「あなた達に聞きたい事があるわ。吽様に花嫁が現れたらしいのだけれど……もしかしてあなた?」

翔馬はギクッとしたが美少女の視線は明美に向けられている。
ますます笑みを深くした明美はもしそうだったらどうする?と美少女を挑発した。
途端に美少女の顔が険しくなる。

「私が吽様の花嫁なのよ!あなたじゃないわ!依子でも咲子でもない!私がっ!この私が!」
「ちょっ、ちょっと?」

さすがに明美も美少女が艶やかな長い黒髪を振り乱しながら手で掻きむしっている様子に引き気味な声を出した。
こえ〜と呟いた翔馬は美少女の身体からゆらりと黒い影のようなものが出ている事に気が付いた。
それは徐々に大きくなっていく。
ここにいては危険だと感じ取った翔馬が明美の腕を引っ張った。

「姉ちゃん、広間に戻った方がいい」
「え?」
「あの黒いの嫌な感じがする」
「黒?」

聞き返して来た明美に翔馬はまさかと思って確認する。
あれが見えてないの?と。
予想通り、なんの事?という返答が来た。

「と、とにかく広間へ……うわっ!」
「きゃあっ!」

膨れ上がった黒い影が翔馬と明美に襲い掛かった。
身体に触れた途端、ぞわりと総毛立ち、気分が悪くなる。
身体を覆っていく影から必死に逃げようとするが身動きが取れずバランスを崩して床に倒れてしまった。

「……っ!!――姉ちゃんっ!」

明美は青白い顔で同じように床に倒れている。
気を失っているのか呼び掛けても返事がない。

「ふふふふ、まだ意識があるとは……」

美少女が翔馬に近づいて来る。
ニヤリと嗤う顔に恐怖を感じた。

「まずはこの女からだ」
「やめろ!姉ちゃんに触るな!」
「憎い……ああ、憎い……なぜ私じゃないの?いえ、違うわ。私なの。花嫁は私。こいつが吽様を騙しているの。そうよ、ええ、そうだわ。この女は……殺してしまえば、いい……」

身に纏わせている黒い影が鋭利な形に変わり明美に襲いかかろうとした瞬間、翔馬は叫んだ。

「やめろ!!花嫁は俺だ!!」

ピタリと美少女の動きが止まり、血走った大きな瞳がギロリと翔馬に向けられる。

「嘘。だってあなたは男。花嫁じゃない」
「嘘じゃない!俺が魅月の花嫁だ!」
「……魅月?まさか吽様の名?名付けたの?」
「そうだ、俺が名付けた」
「そんな……吽様の名を……。ああ……ああああああ!!」

直後、殺意の矛先が翔馬に向けられた。
黒い影が身体の自由を奪っていて立ち上がる事も手足を動かす事も出来ない翔馬は伸びて来た美少女の手にギリギリと首を絞められた。
その力は、首をへし折るような強さだった。

「……ぁっ、ぐ……!」

息が出来なくて意識が遠ざかっていく翔馬は心の中で助けを求めた。
それは親でも姉弟でもなく友達でもない、ただ一人、魅月に向けて。
すると急激に胸が熱くなり、同時に美少女の身体を跳ねのけた。

「ごほっ、ごほ、……ごほ」

咳込み、涙で視界が歪む瞳に見た事のある美しい透明な玉が映った。
涙を手で拭って手にそれを持つ。
周りを見ればいつの間にか翔馬と明美に纏わりついていた影がなくなっていた。
美少女が悔しそうに顔を歪め翔馬を睨みつけている。

「おのれぇっ!!儀式までも!!」
「な、なんなんだよ!!」
「私の……私の、吽様が。違う、違う……。私が、なる。私が花嫁。お前じゃない。お前なんかじゃない!!邪魔だ。お前は邪魔!邪魔邪魔邪魔ぁっ!!!」

項垂れた頭を抱えてブツブツと呟いていた美少女が叫んだ後、顔を上げた瞬間、翔馬はギョッとして後ずさりした。
なぜなら目は眼球全体が黒くなりそこから黒い影がゆらゆらと立ち上るように揺れている。
小さなかわいらしい唇はニタリと口角を左右に引き上げ、口からも黒い影が出ていた。

