藤堂の後をヒョコヒョコとくっ付いて移動した蒼夜は食堂へ着くと
あんぐりと口を開けた。
どこかの結婚式場ですかと思わせるような煌びやかな広い空間と
真ん中の天井には大きいシャンデリアがありテーブルも椅子も白で
統一されている。

「なあ、ここで焼き魚定食とか食ったりすんの?」

アンバランスな想像をした蒼夜は藤堂に聞いてみた。

「基本、第一寮の奴らを基準に造ってあんだよ」
「第一寮?」
「特別な家柄の奴らがいるところだ」

食券売り場に行くとおなじみのメニューの他に明らかに値段が違う
ものまである。

「何だ、このスペシャルセットって…」
「それも第一寮用だ」
「…そうですか」

蒼夜はB定食を藤堂はA定食を買い席について食べ始めた。
うーんと、蒼夜は辺りを見回す。
混雑した時間帯は過ぎたのか人はまばらなのだがどうも好奇と恐怖が
入り混じっているような 視線を感じる。
食堂へ来る時も何人かの生徒に会ったが同じような目で見られた。
メガネはちゃんとしてるしなーと触って確認する。

「なあ、転入生ってめずらしい?」

豚の生姜焼きを食べている藤堂が目線を合わせる。

「あんまりいねえな」
「そっか」

サバの味噌煮を突っつきながら蒼夜は唸った。
転入生の珍しさに視線が集まっているのか。
理由がそれだけなら良いのだがあまり目立つのも平穏な学園生活に
支障が出てくる可能性が あるので避けたいところだ。

「どうした」
「え?あーうーん。さっきから見られてんなーと思って」
「あいつらの視線の事はお前じゃねえ。俺だな」
「竜司?何で?」
「さっさと食え。戻るぞ」
「え?食うの早っ!」

ほとんど食べ終わっているのを確認すると慌てて蒼夜は食べる。
ムグムグと頬を膨らませて食べているとクククッと藤堂が笑い
だした。
同時に周囲もざわめいた。

「なんらほっ。なんらおはひいほっ」
「何言ってるかわかんねえよ」

蒼夜はジロッと睨むと藤堂の水を取ってゴキュゴキュと飲み
干した。
また周囲がざわめく。

「何で笑うんだよ」
「リスみてえだな」
「はあ?」

訳の分からない蒼夜を置いて藤堂は席を立った。
蒼夜は残っているご飯をかけこんで急いで藤堂の後を追う。

「もっとゆっくり食えよ」
「あんな所でゆっくり食えるか」
「まあ、確かに」

何というか場違いなところだったなーと思っているとある考えに
行きつく。
そうかうんうんと一人納得していると藤堂が怪訝な視線を向ける。

「竜司っていい奴だよなー」
「あ?」
「だってさー結局行きたくない食堂に案内してくれたじゃん」

  いやー最初はどんな奴かと思ったよ。
ドアは破壊しちゃうしネジ飛んでんじゃないのとかね。
いきなり攻撃してくるし本能のままに生きてる猛獣じゃんとかさ。

「なるほどな。そう思ってたとはなぁ」
「あ…れ?もしかして口に出てた?」

ギロッと目を光らせて恐ろしい視線で見下ろしてくる藤堂にジリッ
と後退しアハハハーッと 作り笑いした。
そして自分の部屋があるだろう方向へ寮の廊下を駆け出す。
こんなんで平穏な学生生活が出来るのかとものすごく不安になる
蒼夜だった。












9時までに学校に来るようにと言われたが思いっきり寝坊して
しまい慌てて身仕度をする。
今日から新しい制服だ。
前の学校の学ランと違い白を基調としたブレザーで所々黒で繊細な
デザインがされている。
ズボンは黒だ。
出るついでに藤堂の部屋をノックして声を掛けたが応答なし。

