前編




壱は今、同じ学部でかわいいと評判の石倉沙織と二人で駅前のファーストフード店にいた。
今まで女の子と付き合った事のない壱はジッと自分を見てくる石倉にドキドキしながら コーラを飲んでいる。
大学で声を掛けられ話しがあるのと恥じらう様に言われ、壱は変な期待を持ってしまった。
石倉は大きい目を潤ませ首を少し傾け話を切り出した。

「あのね。沙織、宮森くんにお願いがあるのぉ」
「お、お願い?」
「そう」

上目使いで石倉に見られ顔がゆるみ、ヘラリと笑う。

「何?俺が出来る事?」
「うん。宮森くんしか頼れる人がいなくて…」

そう言われた壱はつい張り切っていいよと内容も聞かずに答えてしまった。
その答えに石倉は笑顔になる。

「ありがとー。宮森くんに聞いて良かったぁ」

だが話しの内容を聞いていくうちに壱はすぐ後悔する事になる。









「ただいまー…」

壱はアパートではなく強制的に引っ越しをさせられた高級マンションで生活をしていた。
なぜ引っ越しをしなければならなかったのか。
その原因はこのマンションの持ち主でもある東条帝人のせいだった。

「おかえり」

リビングに行くと東条がソファーでノートパソコンを開き何かしていた。
テーブルの上には小難しい小冊子や本が置かれている。
興味のない壱はそれをチラッと見ただけではぁと小さく溜息を吐いた。
今、壱の中は石倉から頼まれた事をどうやって実現するかで一杯だった。
そんな壱を訝しげに見た東条はパタンとノートパソコンを閉じた。

「うわっ、何すんだよ!」

いつの間にか東条の腕の中に閉じ込まれる。
もがいた所で離してくれるはずもなく。

「溜息を吐いて何があった」
「別に」
「壱、何があった」
「…別に」

頑な態度を取る壱に東条は舌打ちをする。
東条と視線を合わせようとせずそっぽを向き明らかに何かを隠しているそぶりを見せている。
ぐっと抱きしめている力が強くなり壱は痛いと東条の方を向き口を開いたが、そのまま閉じた。
機嫌がものすごく悪くなって壱を睨んでいるからだ。
ゴクリと嚥下して石倉からのお願いを実現するために壱は覚悟を決めた。
そのためには東条の協力が必要だった。
だが東条がそれを素直に頷いてくれない事は分かっている。
それ故先程からどうしようかと悩み、どのタイミングで話を切り出そうかと考えていたのだ。
今がチャンスだと思って言ってしまえと壱は東条の腕の中でおそるおそる見上げた。

「…帝人にお願いがあるんだけど」
「お願い?」

不安そうに見てくる壱に東条は何だ?と思いつつも言ってみろと先を促した。
過去5回転生を繰り返しそのたびに壱と愛し合いそして今回も愛し続けている目の前の愛おしい存在の 願い事を叶えてやりたいと思うのは当然の事だ。
どんな願い事も叶えてやれる力を東条は現実に持っている。
だが壱のお願い事は東条にとって予想外の内容だった。

「今度さ、同じ学部の石倉さん達が飲み会やるんだけどそれに帝人も参加してくれない?」
「飲み会だと…」
「顔を出してくれるだけでいいからさっ、嫌なら帰っちゃってもいいし」

声がものすごく低くなった東条に必死に説得しようとするが無言になったまま壱を睨みつけている。
東条の性格から絶対に行かないだろうという事は承知していたが飲み会と言っただけでそんなに 睨まなくともとその視線に耐えられず下を向きやはり石倉に浮かれていた自分に後悔をした。
石倉から今度やる飲み会に東条を連れてきてほしいと言われまさかそんな内容だとはまさか思わなかった 壱は慌てて断ろうとするがすでに遅くそのまま石倉はよろしくねーと言ってファーストフード店を 出て行ってしまった。



人を寄せ付けない東条。
チャンスがあれば近づきたいと思っている者は数知れず。
その東条と最近一緒にいる平凡な男子学生の話題は噂されていた。
そこで壱を使って東条と知り合いになろうとしたのだろう。
どうしてそういう話しなったのか白状させた東条はそう結論付けた。
飲み会に参加してくれという事も許し難いがその前に石倉という女にのこのことついて行ったその行動も 許せないものがある。

「だってさ、話しがあるって言うから」
「断れ」
「はあ、内容も聞いてないのに?」
「内容も聞かず頷いたお前は何だ」
「…うっ!」
「俺がいるのに余所見をするとは。躾直さないとな」

