後編





大学に行った壱は教室で坂上の顔を見て驚いた。

「どうしたんだ…?」

坂上の頬が赤く腫れている。
唖然と見ている壱に坂上は縋って来た。

「どうしてだ…なぜなんだっ」
「ちょっと、坂上っ、あんまりひっつくなよ」
「ひどいと思わないか!?」
「だから何があったか言えよっ」

坂上は壱にしがみ付いたまま黙ってしまった。
周りにいる学生がじろじろと二人を見ている。
それはそうだろう、女の子同士がくっ付いているならまだしも男同士で無言のままくっ付いている 姿は変な疑いを持たれる。
壱は必死に引きはがそうとしたが逆に強い力で拘束される。

「おいっ、坂上!」
「俺はただ、メイドの格好をしてくれと頼んだだけなんだ」

壱はまさか…と目を細めた。

「あんなに抵抗する事ないじゃないかっ!そうだろ!?」

頭痛がしてきた壱はこめかみを指で押した。
メイド服は壱にとって思い出したくない事だ。

「無理矢理着せようとしたのか?」
「絶対似合うのに信じてくれないんだ」
「いや、似合うとかそういう問題じゃないと思うけど」

あまり無理な事を恋人に言うなよと注意するとまだ諦めてないのかどうやって着させるか坂上は 考え始めた。
呆れた壱がお前が着てやれば?と言うと坂上は嫌そうに顔を歪める。

「俺が着てどうすんだよ。気色悪い事言うなって」
「お前がそう思うなら相手の嫌がる気持ちを分かれよ」

坂上は顎に手を当てて壱を見下ろした。

「あんなに親身になってお前の相談に乗ったのに。冷たいなー宮森って」
「なっ」
「ラブラブでいいよなー。宮森と東じょ…むごっ」

壱はわーーーーっと叫んで口を塞いだ。
教室にはたくさんの学生たちがいるのだ。
その上、石倉もいる。
そんな中で東条の名前を出されたら壱の明日はない。
慌てている壱は背後に人が近づいて来ている事に気付かなかった。
坂上は口を塞がれたままアッと声を出し壱の後方を指差した。
振りかえった壱は大きく目を見開いた。

「やあ、壱」
「…か、薫さん」

ニコリと笑う花巻がそこにいた。
壱は東条とした花巻に会わないと約束を思い出して坂上の背に隠れた。

「お、おい、宮森?」

花巻は目の前にいる坂上を下から上に見る。

「キミは?」
「え、あ、宮森のダチだけど」

頷いた花巻はツイっと指で坂上の顎を掬う。

「壱に邪な気持ちを抱いてはいけないよ。壱はボクのなんだからね」
「違うっ!」

壱は坂上の背から顔を出して否定した。
花巻に壱は手首を掴かまれて強い力で引っ張られる。
そのままずるずるとどこかに連れて行かれそうになり抵抗するが敵わなかった。
女の人相手に本気で暴れる事も出来ずにいる壱は坂上に助けを求めるが無情にもひらひらと手を振られる。
そんなっと壱は悲痛な顔した。
教室から消えて行く壱に坂上は俺にはどうしようもできないわと頷いた。
なぜなら相手があの花巻だからだ。
壱は知らないが花巻薫と言ったら東条と同じく有名人だ。
東条のイトコはもちろん花巻家は東条家の右腕とも言われている分家だと言う事をほとんどの学生は知っている。
それにあの中性的な美しさは男女共に人気がある。
しかし花巻も東条と同じく簡単には近寄れない。
なぜなら花巻の周りには花と呼ばれる女の子達がガードしているからだ。
滅多に見る事の出来ない花巻の登場に学部の違う学生たちは大騒ぎしている。
その中で坂上だけは一人冷静だった。

「うーん、またえらい人に惚れられたな…宮森…」











壱は何度目か分からない溜息を零して中身のなくなったコーラのストローを噛んでいた。

「宮森君。私、買って来ましょうか?」
「えっ。いや、いいです」

駅前のファーストフード店の中、一か所だけ華やかさが違う席があった。
芸能人またはモデルか、周囲の人たちにそう思わせるような美人でかわいい女の子達がいる。
その中で一人平凡な壱は隣に座っているふわりとしたかわいい女の子の申し出を断った。

「ふふふっ薫姉さまはここのハンバーガーをお気に召されたのですね」
「うむ。なんともこの毒々しい味がくせになるね」
「まあ、薫様。そのような事、花巻家の調理長が聞いたら悲しまれますわよ」

