はたして進んでいる方向があっているのかも分からずに雨が上がった林の中を走っていると本殿らしき建物が見えて来てさらに足を速める。
すると狛犬と獅子が不在の台座も視界に現れた。
よし、この先の階段を下りて参道を真っ直ぐ行けば……っ!と踏み込んだ時、目の前に魅月が 優雅に着地した。
すうっと金色の瞳がこちらに向く。

「翔馬よ。靴もはいておらぬ足でどこへ行く。泥だらけではないか」
「……」
「怪我でもしたら大変だ」
「お、俺はっ!家に帰るんだ!付いて来るなよ!」

腹の底から魅月に叫び、迂回して階段のところまで行こうとするが長い腕が翔馬を抱き込んだ。
離せ!!と暴れる翔馬を魅月はあやすように背を撫でる。

「離せよ!!離せーー!!」
「翔馬、落ち着くのだ」
「やだ!やだ!家に帰る!!」
「翔馬の家はここだ」
「違うっ!!」
「わしの花嫁になったのだからここが家だ」
「俺は花嫁じゃない!!魅月の花嫁なんかじゃない!!」

叫び暴れる翔馬に魅月は悲しそうな顔を見せた。

「そんな事、言わないでおくれ」
「……っ」

魅月の哀愁を漂わせる雰囲気になんだか翔馬は自分がとても悪者になったような感じがした。

「何、何ー!?吽、振られちゃったの〜?じゃあ、俺にその子頂戴っ!」

突然、明るい楽しそうな声がして翔馬がその方へ振り向くとニヤニヤしている阿が いた。
しかし、どあっ!?と声を上げた阿がそこから飛び退くと同時に地面がざっくりと抉られていた。
翔馬を抱いたまま魅月が無言で顔だけ動かす。

「うわっ、や、やべ〜っ!こりゃマジ顔だわ……」

魅月を見た阿が途端に後ずさりし始める。
翔馬からは魅月の表情は見えなかった。
どんな様子なのか気になって身体を動かせば逃げようとしたと思われて 腰に回されている魅月の手に力がグッと入る。

「残念よのう。また獅子の代替わりをしなければならないとは……」

もう片方の手をパキパキと鳴らし鋭い爪を光らせる。
阿は焦った顔でブンブンと頭を勢いよく左右に振った。

「うわーーーー!!まだ花嫁見つかってないのに死ぬのやだ〜!!」

踵を返して阿が逃げる。
魅月が手を振ると凄まじい風が巻き起こりそれが阿へと襲い掛かった。
しかし、すんでのところで右側の台座に阿が飛び込むと吸い込まれるように その姿が消えた。

「逃げおったか。相変わらず逃げ足だけは速い」
「阿が消えた……」

ポツリと呟いた翔馬に反応して魅月がひょいっと抱き上げた。

「ちょっ、魅月!俺は帰るって言ってるだろ!?」
「わしの家に案内しよう」

スタスタと左側の台座まで歩くと止まることなく踏み出す。
このままだと、どう考えてもぶつかってしまう。
翔馬が声を出そうとしたその時、ひんやりとした感覚に包まれて空間がぶれた。
魅月の足がトッと地に着いた音が聞こえたと同時に 立派な日本庭園の中にいる事に驚いて目を丸くした。
振り返ると先程と同じ台座はあったが、場所が全く異なる現実に口を閉じるのを忘れてしまう。
そんな翔馬は魅月に抱き上げられたまま 綺麗な花に囲まれた台座から離れ石の橋を渡って行く。
立派な鯉が大きな池の中を悠々と泳いでいる様子を魅月の腕の中から見下ろしていると 着物を来た女性が橋の傍に立っていた。
魅月の姿を認めると一礼する。

「お帰りなさいませ」
「沙羅、我が花嫁に清めの準備を」
「花嫁……。あぁ……っ!なんて喜ばしい事でしょう!」

魅月に沙羅と呼ばれた妙齢の女性は目元を和らげ魅月の腕の中にいる翔馬を見つめた。
そして御意にと返事をするとその場を離れて行った。
誰だろうと思っている翔馬に魅月は沙羅は女官だと言ってまた歩き出す。

