4 熱い手が身体のあちこちを慰撫するように触ってくる。 それがとても気持ちが良い。 もっと触って欲しいと願ってしまう。 ふいに胸の奥深くに何かが入って来た違和感があった。 だがそれは直ぐに自分の一部として同化してしまう。 あって当たり前のような足りなかったものが補われたような感覚がした。 その後に歌のような祷りの言葉が紡がれていく。 しばらくふわふわとしたいい気分に酔っていると自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。 愛おしそうに自分の名を呼ぶ声が。 「誰……?」 「翔馬」 「……魅月?」 「ああ、わしだ」 目を開けると金色の瞳が優しく翔馬を見つめている。 その瞳を見つめ返しながらどうして自分が布団の上に横たわってるいるのだろうと考えた。 すると徐々に思い出し、一気に警戒して身体を強張らせた。 「儀式は終わった」 「儀式……?」 「ああ」 儀式がなんの事だか分からなかったが翔馬は胸元が乱れていた着物を直しながら起き上がる。 今の時間を知りたくて時計を探すが見つからなかった。 「魅月、神社に戻って」 「そうだな。当主に報告も兼ねて戻るか」 やっと戻れると分かって翔馬はホッと息を吐く。 魅月が沙羅を呼び、翔馬は服を返してもらってそれに着替えた。 そして手を取られ、また庭園の中の台座へと向かった。 沙羅が翔馬と魅月に対して深く頭を下げる。 「いってらっしゃいませ」 「では、翔馬、こちらへ」 翔馬は魅月に抱き上げられ台座の中へと入っていった。 また緋榮神社に戻る事が出来た翔馬は安堵して魅月の腕から下りようとしたが 離してはくれなかった。 「下ろしてよ」 「何を言う。靴を履いておらぬではないか」 「あ」 靴は本殿に置いてしまっている。 もし人がいれば翔馬は何が何でも離れようと暴れたが周りを見渡しても誰もいなかったので本殿へと歩いて行く魅月に大人しく連れて行かれる事にした。 それにしてもと翔馬は思う。 ニュースで狛犬がなくなったという情報が流れていたにも関わらず、翔馬が緋榮神社に来てから 魅月達以外の人に会っていなかった。 果たして、身近にある緋榮神社に町の人達はこんなにも無関心なのか。 それに事件の事がなくとも人ひとりいないのもおかし過ぎる。 「ねぇ、魅月」 「何だ?」 「どうして人がいないの?」 魅月は翔馬の問いにほほ笑んだ。 「ああ、それはここが結界内だからだ」 「は?」 「表の世界とは切り離されている」 「は?」 目が点になっている翔馬に魅月はさらに詳しく説明をした。 「我らが動けば騒ぎになってしまうだろう。だからこの緋榮神社の周囲には当主が結界を張っているのだ。故に人はここに入る事は出来ない」 「え、だって俺は?」 「翔馬は花嫁の資格があった。だから自然と結界内に入る事が出来たのだろう」 「だって今まで……」 翔馬は今まで幾度も緋榮神社に来ているがこんな事は今日が初めてだった。 困惑していると魅月が愛おしそうに目を細める。 「花嫁の資格はいつ訪れるのかはっきりと分かっていないようだ。翔馬が今日わしの前に 現れたのは運命だったのかもしれぬな」 「運命って……」 そのセリフに翔馬は恥ずかしくなってしまい視線を逸らした後、もう一つ疑問に思っていた事を 質問する。 それはなぜニュースになるほどの事が起きてしまったかだ。 すると魅月は先程とはうってかわって渋面になった。 「あのバカのな……」 あのバカと聞いて翔馬は獅子である阿を思い浮かべる。 「濃密な陰の気を封じてあった宝玉を邪のモノが狙いに来てい たのだが、表の世界で花嫁を見定めていた阿の関心はまるっきりそっちにいっていてな、早く言えば油断していたのだ。全く情けない。 思っていたよりもその邪なモノの力が強くて阿の宝玉を盗られてしまい、 わしが直ぐに後を追い掛けて行ったのはいいのだが結界が一部壊されてしまって、そこを人がたまたま見てしまったのだろう。台座の上に狛犬がないという騒ぎになってしまった。