「これ、8番テーブルね!」
「はいはーい」

片手にジョッキを四つ、もう片手に食べ物を乗せたトレイを持って客の元へと素早く移動する。
ホールには長いテーブルが数列と丸いテーブル、四角いテーブルが数個、後はカウンター席がある。
そこに今は人が座れるだけ座っているという満席状態だ。
人にぶつからないように上手く避けながら通るのだがやはり小柄な女の子達のほうがすいすいと運んでいる。

「お待たせしましたー」

注文を受けたものをテーブルの上に置いてさっさと立ち去ろうとするがやはり、ホールに出ている男の俺を見て酔っぱらい共が絡んでくる。

「おいおい、お前ら、俺にはこいつが男に見えるんだが」
「俺にも見えるぜぇ。何で男が接客してんだよ」
「もしかして男のなりをしている女か!?」

ぎゃはははっと品のない笑いを上げる小汚い親父達に向かって俺はわざとしなを作りニコッと笑ってやる。

「そうなのよー。新人のエリーでーす!よろしくぅー」

アフターの相手になる?と顔を寄せて誘うように小声で言えば、あからさまに嫌そうな顔をした親父どもが冗談じゃねえ!と叫び身体を引いて逃げる。
年季の入った木製の古いテーブルが揺れてジョッキに入っていた酒が零れた。

「あらぁ、ざんねーん!」

俺は笑いながらその場を離れ、空のジョッキや皿を回収しながらまた厨房の方へと戻る。
洗い場の桶に汚れている皿を入れた時、厨房仲間のマルスがからかって来た。

「よう、エリーちゃん。仕事終わったら俺の相手になってくれんの?」

俺は若干眉間に皺を寄せる。
厨房はホールと壁に仕切られているし、たくさんいる客の話し声でさっきのやりとりは聞こえなかったはずだ。

「なんでそれ知ってんだ?」
「さっきディアナが教えてくれた」
「あー、見られてたのか」

ディアナはホールの女の子だ。
きっとおもしろおかしくこいつに言ったに違いない。
女の子の情報の伝達は早いからな。
もう全員に広まっている気がする。
やれやれと肩を竦めた時、マルスが尻を触って来た。
すぐさまつねってやる。

「いだだだだ!」
「お金取りますわよ。お客様。それと従業員同士の不純行為はママから禁止させられているだろ」 「冗談だって!」
「知ってるよ」
「!?おまっ!くっそ。今、本気でつねっただろっ」

涙目になっているマルスにコクリと大きく頷いた俺はまたホールに戻るべく手をひらひらと振りながら踵を返す。

「お触りは50万ガジェスからになりまーす」

たけぇよっ!とマルスの突っ込みを聞きながら用意されてあるジョッキとトレイを持った。

「それ13番テーブル!」
「はいはーい」

すぐに厨房から指示が出て目的のテーブルに向かう。
十三番テーブルはホールの隅にある二人掛けの丸いテーブルだ。
それに見るからに怪しい男が一人席に座っている。
男は黒いマントで身を包み、同じ色のフードを深く被って顔を隠している。

「おまちどうさまでしたー」

うんともすんとも言わない男だったが顔を俺の方へと向けてきた。
視線を感じつつ、テーブルの上に料理を置いていくが男は食べる気配をみせなかった、 それどころか……さっきからずっと俺の事を見ているんだけどどうしようか。
とりあえず怪しい人物とは距離を置くに限る。

「ごゆっくりどうぞー」

愛想笑いを浮かべながらその場を立ち去った。
背に感じる視線を無視して。
裏稼業の者が多くいる低層だから飲み屋にああいう男がいるのは珍しい事ではない。
まあ、見掛けたら不用意に関わらなければいいのだ。
厨房に戻り、料理を受け取って運ぼうとした時、俺の前に誰かが立った。
ん?と思えば、それはディアナだった。
オレンジ色の髪を一つにまとめ、頬にそばかすがあるパッチリとした二重の目が特徴のかわいい子だ。

「タク、それ5番テーブルでしょ?」
「そうだけど」
「私が運ぶわ」
「何で?」

手を差し出してきたディアナに理由を聞く。
すると口角を上げ一歩前に出て小声で話し出した。

「五番テーブルにいる人達、めちゃくちゃかっこいいの!」
「あー、なる程……」

俺は返事をしながらチラリとここから割と近い五番テーブルに視線を移す。
四人掛けの丸いテーブルに3人の男が座っている。
確かにそれぞれタイプは違うが整った容姿をしていた。
だが、俺は違和感を感じた。
着ているものは低層なら当たり前の着古されたズボンとシャツだ。
しかし……。

「あ、ちょっとタク!私が運ぶっていっているのに!」
「悪いな、次にしてくれ」
「もう!」

俺は疑問を抱きながら料理を持ってそいつらに近づく。
酒と料理をテーブルに置きながら男達をチェックする。
そして分かったのはこいつらは低層の者ではないって事だ。
まず、綺麗過ぎるんだよな。
身体も瞳も。
髪は艶やかだし、肌もはりがある。
なによりも手が汚れていなかった。
前々回のトリップ先で出会った港の男達の手と比べると雲泥の差だ。
爪は綺麗に整えられていて手の甲も荒れていない。
唯一あるとしたら手の平に見えるタコだ。
しかしこれは。

