『――次のニュースです。重要文化財にも指定されている緋榮神社で早朝、本殿の前に配置されて ある狛犬と獅子の内、狛犬の方がない事に気が付き警察に盗難届けを出していた事が分かりました。 狛犬の大きさは2メートルを越していてかなりの重量もあり、犯人は単独犯ではなく複数人で 尚且つ土地勘があるのではないかとの考えです。 二週間後には三珠(さんじゅ)祭もあり地元住民は一刻も早く狛犬を返して欲しいと 切実な思いで訴えていました』

女性アナウンサーが原稿を読み上げると隣にいた男性アナウンサーが眉間に皺を寄せながら 先程の話題に触れる。

『三珠祭といえば狛犬と獅子が主役のお祭りですよね』
『ええ、そうです。とても長い歴史があり、平安時代から行われている伝統あるお祭りです』
『その狛犬を盗っていくなんて犯人は一体何が目的なんでしょうかね。 早く見つかって欲しいですね』
『そうですね。――次はお天気です』

テレビの画面がテレビ局の外になり、お天気お姉さんが傘を差して現れた。
しとしとと雨が降っている中で今の状況を知らせてくる。

『今、毎日TV前はごらんの通り朝から降っている雨がお昼の今も降り続けていますが 雨脚は弱まってきています。雨は午後には止むでしょう。 では、全国の天気を――』

そこで突然チャンネルが切り替わる。
一瞬にしてバラエティ番組になってしまった。
ムッとした顔で振り向くのは渡里家長男、高校1年生の翔馬で、 二ィっと勝ち誇った顔でイスに座っている弟を見下ろすのは渡里家長女、大学2年生の明美だ。

「何すんだよ。リモコン返せよ」
「いやよ。いつも私この時間はこれ見てんだから。あんたいつも日曜は どっかに遊びに行ってんでしょ?」

だから早くどこかに遊びに行け、とリビングから追い出そうとする明美に対して窓を指差し、 雨だから家にいるんだよと翔馬は反論した。
明美は窓をちらっと見て興味なさそうに、ふーんと返事をしただけで意識は完全に テレビの方に向いている。
姉に弱い翔馬は男のアイドルグループがやっているテレビを見るんだったら部屋でマンガを読んでいた方がいいとテレビを諦め、イスから立った。

「あ、そうだ。何か緋榮神社で事件があったみたいだよ」

翔馬の言葉に明美が反応した。

「緋榮神社ってあの緋榮神社?」
「そう」
「事件って何?」

緋榮神社は翔馬が住んでいる町にある。
年末年始はもちろん行事があれば緋榮神社に行っていたので身近にある神社で事件となれば 何が起きたか興味が湧く。
食いついてきた明美に翔馬は何も言わずリビングから出てドアを閉めた。
姉に対する弟の仕返しだ。
なんで何も言わないのよー!というどなり声が二階に上がる翔馬の耳に聞こえて来て してやったりと笑った。

しばらく自室のベッドでマンガを読んでいた翔馬だったがさっきのニュースが気になっておもむろに立ち上がる。
ポケットに携帯と財布を入れて階段を下りた。
リビングを覗くと明美がテレビに夢中になっている。
姉は自他共に認めるイケメン好きだ。
小さい頃から翔馬の顔を見てあんたがもう少し顔がよければねぇと言われ続ければ 自然にアイドルグループを見るのが嫌になって来る。
人の事を言える顔してんのかよ……と過去に言った事があるがそれはものすごく恐ろしい目に 遭ったのであれから反論していない。
玄関で靴を履き傘を持って外に出る。
どんよりとした黒い雲が大空を覆っていて昼間にしては薄暗かった。

「雨、小降りになってきたな」

傘を広げ、緋榮神社に向かって歩き出した。
住宅地を抜けると畑が広がる。
畑の中の一直線の道を進むと林があり、さらにそこを通れば緋榮神社に行き着く。
地元の者達が知っているちょっとした抜け道だ。
雨が降っているせいか畑には人がいなかった。
さらに林の中に行くと人に合う気配すらも感じさせない。