「ねぇ、魅月。ここはどこなの?」
「ここはわしの家だ」
「家って……」

翔馬は目の前にある和風の屋敷を首が動かせる範囲で見た。
緋榮神社にも負けず劣らずの建物だ。
一体どれだけの広さがあるのかここからではすべて把握する事が出来ない。
魅月は屋敷に上がり込むと塵一つないどこまでも伸びている長い廊下を進んで行く。
朱の欄干に施されている細かい彫刻がとても美しく翔馬はしばらくの間 ずっとそれを見ていた。

「翔馬は欄干が気に入ったのか?」
「え?だって……模様が同じように見えて違うから……って」

ハッとした翔馬は慌てて魅月をぐいっと押して下りようとした。
現実離れした事が起きて抱き上げられていた事を忘れてしまっていたのだ。
しかし足が泥で汚れている事に気付いて動きを止め、渋々下りる事を諦めた。
広い畳の部屋に来ると先程会った沙羅が正座をして深々と頭を下ていた。

「準備は整っております」
「そうか、では頼む」
「畏まりました。花嫁様、おみ足失礼致します」

翔馬は沙羅に断る間もなく汚れている靴下を脱がされ、足を拭われてしまった。
そしてようやく自分の足で立つ事が出来た途端、魅月にこの者についくのだと言われて背を押される。
この先自分がどうなるか全く把握出来ずにいる翔馬は不安を隠せない顔で魅月を見上げた。

「お、俺、家に帰るから」
「翔馬の家はここだと言っておる」
「違うって!緋榮神社に戻ってよ!」
「分かった。だが一つやる事がある。それが終ったら戻ろう」
「本当に?」
「ああ、だから沙羅についていくのだ」

早く帰りたい翔馬は頷いて沙羅に案内されるがまま、歩いて行った。
しばらく後を付いていくと渡り廊下を進んだ先の奥まったところで沙羅が止まった。
そして金の縁取りがされてあるえんじ色の両扉の取っ手を掴んで開けると、中へ翔馬を促した。
そっと入ると六畳ほどの板張りの部屋があり、ひんやりとした空気に包まれる。

「あの……」
「足元にご注意を。そこから先は階段になっています」

見ると確かに部屋の中心に下に行ける階段がある。
振り向くと頷かれ、翔馬はそっと手すりを掴みながらゆっくりと階段を下りた。
すると水の音が聞こえてくる。
周りを見れば鍾乳洞のような空間が広がっていた。
そして目の先にあるのは遥か上から流れ落ちている滝があった。

「翔馬様、こちらへお着替え下さい」

沙羅に渡されたのは白装束だ。

「何をするんですか?」
「禊でございます。この禊場で外界の穢れを清めて頂きます」

何でこんな事をするんだろうかと疑問に思ったがここから神社に戻るためだと 己に言い聞かせて白装束を受け取った。
衝立のようなものが用意されてあり、そこで翔馬は服を脱いで着替えた。
その後、水の中へ足を入れたが反射的にすぐに上げてしまった。

「冷たっ!」

温度が低すぎる水に再び足を入れる事を躊躇ってしまう。 しかし覚悟を決め、ジワリジワリと慣れさせながら 気合いで徐々に深くなっていく水の中へ入っていく。
滝の近くまで行って少しの間耐え、もういいだろと判断して急いで水から上がった。

「さ、寒いっ」

身体を震わせていると柔らかい布に包まれた。

「翔馬様、お着替えを」

着ていた服に着替えようとした翔馬だったが沙羅が衝立の内側に現れ、驚いた声を上げて下半身を慌てて隠した。
沙羅は気にする事もなく美しい白い着物を翔馬に着付けていく。
もちろん抵抗したが女の人相手に本気で暴れる事も出来ず、なんとか大事な所は見られないよう するしかなかった。

「これって……もしかして女ものじゃないですか?」

高校の歴史の教科書で見た事がある床に引きずる着物を着ていたのだ。
それに下着を穿いていないので違和感があり、着ていた服を取ろうとしたところで沙羅にそれを奪われて しまう。

