って来るよ」

だから今は…と花巻が覆い被さり密着した。
壱と同じくらいの身長だが体重は軽い。

「ちょっと、どいて!」
「ああ、壱。現世も変わらず愛しているからね」
「わー!もーやだー!」

なんで最近出会う綺麗な者達は揃いも揃って前世からの知り合いでこうも変態なんだと 壱は気が遠くなってくる。
絶対、リフの時の自分は苦労していたに違いないと思った。

「ぎゃー!いっちゃんが襲われているー!!遅かったあー!」

突然、叫び声がしてその方へと顔を向けると頭を抱えている海堂がいた。
すぐに圧し掛かっている花巻にどけ!と言って壱から引き離そうとする。

「ボクに触れるな」
「なにやってんだよ!いっちゃんから離れろ!」
「なぜお前にそのような事を言われなければならないのだ」
「帝人にこんな所見られたらあいつの機嫌が悪くなるだろ!」

壱は昨日のお仕置きを思い出し花巻と話してただけであんな事をされたのに 今のこんな場面を見られたら自分は一体どんな目に遭うのだろうかと身震いした。
花巻をグイッと渾身の力で押し返す。
海堂も花巻を引っ張りようやく壱の上から退いた。

「そろそろ講義の始まる時間だ。残念だけどまたね、壱」

時間を確認した花巻は残念そうに壱を見た。
海堂は背に壱を庇いシッシっと花巻を手で追い払う。
そんな海堂に花巻は要、と名を呼んだ。
思わずギクリと身体を強張せてしまうような冷たい声だった。

「要は壱がここにいた事を知っていたんだね」

それは確証のある言い方だった。

「知っていて…ボクに黙っていたんだね。帝人と二人で」
「だってさー、帝人が薫に言うなって」
「あの男…」

不快そうに顔を歪めた花巻はきれいな身のこなしで立ち去った。
海堂はフーッと溜息を吐く。

「要さんも薫さんと知り合いなんですか?」
「あーうん、まあねー。だってあの人前世の時、俺の姉貴だったし」
「姉貴…!?」
「そ。昔からあんな感じでさー」

壱はちょっと待って下さいっと話しを遮った。
確か前世の時、リフを狙っていたのではなかったか。
姉貴という事はもちろん女の人である訳で。
リフも女の人である訳で。

「!?ーっ!!?」

混乱している壱を察した海堂が軽い口調であの人も恋愛対象は同性なんだよねと 言ってきた。

「今回はいっちゃんと異性同士だったから薫の恋愛対象にはならないと思ってたんだけど…。帝人の言った通りだったな」
「異性同士?」

きょとんとした壱は首を傾げた。
それに海堂はかわいいーっと叫びもう一回やってやってと携帯を向ける。

「やりませんよ!それより薫さんってもしかして女の人なんですか?」
「もしかしなくても女だよ。野蛮な男には転生しないって言っててさ本当に女に生まれて来たのは 偶然なのか執念なのか…」
「じゃあ、なんで俺は女ではないのに、あんな事」
「帝人曰く、あいつはリフの…いっちゃんの魂に惹かれているから例え男であっても 狙ってくるだろうってさ」

性別関係ないじゃんと壱はガックリ項垂れた。
だが、ふと気付く。

「今だったら俺が男で薫さんが女なんだから別に変じゃないよな」

そうだよそうじゃんと頷くと海堂がダメーーー!!と叫ぶ。

「何言ってんのいっちゃんっ!」
「か、要さん?」
「帝人は!?いっちゃんには帝人がいるでしょ!」

もしかして嫌になったの!?とガシッと手を握られた。
花巻と付き合いたいとも東条を嫌になったとも口に出してないのに 勝手に海堂は話しを続ける。

「帝人を嫌になったら嫌になったって言ってよ!そうなったら順番的に次に付き合うのは俺でしょ!」
「順番って何ですか!次って何ですか!」

ギャアギャア騒いでいると他の学生達が二人に気付いたのか何事かと集まってくる。
それに気付いた壱はハッと我に返ってその場から走り去った。










一人になりたかった壱は誰もいない教室に入って椅子に座った。
しばらくシンっとしている空間の中、机に突っ伏していると携帯が震える。
東条からだった。

「何?」
『今どこにいる』
「教室だよ」

どこの教室だと問われしぶしぶ答えるとそこにいろと携帯を切られた。
東条の淡々とした声に言い様のない不安が壱を襲った。
ここから逃げ出したくなるがそうすれば後が怖くなるので我慢した。
しばらくするとドアが開き東条が無言のまま入ってくる。
椅子に座っていた壱を立たせ抱き込んだ瞬間、顔を顰めた。