「先に行ったな…」

声を掛けてくれれば良かったのにと文句を言いつつ5分前に寮を
出て学校まで全速力だ。
城の入り口…ではなく学校の昇降口に行くと細かい彫刻がされて
ある白い柱に紙が張り出されていて多数の生徒たちが集まっている。
どうやらそれはクラス替えの紙のようだ。
どの学年もA〜Hクラスまである。
二学年を見て蒼夜は自分の名前を探す。

「えーと、塚森、塚森っと」
「君はB組だよ」
「あーホントだ。あった、あった……ん?」
「俺はF組なんだ。一緒のクラスにはならなかったね」

横を見ると眩しいくらいに輝いている王子様がいる。
朝にふさわしい清々しい爽やかな笑顔付きで。

「おはよう」
「お、おはようございます」

突然の思わぬ比奈山の出現にうっかり地が出そうになったが寸前で
真面目クン に成り済ます。

「さてと行こうか」
「え?」
「9時30分から講堂で始業式があるんだ。まずそこに行って式が
終わってからそれぞれの クラス移動になるんだよ」
「そうなのですか?」
「今クラスに行っても誰もいないよ」

比奈山はおかしそうに笑っている。

「仁部先生が案内するはずだったんだけど急用で俺が君の事頼まれ
たんだ」
「はあ、すみません」
「塚森君、同級生なんだから敬語なんていらないよ」
「あー。これが普段どおりなので」

はははと曖昧に笑って大ウソを吐いた。
そんな蒼夜に比奈山は意味深な笑みを浮かべるとそうなんだと頷いた。

「どうしたんだい?さっきから周りを見て」
「いえ、みんなに見られてる気がして…」
「ああ、気にしなくていいよ」

昨日と同じくあちらこちらから視線を感じた。
まだ講堂に行っていない生徒達のものだ。
一体なんだというのか。
比奈山は気にしなくていいという言葉通り何事もないように蒼夜を促し
講堂へ歩き出す。
講堂へは学校から少し歩いたところにあると比奈山が教えてくれた。
手入れされている綺麗な花が咲く庭園の小道を歩いて行く。
蒼夜は首を捻りながら眉を寄せる。
さっきの視線の中にトゲトゲしいものを感じたのだ。
言うなら憎悪のようなものだ。
この手の視線なら今ままでの学生生活の中で不良から向けられて
いた為、慣れているので怖気づく事は全くないのだが今の自分は
真面目クンなので 平然としているのは変だろうと考えた。

「気になるかい」

そわそわさせている蒼夜に比奈山が声を掛ける。

「何か睨まれている気がして…」

出来るだけ不安そうに弱々しく言ってみる。
比奈山は王子様のほほ笑みをすると蒼夜の背中に手を回した。
その瞬間周囲から驚愕と非難の声が聞こえてきた。

「あ、あのー」
「大丈夫だよ。俺がついているから」

輝かしい笑みを蒼夜に向ける。
誰もが見惚れてしまう笑顔も蒼夜は顔がヒクリと引きつる。
やっぱりコイツ目が笑ってないっ。
蒼夜に向けられる周囲からの視線が痛くなる。
そして比奈山は背を押し守るかのように蒼夜に寄り添う。
とたんに今度は周囲から悲鳴が聞こえてきた。
状況が良くない方向に進んでいる気がした蒼夜はさりげなく離れようと
したが背に回されている 手は簡単に外れそうもない。
どうしようかと考えているうちに華麗な講堂が現れた。
この密着している状態で大勢の生徒がいる所に行くのは危険な気が
した 蒼夜は比奈山の手が少し 離れた瞬間にサッと距離を取った。

「あの、案内してくれてありがとうございました」
「礼を言われる程の事ではないよ。じゃあ俺はこれから行く所がある
から」
「はい、ではこれで」
「またね」

講堂の入り口付近で比奈山と別れ蒼夜はホッと一息吐いた。
そして蒼夜を値踏みするような視線から逃れるためにさっさと講堂の
中に 入った。
だから気付かなかったのだ。
比奈山が探るように蒼夜を見ていた事に。

「塚森君、君は何を隠しているのかな」

そう呟くと口角を上げ冷たく笑った。




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