大広間の上座に緋榮神社の当主が座り、傍に吽と呼ばれていた銀髪の男と阿と呼ばれていた金髪の男が控えるように座っている。
翔馬はすでに正座している足がしびれてきて、神社の一番偉い人の前に いる事もあり内心焦っていた。

「まず、この阿の宝玉を見つけてくれた事に礼を申す」
「えっ。あ、いや……俺はその偶然、拾っただけなんで」

深い藍色の着物を身に付けている精悍な容姿の当主は30代半ばくらいに見えたが 威厳に満ちた雰囲気がそれ以上の年齢に感じさせていた。
神聖さがひしひしと伝わって来る大広間のせいなのか当主が視線を逸らす事なく先程からずっと 翔馬を見ているせいなのかだんだんと緊張も高まり、ダメだ、もうここにいたくない! 大人しく家でマンガを読んでいれば良かった!と 後悔が生まれ自分から早々に話しを切り出した。

「あのっ、すみません俺、帰ります!お邪魔しました!」

立ち上がろうとする翔馬に斜め後ろに座っていた三那があっ!と声を上げたがそれを無視して 急いで去ろうと一歩踏み出したところでしびれて力の入らない足がくにゃっと曲がる。

「うわっ」

バランスを崩した翔馬が転ぶ寸前、逞しい腕が身体を支えた。
さっきも同じような事があったような……とゆっくりと顔を上げると 金色の瞳を細め笑んでいる銀髪の男が。

「あ、すみません……」

支えている腕から離れようとするがしびれた足が自由に動かせない。
その間に軽々と横抱きにされてしまった。

「ちょ、ちょっと!?」

銀髪の男の行動に当主と三那が笑んだ。

「吽よ。真にめでたい事だ。すぐに祝言を挙げるか?」
「それはいいですね!あ、でも三珠祭の時でも良い気がします!」

翔馬は自分の知らない所で話しがどんどん進んでいるような気がして、 思わず銀髪の男の着物を掴んだ。

「当主、三那よ。この童子は何も知らないのだ」
「知らないとはどういう事だ」
「言葉通り、何も理解していない。我々の事も宝玉の意味も今の状況も」

三那がそうだったの!?と驚いた声を上げ、当主は黙って頷いた。

「という事だから、離れでわしの口からこの童子に一から説明してもよいかの?」
「吽の好きにするが良い」
「感謝する。ではまた後に」

広間を出た銀髪の男に翔馬は横抱きにされたままどこかに連れて行かれる。
帰りたいという意志を伝えると話しだけでも聞いてからにしてくれぬか?と 懇願され、それを断るのはなぜか心が痛んだので、しぶしぶ頷いた。
離れは本殿から伸びる渡り廊下を真っ直ぐ行った所にある。
何室かある部屋の一室に入るとようやく下ろされた。
その時には足のしびれもなくなり、普通に立つ事が出来て翔馬はホッと息を吐いた。
銀髪の男が腰を落とし胡坐をかいた。

「楽にして座るといい」
「あ、はい」

翔馬も胡坐で男と向きあった。

「まず、わしはこの緋榮神社の狛犬で吽という」
「……は、はぁ」

先程から銀髪の男を吽と呼び金髪の男を阿と呼んでいたからそれが名前なのだろうと 分かってはいたが、吽とは言いにくい名前だなと思う。
それが顔に出ていたのか吽は苦笑いをした。

「もし吽が呼びにくかったら好きな名前で呼んで構わないぞ」
「え?」
「吽とは狛犬を差す共通の呼び名だ」
「狛犬って……本当に?あの狛犬?」
「そうだ。今は人型になっているが本来はあの姿だ」

信じられない話しだが……目の前の男が人間では到底不可能な事をしていた上になにより翔馬自身が あの不気味な影の存在を実際に見てしまっている。
なので人間には持ち合わせない髪と瞳の色彩がある事に狛犬だと言われればそれはそれで 理解せざるを得ない。
翔馬は他に納得がいく説明が出来ないのだから。

「……じゃあ、あの、阿と呼ばれていた方は獅子って事?」
「そうだ」

翔馬は阿を思い出しあの金色の髪は獅子だからかと合点がいった。
それでは目の前にいる狛犬の本来の姿は銀色なのだろうかと想像していたら決まったか?と聞かれた。
決まったって何?と首を傾げるとわしの名前だと言われる。