「みんな見に行ってないのかな?」

長年、人が行き交って自然と道になった林道を歩いていると突然、バチンッ!!と大きな音と共に 頭上で光が光った。
雷!?と驚いて見上げるが雨が降り続けているだけで特になにもなく、訝しんでいると木々の葉を揺らして何かが落ちてきた。
咄嗟に避ける事が出来ず、額に固いものがゴツンっと当たる。
その衝撃の痛さに涙目になってしゃがみこんだ。

「いってぇーーーーーっ!!」

必死に痛みに耐えていると元凶の物が足元に転がっている。
傘の中棒を肩に挟み、痛む額を抑えつつもう片方の手でそれを拾い上げた。

「何だコレ?透明な玉?」

翔馬の手のひらにある直系5センチ程の透明の玉は雨に濡れた土に落ちたというのに 汚れが一つも付いておらず綺麗にキラキラと光っている。
まるで邪のモノを浄化するような美しさに見惚れていると、今度は目の前に人が降って来て 音もなく着地した。
翔馬の見開く目に映るのは白い着物に包まれている銀髪でショートの見目の良い男だった。
とにかく普通ではない雰囲気に痛む額の事など忘れて立ち上がり、後ずさりをする。
長い前髪から金色の瞳が覗き真っ直ぐに翔馬を見ている。
見た目怪しいその人物に警戒心が限界まで高まる。

「動くな」

男の静かに溶け込むような低い声になぜか翔馬は逆らえなかった。
そして、男が跳躍した。
それも翔馬の頭上を軽々と越えるくらいに。

「ぐっぐぐぁぎゃぁあああ――――――っ!!!」

突然、背後から恐ろしい絶叫がして後ろを振り返った翔馬はもう少しで腰を抜かすところだった。
なぜなら銀髪の男の目の前に見上げるほど真っ黒な大きい影の塊が苦しむように縦横にぼこぼこと 内側から変形して暴れていたのだ。

「滅せよ」

慈悲の欠片もない冷たい声を発した後、男の爪が鋭く伸び、影を引き裂いた。
四散した影は元々なにもなかったように一欠けらも残さず消滅した。
現実離れをしたこの状況に翔馬は冷静な判断など出来ず、身を翻して走り出した。
緋榮神社の方へと。

「誰か……誰か――っ!」

神社に行けば誰かいる!と思っていたのだが等間隔にある鳥居の下を通過している 時、頭上から声がした。

「そこの、童子。待て」

ギクリと身体が強張るのを感じながら見上げると……。
鳥居の上に銀髪の男が白い着物を風に揺らして立っている。
ぎゃーーーーっ!!と心の中で叫び、がむしゃらに参道を駆ける。
しかし石畳につまずいて身体が傾いた。

「うわぁっ!」

次にくる衝撃を覚悟していると身体に当たったのは硬い石畳ではなく 逞しい腕だった。

「元気のよい童子だ」

すぐ近くで声がする。
見上げると金色の瞳と目が合った。
反射的に離れようとしたがそんな翔馬を男は腕を回して抱き上げた。
翔馬は170近く身長があり体重も平均くらいあって決して軽くはない。
それなのに片腕で簡単に持ち上げられてしまった。
男は翔馬よりもずっと大きいが筋肉隆々というわけではなく どちらかというと細身の方だ。

「ちょっ……!おろせよ!!」

怪しさ満点の男にしかもこの状況を誰かに見られたらと思うと傘を放り投げて暴れずにはいられない。
そんな翔馬を男は赤子をあやすようにして連れて行く。
抵抗を試みようとした翔馬だったが地を蹴った男が参道を10メートル間隔で跳び、本殿までの 数十段ある階段もあっという間に上っていく姿にただ驚くだけで何もできなかった。
本殿の前に辿り着くとニュースで流れていたように左側の台座の上にある狛犬がない。
しかも、右側にあるはずの獅子もなく、代わりにそこにいたのは黄色の派手な着物に身を包んでいる 軟派そうな男だった。
金色の癖のある長い髪を頭のてっぺんで一つに結んでいる。
華やかな美しさがあり身長と体格は銀髪の男と同じだった。
台座から飛び下りて抱き上げられている翔馬の前に来る。
ヘラっと笑って手を銀髪の男に差し出した。