そう言って上品に笑うのは壱の右斜め前にいるスレンダーで大人っぽい美人だ。
綺麗だなーと思っていると目の前でハンバーガーを食べている花巻がほほ笑んだ。

「壱、ボクの花達は美しいだろ?」
「は、花?」
「二人とも自己紹介を」
「はい、薫様」
「はい、薫姉さま」

まず大人っぽい美人の女の子が壱に自己紹介をした。

「私は薫様の花で藤原涼子と申します」

次にふわりとしたかわいい女の子が自己紹介をした。

「私も同じく薫姉さまの花で江本明日香と申します」

頭を下げられおろおろとした壱は自分の名前を名乗ろうとするが花巻に手で制される。

「壱の事は花達はすでに知っている。そうだな?」
「はい宮森君は薫様の大事なお方です」
「はい宮森君は薫姉さまのかけがえのないお方です」

二人の返答に花巻はよろしいと満足して頷いた。
壱はポカーンっとしていたが我に返りぶんぶんと頭を振った。

「ちょっ、薫さん、俺には帝…」

帝人がいるからと言おうと思ったが藤原と江本がいるので途中で口を閉じた。
しかし花巻はそんな事お構いなしに帝人の名を出す。

「壱が帝人と付き合っていたとして…」
「か、薫さんっ!」
「花達の事なら気にしなくていいよ。花は自ら話したりしないし差別もしない」

その言葉に藤原と江本はニコリと笑っている。

「先程の続きだが壱が帝人と付き合っていたとして本当に愛しているのか?」
「え?」
「ヤツの事だから壱を見つけた途端、無理矢理純潔を奪ったのではないか?」

花巻の言う通りだったので否定も出来ずに表情を固くした。
そんな壱を見た花巻はここにはいない東条へ侮蔑した言葉を心の中で吐く。

「壱は優しいからあの男に同情しただけだよ」
「違う!」
「転生する毎に同じ者と愛し合わなければいけないというルールはないんだ」
「……っ!!」

壱は無意識にコーラのカップを握り潰していた。

「それなのにヤツは前世でリフの愛を当然の如く自分のものにして…」

その結果リフの身に起きたのは…。
前世の事を思い出す花巻の表情が自然と険しくなる。
現世では壱を不幸にさせない。
その為には壱に気付いてもらわなければならないのだ。
東条への愛はまやかしだという事を。

「壱、よく考えるんだ」
「俺は…」

壱は少しの間目を閉じていた。
そしてまっすぐ花巻を見た。
壱の力強い視線に花巻はフウッと息を吐いて苦笑いをした。

「薫さん、俺…」

壱が話し始めた時グイッと肩を後ろに引かれる。
驚いた壱が振り返ると。

「壱、行くぞ」
「帝人!」

怒りを抑えている東条が花巻を睨みつけながら壱の手を引いて立たせた。
花巻は挑戦的に笑う。

「まだ壱とゆっくり話しをしていたかったのに。野暮な男だ」

東条は花巻を無視して壱を連れファーストフード店から出て行った。
残された花巻はやれやれと肩を竦める。

「大丈夫ですか?薫様」
「大丈夫なわけないよ」
「薫姉さまっ?」

花達に心配された花巻は後ろのガラス窓から駅前のロータリーを見た。
二階の席にいるので見下ろす形になる。
ちょうどタクシーに乗り込む壱と帝人の姿を見つけた。
やがてタクシーは発進してロータリーから消えて行った。

「現世も振られてしまった…」

花巻は切なく呟いた。
あの時の花巻を見た壱の視線は前世でリフから振られた時とまったく同じだった。

「こんなに愛しているのに。想いが伝わらないのはとても辛い事だよ」
「薫様」
「薫姉さま」

心配そうに花巻の名を呼ぶ花達にニコリと笑った。
魅力的な笑みに藤原も江本も顔を赤らめる。

「美しくかわいい花達は失恋をしたボクを慰めてくれるかい?」
「「もちろんですっ!」」

ほほ笑みながら席を立った花巻は何気なくまたガラス窓からロータリーを見下ろした……が。

「薫様?」

花巻の異変に気付いた藤原が声を掛ける。
しかし花巻は微動だにせず何かを見ている。
江本が近寄り覗き込むように花巻の様子を見た途端、ビクリと身体が強張った。
今までに見た事もないような恐ろしい顔をしていた。

「まさか…」

花巻は唸るような声を出しガラス窓に爪を立てた。
駅前に立っている一人の男。
決して近くはない距離で顔の造作もよく分からないがその男が視界に入った瞬間、血が沸騰した。
姿形は変わっているが忘れる訳がない。
忘れるものか。
ギリッと歯を噛みしめる。
殺したい程憎い男。
今すぐにでも殺してやろうと思った時、人ごみの中へと消えて行ってしまった。
花巻は舌打ちをした。