「お、俺が付けるんですか?」
「そうだ。何でも良い」

すごく期待しているような目で見られて、ムリです!と断れなくなり 頭をフル回転させて考えた。
ゲーム上の名前やペットの名前をつけるとは訳が違う。
変な名前は付けられない。
必死になっている翔馬の姿に吽はほほ笑む。
もともと綺麗な吽だ。
笑えば自然に目が奪われてしまう。
恐怖心と警戒心が薄れた今、物事を冷静に見る事が出来るようになって思わず見惚れてしまった。
その時、弓なりに細めた金色の瞳を見て翔馬は三日月を思い浮かべた。

「みつき……は?」
「みつき?」
「うん、さっき目がすごく綺麗な三日月みたいに見えたから、魅せる月って書いて魅月」
「魅月……」
「あ、嫌だったら言って下さい」

何度も噛みしめるように魅月と繰り返している吽はそれは嬉しそうな顔で翔馬に礼を言った。

「礼を言う。わしは童子から魅月という素晴らしい名を授かった。これからわしの名は魅月だ」
「本当にそれでいいんですか?」
「ああ」

はっきりと肯定した魅月から翔馬は名前を聞かれた。
名乗っていなかった事に気が付いて渡里翔馬ですとペコッと頭を下げて 自己紹介をする。
すると、なるほど渡里家の者かと頷かれた。

「え?」
「緋榮の分家には渡里家がある」
「いや、俺の家は分家とかそんなんじゃないですよ?」
「緋榮も遡れば平安時代と長く、分家の渡里もそれと同等の歴史がある。 それ故、広く枝分かれして元を辿れば実は渡里は緋榮の分家だと言う事を 知らぬ者達が多くいる。この土地の渡里の名前が多いのもその一つだ」

そしてと魅月は続けて渡里家の役目を翔馬に教えた。
渡里家はその名の通り里に渡す者。
里は狛犬と獅子の里を示す。

「狛犬と獅子の里?」
「そうだ、この国には各地に結という扉がある。その向こうは我々のような者もいれば 怪しの住む世界も広がっている。 そこを管理しているのが緋榮を含めた力を持つ家だ。それぞれ管理している扉も違ければ その向こうにいる者も違う」

翔馬が知らなかった……と呟くと魅月はそれは暗黙の掟で他言無用だからだと笑った。
そこでどうしてその大事な事を俺に話しているのだろうかと疑問に感じて理由を聞くと それはこの緋榮神社に祀っている三つの宝玉にあるという。

「二つの宝玉はわしと阿がそれぞれ持ち、最後の一つは当主が持つ。 宝玉には邪のものを祓う力がある。この土地に溜まる邪気を封じ、三珠祭の時に清めるのだが、 あのバカ者が命と同等の宝玉をよくなくすのだ」
「え!?」
「今回も花嫁を探していて現をぬかしている時に邪のものに盗られてしまってのう」
「もしかしてあの……真っ黒な影?」

うむと魅月は頷く。

「邪気を封じると言う事はそこに陰の力が集まるという事。邪のものにとっては 喉から手が出るほど欲しいだろう。今の阿に獅子が代替わりして数年前が経つが あれは歴代の獅子の中で間違いなく 一番の問題児だ」
「……う、うん」
「あやつの頭には嫁探ししかない」

嫁探し?って何だろうと思っていると耳に溶け込む心地のよい声で 不思議な一節を翔馬に言った。

「宝玉に触れる者、濁りなく美しく清らかに輝かせるならば、花嫁の資格あり」
「どういう意味ですか?」
「元々、我々狛犬と獅子は一生の内、一度だけ娶る。この世に生まれた時に決まった 運命の相手と。もちろん、巡り会えないこともある。だがわしたちは花嫁となる者を ずっと探しているのだ。きっと見つかると信じて。本来わしたちが生まれてくる時、 宝玉を持って誕生する。もともと透明な玉なのだが邪気を封じれば黒く濁って来る。 三珠祭で祓えば清らかな綺麗な玉に戻る。しかし花嫁はいつでもわしらの宝玉を祓った時と 同じような状態にできるのだ」
「花嫁が邪気を祓うって事ですか?」
「そうだ。特別な事もせず、無条件に祓う事が出来る者、それが花嫁」