「ふふ、うふっ、うふふふふっ」

翔馬は逃げようと倒れている明美に声を掛けたが目を覚ます気配はなかった。
腕を掴み、上半身を起こし、立ち上がらせようとしてもうまくいかず、そのままバランスを崩して尻もちを付いてしまう。

「姉ちゃん!起きてよ!!」

そうこうしているうちに黒い影を纏った美少女が確実に翔馬の元へと近づいてくる。
明らかな殺気を受け、翔馬は思わず身体を震わせて明美を護るようにぐっと抱き起こしている腕に力を込めた。
すると明美の手が翔馬の腕を掴み返す。

「姉ちゃん?」

無言で立ち上がった明美は美少女と対峙するように一歩前に出た。

「まったく、分家の者が邪のモノに憑かれるとはのう。翔馬を傷つけた罪は重いぞ」
「ね、姉ちゃん?」

目の前にいる明美の背から怒りを感じた。
同時に違和感も感じる。
再び翔馬が呼び掛けようとした時、明美の口からシッと鋭く空気を吐き出す音が聞こえた。
その瞬間、大きな衝撃を受けたように美少女の身体が吹っ飛んで廊下に強く身体を打ち付けた。
しかし、そんなダメージなどなかったかのように、まるで操り人形のようにすっと起き上がり、美少女はもはや人の言葉を発する事無く、耳を劈くような奇声を上げながら黒い影を明美に襲わせた。

「帰神導是繁地逢生縁慈……」

明美の口から不思議な言葉が紡がれていく。
そして白く眩い光が明美から輝き出し、襲い掛かって来た黒い影を消し去ってそのまま美少女までも、のみ込んだ。
その時、美少女を包みこんでいた黒い影が蒸発するようになくなったのを翔馬は目にした。
どさりと糸が切れたように美少女は床に倒れる。

「翔馬、もう大丈夫だ」

明美が振り返った……が。
翔馬は目の前にいる者が明美ではない事に気付いた。

「もしかして……魅月なのか?」

明美、正確には魅月が頷く。
そして翔馬を抱き締め、安心させるように背を撫でて来た。

「ちょ、ちょっと!」

翔馬は中身が魅月でも姉に抱擁されている感覚なので変な感じになり、押しのける。
魅月は明美の顔で瞬きをして大きく頷いた。

「おお、わしとした事が……」

突然、明美の身体がその場で崩れ落ちた。
慌てて手を伸ばし、姉の身体を支えていると、まるで卵の殻が割れるような音が響いて来る。
砕け散るような大きな音が鳴った直後、三那や神社の関係者らが現れ、美少女をどこかへ連れ去っていった。
それを見ていると、支えていた明美の身体が軽くなる。
いつの間にか阿が翔馬の腕から明美を抱き上げていたのだ。

「あ、姉ちゃん」
「この子はあっちで休ませるから心配すんな」

頭を撫でられた翔馬はニヤッと笑った阿に、心配するなら自分をなと言われ、なんの事やらと首を傾げた。
そこでつい先程、自分が魅月の花嫁だと公言された事を思い出し、急いでここから逃げ出そうと一歩踏み出した―――が。

「うわっ」

足が空を切る。

「どこへ行く。翔馬」
「みみみみ魅月!?」

後ろから魅月が翔馬の身体を抱き上げていた。
下ろして!言うと案外素直に床の上に下ろしてくれた。
しかし正面を向かせられると念入りに怪我はないかチェックされる。

「俺はどこも……」
「無事で良かった」

ギュウッと胸に抱き締められた翔馬は少し早めに鼓動する魅月の心音が耳に聞こえて来た。

「あ、あれは何だったの?」
「弱き心に巣食った陰の気だ。それをここまで育てあげるとは……」

魅月が手にしていたものを翔馬は見た。
それは宝玉だった。
しかし翔馬の知る透明で綺麗なものではなかった。
宝玉の中を蠢く黒い靄がまるで意志があるようにそこから出ようとぐるぐる蠢いている。




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