ひーーーーーーーーっ!!!と壱は心の中で絶叫した。











次の日、大学の机で壱は突っ伏していた。
散々昨日は東条に攻め立てられ腰がだるくて朝はまともに歩けなかった。
ただ、飲み会に参加してくれと言っただけなのにそこまでしなくてもと腰を擦る。
壱を抱くときの東条はいつも幸せそうで多少無茶な事をされても許してしまうのだ。

「転生5回分の重みが今俺に圧し掛かっている…」

東条、曰く。
出会った時から前世までずっと壱は女で東条は男の性だったらしい。
一見、何も問題ないのだが東条にとっては大問題だった。
いつもプラトニックで身体を繋げる事はなかった。
その反動が今ここにきて壱に回ってきている。

「ってか帝人が女を好きなる体質になって転生すれば良い話しじゃないかよ」

顔を上げると目の前に人がいた。
ぎょっとしてその人物を見るとよっと声を掛けられる。

「坂上」
「お前、具合でも悪いの?」

大学に入ってから壱にとって初めての友人が坂上健人だった。
壱のように平凡顔ではなくカッコいい顔をしている坂上はなかなか人気がある。
だがすでに恋人がいるらしく告白されても断っているらしい。

「いや、平気」
「そっか。ならいいんだけど。お前、石倉に飲み会誘われた?」
「え、あ、う…」

誘われたのは東条であって壱ではないのでうんとは言えず変な返事になってしまった。
それに坂上は苦笑いした。

「なんだよ。変な奴だな」
「さ、坂上は誘われたの?」
「ああ」
「行くの?」
「行かないよ。恋人に怒られちゃうからさ」
「やっぱりそういうもん?」

坂上は当たり前だろと肩を竦めた。
壱はじゃあさと質問をした。

「もしもだよ。坂上の恋人にその飲み会行ってよって言われたら行く?」
「はあ?変な質問だな」
「例えばの話しだって」
「俺がそう言われたら俺の事好きじゃないのか?と疑っちゃうけどね」
「え?何で」

きょとんとする壱に坂上は呆れた顔でおいおいと突っ込んだ。

「飲み会と言う名の合コンだろ?そんな所に行って来いだなんて恋人に言われてみろよ」
「今度やるのって合コンなの?」
「お前、バカだな。純粋に飲み会だと思ったのか」

壱はコクリと頷いた。

「違う大学から男と女も参加するらしいぜ」

合コン自体は参加した事はないが以前していたバイトが居酒屋なので客観的には知っていた。

「宮森の恋人かわいそう」

坂上が同情して小さく呟いたが壱は幸い聞こえなかった。
教室の入り口から女子学生が壱に向かって歩いて来る。
その気配に気づいた壱と坂上はその方向へ振り返った。

「宮森くんっ」
「あ、石倉さん」

かわいらしさを全面に出し花柄のワンピースをふわふわと揺らしながら目の前にやって来た。
少し首を傾け壱を見る。

「例の件、どうだったぁ?」
「いや、その。ごめん、断られた…」
「えぇ〜っ!」

壱はごめんと石倉に謝る。
するとぶーぶーと文句を言われた。

「宮森くんがー東条くんを絶対連れて来てくれるって言うからぁ沙織、みんなに来るって 言っちゃったんだけどぉ」

絶対連れてくるなんて一言も言ってない壱はえ!?と口を開けたままひどい〜と壱を責めている 石倉を見ていた。
どうすればと困り果てていると坂上が助け船を出してくれた。

「おいおい石倉。そもそもなんで宮森に頼んだんだよ」
「だってぇー最近東条くんと一緒にいるじゃん」
「一緒にいるからって友達とは限らないだろ?」

その言葉に石倉はええ〜っと声を上げ友達じゃないなら早く言ってよね!と怒り壱を睨んで 教室を出て行ってしまった。
急変した石倉の態度に固まっている壱の横で坂上が女って怖いよなーとぼそっと零した。

「坂上…助けてくれてサンキュ」
「いやいや、まさか宮森の恋人があの東条だとは知らなかったぜ」
「ーーーーーー!!!!??」

なぜ、何でバレたんだ!?と目を丸くしていると坂上がニヤニヤしながら壱の目の前に腰を下ろした。

「今までの話を繋げて行くとさ、石倉から東条を連れて来いと頼まれて、それを東条本人に言ったんだろ? それにキレた東条がお前をやりまくったと」

ガタンっと思いっきり椅子から立ち上がり、腰を痛めている事なんて忘れたせいで激痛が走り、 声も出す事も出来ずにそのまま椅子に逆戻りした。
坂上はあはははっ!と笑っている。