「逃がさないよ。ロベルト」










バタンっと大きな音を立てて玄関のドアが閉まった。
掴まれている手を振り払おうと必死になっている壱は玄関の壁に背を押し付けられた。

「あいつに会うなと言わなかったか」
「…俺から会いに行った訳じゃない」

東条の目を見れない壱は俯いた。

「何を話した」
「別に…」
「壱!」
「いたっ」

肩を掴む手が強くなって壱は眉根を寄せた。
無理矢理顔を上げらせられ強制的に視線を合わせられる。

「壱」
「薫さんが…本当に…帝人の事、愛しているのかって…俺が…同情しただけじゃないのかって。 …転生する毎に同じ者と愛し合わなければいけないというルールはないんだ…って」

東条の手が壱の肩から離れる。
しかし次の瞬間にはきつく抱きしめられていた。
あまりの苦しさに顔を顰める。

「帝人…苦しっ…」
「あいつの言う通りだ」
「帝、人?」
「前世が恋人だったからといって現世も同じように恋人にならなければいけないことなどない」

東条は耐えるように顔を歪ませ叫んだ。

「だが俺は壱を手放す事など出来ないっ!」

他の者の所へなど行かせるものかという気持ちが壱に伝わってくる。
壱の心の奥から熱いものがこみ上げてきて身体を…魂を…震わせる。

それは東条を愛しいと思う気持ち。

必死にしがみつく東条の姿を見て壱の目に涙が込み上げてきた。
壱は東条の背を擦ってゆっくりと話し始めた。

「帝人にはっきり言ってなかった俺が悪いんだよな」

東条は無言のままだ。
壱はそのまま話し続ける。

「俺、帝人の事好きだよ」

目を瞬かせた東条は真剣な顔で壱を見た。
そんな東条に壱はもう一度伝える。

「俺は帝人を愛している」
「壱…」
「なんだよその顔。嘘だと思っているのか?まあ最初はさ…正直好きとか思ってなかったけど、 でも…帝人と一緒にいてすごく安心するんだ。何て言ったらいいか分からないけど俺の居場所は ここだってそう思うんだ」
「壱っ!」

東条が華やかに笑ってまっ赤になっている壱の顔にキスを降らせた。

「わ、わわわっ。お、俺、帝人に聞きたい事があるんだけど」
「何だ」
「帝人は俺のどこを好きになったの?……前世がリフだったから…とか…」

平凡な壱はどうしても自分に惹かれる要素を見つける事ができなかった。
もしも前世がリフだったからと言われたらとてもおもしろくない。
不安になっていると東条の笑い声が聞こえて来てムッとした顔になった。

「なんだよ!何がおかしいんだよ!」
「いや…また同じ事を現世でも聞かれたからな」
「へ?」

なんでも転生するたびに先程の壱の質問をされていたようだ。
リフにも『なぜ、あなたが何のとりえもない普通の女の私に好きと言うの?前世で恋人だった から?』と言われたらしい。

「俺は壱の本質に惹かれている。壱の魂に俺は魅せられている」
「魂…?」
「そうだ。それに壱はとてもかわいいだろ」
「はっ!?」

かわっ、かわいいって!?と壱は口をパクパクと開閉させた。

「俺を求めてねだってくる姿などとてもかわいい」

ひーーーーっ!と壱は自分の耳を塞いで頭を振った。

「俺が今どんなに幸せな気持ちでいるか分かるか?」

東条は壱の耳を覆っている手をどかしてほほ笑んだ。

「俺は、東条帝人は宮森壱を愛している」

東条の告白に嬉しくもなり恥ずかしくもなった壱は視線を逸らした。

「きっとそれは来世も変わらない事だ。どんなに姿形を変えたとしてもきっと見つけ出す」
「なんか今、さらりと来世の事まで…」
「あたりまえだ。来世の壱の恋人はこの俺だ」

そうだろ?と聞いて来る東条に壱は来世の俺に聞いてよと呟いた。
だけれど来世も東条と愛し合えたらいいなと壱は思った。

「うわっ」

壱の身体が浮き上がって東条に横抱きにされた。
何々?と東条を窺うと艶のある視線を送られる。

「壱を抱く」
「え、えっ!?」

軽々と寝室まで運ばれる壱は返事の代わりに東条の首に腕を回した。
この後、壱は幸せで浮き立っている東条に散々攻められしばらく大学を休講するはめになるのだった。







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