「あ、ちょっと!」

その中には下着もあるので翔馬は恥ずかしくなり、慌てて取り返そうとするが思うように動けず 不安定な岩場で転びそうになる。
すると、左右からガッシリとした腕が伸びて来て翔馬の身体を支えた。
沙羅以外の誰かがいるとは思わなかったので驚いた顔で見上げると同じ顔をした凛々しい青年二人が 翔馬の手を恭しく取る。

「あの……」
「翔馬様、その者どもは右近、左近と申します。お手を触れる事をお許し下さい」

沙羅の言葉に、右近と左近は翔馬に対して頭を下げる。
転ばないように手を取ってくれているのは分かっているので、翔馬はすみません……と言って よく分からないままに、また魅月の元へ連れて行かれた。








禊を終えた翔馬は愛おしそうな顔した魅月に出迎えられた。
引き寄せられてすっぽりと腕の中に収まってしまう。
慌てて腕を突っぱねている間に、沙羅や右近、左近は退出して部屋の中は翔馬と魅月だけになっていた。

「み、魅月、離せって」
「翔馬、綺麗だ」
「はぁ!?」

ずっとイケメン好きな姉に残念そうな顔で見られていたので己が平凡な容姿だという事はよく自覚している。
綺麗だという言葉に思いっきり顔を顰めてしまった。
だが、魅月は本当にそう思っているのか熱い視線で翔馬を見つめる。

「そ、そんなに見るなって!」

なぜかむずむずしてきた胸を押さえて翔馬は視線を逸らした。
すると魅月から笑った気配を感じる。
同時に軽々と横抱きにされて声を上げた。

「うわぁっ!何すんだよ!なぁ、禊ってやつをしたんだから神社に戻してくれるんだろ?」
「ああ、儀式を終えたらな」
「儀式?」

隣に続く薄暗い部屋に抱かれたまま入った途端、お香の匂いに包まれる。
花のような甘い不思議な匂い。
嗅いでいるうちに身体から力が抜けていくような感覚を感じていると柔らかいところへ下ろされた。
そこが布団だと分かった時には魅月の顔が直ぐ目の前まで来て翔馬の唇が塞がれた。

「なっ……ぅんっ」

まさか二度もキスされるとは思わず目を丸くしていると咥内に口移しで何かを流しこまれる。
鼻に抜けるのはアルコールの香り。
お酒だと認識して咄嗟に吐き出そうとしたが魅月がそれを阻止して結局飲み込んでしまった。

「なんで、お酒っ」
「清めの酒だ」
「は、離れろよっ」

覆い被さるように密着してくる魅月を押し、遠ざかろうとして失敗する。
なぜなら思うように身体が動かなくなっていたからだ。
なぜ?と考え、お香のせいだと気付いた時にはすでに遅かった。
魅月が翔馬の着物の帯を解く。

「や、やだ、魅月……」

抵抗もままならず、力が全く入らない。
拒否し、非難する言葉も声にならない。
嫌だと思っていても理性が翔馬の中からどんどんなくなっていく。

「ぁ……っ!はっ、……んん!」
「真、かわいらしいのう」

誰にもまだ穢されていない無垢な身体を堪能するように魅月の手が翔馬の肌を這う。
すでに誰かのものではなくて良かったと魅月は目を細め口角を上げる。
もしも翔馬に恋人がいたならばこの爪で引き裂かなければならなかったからだ。
ずっと探し求めていた花嫁。
長年生きていて花嫁を見つけられず、この世を去っていた仲間達を幾度も見ている。
それ程、花嫁を見つけるのは難しいのだ。
絶対に誰にも奪われてたまるものか。
出来る事ならこの屋敷から一歩も出したくないと思う。
しかし……。

「翔馬はそれを嫌がるだろう」

そっと、胸の敏感な部分を触るとビクンっと翔馬の身体が跳ねた。
媚薬効果のあるお香のせいで翔馬の目は潤みとろんっとしている。

「儀式が終わればわしのものだけになる」

翔馬の胸の上の魅月の宝玉が置かれる。
すると溶け込むように宝玉が翔馬の中に消えた。
魅月はその部分に唇を落とす。

「翔馬、我が花嫁」




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