「どーも。私、エリーって言います。よろしく―」

ニッコリと笑って手を差し出す。
一番若そうな男が一瞬考えてから俺の手を握った。

「夜が寂しかったら言って下さいねー!子守唄歌ってあげるから!」
「はは、その時はお願いします」

俺が他の男達にも同様の事を言うと明らかに嫌悪感を隠しながら俺に対応しているのが分かった。
俺の推測だと多分こいつらは中層か高層で剣を扱っている者達だ。
手のタコはきっと労働で出来たものではなくて剣を扱って出来たものだろう。
推測はここまでにして俺は5番テーブルを後にした。
まぁ、『ビック・マム』に害がなければ客が何者で何をしようが関係のない事だ。
俺に重要なのは衣食住だからな――おっと。
酔っぱらった客が俺にぶつかって来ようとしたので身体を回転させながら避ける。
その時、偶然、5番テーブルにもう一人男がやってきたのが見えた。
そして三人が立ち上がる。
同時にその内の一人がどこかに視線を向けた。
それを辿ると。
あの怪しい黒フードの男だ。
また、視線を戻すと男達はすでに消えていた。

「うーん、……ま、いっか」

俺には関係のない事だし。
いいよいいよと頷きながら厨房まで戻ると頭に衝撃が走った。

「良くないわよ!バカ!」
「いってー」

振り向くと、怒った顔のディアナがトレイを振りかざしている。
うおっと!

「トレイで叩くなよ!」
「もー!あの人達、帰っちゃったじゃないのぉ!久しぶりの男前だったのにぃ!」

アフターの誘いをしようとしていたディアナはマジギレして俺にトレイで攻撃して来る。
すかさず手首を掴み、宥めた。
「落ち着けって!ああ、そうだ。エリーの名前で誘っておいたから、来たらディアナに譲るって!」

男達が来る可能性はゼロだけどな。
というか来てもらっても困るんだけどな。
俺はディアナにギロリと睨みつけられる。

「来る訳がないでしょ!バカ!」
「やっぱり……」

俺はディアナから逃げるように厨房を抜けて裏扉から外に出た。
直ぐ目の前は隣の建物で人が一人通れるくらいのスペースしかない。
今は夜で、電気なんてこの世界にはないから街灯もなく真っ暗だ。
人の熱気や喧噪もないこの場所で壁に寄りかかりながら身体を休ませていると なにやら話し声が聞こえて来た。
きっとそれは常人では聞き取る事のできない会話だろう。
しかし俺はなんというか……前回のトリップ先で正体不明のじいさんにあれやこれやと鍛えられた経験がある。
人里離れた山の中に港町からトリップした俺は飲まず食わずで一日中彷徨い続け、あの時ばかりは死を覚悟したのだが、偶然、狩りをしていたじいさんと出会い、しばらくお世話になったのだ。
まず、毎回言葉が違うからそこから学ばなければならない。
じいさんに教えてもらいながらなぜかそれと一緒に体術やら剣術まで教え込まれたのだ。
詳しくは教えてもらえなかったがじいさんが城にいたって事は酔った時にちらりと聞いた。
で、その体術やら剣術は狩りの時に役に立った。
なにせ、世界が違えば野生動物だって姿形が違うのだ。
山の中には恐竜のような獰猛な動物だっていた。
そいつと戦いながら俺は一体どこに向かっているんだろうかだなんて遠い目をした時もあった。
今となっては良い思い出だ。
そんなんで野生動物を探し出し、気配を消して仕留めるという生活がこの世界に来るまでの3年続いた ものだから、普通の人よりも聴覚が良くなっていた。

「だからと言って……」

俺は聞こえて来た内容に溜息を吐き、もう一度頭の中で会話を再生した。

『ヤツらに気付かれたかもしれない』
『一度戻るぞ』
『ああ、そうだな。あの方からの命令だ。戻ったら王子を始末する』

王子って言ったらこの国の王子だよなぁ。 
確か、ジエスタ王国は2ヵ月くらい前に国王が亡くなって、第一継承権を持つ一人息子の王子が国王になるんじゃなかったっけか?
今もなかなか即位の話しがなくて客達の間で不審がられている声を聞いた事があったけど。
首を傾げていたらさっきの会話をしていた者だと思われる足音が先にある通りから聞こえてやがて遠ざかっていく。

「んー、どうすっかな」

なんて言いながらも俺はさっきのヤツらの後に付いて行った。
王国を揺るがす事件となれば低層にいる俺らの生活にも影響が出てしまう可能性もある。
それでは困るしな。
しばらく歩くと2人組の男は今にも崩れ落ちそうな感じの建物の中に入っていく。
一瞬、躊躇ったが明日の俺の平和な生活の為に!と思って踏み込むと意外や意外、中はしっかりとした 造りになっている。
外観はどうやらフェイクのようだ。

「おい、お前っ誰だ!」
「ん?」

手にランプを持った見張りだと思われる男が警戒しながら俺の前に立ち塞がった。
俺はニッコリ笑う。

「あらぁー、お兄さんいい男ねー!私、エリーよ。どう今晩?」
「客引きかぁ!?これ以上ここに近づくんじゃねえ!斬るぞ、このカマ野郎!」
「カマ野郎だなんてひどいわー!」

嘆きながら見張りの首元を素早く突いた。
突然、俺の攻撃をまともにくらった見張りは息が出来なくなりその場に崩れ落ちる。
その後、容赦なく足を振り落して気絶させた。
見張りの服の中に手を突っ込んで……あ、あった。
入り口の鍵をゲットー!
さっそく侵入開始っ!
「それにしても、エリー大活躍だな」

苦笑いしながら俺は中に入っていった。




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