「誰と会っていた」
「え?えーと…要さん」
「壱」
「と、………薫さん」

正直に答えたというより答えさせられた壱は東条が怖くて見れない。
それ程、東条は今機嫌が悪い。
なぜ花巻と会った事が分かったのだろうかと俯きながら疑問に思った。

「あいつと何をしていた」
「な、何をって…ちょっと話していただけだよ」
「話しをしていただけでなぜ壱からあいつの匂いがしてくる」

壱は花巻に押し倒された事を思い出し、あっ…と声に出した。
だが直ぐに口を噤んでふるふると頭を振る。

「し、知らない」
「壱」
「知らないものは知らない!……帝人!?」

壱は尻を突き出す格好で机の上にうつ伏せにさせられた。
そして下着ごとズボンを引き下ろされ白い尻が丸見えになる。

「うわぁっ!なにしてんだよ!」

東条は暴れる壱を押さえこんでゆっくりと尻を掌で撫で閉ざされた 入り口に触れた。

「ふざけんな!こんな場所で…っぁ!」

ゆっくりと入り口の周りを円を描くように指で触れられて壱は思わず声を漏らしてしまう。

「誰かが来てこんな所見られたらどうす……うぁっ!」

今度はずぶりと指を壱の中へ侵入させた。
奥まで入っていく指は狭い肉壁をかきわけ解すようにうねうねと動く。
散々東条に抱かれている壱の身体が快感を思い出し段々熱くなってくる。

「ーっ!!薫さんに、だ、抱きつかれただけだよ!」
「……」
「本当だよ!」

白状して必死に東条に訴えていると教室の外から学生達の話し声が聞こえて来た。
壱はバッとドアの方へ視線を向ける。
こんな所を見られたら…。

「帝人、人が!」

しかし東条はもう一本の指を入れ、さらに入り口をこじ開けようとした。
二本目はさすがに痛みを感じて壱は小声で訴える。

「痛いっ!もう抜け」
「二度とあいつに会うな。いいな」

同じ大学に通っていれば会ってしまう可能性はある。
しかしここで素直に頷かなければこの場面を学生達に見られてしまうだろう。
そうなったら明日から壱は東条と一緒に変態扱いだ。
いや、きっと東条は擁護されて壱だけ悪者にされるかもしれない。
壱は高速で縦に首を振った。
すると指が中から出て行き壱は慌てて下着とズボンを引き上げた。
同時に学生達が教室に入ってくる。

「あーっ!!東条くんだぁ!」

石倉が作ったような可愛い声を出して嬉しそうに笑った。
他の女子達はきゃあきゃあとはしゃぎ男子達は学部の違う東条の出現に驚いている。
壱は冷や汗をかきながら脱力した。

「セ、セーフ…」
「行くぞ」

ぐいっと腕を引っ張られよろよろと壱は歩き出した。
石倉がさっと東条の前に来て男だったらデレっとしてしまうような 仕草で甘い声を出す。

「東条く〜ん、この後の予定ってあるのぉ?」

東条は自分の行く手を遮った石倉を冷たく見下ろし一言告げる。

「どけ」

しかしこれで諦めるような石倉ではなく大きな目をパチパチさせて下から見上げるように 東条を見る。

「今日がダメなら別の日はぁ?今すぐに決めなくてもいいから、連絡出来るようにアドレス交換 しよっ!」

ニッコリ笑う石倉に壱はああ、こんな可愛らしさを全開にしてぶつけられれば帝人も クラっとしてしまうのではと不安になり始め、アドレスを交換している二人を想像した途端 どうしたらいいか分からなくなってくる。
黙って俯いていると東条が覗き込んできた。

「壱、どうした」
「え?」

壱は自分でも気付かないくらいにとても悲痛な顔をしていた。
具合が悪くなったと思った東条はまだ自分に纏わりついてくる石倉を一瞥する。

「この俺に二度言わせる気か」

一瞬にして教室の温度が零下まで下がった。
噂に聞いていた氷の麗人を初めて目の当たりにした学生達は青褪めガタガタと身体が震えだす。
石倉も例外ではない。
それでもプライドからか東条くん…と名を呼ぶがもちろん東条が振り返る事はなかった。







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