「お前、分かりやすいな!」
「違う!違うからな!」
「うん。一つ俺も教えてやるよ」

俺の恋人って男なんだ。と坂上は壱にそう告げた後、マジで…?と驚いている壱を余所に 着信音が鳴った携帯を開き顔色が変わった。

「げ、まずい。宮森、じゃあな!」
「え、ちょっと!」

壱は他に誰もいない教室にポツンと一人残された。
その後すぐに誰かが壱の肩をポンっと叩く。
すっかり油断していた壱は驚き全身がビクッと揺れた。

「いっちゃん」

振り向くと金髪のチャラい格好の男が。
手には紙袋を持っている。

「あ、海堂さん」
「違うでしょ、要!」
「か、要さん」

訂正させられ、名前で言わされる。
海堂要は東条の知り合いで同じ大学だが学年は一つ上だった。
しかも覚えてはいないのだが海堂とはどうやら前世の壱と知り合いだったらしい。

「さっきの男とはどんな関係なの?」
「え?」

海堂の目が探るように壱を見る。

「ただの友達ですけど…」
「なら良いんだけどさ。浮気なんかされちゃったら帝人が拗ねちゃうでしょ。そうなると 色々大変なんだよね」
「浮気だなんて!坂上は恋人がいるし」
「浮気するなら俺とね!」

チュッと頬にキスをされギャアっと悲鳴を上げた。
身体を後ろへ引いたため腰にまたもや激痛が走りうっ!と言葉を詰まらせる。

「海…要さんは何でここに?」

海堂は壱とは学部が違うので今いる教室には用はないはずだ。

「帝人の携帯が繋がんなくてさー。きっといっちゃんとこにいるんじゃないかなーと 思ってこっちに来たのよ。そうしたら先にいっちゃんが見つかったとゆーわけ」
「そうですか…。俺、会ってないですよ」

すると海堂は大丈夫とニッコリ笑う。
壱は疑問符を頭に乗っけて首を傾げる。
それを見た海堂はうんうんと頷いた。

「やっぱり、いっちゃんの方が良いよねー」
「は?何がですか?」
「その首を傾げる仕草。さっきの女がやるより全然いっちゃんの方がかわいい!」

さっきの女?と考えそして石倉に思い当った。
ハッと壱は気付き大きな声を出した。

「あ、あんた一体、いつから見てたんですか!?」

海堂は壱の言葉を無視して携帯貸してと言って来た。
しぶしぶカバンから携帯を出して海堂に貸すとそのまま勝手に開いて誰かに電話を掛ける。

「ちょっと、勝手に!」

海堂は口元にシーッと人差し指を立てた。
そして相手が出たのか話し始めた。

「よ、オレオレ!あははは当ったりー!え?怒んなよ。ってかいっちゃんの携帯には直ぐ出て 俺の携帯には出ないってどーゆーことよ。ん?うんうん俺の目の前にいるよー。えーやだー。 どこにいるのかって?それは、ひ・み・つ!早く見つけないといっちゃん食べちゃうぞーぉ… あっ切りやがった」

もう少し遊びたかったのになーと残念そうに携帯を閉じそれを壱に返して来た。
携帯を受け取った壱は海堂が掛けた相手が誰だか聞かなくても分かったが 一応、確認した。

「今のって…」
「うん、帝人。散々人に探させたんだから今度は帝人から探してもらわないとね!」

それからしばらくして教室のドアが勢いよく開かれる。
氷の麗人と呼ばれている男が現れ海堂を冷たく睨みつけた。
その視線に慣れているのか海堂は呑気にようっ帝人と手を上げる。
東条は海堂を視野に入れず真っ先に壱の傍に行き、抱き締めた。

「こいつに何かされたか?」
「別に何も…」

壱は途中で言葉を途切れさせる。
頬にキスされた事を思い出したがそれを報告する程でもないなと思って、直ぐに「ない」と 答えた。
だが言葉に間があった事に東条は不審に思い、壱をジロッと見る。
無言の圧力に負けた壱は小さい声を出した。

「ほっぺにキスされた」
「貴様…」

東条は海堂に低い声を出す。

「何だよー頬にキスは挨拶だろー」
「それは前世の時だ」
「ケチー!」

そう言えば前世って外国の人物だったんだよなと思っていた壱は東条に手をグイッと引っ張られた。

「帰るぞ」

帰ろうとする東条に海堂は持っていた紙袋を手渡そうとした。
しかしそれを一瞥しただけで受け取らず、そのまま壱を連れて教室を出て行く。
そこで諦める海堂ではなく今度はそれを壱に渡そうとした。
きっとそれを渡す為に東条を探していたのかと思わず壱は紙袋を受け取ってしまった。







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