「見つかった?」
「阿(あ)よ。お主、これで何度目だ」
「え――……いちいち数えてないから分かんね……」

言葉の途中で金髪の男がその場から飛び退く。
その瞬間、金髪の男のいたところがざっくりと抉れていた。

「あっぶねーー!!今マジで殺ろうとしてただろ!?」
「殺す?まさかお主に代替わりした途端、殺すわけなかろう。少し痛い目みれば 同じ過ちを繰り返す愚かなお主でも改善されると思うてのう」

二人の会話にぽかんっとしていた翔馬だが本殿のほうに巫女姿の女の子が見えて 人だ――!!と叫んだ。
じたばたと銀髪の男の腕の中で暴れていると金髪の男が翔馬をジッと見た。

「この子供なんだ?」
「礼を言え。阿の宝玉を拾ってくれたのだぞ」
「へぇーそうなんだ……って、今、拾ったって言ったか!?」

驚く金髪の男を無視して銀髪の男が翔馬に宝玉を出すように言った。
宝玉って何だ?と思ったがもしかしてこれか?と手にずっと握ったままだった 透明な玉を金髪の男に見せた。

「うわっ!マジで浄化してる!おい、吽(ん)!まさか……この子供……」
「そうだ。しかし、わしのな」
「えーー!?ずるいって!俺の宝玉を触ってんのに!」
「見つけたのはわしだ」
「こんなちょー綺麗な宝玉にするなんて極上じゃん!共有でもいいから……いでっ!!」

銀髪の男が金髪の男を殴った。
頭を撫でながら子供っぽく唇を突き出す金髪の男がぶつぶつ文句を言う。

「くっそーこのエロじじいめ。歳の差を考えろよ。こんな子供にイケない事させる気だろ。 こんなじじいより若い俺の方がいいよな?な?」

話しの一つも分かっていない翔馬は眉間に皺を寄せる。
銀髪の男をじじい扱いするが二人とも見た目は20代後半から30代前半くらいに見えた。
エロじじいと連呼する金髪の男に銀髪の男が冷笑を浮かべた。

「そうか、ではこれはいらないとみえる」

翔馬から宝玉を取った銀髪の男が手に力を入れてグッと握った。
慌てて金髪の男がそれを奪おうとする。

「止めろ―!!それなくなったら鍵が壊れるだろーー!?」
「安心しろ。お前より優秀な獅子は里にたくさんおる」
「謝るからーー!すみませんでしたーー!これから年寄りは敬いますからー!! 一生独身は嫌だーー!」
「ちょっと、阿と吽!何を騒いでいるの?」

突然、女の子の声が入り込んできて翔馬は銀髪の男の腕から見下ろした。
すると護ってあげたくなるような小さくてかわいい翔馬と同じくらいの年齢の女の子が 立っていた。
先程、翔馬が本殿にいたところを見た巫女だった。

「三那、聞いてくれよー。吽が俺を苛めるんだよ〜」
「言いがかりはよせ」
「さっき、俺の宝玉潰そうとしただろっ」
「もう、二人とも!そこまでにして!阿の宝玉は見つかったのね?」
「見つかったよ〜」
「じゃあ、阿はここにいないでさっさと当主に報告に行きなさい!宮司にもね!」
「へーい」
「それと……吽、この方は?」

女の子に見上げられて今の自分の状況に気が付く。
急いで銀髪の男から下りようとするが、がっしりと腕が回っていて離れられなかった。
必死になってもがく翔馬を離さない銀髪の男。
それを見た三那が頬を紅潮させて興奮したように話し出す。

「まさか、吽!とうとう見つけたの!?見つけたのね!!やだっ、どうしよう!! ああ、そうだわ、当主に報告を!」
「三那、落ち着け」
「これが落ち着いてなんていられないわ!!雨も降っているし早く本殿へ!」

早く早く!と急かす三那に苦笑いしながら銀髪の男は本殿へ歩いて行く。
翔馬はというと長年親しんできた緋榮神社の関係者までもがこの正体不明の怪しい者の 仲間だという事実にとても不安を隠せないでいた。





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