本来はそこに存在しているのだが今は話しを合わせて一時的に見えないようにしてある」 「そうだったんだ」 「まぁ、その件に関しては神主に任してあるから問題なかろう」 いろいろと話しているうちに翔馬は本殿へ上がってしまった。 帰ると言って魅月の腕の中でもがいていたが結局、また当主がいる大広間へと連れて行かれてしまう。 すると意外な人物がいて思わず驚いた声を上げてしまった。 「え?父さん?母さん?姉ちゃんも!」 翔馬の両親と姉が上座にいる当主と対面をしていたのだ。 魅月の腕から下りて家族の元へと駆け寄ると翔馬の方を向いて頭を下げて来る。 正確には後方にいる魅月に対してだ。 「翔馬の両親、姉弟よ。頭を上げよ」 「今、我が息子、翔馬が貴方様の花嫁に選ばれたと、ご当主から説明を聞いたところです」 魅月に頭を下げたまま翔馬の父親が恐れを抱くように声を若干震わせた。 翔馬はこれ幸いと家族の前にしゃがんだ。 きっと家族が反対してくれると思って口を開いた時、上座にいる当主が魅月に話し掛けた。 「花嫁の家族を呼んだ事、悪く思うなよ。いずれ分家の者達の耳にも入るだろう。 中には花嫁に対して良くない事を思う者も出て来るはず。その前に打てる手は打っておかねばな」 「分かっている。すでに我が宝玉は翔馬の中。もう手出しは出来ないであろうよ」 「おお、それは良き事だ」 怪訝な顔をした翔馬に魅月が手を差し伸べる。 「翔馬、こちらへおいで」 「お、俺、もう帰るし。ね?父さん」 魅月の言葉に頭を振り、家族を振り返ったが。 「翔馬、お前の家はこちらだ」 「え?何言ってんの?父さん」 「そうよ、翔馬。ご迷惑はかけないようにね」 「か、母さんまで」 まさか両親から言われるとは思わず、ショックのあまり固まっていると、 姉の明美が翔馬の腕を引っ張った。 「翔馬、ちょっと」 「姉ちゃん、何がどうなってんの!?」 「情けない顔するんじゃないわよ。あ、すみません。ちょっとだけでいいんで 弟と二人で話しをさせて下さい」 明美は堂々と魅月に許可を求める。 「ふむ、別に構わないが」 「では少しの間、失礼します」 翔馬は明美に引っ張られるように広間から出て廊下に出た。 そのまま少し離れた所で歩みが止まる。 「翔馬……」 「姉ちゃん」 「あんなイケメンと知り合ったならすぐ私に知らせなさいよ!」 「はぁ!?」 「ま、その話しは後でするけど、先にあんたが花嫁だっていう事ね」 「そ、そうなんだよ!おかしいよ!父さんも母さんもどうしちゃったんだよ!」 縋るように明美に近寄ったところでパコンっと頭を叩かれた。 翔馬は痛さに頭を抱える。 「いてぇっ!何すんだよっ」 「落ち着きなさい。ちゃんと話すから。あんたも話しを聞いたとは思うけど、どうやらうちってものすごぉーく遠い分家なんだって。父さんはその話しを昔、お祖父ちゃんから聞いていたみたい。だけど知ったところで別にだから何?って感じじゃない?別に重要視するような事じゃないしね。だけど、そうはいかなくなったのよ」 軽い感じで話していた明美だったが一変、真面目な顔になる。 頭を擦っている翔馬の鼻先に人差し指を近づけた。 「翔馬が狛犬の花嫁に選ばれてしまった」 「ち、違うっ!俺は花嫁なんかじゃない!」 明美の言葉に翔馬は必死に否定する。 すると再びパコンっと頭を叩かれた。 「落ち着きなさいって言ってんでしょ。否定したい気持ちは分かるけど、これってすごく名誉ある事なんだから。あんたが花嫁になった事によってこの土地の権力者である緋榮のもっとも近い分家にウチはなったわけ。現在本家に近い分家にいる者がこの事知ったらすごくくやしがるでしょうね……あら?」 明美が翔馬の後方を見ている。 つられて翔馬も見てみると目を吊り上げた翔馬と同い年くらいの制服姿の美少女がこちらへと早足で近づいて来るところだった。 「さっそく分家のお出ましね」 「え?」 翔馬達の前の立った美少女が怒りも露わに睨みつけて来る。 その迫力に翔馬は自然と後退してしまったが明美はおもしろそうに口角を上げた。 main next |