へーそれはすごいですね、と感心したように返答すると魅月が、翔馬の手を取り その上に手を重ねた。
そして手をどかすといつの間にか翔馬の手のひらに美しい宝玉が乗っている。
どうやったんだろうと不思議に思っていると急に抱きこまれ、驚いて魅月の腕の中で 固まった。

「やはり、ああ……阿の浄化した宝玉の輝きを見て確信はあったものの、こうして 実際にわしの宝玉で確認するまではどこか不安な部分もあったが……ようやく、ようやくだ」
「あの……み、魅月?」

名前を呼ぶとさらに強く抱き締められる。
そのまま魅月は話し始めた。

「長年、生き続ける狛犬や獅子の宝玉は強い邪気を多く封じられるがその分、浄化に手間がかかる。 それはただでさえ容易ではない花嫁探しがさらに困難を極めると言う事。なぜなら 強い邪気にまみれた宝玉を一瞬で浄化させる者を見つけなければならないからだ」
「魅月……ちょっと、苦しい」
「おお、すまぬ。わしとした事がこの歳になって感情が抑えきれずに高揚してしまった」

解放されてふうっと一息吐いた翔馬は手に持っていた宝玉を魅月に返そうと差し出した。
それを受け取った魅月はまるで愛しむように撫でる。
その光景を見ているとなぜか翔馬の心がむずむずとした。
なんだろうと胸を撫でながら、えっと、花嫁がみつかったそうで良かったですね。 そろそろ俺、帰ります、と言って立ち上がろうとした途端、どこに行くと手を掴まれた。

「どこって……俺の家ですけど」
「翔馬の家はここだ」
「は?」

間の抜けた声を出す翔馬とは対照的に魅月の顔は真剣だ。
ぐいっと引き寄られて腰に手が回ってきた。

「新しい家を作っても良い。翔馬の希望通りにしよう」
「は?」
「わしの花嫁よ」
「はっ!!?」

熱い眼差しで見つめられて、花嫁って俺ぇ―――――!!?と翔馬は絶叫してしまった。
どどどどどうしよう、俺男なんだけど。
どこからどうみても男なんだけど。
まさか女と間違われている?
早く訂正しないと!!
間違いは早く正せとばかりに翔馬は自分を落ち着かせながら魅月を見上げた。

「お、俺は男なんで花嫁はなれません!!」
「翔馬が男なのは知っておるぞ」
「え!?だったら……っ!!」
「花嫁に性別は関係ないのだ」

わしは翔馬が欲しいと言わんばかりの熱い目で見つめられて思わず顔を赤くしながら パクパクと口を動かした。
魅月の指が翔馬の唇に触れる。
顎を持ち上げられ、だんだんと魅月の顔が間近に迫る。

「ま……」

待ってと言う前にひんやりとした唇が重なった。
初めての他人とのキスに経験の全くない翔馬はピシッと固まった。
しかし、我に返って顔をそむけようとしたが後頭部を覆う大きな手がそれを邪魔する。

「ん、止め……っ!んぁっ、や……!」
「ふふ、愛い子よのう」

キスに慣れていないのがまるわかりな翔馬の反応に魅月はほほ笑んだ。
何度も角度を変えてはキスをされ翔馬は俺のファーストキスがー!!と嘆きながら、 必死に逃げる事を考え始め、ガブリと魅月の唇に噛みついた。
するとようやく口が離される。
魅月の唇からまっ赤な血がジワリと溢れて来ているのを見て心が痛んだ翔馬だが いや、キスをした魅月が悪いと睨みつけた。

「むむ、噛むとは……」
「俺は悪くないっ!!」

怒っている翔馬を魅月は困った子を見つめるような甘い顔でほほ笑んだ。

「そうだな。急にしたわしが悪かった」

頭を撫でようと伸ばしてきた手を翔馬はバシッと叩く。
そして立ち上がり身を翻して部屋の障子を開け、そのまま廊下から地面に下り立ち、 靴下のままで走った。
緋榮神社を出て家に帰る為に。




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